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第百三十八話

 まさに矢継ぎ早、波状攻撃だ。
 こっちが手をこまねいている間に、カタリーナは次々と己に有利な状況を作っていく。中々どうして、芸術家気取りのくせに策士だ。ちょっとした軍の軍師なら出来るんじゃねぇか?

「《クリエイション・ゴーレム》!」

 素早く魔力を練り上げたカタリーナが、追加の魔法を放つ。
 ぼこぼこと生まれてきたのは、狼型のゴーレムだった。今度は機動力と攻撃力に長けたタイプか。
 俺は鋭く分析しながらも、狙いをカタリーナに向けていた。

 ゴーレムには、二種類の系統がある。

 それは、ゴーレム本体に核を作り、自律行動させるもの。そして、術者が常に操作するもの。どちらも一長一短ではあるが、今回、カタリーナが使っているのは後者だ。
 つまり、カタリーナからコントロールを奪えば、ゴーレムは無力化出来る。
 加えて、カタリーナは戦闘の素人だ。攻撃を加えればチャンスは十分にある。だったら、ポチを派遣するか? 御者の保護用としてポチとクータは置いてきているが、魔力を送れば伝わるだろう。

「させないわよ?」

 そんな俺の狙いを看破したかのようにカタリーナはにやりと笑い。自分の周囲にゴーレムを呼び起こす。
 ちっ。聡い。
 俺は内心で舌打ちしつつ、それでも魔力を高める。
 不利な状況ではあるが、八方ふさがりではない。そもそもカタリーナのやり方はこちらを圧倒的な早さの戦術で封殺するもので、俺たちの個々の戦術を知っているわけではない。
 だからこそ、付け入る隙は大いにある。

「《ソウル・ソナー》」 

 俺は小声で魔法を発動させ、味方の魂の拍動を確認する。
 出来たばっかりの魔法なので、消費魔力が半端ではないが、別に枯渇を起こすわけではない。
 俺は意識を高めて術を発動させた。

「《バフ・オール》」

 これも周囲には聞こえないように発動させる。
 そう。バフだ。
 それぞれの魂の拍動を感知し、その拍動に沿うような魔力を注ぎ込むことで、強制的に味方陣営の能力を向上させる、といったものだ。かなり複雑な術式ではあるが、発動は出来た。
 よし、これでなんとかなるな。

 全員が強化されたのを確認してから(気付いたのはアリアスだけだが)、俺は意識を集中させる。

「さぁ、やっておしま――――」
「《ベフィモナス》」

 カタリーナが言い終わるより早く、俺は魔法を発動させた。

「いいいいいっ!?」

 同時にカタリーナの足元の土がごっそり消滅し、生み出した落とし穴にカタリーンが落ちていく。
 よし、必殺の落とし穴作戦成功っ!
 だが俺に喜ぶ暇はない。俺は地面を蹴りながら間髪いれず指示を下した。

「いまだ!」

 それは開戦の合図だった。
 まず動いたのはフィリオだ。

「──《雷神》っ!」

 一瞬でフィリオの全身が光り、超高速移動でカタリーナへ迫る。しかし、カタリーナを守るように展開していたゴーレムたちが立ちはだかる。こいつらだけは自立行動型か。これも予想通り。
 俺は《ヴォルフ・ヤクト》を発動させて集中攻撃、フィリオの道を切り開く! よし、一匹なら集中すれば削れるな。

「カタリーナ制圧!」
「わかってる!」

 フィリオはまた加速し、落とし穴へ落ちたカタリーナへ向かう。俺はその間、ゴーレムたちの妨害だ。
 意識を少しだけ向けると、セリナたちも戦闘を開始していた。
 セリナが一斉にテイムした魔物を解放してゴーレムに襲いかかり、ヘイトを集める。
 これに呼応したのは黒子たちで、一気にセリナへ向かう。

 だが甘い。

「風王剣っ!」
「風王拳っ!」

 すかさずアマンダとエッジがカバーに入り、黒子たちを迎撃していく!
 それだけでなく、横手からアリアスが躍りかかった。
 落とし穴が気になったが、うまくゴーレムを足場にしている。

「はぁ────っ!」

 気合い一撃、黒子たちはなす術なく撃破されていった。
 いくら子供だからって甘く見すぎだ。こいつらはSSR(エスエスレア)だぞ。
 無事なのを確認しつつ、俺はゴーレムを全滅させる。
 そして、フィリオは無事にカタリーナを確保した。

 なんとも呆気ない幕切れである。
 だがこれは、カタリーナのとった作戦の弱点を突いただけだ。矢継ぎ早に、波状攻撃的にカードを切れば確かに圧倒できる。だがそれは同時に相手が対処方法を考えやすいということでもある。まぁ、その対処方法を取らせないように高速で押し潰すつもりだったんだろうけど。

 とりあえずふん縛って動けないようにしないとな。
 俺はフィリオにサムズアップしながら、縄を探した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「分かってるとは思うけど、正直に答えろよ?」

 俺はぐるぐるに縛られて芋虫のようになったカタリーナにダガーを向けながら言った。もし魔法を使おうとしたらその場で阻止するためである。
 近くには黒子たちも簀巻きにされて転がっていて、さらにその周囲は村人たちが爛々と殺気の光を瞳に宿していた。

 ちなみにあの黄金色の人形は未だに健在である。
 カタリーナを気絶させても形状を維持している辺り、核があるのだろう。だが、そこを貫くと、一気に瓦解してきてとんでもないことになる。それで小麦が傷んだらシャレにならない。
 一応、接着そのものは強くないようで、引っ張れば簡単にむしりとれるようだ。

「芸術がどうのこうの言ってたけど、まず、あんた何者だ?」

 俺は真っ直ぐ見据えながら問い詰める。

「わ、私は栄えあるライフォード芸術学園のエリート、カタリーナ様よっ!」
「……二十八なのに学生なの?」
「おだまりなさい! ティアナ家に歯向かうつもり!?」
「歯向かうも何も今初めて苗字を聞いたんだけど」

 冷静にツッコミを入れると、カタリーナは何やらキーキー言い出した。俺は貴族事情に疎い。助けを求めるように振り返る。

「ティアナ家っていったら、三大貴族の一つですねぇ」
「あー、思い出した。確かティアナ家の令嬢で一人だけ未婚の人がいたわね。名前もカタリーナだったはず」

 貴族の女子は、十八までに嫁ぐのが基本だ。それ以降は、言い方は悪いが売れにくくなるからだとか。
 ちなみに一般人は三十手前くらいまでが婚期である。

 つまり、このカタリーナは未婚で色々と拗らせた挙げ句、こんな芸術に突っ走ったのか。よし、芸術に失礼だな。

「まぁなんて言うか……とりあえず芸術に謝れ?」
「ちょっとなんでいきなりそっちに謝らないといけないのよ!」
「なんかこう、色々と思い巡って」
「何を勘違いしてるか知らないけど、私はこう見えて芸術界の重鎮! 天賦の天災とまで言われているのよ!」

 天賦の天災ってそれ災害じゃねぇか。

「つまり私は芸術の申し子。下らない結婚になんて興味ないわよ。私は芸術こそが夫なんだから」
「あれ、でも確か去年の貴族お見合いパーティに出席してたような……」
「おだまりなさい!」

 フィリオが腕を組みながら衝撃の事実を明かすと、カタリーナは凄まじい形相で睨み付けた。
 おお、まるで般若。

「それで、その芸術の天災が何をどうしてこんな迷惑至極なことをしたんだよ」
「変なまとめ方しないでいただけるかしら!? 私はただ、一般人向けに匿名で芸術作品を披露したら全然受けなかったからちょっと拗ねてその後一般人に理解されないのが芸術性と思いつつその芸術性を極めるためにここへやってきて、私の溢れんばかりの芸術性を爆発させたまでよ!」
「つまりうさ晴らしに来たってことか?」
「一言でまとめないでいただけるかしら!?」

 抗議してくるカタリーナを無視しつつ、俺は図星だなと確信を持った。

「あのさ」

 俺は黒い気配を乗せたその一言でカタリーナを黙らせる。

「まずこの小麦たちは農家の人々が、己の生活のために作ってるもんだ。いわば生きるための商品だ。それを買い取りもしないで勝手に集めて芸術だーうさ晴らしだーなんて身勝手な感情で利用して無駄にしたらさ、まず農家の人々はどうなるよ。生きていくための金がないんだぞ?」
「そ、それはっ……!」
「その金がなかったら飢えるしかないし、仮に狩りとか採集とかでなんとか食いつないでも、次に植える小麦もない。そうなったらもう小麦は生産できなくなる。これがどういう意味か分かってんの? この村は貴重な薄力粉を生産してるんだぞ」
「まぁ分かりやすく言えば、クッキーとかお菓子が食べられなくなるわね」

 価値を知っているアリアスが言うと、カタリーナは愕然とした表情を浮かべた。

「な、なんですって……!?」
「お菓子で分かるってのも変な感じだが……まぁ、とにかくあんたのやったことはとんでもないことだ。下手しなくても、人殺しだぞ」
「………………っ! わ、私はなんてことを……っ」

 言葉にならない息を吐いて、カタリーナは顔を歪めながら声を振り絞った。
 む。さすがに大人だけあって物分かりは良いな。

「本来なら殺されても文句言えないんだぞ。けどまぁ、それをしたら色々と角がたつ。だから、だ」

 貴族を殺したとなれば、それこそ村人が危機に陥るからな。どんな理由を付けて攻撃してくるか分かったもんじゃない。
 だからと言って、反省するだけってのはいただけない。反省するだけなら猿でも出来るのだ。

「あんた、ここで罪滅ぼしに働け」
「と、言うと……?」
「とりあえずこの小麦人形を少しずつ解体して、小麦を元の状態に戻せ。今すぐに、だ」
「それなら出来るけど」
「その後は馬車馬のごとく働けよ? あんたのせいで出荷が遅れたんだから、きっちり取り戻せ。あんたの取り巻きだろう黒子たちもな」

 俺のその一言に、村人たちの全員が頷いた。

「わ、分かったわ……」
「じゃあとりあえず人形解体から。そのあとは分配して、配送所に輸送して、んで小麦粉にする作業な。それが終わったら袋詰めして馬車に運び出せよ。納期とか時間とかあるから、死ぬ気で働けよ?」
「え、は、え?」

 あらかじめ村人たちから聞いておいた段取りを矢継ぎ早に言うと、カタリーナは顔をひきつらせた。
 だが、もちろん拒否権はない。

「もし拒否したら、殺さない程度に拷問する。五体満足で済むか知らないけど、まぁ事故ったって感じになるかもな」
「……っ! や、やらせて、いただきますわ……」

 そう脅しを入れると、カタリーナは涙目になって頷いた。

 結局、カタリーナは休むことなく三日三晩働き、ぶっ倒れたそうだ。その後はどうなったか知らない。村が健在なので生きているとは思う。

 そして、月日は巡り、俺たちは学園祭前日を迎えた。

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