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第百二十八話

 俺のそんな懸念はよそに、ハンドガンの構造講座は始まった。教えてもらったのは回転式リボルバーだ。これは構造が比較的簡単で、且つ、堅牢だからだ。
 だからマグナムといった強力な弾丸も撃てるのだとか。

 ただカッコいいだけではなかったのか。ううむ。

 とはいえ、俺は早速試作品を作り、いくつか完成させていた。これに機巧(からくり)を施せば、《ヴォルフ・ヤクト》を発動させることに困らないだろう。
 材質に拘れば、銃身で剣を受け止めることも出来そうだ。そう言うとアルターからは渋い顔をされたけど。

 その時点で時刻は昼を回っていて、俺はダウンした。
 眠気が限界だったのだ。それに、ハインリッヒがメイに事情を説明し、学園には欠席届を出してくれたので、そういう意味の安心感も手伝った。

 結局俺は夕方遅くまでダウンしていて、そこから少しだけアルターと話してから別れた。もし実現したら見せにいくという約束をした上で、アドバイザーになってもらったのだ。
 これからは手紙でやり取りすることになる。

「とはいえ、やっぱり、ネックは魔法だよな」
『魔法を銃? とやらで撃つのか。面倒だな。それならば普通に撃った方が良いぞ』

 と、ここでも正論を耳にする。
 別に魔法でなくても良い。言い換えれば魔力の衝撃弾を放てるようになれれば良いのだ。
 とはいえ、魔石はともかく、そんな高度な機巧(からくり)なんて俺には無理だ。銃の構造は理解したとはいえ、それは物理的な話である。

 何か代替案がいるな。

 俺の魔力を吸いだし、弾丸にしてくれるもの、だ。且つ、それは銃の構造で放てるもの。
 最悪は実弾で対応することになるだろうが、あっさりと弾かれる未来しか見えない。

「ダガーの方が楽は楽、だけど、頭打ちでもある」

 俺の技術では、マデ・ツラックーコスには通用しなかった。
 リビングのソファに腰かけて唸っていると、メイがお茶を淹れてきてくれた。

「また悩んでますね、ご主人様」
「まぁな」
「メイで良かったら聞きますけど」

 伺う言葉ではあるが、すでにソファに腰かけている。しかも俺の隣に。あ、これ、もしかしてちょっと怒ってる? 一人称が私じゃなくてメイだったぞ、今。
 メイだって当然人間であって、喜怒哀楽があって当然だ。メイは基本的に俺へ逆らわないし、恭順してくるが、俺がダメをやった時はしっかりと指摘してくる。
 それがフツーだ。
 それぐらいは生前から知っている。まぁ人数も機会も圧倒的に少ないから、人付き合いそのものは苦手だけど。

 ともあれ、俺は思考をスイッチした。メイが怒ってるのなら俺はちゃんとそれを聞かないといけない。

「それは助かるけど……なんか怒ってない?」
「ええ、怒ってます」

 笑顔のまま、メイはハッキリと言う。

「いきなり一晩屋敷を空けたと思ったらヘトヘトになって帰ってきてるのに少しも休まないでずっと考えごとをしてるんですから。まるでメイなんていないみたい」
「それは済まなかった」
「今回はハインリッヒさんがちゃんとフォローしてくれたので、色々と事前に手を回せましたし、そもそもハインリッヒさんが連れ回したので、それそのものには怒ってません」

 ……──ということは、ハインリッヒは怒られたな?

「ただ、少しも頼ってくれないことに怒ってます」
「うっ……それは、その」

 気まずくなってのけ反ると、メイはずいずい前のめりになりながらこっちを見てくる。

「確かにメイは学がありません。ご主人様に色々と学んでいる身ですし。ですが、だからって悩みを共有しない、ということには繋がらないと思うんです」
「お、おう」
「私はご主人様の付き人です。ですから、悩みを共有させてください。苦しみも、悲しみも」
「メイ……」
「ご主人様は強いです。それはもう強すぎるくらい。だから、どんな無茶だって意外と受け入れてしまって、こなしてしまう。それはそれで頼もしいですけど。でも、少し寂しいです」

 メイは俺にのっかる勢いで迫ってくる。って顔近い顔近い。

「メイは、そんなにダメな付き人ですか?」

 じっと見つめられ、俺は困ってしまった。ダメなんてそんなはずがない。家事だってしっかりこなしてくれるし、実戦だって頼りになる相棒だ。俺にはもったいないくらいである。

「そんなことねぇよ」

 ただ、それを上手く言葉に出来なかった。
 だから、代わりに頭を撫でてやる。

「全然、ダメじゃねぇよ」
「ご主人様ぁ……」
「悪かった。頼りにしてないわけじゃないんだ。ごめんな。これから気を付ける」
「なら良いですけど」
「とりあえず、俺が今何に悩んでるのかを言うから、聞いてくれるか?」

 頭を撫でながら訊くと、メイは嬉しそうに頷いた。

「はい! それじゃあご飯の支度しますね」

 そう言って、メイは台所へとたとたと走っていった。
 そして食事の時間をたっぷり使って、俺はメイに全部話した。

「なるほど、そう言うことですか。それは確かに困りましたね」

 食後のお茶をテーブルに置きながら、メイも唸る。

「でもそれをクリアすれば、ご主人様は強くなるんですね」
「ああ、そうだな」
「なんかいないですかねぇ……例えば、魔力を籠めただけで魔法を自動的に発動してくれるようなもの。その魔法を放つことはなんとかなるんですよね?」
「発動させた魔法を打ち出す、ならたぶん何とかなる」

 リボルバー式の構造は頭に入った。それを魔法に応用することは出来る。もちろん機巧からくりだけでは不可能なので、色々と画策してやらないといけないが。
 恐らく、素材をかなり集めることになるはずだ。
 頭にはもう構想がある。

「けど、問題は魔法の発動そのものなんだ。いちいち発動させてたらタイムラグが出来るしな……」

 そこがネックなのだ。魔法を発動させるには魔法陣を展開せねばならず、毎回トリガーを引くたびにそれをしていては意味がない。それこそ銃なんて使わずに魔法を使うべきだ。

「それだったら、魔法の発動そのもの、ですよね。うーん、誰かがやってくれれば良いのに」
「誰かって?」
「例えば……誰かが住むとか」
「それ、銃を教えてくれたヤツにも言われたよ……」

 俺は頭痛を覚えながらも言う。

「うーん。まぁ難しい、ですよね。そもそもハンドガン? というのが何なのか分かりませんが、片手で保持できる小さいものなのでしょう? だったら、不定形なものでないといけませんよねぇ」

 不定形……?

 その瞬間、俺に何か違和感がやってきた。
 精霊っぽくて、ハンドガンの中にも入れて、不定形。それでいて、俺の意思に従順……。
 あった。いた。候補が。というか、それしかない。

 気が付けば俺は立ち上がっていた。

「ご主人様?」
「……メイ。ちょっと付き合ってくれないか? 外に出たい」
「!? こんな夜に、ですか? ヅィルマの危険性がありますよ」
「だからお前を連れて行くんだよ」

 俺はメイを真っすぐ見ていった。

「俺はこれから魔法を使う。それはヅィルマでさえ感知できる魔法だ。でも、まだ使い慣れてなくてさ。色々と疎かになるんだ。だから、護衛をお願いしたい」
「! 分かりました。付き人として同行させていただきます。装備を整えてきますね」
「頼む。俺も着替えてくる」

 俺とメイは互いに頷く。
 俺は自室に戻り、装備を整える。しっかりポチとクータも連れていく。
 気を引き締めてから着替え、階段を降りるとメイは既に装備を整えていた。背中には大剣を背負っていて、完全な戦闘モードである。

「いきましょうか、ご主人様」
「おう」

 俺は覚悟を決めて玄関を出る。
 同時に魔法を発動させた。

「《ソウル・ソナー》」

 一瞬だけ、俺の周囲に風が生まれる。後は、微細な魔力が周囲に俺の近くを漂う。
 一定時間ごとに魔力を消費するが、今の俺なら大丈夫だろう。

 俺たちはそのままなるべく街灯がある、大通りを使って歩いていく。少しでも狙われるリスクを減らすためだ。
 それでも限界があるが、ないよりかはマシだ。
 この魔法はまだ慣れていないので、細かい調整が必要な高速飛行魔法は使えない。せいぜいが身体能力強化魔法(フィジカリング)をかけて急ぐ程度だ。

「それにしても、どちらへ行かれるおつもりなんですか?」
「王都の東、ベッドタウンだよ。その中でも特に複雑な場所――通称、占い横丁」
「占い横丁?」

 おうむ返しに訊いてくるメイに、俺は頷いた。
 入学試験の時、散々絡んだ場所だ。あれっきりだが、あの二人は元気だろうか。いや、元気でないと困るんだけどな。

「あの二人なら、何とかなるはずだ。――アイシャと、ハンナなら」

 少し前、俺が限界突破のために助けたり助けられたリした、あの二人の名を、俺は久しぶりに口にした。

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