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第百二十四話

 ぐるぐると視界が蠢く。
 俺はその中で必死に体制を整える。体力が結構削られたぞ、今!

 今のはおそらく、衝撃波。
 それも集団による攻撃で、音を超えてきていた。俺じゃなかったら耐えきれなかったぞ!

 削られた体力は戻らない。
 今のは油断した罰と思うべきだ。俺は痛みに耐えながらも着地する。

 それを待っていたかのようにマデ・ツラックーコスはまた地面を踏みしめる!
 さすがに二回も受けてられない。

「《クラフト》!」

 俺は全力で裏技(ミキシング)で強化した盾を展開する。刹那、凄まじい衝撃がまた襲ってくる。
 空気が一瞬で全て持っていかれるような重い衝撃。

 鼓膜が破れるかのような衝撃音がして、盾はあっさりと崩壊した。

 ま、マジかよ! どんな破壊力してんだ、コレは!
 俺はただ背筋を凍らせながらも地面を蹴っていた。
 まずは間合いを詰める。

「《ベフィモナス》!」

 そのまま魔法を放つ。
 上級魔法でさえ防ぐようだが、裏技(ミキシング)で強化したらどうなる?
 そう思っての攻撃だったが、地面から突き出た岩の槍はあっさりと崩壊した。あの体を包むドレスみたいなものが防いだのだ。
 な、なんつう強度だ。いや、っていうか、魔法の魔力そのものを拒絶している感じだな。

 なるほど、確かに魔法による直接攻撃は期待できなさそうだ。

 だが、魔法はダメージを与えることが全てではない。
 俺は即座に動く。
 姿勢を低くさせて距離を一気に詰めながら魔力を高める。

「「「うるぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!」」」

 なんの脅迫だと思いたくなるような雄叫び。
 直後、マデ・ツラックーコスたちが起き上がる。

「《エアロ》っ!」

 同時に俺は魔法を撃っていた。
 生み出したのは、強風。ただし、相手の足元を攫うような風だ。

「「「らあああああっ!?」」」

 悲鳴のような鳴き声が上がる。
 足元がぐらつき、次々とマデ・ツラックーコスが転がる。

 よし、今のうちに!

 俺は一瞬で間合いを詰め、一匹のマデ・ツラックーコスに迫る。って、結構デカいな!
 思いながらも俺は弱点とされる首にダガーを向けようとして、そのマデ・ツラックーコスが動いた。
 遅い! 俺の方が――

 早っ――!?

 ダガーが届くより、マデ・ツラックーコスはその軌道から逃れる。
 な、なんだ今の俊敏性は!
 思う暇はなかった。真横から敵意。俺は身を翻しながらバックステップすると、マデ・ツラックーコスが通過した。とんでもない突進だ。
 地面を抉りながら滑り、俺はダガーを構える。

 これは、意外と苦労しそうだ。

 左右から迫ってくる。
 俺は逃げ場と時間を求めて跳躍する。だが、その瞬間に俺は悪手だと悟った。

「「「うるぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!」」」

 マデ・ツラックーコスが叫び、直後、その全身から稲妻を迸らせて放つ!
 や、やばっ!

「《クリエイションブレード》っ!」

 俺は咄嗟に剣を呼び出し、そこに魔力を籠めながら放り投げる。即席の避雷針である。
 稲妻は案の定引き寄せられ、生み出したばかりの剣を焦がしていく。

「マジかよ、ったく!」

 俺は空中で回転しながら着地する。
 少し距離が開いてしまったが、すぐに接近できる距離でもある。俺は一息つきながら対応を考えた。

 接近はかなり難しい。一対一ならなんとかなりそうだが。
 こういう時は《神威》でぶっ飛ばすのが一番なんだが、そうしたら肉の確保は出来ない。
 くそ。本気で厄介だな。さすが最高級の食材でもあるってか。

「だったら――」

 俺は地面を蹴る。
 同時に相手も応じて突進の構えを見せた。
 集中だ。意識を最大限にまで集中させて、一気に倒す!

 突進が始まる。それも、一匹や二匹ではない。

 だが、そんなものは予想済だ。
 俺は即座に地面を踏み抜く。

「《ベフィモナス》っ!」

 発動させたのは、地面を崩す魔法だ。脆くなった地面は、マデ・ツラックーコスの重みに耐えきれず崩壊していく。これには連中も驚き、バランスを崩した。
 俺はその刹那を狙って接近する。この状態なら、さすがに動けまい!

 俺はダガーを構えてさらに加速し、マデ・ツラックーコスの喉元をダガーで切り裂く。
 温い手応えと、刃に纏わりつく感覚。
 ナイフが、取られる!
 思いながらも、俺は力を籠めて切り裂いた。

「るぁああっ!」

 断末魔が響き、同時に大量に血が溢れる。俺はその真横をすり抜け、次の一匹に襲い掛かった。
 血塗れになったダガーでまた喉を刺すが、今度はもっと手応えが悪い。

 これはまさか、脂かっ!?

 思いながらも、俺は強引に腕力で切り裂く。なんとかダガーを振り抜いたが、もうその刃にはたっぷりと血と脂がついていた。これではもう切れ味が望めない。
 拭いても取れないくらいべったりとまとわりついてるな。うわきめぇ。これ、石鹸か何かないと取れないんじゃね?
 俺は舌打ちしつつ、一旦退避することにした。

 なるほど、これは俺では無理だ。

 確か剣術スキルには切れ味を鈍らせないものもある。俺も一応持ってはいるが、レベルは二だ。はっきり言ってないよりかはマシ程度でしかない。実際、マデ・ツラックーコスの脂の前には勝てなかった。
 というか、大半のヤツがこんなの相手に出来ないと思うが。
 ともあれ俺の接近戦技術だけでは勝てない。

 もちろんステータス値に任せて暴れれば何とかなるだろうが、それでどこまでスタミナが持つか。

 試してみたい気もするが、今はそんな修行ではない。
 俺はハインリッヒから課せられた修行の意味を理解した。
 ダガーだけでは戦えない。まずそれを思い知って、そして乗り越える。それが、今回の修行の意味だ。

「ホント、こういうトコはそっくりだな!」

 フィルニーアとの修行を思い出しつつ、俺は自然と笑んでいた。
 俺は魔力を高めつつ、ダガーを構えた。
 俺には唯一、スキルレベル六を持つものがある。それが《投擲》だ。それはもちろんダガーにも応用できる。これだけのスキルなら、何とかなるだろう。脂もそうそうつかないはずだ。べったりとまとわりつくより早く切れるはず。

「《エアロ》っ!」

 俺は魔法を放つと同時にダガーを投げていた。
 直後、風によって加速されたダガーは鋭くマデ・ツラックーコスの喉を切り裂いていく。
 次々と上がる血飛沫。だが、負けじとマデ・ツラックーコスは稲妻を纏いながら突進してくる。

 ちっ、数に任せてくるか。だったら。
 俺は即座に意識を集中させる。

「《クリエイション・ダガー》」

 より鋭く。より細く。
 そうイメージされて生み出されたのは、ガラスの刃。
 ただ切断だけを意識されたものだ。その数は一〇。

「《エアロ》っ!」

 俺はその刃の全てをぶつける。マデ・ツラックーコスは反応して回避しようとするが、それよりも早く風が加速させて切り裂いていく。
 中には回避するものもいるが、次の一撃でオサラバだ。

 もっと細く、もっと細く、もっと鋭く、もっと鋭く。

 次々と断末魔が上がり、血の雨が降ってくる。

 その中で俺は気付いていた。
 恐ろしい勢いで《クリエイション・ダガー》が洗練されていく。
 生み出した刃は、数匹仕留めるたびに折れていく。だから高速での再生成が必須で、俺はただ膨大な魔力に任せて行っていた。
 それを繰り返すことで、俺の中でどんどんとイメージが鋭くなっていく。

 そして、最後の一匹。

 刃が閃き、あっさりと喉を切り裂く。
 ぶしゅ、と血が噴き上がり、最後の一匹が落ちた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 からん、と、俺は持っていたダガーを落とす。こっちは切れ味を損なわれていない。何せ、一度も使っていないからだ。これは最後の砦。最後の最後、どうしようもなかった時にだけ使おうと思っていたものだ。
 まぁ、必要なかったけどな。

 とはいえ、さすがに疲れた。生成しつつ風の魔法で操っていたからな。《ヴォルフ・ヤクト》が使えていたらもう少し楽だったとは思うけど。

「とはいえ、大分イメージが掴めてきたな」

 これなら、もっと鋭く扱いやすい刃を生成できるだろう。
 汗を拭い、俺は息を整えていく。
 まだ作業は残っている。これからマデ・ツラックーコスを冷凍保存しなければならない。まだそれだけの魔力は残してある。

「さて、作業を……ん?」

 魔力を高めようとしたタイミングで、俺は何かの気配を感じた。
 なんだ?
 思いながら《アクティブ・ソナー》を撃つと、二つの反応があった。一つはバカでかい魔力。たぶんも何も、マデ・ツラックーコスだ。そしてもう一つは――こっちもそこそこ大きい魔力だが、マデ・ツラックーコスには勝てないな。
 反応からして、冒険者か何かだろう。

「助けてやらないと、後味悪いかな……」

 気付いてしまった以上、仕方あるまい。
 俺は森の方へと地面を蹴った。
 即座の加速で森の中へ入ると、すぐに反応をぶつかった。

「た、たたたた、助けてぇぇぇぇええ――――っ!!」

 木々の中を必死に走っているのは、何故か自衛官らしき格好と、ライフルを持った、俺より少しくらい年上の男だった。

 って、ライフル!?

 俺は衝撃に目を見張った。


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