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第百二十二話

 ――毒鑑定スキル一〇/一〇。

 これは俺のステータスウィンドウに光っている。
 正直に驚いた。
 毒の鑑定スキルそのものは、貴族では習慣として残っているらしく、魔法の素養があるものにはもれなく教えられるものらしい。まぁ一応、光と土と火の混合魔法スキルなので、意外と魔力消費高かったりするけど。
 それはともかくとして、俺は比較的簡単に習得した。《魔導の真理》の影響と、元からR(レア)は習得するだけなら優秀だからだ。
 だが、習得した瞬間、いきなりスキルレベルがマックスになったのだ。

 思い当たる節はただ一つ。

 水の《神獣》ヴァータにもらった報酬と詫びのアレだ。あの時だけの効果かと思ったが、どうやら継続効果らしい。恐らく、光魔法に関連するものは全て自動的にレベル一〇まで引き上げられるようだ。
 って、これ、何気に便利……なのか? そもそも光魔法って時点でお察しなのだが。

 うーむ。宝の持ち腐れというか、無駄効果というか。
 ともあれ、俺はこれでどんな毒でも鑑定できるスキルを手に入れたってワケだ。

「まぁ、色々と規格外だと思ってたけど、こういう地味なとこでも規格外なんだね」
「全てにおいて規格外の人に言われたくありません」

 苦笑するハインリッヒに俺はキッパリと言い切る。
 SSR(エスエスレア)を超えるUR(ウルトラレア)に加え、ステータスは超万能型、しかも得意属性がフリー(つまり全て)というとんでもない能力を持っているのだ。その上、伝説の古宝剣と言われている七星剣(セブンスソード)を保有しているし。

 俺からすればどっちがチートなんだって話だ。おのれ主人公め。

 密かな恨み節を内心で晴らしながら、俺はふう、と息を吐く。
 これで毒殺の心配はなくなったが、これでヅィルマの脅威が消えたわけではない。
 ヅィルマはまだまだ謎なのだ。消し飛んだはずの片腕も復活してるし。まさかあんな短期間で復活してくるとは思いもしなかった。

「これだけやって不安を拭えないっていうのが、ヅィルマの恐ろしさなんだろうね」
「ですね。マジで得体が知れない」
「それに、アリアスのことを狙っている組織のことだね」

 身震いしていると、ハインリッヒの表情が少しだけ険しくなった。珍しい表情だ。

「アリアスを狙うって、どういうつもりですかね」

 俺は率直な疑問を口にした。
 正直言って悪いが、アリアスの命が狙われる理由が分からない。確かに高レアリティだし、三大貴族の娘ではあるが、特にやっかみを受ける性格をしているわけでも、所業をしているわけでもない。
 唯一有り得るとしたら、ハインリッヒに僻みを覚えた上で、その感情が変な方角へ突っ走った上でアリアスを狙う、だが、そういうことであれば、ハインリッヒが気付くはずだ。

「分からない。こればっかりは《神託》でも見えないんだよね」

 困ったようにハインリッヒは腕を組んだ。
 そもそも《神託》は自分で自由に操れるものではないからな。

「とはいえ、アリアスを狙ってる集団、組織は、国内じゃあないと思う。国内のその手はしらみつぶしに当たってたから……」
「どれもこれも違ったんですね」
「まぁね」

 きっといくつか潰したんだろうな。
 などと邪推して、俺は頭を切り替える。他国、となれば、当然王国と折り合いの悪い国になるだろう。

 そうなると、王国を活動拠点にしているハインリッヒでは調べるのも骨が折れる。
 だが、ますますアリアスが狙われる理由が分からない。わざわざ戦争の種を作ろうとしているようなものである。しかも、確実にハインリッヒという世界最強の戦力が敵に回るというオマケ付きだ。

「一応、調査の手は伸ばしているけど、芳しくないね。それだったら、君をしっかりと守って暗殺を防ぐ方が良い。こっちの方が君という貴重な存在を失わないでも済むしね」
「それはありがたい話ですね」

 ハインリッヒが護衛につくとか、史上最強のボディガードである。
 もちろん四六時中というわけには行かないだろうが……。それでも安心感は桁違いと言える。

「まぁ、君にはシラカミもドラゴンもついてるし、そうそうは手が出せないと思うけど」
「それは確かに」

 平たく言って《神獣》とそれに比肩するドラゴンが傍にいるのだ。確かに脅威的だ。
 まぁ誰も思わないだろうけど、このマメシバとコウモリがそうだなんて。

「でもそれをかいくぐってくるのが暗殺者だ。気を付けてね」
「もちろんです」
「じゃあそういうわけで、付き合ってくれるかな? 魔物討伐に」

 …………………………はい?

 爽やか極まりない笑顔で言われ、俺は思わず笑顔のまま首を傾げた。
 うん、ちょっと待て、何ていったこのヒト。

 魔物討伐とか言いやがりましたか? こんな暗殺されるかどうかの瀬戸際、こんな夜に?

 何考えてんだ、この人。

「え、嫌ですけど」

 明確な拒絶を表明すると、ハインリッヒは予想通りだったのだろう、微笑みは一切崩さなかった。
 う、この顔は絶対に何かあるな。
 思わず身構えると、ハインリッヒは警戒を解くように両手を広げた。

「グラナダくん。学園祭では角煮まんを作るんだって?」
「! どっから、……ってアリアスですか」
「うん。アリアスがレシピ見ながら再現しようとしてたんだ。慌てて逃げて来たんだけどね」
「アリアスが、再現……!? バカな、世界を滅ぼすつもりですか!?」

 音を立てながら俺は立ち上がり、抗議を上げる。それこそ兄貴が身体をはって止めるべきものだ。

「世界って大袈裟な……いや、まぁ、有り得るのか?」

 真剣に考えだしましたよ。

「ともあれ、グラナダくんは、学園祭におけるクラス予算を知ってるかい?」
「え、そんなのあるんですか?」
「うん。出し物のための予算は限られてるんだ。これは特進科だからって優遇されるわけじゃないんだよね。ちなみに公平性を保つために誰かが私財を投ずるのは厳禁です」

 人差し指を立てながらハインリッヒはどこか嬉しそうに語る。

「で、その予算なんだけど、割と少ないのよね。店の作りとかに凝ったら出せるものはショボいし、食べ物に拘ったら数が揃わない。だからどっちかを選ぶことになる」
「んなっ……」
「けど、ここにこそ隠れたルールがあるんだ。何だと思う?」

 ハインリッヒは真っすぐに俺を見据えてくる。
 つまり答えろ、自分で答えを導き出せ、ということだろう。甘く見ないでほしい。俺だって転生者だ。見た目年齢よりずっと上である。

「現品調達ですね?」

 ハインリッヒは満足そうに頷いた。

「君のことだからきっと色々と考えてるんだろうけど。それだと圧倒的に予算が足りない。特に主食となるだろう豚肉は最近高いからね。売り上げ一位を目指すなら、それだけでもう予算は空っぽになるんじゃないかなぁ。角煮って、結構肉が小さくなるから、豚肉ってすっごいいるんだよね」

 ぐっ! 痛いところを!
 さすがハインリッヒも転生者である。

 そう。豚の角煮は肉が小さくなる。余分な脂を取り出すためというのもあるのだが。

「調味料だってバカにならないし……その辺りはどうクリアするつもりだったんだろうね?」
「……誰も気付いてないと思います……担任からは予算の話聞いてないし」

 正確に言えば、それを聞き出す前に呼び出されてたんだけど。

「ということで、狩りに出かけようじゃないの」
「へ?」

 話が帰結して、俺は怪訝になる。

「実は討伐対象となっているのが、マデ・ツラックーコスなんだ」
「! それって……!」
「そう。上位魔物でありながら、世界の美食家を唸らせる豚の魔物。その肉は間違いなく究極。それが大量発生してるみたいなんだよね」

 それを狩れば、少なくとも豚肉は最高級品が手に入る。これは絶対的に有利だ。むしろ断る理由がない。

「それに、君の修行にもなるしね」
「修行?」

 訝りながら訊くと、ハインリッヒは頷いた。その表情からさっと笑顔が消えて、部屋の端っこに作っている作業スペースに視線を移す。そこには、培養液に浸された二つの魔石。
 俺が作り出した魔石だ。
 あの培養液は魔力水で、俺の魔力がブレンドされている。

 ああすることで、魔石が強化されるのである。

「あれは魔石なんだろうけど……例の奴に使うものだね」
「ええ、そうです」

 ハインリッヒには《ヴォルフ・ヤクト》の発動に魔法道具(マジックアイテム)が必要なことは知らせてある。もちろん詳しい情報は伏せているが。

「また、ダガーに嵌め込むつもりなの?」
「え?」

 ハインリッヒの指摘に、俺は首を傾げながらも、胸がもどかしくなった。今、何かを貫かれた。

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