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第百十話

「え、あ、あー……陛下」
「あら、叔父様。邪魔しないでいただけませんか? これからグラナダ様とくんずほぐれつコトを営むというのに」
「あんたいきなり何をぶっこんどるんやっ!?」

 セリナの核爆弾級の言葉に、思わず関西弁で俺はツッコミを叩き入れた。
 いや、だってそうだろ! 仮でもなんでもない文字通り肉親の前でそんなこと言うかフツー!
 俺は狼狽しつつもセリナを解放する。いや、アリアスを攻撃しに行こうとしたら止めるけど。
 王はというと、セリナの相変わらずの発言で気付いたのか、沈痛な表情を浮かべていた。

「わ、私はどうするべきなのだろうか……このまま見守るべきなのか、受精の瞬間を……」
「どんなことに対して悩んでるの!? あとその言葉やめて生々しいっ!」
「だ、だが! これから営みをするのだろう。野外とはずいぶんとレベル高いが」
「しないから! フツーにしないから! ちょっとは考えてマトモな思考を手に入れて!?」

 王であるにも関わらず俺は容赦なくツッコミを入れていた。不敬を問われそうだが、今は常識の話をしているのである。

「むう。グラナダ殿がそこまで言うのなら、そういうことなのだろう」

 やっと納得というか引き下がった王に、俺はふうと胸を撫で下ろす。
 っていうか相変わらずだなこの王様は。近くに護衛さえ連れずに姿見せてるし。まぁ、気配を殺したエージェントっぽいのが何人もいるけど。
 大変だろうな、色々と。
 密かな同情を送りつつ、俺は王を向き直る。

「それで、こんなところに何の用事があって来られたんですか?」
「ハインリッヒの状況を聞いてな。居ても立っても居られなくてこっちへ来たんだ」

 なるほど、見舞いってことか。

 ハインリッヒはこの王国を活動の拠点としている(おそらく色々なしがらみがあって)が、世界中を動き回っている英雄だ。そんな彼が重傷ともなれば、見舞いは欠かせないはずだ。対外的にも、ハインリッヒは大事にしているぞ、とアピールしないといけないだろうしな。
 まぁ、そんな政治的背景もあるだろうけど、個人的にもひどく気にしている様子だ。

 さすがに追い返すわけには行かないし、ある程度の事情は察しているようなので、俺は王をテントの中へ迎え入れた。

「陛下!」
「おお、ハインリッヒ。なんと痛ましい姿に……無事か? すぐに最高の医療を届けられる場所へ搬送を」
「いえ、結構です。目立ちたくありませんから」

 包帯男状態のハインリッヒを見て王は愕然としてから狼狽する。それをハインリッヒは苦笑する気配で窘めた。予想していたとしか思えない早さでの対応だったな。

「とにかく、おかけになってください」

 ハインリッヒの言葉をアシストするように、俺は簡易イスを進めた。
 王は尚も狼狽しつつ、そのイスに腰を落とした。
 こりゃティーでも淹れないと一息もつけないな。判断した俺は近くの棚に入れてあったコップとポットを取り出す。これは俺が冷却魔法をかけて冷やしていたものだ。時間が経っても風味を損なわない茶葉で入れたティーをコップに注ぎ、俺は王に渡した。
 もちろんハインリッヒにも渡し、俺も口をつける。

「すまん。おお、冷たいな、これは」
「本当にグラナダくんは器用だね」

 まぁ、これはフィルニーアから譲り受けた《魔導の真理》を流用した魔法だな。ちなみにフィルニーアもしっかりと使っていたものである。
 冷蔵庫(フィルニーアの家にあるのは別枠な)がないこの異世界では(一面氷にすることでガンガンに冷やしまくる冷蔵室っぽいのはある)冷たいものは貴重だ。

「それで、僕の所へ見舞いにきた、だけではないのでしょう?」
「うむ。グラナダ殿もいるなら丁度良いな。今回の功績に関する話だ」

 ああ、やっぱりな。
 予想しつつも、俺は小さくため息をつく。

「今回のエキドナ討伐、話は仔細まで聞いた。あと一歩まで追い詰めたようだな」
「逃げられてしまっては同じことですけどね」
「いや、あれは仕方がない。むしろ魔神が二体も出現して、よくぞ生きて戻ってきてくれた」

 それに関しては俺も同意だ。
 俺が駆け付けた時には残滓もなかったが、報告を聞いた時は戦慄した。あのエキドナクラスが二体も現れたのである。下手しなくても、一帯は更地になっていてもおかしくはない。
 どうやらエキドナを助けるために出現し、一刻を争うことから姿を消したらしい。

 俄かに信じがたい話だが、ハインリッヒが言うのだから間違いはないだろう。

 とはいえ、ハインリッヒとしては悔しい限りじゃないだろうか。
 ハインリッヒの活躍には、良くエキドナの話は出てくる。それだけエキドナは魔神の中で最も活発に活動していて、常に暗躍していたのだ。
 つまり浅からぬ因縁があるわけで、仕留められるのであれば仕留めておきたいはずだ。
 そう考えれば、今回はまさに奇貨だった。

 何せ条件が良すぎた。

 あのエキドナに不意を討って魂を分離させ、そして消滅させる一歩手前までいったのだから。
 もちろんアリアスたちが危機に陥るって事態も起こったが、それでもなんとかなりそうだったのだ。

「だが、これでエキドナはしばらく活動出来ないはずだ。魔族の活動の八割がエキドナの眷属だったからな。魔族の被害も鎮静化していくことだろう。これは大きな成果だよ」
「そう言っていただけると有り難いことですけど……」
「確かに倒せなかったのは痛いだろう。王国としても、交通の要所を破壊されたわけだし、今回は犠牲者も出ている。看過しがたい被害だ。故に復興へは全力を尽くす。誰一人として、君を責めることはないだろうとも」

 そんなワケはない。絶対に非難の声は出るだろう。
 王の言葉はハインリッヒへの労いでしかなく、実際、どこまで効果があるかも分からない。

「その辺りは我ら政の役目としたところだろう。エキドナを大きく弱体化させたことは誇るべきことだからな。それと、今回にはグラナダ殿をはじめとした、生徒たちが参加してくれたようだな」
「ええ。緊急事態とはいえ、申し訳ないことをしました。学生に過ぎることです」
「うむ。もしありのままを公表すれば、とんでもないことになるだろうな」

 沈痛な様相のハインリッヒに、王も同調した。
 なんとなく、想像はつく。

「一時的に彼らにはハクがつくだろう。だが、直後から他国の干渉が入り、彼らは狙われることになる。エキドナと渡り合ったとなれば、非常に貴重な戦力だからな。なんとしても自国に引き入れようと様々な工作を仕掛けてくる」

 つまり争奪戦だ。
 王国は大陸でも有数の大国だが、随一、ではない。そして魔族の被害が比較的少ないことから発展していることもあって、やっかみを受けることも多い。
 そのため、他国――とくに大国が王国にとって代わろうと、大陸の主導権を取ろうとしているのだ。そのためには、ハインリッヒのような、世界最強と呼ばれる戦力の確保は必須だ。

 そして、そんな背景からくる争奪戦、干渉は絶対にえげつない。表向き、そういったロビー活動とも言える行動は禁止されているが、それでもかいくぐってくるものである。
 というか、そんなことを仕掛けてくる他国は王国と戦争しても構わないと思っているものだ。

 もちろん王国としても戦力の漏洩は避けたい。
 故に、こうした行動は欠かせないというわけだ。

「あの子たちを守るために、何か手を打って頂きたい所ですね」
「無論だ。これは国益にも関わるし、何より彼らの将来がかかっているからな」

 王は既にその手を用意しているらしい。
 懐から一枚の便箋を取り出してハインリッヒに読ませた。
 ハインリッヒは蛇腹に折り畳まれた便箋を広げ、一通り眺めてから、安堵するように息をついた。

「これなら、どこからも文句が出ないでしょうね」
「うむ。エキドナを追いやったのはハインリッヒとイベルタ。学園の生徒たちはそこに巻き込まれる形で救援することとなり、低級魔族の群れを見事討ち果たしてみせた。今年の特進科SSR(エスエスレア)の全員が参戦しているのだから、不思議はあるまい」

 なるほど、そういう流れか。
 今回の作戦、ほとんど内密で動いていたからな。情報操作は簡単だろう。
 そして、王国としても学生が低級とはいえ魔族の群れを討ち果たしてみせたのであれば、相当の褒章をするに値する。その上で、他国への威信にもなる。低級魔族の群れをSSR(エスエスレア)の複数メンバーで討ち果たした、というのであれば、他国が強引な勧誘をしてくるような真似もしてこない。

 ぶっちゃけ、低級魔族の群れなら熟練したSR(エスレア)パーティでも十分だしな。

 まぁ、可能性を見出す、という観点でやってくるのかもしれないが……おおよそ微々たるものだろう。

「ということだから、話のつじつまを合わせて頂きたいのだが、どうだ」
「そういうことなら、僕としても吝かではありません。協力しましょう」

 王の意見に、ハインリッヒは満面に頷いた。

「ご用件は以上ですか?」
「いや、もう一つあるのだ」
「なんでしょう?」
「その……学園武闘祭についてだ」

 何故か言いにくそうにしながら、王はそう切り出した。
 って、なんだ、その絶対暴力的なイメージしか沸かないイベントは。

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