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第九十八話

 フィリオが地面に転がる。何度もバウンドし、もんどりうってからやっと止まった。

「がっ……はっ……!」

 これでヤツのプライドはズタズタのはずだ。固有アビリティも、魔法も、剣も。ステータスでさえ。全てで上回ってやった。
 問題はその性根だが――どこまで折れたか。
 フィリオはせき込みながら何とか起き上がる。肋骨でもいったか。

「くぅ……有り得ない、有り得ないっ……!」
「何がだよ」
「なんだ、なんの目的としたイベントなんだ、これはっ……! ふざけやがって、ふざけやがって、俺は世界を救うための存在だぞ、この世界を、貴様らを助けてやるんだぞ! なのに、こんな目に……っ!」

 目と声を濁らせながらフィリオは叫ぶ。
 なるほど、もう一歩か。
 というか、もうダメかもしれねぇな。あまりに固執しすぎてる。この世界を世界だと認識するのを拒絶してるし、自分に都合の悪いことを受け入れられない。

 自分は特別だ。何よりも特別だ。絶対唯一(オンリーワン)だ。

 そう思って信じて、自分の思い通りに。今まではなってきてたんだろう。有力貴族という籠の中にいた頃はそうだったはずだ。もし俺がフィリオと同じ立ち位置なら、そうなってた可能性は十分にある。

「ああ、あ、ああ、あ、あああ! 覚醒か、覚醒なんだな、俺はここで覚醒するんだなっ!」

 あ、違う方に壊れた。いや、壊れてないな。アレは。

「さぁ、覚醒しろ、覚醒しろ、覚醒しろォォォォっ!」
「アホが。覚醒ってなんだ。んなもんねぇよ」
「殺す、殺す殺す殺す殺す殺すぅぅっ! お前は俺を怒らせた、キレさせた、怒髪天だコラァ!」
「意味の分からねぇ三段活用するなよ」

 フィリオは唾を、血を喚き散らしながら突っ込んでくる。
 ムチャクチャだが、全身には夥しい魔力が宿っていた。

「《穿ち抜け》《天と地の咆哮》《彼方の膜を破れ、其は清冽に荒れ狂う》っ! ――《デスティネイション・ジャッジメント》!」

 ここに来て、極大魔法か!
 稲妻が迸り、フィリオの腕に雷の大剣が生まれる。さすがにあれを受けたらタダじゃあ済まない。

 さすがSSR(エスエスレア)の限界突破。伊達じゃあない。

「はっはっは! どうだ、命乞いするなら今だぞ! と言っても許すかどうか分からないけどなァ!」

 鼻折れて肋骨折れて、よくあんな喋れるもんだ。フツーは呼吸さえ辛いのに。
 もしかしたら自動回復を持ってるのか?
 だとしたら、少し強めにしても良かったのかもしれない。まぁ、それ以前に、コイツをどうにかしないといけないんだけどな。

「命乞いって言われてもなぁ、俺、まだ手加減してるんだけど」
「はぁ!?」
「証拠、見せてやるよ」

 俺はため息を吐きながら、手を翳す。
 《アクティブ・ソナー》で周囲に気配がないことを確認してから、俺は魔力を高めた。

「《真・神威》」

 空気が裂けて悲鳴を上げ、大地が一瞬で炭化していく。凄まじい轟音は、何度も落雷を受けたかのような地響きを残し、周囲を薙ぎ払った。

「……ひ?」

 その圧倒的な破壊を目にし、フィリオの目が点になる。
 俺は沈黙の間に剣を構える。

「ついでにそれ、危ないから斬るな。《真・神撃》」
「……ふぇ?」

 世界が加速し、俺はその稲妻の大剣を斬り捨てていた。
 ばぢっ、とスパークし、切断された稲妻はブレて消滅していった。

「……へ?」

 意味が分からない、といった様子のフィリオは、まじまじと斬られて消えた稲妻の残滓と、俺を交互に何度も見た。いや、何回見ても同じだぞ。
 俺は炭化してボロクズになった剣を捨て、ゆっくりとフィリオに向き直る。
 同時に、ありったけの殺意を乗せて魔力を迸らせた。
 それは衝撃となってフィリオの全身を叩き、戦意を根こそぎ折った。

「ほぉぉぉぉっ!?」

 ぺたん、とフィリオは尻餅をつく。ガタガタと震えだして、涙さえ流し始めていた。

「な、ななな、なんだお前、なにものだっ!」
「グラナダ・アベンジャー。お前の蔑む残念レアリティでクソレアリティのR(レア)だよ」

 一歩進むと、フィリオは足を必死に動かして尻を地面に擦らせながら逃げる。腰でも抜かしたか。

「嘘つけっ! お前みたいなチートが、なんでそんなレアリティなんだよ!」
「知らねぇな。レアリティを決めたのは俺じゃないし」
「ふ、ふざけやがって、くそ、くそっ! 俺は、俺は主人公なんだぞっ!」
「まーだ言ってんのか、そんなこと」

 俺は呆れを通り越していた。

「お前が主人公サマだろうと何だろうと、やって良いことと悪いことがある。世界を、人々を蔑ろにして、イベントだのなんだのって、自己の都合の良いことばっかに変換して、それで自分が悪くないなんて言い逃れ、出来ると思うな」
「貴様っ……!」
「俺はそんな偉そうな代弁者じゃねぇし、お前を捌く権利もない。けど」

 一瞬で間合いを詰め、俺はフィリオの目の前に立った。

「この世界に生きる、一人の人間としてお前を真正面から否定してやる。非難してやる。ふざけんな。街をあんなんにしてくれやがって」
「く、くそがあああああああっ! 《フレイム・ガン》!」

 不意打ちのタイミングで、フィリオは俺に向けて指を向け、炎の弾丸を放つ。
 俺は顔を逸らしてそれを回避した。あぶねぇ。
 っていうか、チート呼ばわりしておきながらまだ攻撃してくるのかよ。

「逃げやがって!」
「なるほどな。真正面から否定されたらムカついて、消そうってか」
「俺は悪くない、俺は悪くない、俺は悪くないッッ!」
「悪いに決まってんだろ?」

 叫ぶフィリオに俺は否定をぶつける。

「誰のせいでこうなったと思ってんだ」
「う、うう、うるさい、うるさい、うるさいいいいいっ!」
「まったく。ああ、良いぜ。お前の言うイベントってヤツだ。お前にとって都合の良いイベントだ。それは――改心ってヤツだな。どう足掻いたって一人の人間だってことを思い知らせてやる」
「がああああああっ!」

 もはやメチャクチャに暴れるだけの(腰を抜かしてるのでダダをこねてるようにしか見えない)フィリオに向けて、俺は魔法道具(マジックアイテム)のスイッチを入れた。

「《ヴォルフ・ヤクト》」

 発動させ、俺は《クリエイション・ダガー》で七つの刃を生み出す。
 それを自分の周囲に展開させながら、俺はフィリオを見下ろした。

「少し黙れ」

 叫ぶだけのフィリオに、俺は刃を繰り出す。
 一瞬の軌跡は、瞬時にしてフィリオに七つの傷を作った。とはいえ、重い傷ではない。皮膚を浅く斬ったくらいだ。

「っがぁっ!?」
「これからお前がゴメンなさい二度としませんって心の底から反省して謝るまで、傷つける」
「な、なにっ!?」

 言い方は限りなく悪いが、躾みたいなものだ。
 もう言葉を尽くしても、相手の能力の全てを上回ってみても省みることがないのだ。だったらもう、恐怖でも何でもして考えを改めさせるしかない。

 俺たちの現状の目的はエキドナの対処なのだ。コイツに時間をかけてやる余裕はない。

 もちろん、改心したところで社会的追求は避けさせないけどな。
 貴族サマだかなんだか知らないが、子育てに失敗しまくった、ってのも遠因なんだから。

「一応、抵抗しても良いぞ。攻撃もしてきてもいい。けど」

 俺の意思に従って、刃が次々とフィリオのすぐ傍に突き刺さる。

「この七つの刃。その前に攻撃するけどな」
「ふ、ふふふざけやがってぇぇええええっ!」

 フィリオが根性で立ち上がろうとした。そこを狙って刃が閃き、全身を浅く斬った。
 僅かな血が飛び散る。
 それが二回、三回。あっという間に傷だらけだ。

「っつぁあっ!?」

 たまらずフィリオは地面に倒れこむ。
 だが、その浅い傷が塞がっていく。やはり自動回復持ちか。それなら尚更好都合だ。

「認めろよ? 自分が世界に生きる数多の命の一つだと。自分の周囲が、ちゃんと己と同じ命だって」
「あ、あああっ!」
「世界はお前のためにあるんじゃない。お前のためのイベントなんて何一つなかったんだって」
「ぎ、ぎゃあっ!」
「そして謝れ。謝り倒せ。心の底から反省しろ。それでも足りないんだ」
「ぴ、ぴぐうっ!?」

 傷口が塞がる度に俺は刃で新しい傷をつける。
 絶え間ない痛みに叫びながら、フィリオはとうとう小便を漏らした。
 だが、やめない。ここでやめたら、フィリオのためにならない。中途半端に、俺だけへの恐怖と憎悪を募らせるだけだからだ。それではダメなのである。

「あ、ぎゃ、ぎゃああああああああっ! ごめんなさい、ごめんなさあいいいっ!?」
「怖さから痛みから逃れるためだけの言葉は謝罪って言わない」
「ぎゃあああああっ!? なんでぇえええっ!?」

 ただただ、フィリオの絶叫はこだました。

 本気で改心して、本気で謝るその時まで。

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