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第九十六話

 一時的な避難所となったエリアの端には、林がある。そこからは少し坂になっていて、抜けると小高い丘になっていた。そこにフィリオがいて、どうしてそこにいるのか、は一目瞭然だった。
 街だ。
 ここからは、街が一望できる。

 そんな街は、凄絶な状態にあった。
 今日は五つの月の日で、割合に明るい。街全体は火に包まれた後の燃えカスのようで、廃墟だらけだ。そんな街の中心には、巨大な黒い十字架のようなものが突き立っていた。鎖のようなものが何重にも巻き付いていて、厳重に封印されている様子だ。

 っていうか、封印されてるのか、実際に。

 避難エリアでは気付かなかったが、幾分か街へ近づいたからだろう、異様な魔力を感じた。
 何十人って人の魔力が混じっていて良く分からないモノになっているが、とにかくあの黒い十字架の中にはエキドナがいるのだろう。

 フィリオは、そんな異様な風景を見ながら立っていた。
 なんでかすっげぇ浸ってる気がする。背中がなんか黄昏てる気がする。黄昏時はとっくに過ぎてるぞ。

「……フィリオ」

 俺は半ば呆れながら、林の出口付近から声をかける。
 フィリオは何故か振り返らない。

「なんだ」

 そしてこの返事である。

「なんだもこーだもねぇよ。お前に少し話がある」
「……俺には無いんだがな」
「関係ねぇよ。つかこっち向け」

 一呼吸置きながら言ってくるあたり、かなり演技臭い。俺はそれがめんどくさくてぶった切った。

「正直に話せ。お前、なんでエキドナに手を出した?」

 ストレートに確信を突く。回りくどくする必要はないし、言い訳を聞くつもりもない。
 険のある口調で言ってやったのが伝わったのか、フィリオはようやく振り返った。だが、そこに貼りついていた表情は、どこか悟ったようなものだった。
 なんでコイツはこんな平静でいられるんだ?

「なるほど。お前がここに来たのは、そういう役目だからか」
「……は?」
「お前、俺と同じ転生者って《設定》だったよな? だから俺のことを怒りに来たんだろう?」

 はい? 設定?

 言われている意味が分からずに俺は首を傾げる。
 まさかアレか。俺のことまでCPUって思ってるのか、コイツ、本気でアホだな。

「ああ、そういう設定なら答えてやるよ」

 心底呆れていると、何故か上から目線でフィリオは両手を広げた。

「遭遇ボス戦だったんだよ。俺は実習依頼でガルナの森を通ることになった。まぁ緊急の変更だった。だからメンバーを追加して挑むことになった。ちょうど四人パーティだな」
「それで?」
「そこで森の中に入ってたら、魔物と遭遇して、蹴散らしてたんだけど、火傷したエルフを助けたのさ」

 エルフとはまた珍しいな。
 この世界では人は多いが、亜人は極端に少ない。特にエルフとなれば、天然記念物級だ。実際、俺もまだ見たことがない。
 そういう意味では、フィリオは本当に主人公みたいな人生歩んでるんだな。

「貴重なエルフだぞ? イベントに決まってる。もし攻略対象ならチョロい枠だ。だから俺はすぐに助け、その元凶を討ち果たそうとした。フラグ回収するには当然だろ? それがエキドナだったんだよ。俺はすぐにイベントボスかエピソードボスと思ったのさ」

 なんでいちいちゲーム用語とかネット用語が出てくるんだ。

「それで戦いを挑んで、あっけなく負けたってか」
「負けてねぇ! あれは負け確イベントだったんだよ!」

 うわ出た。
 いやまぁ確かにゲームにはあるけどな、どうやっても勝てないイベントっての。つまりアレか。フィリオはエキドナに手を出して、手酷い反撃を受けて逃げることになった。それが認められなくて、負け確イベントなんて思いこむことで自分の心を守ったのか。
 なんてアホらしい。

「それで、こんなトコにまで逃げてきて、魔族を宿場町に呼び寄せたってのかよ」
「勝手に追いかけてきたのは向こうだろ!」

 何言ってんだ。ちょっかい出されて殺そうと思ったら逃げたんだろ? そりゃ追いかけてくるわ。
 しかも相手は弱っちいのである。

「逃げるならちゃんと撒け。ドアホ」
「誰に向かって言ってやがる、このクソレアリティが! それにこの街が焼かれるのもイベントだ!」
「……はぁ?」
「魔族って天災に焼かれ、この街は復興することになる。その復興のきっかけのイベントなんだよ。俺が今度こそエキドナを倒して、俺が復興の英雄になるのさ!」

 俺は愕然とした。いや、いやいやいやいやいや、おかしすぎだろ。

「天災っていうか、お前が連れてきたんだから人災だろ。しかも元凶お前だし」
「知らんな。イベントなんだから誰も目をつむるさ」
「いやいや、無理だし。っていうかさ、さっきからイベントイベントって言ってるけど、お前、ここをリアル過ぎるゲームか何かと勘違いしてねぇか?」

 いくらなんでもこの思想はヤバすぎる。早く取っ払わないと、今に何しでかすか分からん。
 ハインリッヒが危惧していたのはこの考えなのだろうか。

「ハァ? ゲームだろ」

 フィリオはあっさりと言い切った。

「いやまぁ確かに異世界に転生してきたけどサ。基本的にはゲームだろ? 俺が中心だし、俺の思うようにことは進むし、世界は俺のために動いてる」

 つまり、世界の中心は自分だって言いたいのか。

「だったら駒同然だし、どうなろうがどうでも良い。まぁ、カワイイ女の子は別だけどな」
「……お前、マジで言ってんの? ちょっとシャレになんねぇぞ、それ」
「何がだ。シャレもなにも、マジに決まってんだろ。この世界は俺のためにある。だからこそ、エキドナを相手でも戦って逃げることが出来た」

 いや、それはエキドナが面白そうだから追い掛けてきたってだけだと思う。いつでも殺そうと思えば殺せたはずだ。
 エキドナは魔神である。
 こんなバカの一人や二人、指先一つで抹殺である。

「それで街を火の海にしてたら、意味ねぇだろ」
「だが、誰も死んでいない」
「んなワケねぇだろ。ちょっと本気で頭大丈夫か?」
「ハインリッヒがその身を犠牲にして、あの街にいた全員を転送しただろうが。助かったはずだ」

 ──こいつ、バカか。

 俺とフィリオは、互いに呆れていた。

「あれだけの大火だぞ、本気で犠牲がないと思ってるのか?」
「……なに?」
「ハインリッヒが転送したのは、駆けつけた時、まだ逃げ惑っていて街から脱出出来そうにない人達に限定したはずだ。自力で逃げられるならそっちの方が良い」

 これは推測だが、外れていないはずだ。
 時空間転移は危険が伴う。もちろん可能性としては低いのだろうが、リスクとしてある以上、避けられるものは避けるべきで、ハインリッヒはそう考えるだろう。
 何より重要なのは、その駆けつけた時、ということだ。

「つまり、駆けつける前に出た犠牲者はいるはずってことだ」

 もちろんこれがどれだけの数なのか、集計してみないと分からない。
 まだ街にエキドナがいる以上、それも難しいことだろう。

「……だとしたら、それは必要犠牲だ」
「は?」
「エキドナへのヘイトを集めるため、それと、俺がエキドナを倒した時の賛美をより強めるため」

 フィリオは両手を広げながら嗤う。もはやそれを人と俺は見れなかった。
 コイツは、人のカタチをしたナニカだ。

「……ってことは、お前、自分が悪くないって言いたいのか」
「その通りだ。俺は悪くない。それにちゃんと罪滅ぼしに行くつもりさ」

 フィリオは自慢らしい剣を見せびらかしながら堂々と言い放つ。

「エキドナは俺が倒す」
「いや無理だろ」
「無理じゃあない。次は負け確イベントじゃないからな。それにアリアスもいるし、お前のトコのメイ? もいるからな。駒は揃ってる。次は大丈夫だろう」
「ふざけんな。何が悲しくてメイをテメェに預けないといけねぇんだ。っていうか、アリアスだって付き合うはずねぇだろ」
「そんなことはない。アリアスの兄――ハインリッヒはエキドナのせいでああなったんだからな? それにエキドナを討伐するとなれば、現状の最高戦力――SSR(エスエスレア)を集めるのは当たり前だ」

 ああ、もうダメだ。コイツ。俺はもうコイツの言葉が認識できない。

「それに、あまり猶予はないと思え。あれは儀式魔法クラスの封印だが、何十人とハインリッヒが連れて来た専門家によって維持されている。けど、それも連中の魔力が続くまでだ。魔力水の備蓄も多くない」
「……で?」
「エキドナは直に開放される。だから――」
「もう黙れよ」

 俺はフィリオの言葉を遮り、坂道を登っていく。
 ハインリッヒは多少手荒でも構わないと言っていた。それはこんなクソみたいな講釈を垂れながら愚かにも足止めされているエキドナへ特攻するのを防ぐためだったのだ。

「エキドナを倒すどうのこうのは、ハインリッヒが回復してからだ。準備を整えないとしんどいって言ってたからな。何か考えがあるんだろうし、そっちの方が確率的に高い。お前みたいなアホが特攻しても犬死になるのは目に見えてるしな」
「貴様っ……俺とやるつもりか?」
「やる? アホを抜かせ」

 俺は魔力を高めながら距離を詰めていく。

「お仕置きだ。覚悟しろよテメェ」

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