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第八十七話

 アリアスが背負っているカバンは、明らかに容積オーバーだ。カバンに感情があれば泣き叫んでいることだろう。
 一体何をどれだけ詰め込めばそんなことになるのか。横幅なんて人間三人が横並びできるぐらいだぞ。明らかに通行の邪魔になってるし。っていうか目立つ。すっげぇ目立つ。

「何――って、旅の準備してきたんだけど?」
「アホかお前は」

 もはや反射で俺はツッコミを叩き込んだ。

「誰がアホよ! いきなり何てこと言うのかしらね!」
「いやいやいや。っていうか何してんだよ。どこの山に籠もるつもりだそれは」

 俺のツッコミに、メイとウルムガルトも頷いた。メイは呆気にとられていて、ウルムガルトに至っては完全に不審者扱いの目線である。
 今回の依頼はゆっくり移動しての二日間行程だ。途中で宿場町に寄る予定で、宿も予約済であることは、依頼受領書の要綱にしっかりと記載されている。

 ぶっちゃけ、かなりのゆとりがあるし、装備面でもそこまで揃える必要はない。

 それなのに何でこんな重装備なのか、この娘は。
 完全に白い目線をぶつけられながらも、アリアスは顔を赤くして反論してくる。

「何言ってんのよ! 何があるか分からないじゃない! 準備はして然るべきよ!」
「いや、その装備の方が何か起きそうじゃねぇ? 主に通行に邪魔な意味で。良くぶつからなかったな」
「いや、ぶつかってきたわよ?」

 しれっと言われて俺は思いっきり傾いだ。

「ダメじゃねぇかそれ!」
「私としてはアンタらの装備の方が信じられないわよ。なんでそんな軽装備なのよ、有り得なくない?」

 アリアスは俺とメイを交互に指さしながら苦情を申し立ててくる。

 俺とメイは、鎧付きの、ポケットがたくさんあるライフジャケットに長袖長ズボン、そしてブーツ。そこにやや厚手のマントを羽織っている。一応着替えもあるが、それは背中のバックパックに収納してある。後は水筒や小道具が腰のポーチにあるぐらいだな。
 極めてフォーマルな冒険者スタイルである。実際、この恰好で俺とメイは王都に来たし。

 ちなみにアリアスはそのバカみたいなリュックを背負っている以外はいつもの格好だ。女騎士らしい軽装備の鎧にマントといういで立ちだ。

「有り得なくないだろ。行程表見たか? 宿場町で宿まで取ってあるんだぞ?」
「もしそこへ辿り着けなかったらどうするのよ! 野営の準備とかしなきゃいけないし、そうなったらそれ用の装備もいるでしょ!?」
「大通り歩くのにその可能性を疑えるのが凄いけど……仮にそうなったとしても、テキトーに薪をくべて焚火して、んでマントにくるまって寝ればいいじゃねぇか」

 この季節は夜になっても凍えるほど冷えるワケではない。

「そ、そうでなくても、入浴関係の準備とか、着替えとか、予備の鎧とかっ!」
「着替えなんて下着だけで十分だろ。予備の鎧なんて、そんな戦場に行くわけじゃあるまいし。それにバスグッズなんてもっと不要だろ。意味わからんレベルだぞそれ」
「女の子は色々と必要なのよ! シャンプーとか、石鹸とか、髪の毛の手入れもそうだし、化粧水だっているし、そ、それに食料だって!」
「旅行じゃねぇんだから。それに食料はそれこそ森とかから調達すれば良いだろ」

 俺は次々と言い分を切り刻んでいく。
 食料なんて、今回は必要ない。森へ行けば山菜も採集できるし、野生動物を狩ることなんて朝飯前だ。
 一応、その時のための調味料は最低限準備してあるが、微々たるものである。

「み、水とかはどうするのよ、水とか!」
「《アクアコモン》使えば良いだけだろ……」
「……あ。そうだった」

 ただ水を呼び起こすだけの、水系初級魔法たる《アクアコモン》は、誰もが覚えている魔法だ。戦闘では役立たずだが、実生活においてこの上なく便利である。
 まさかそれを失念していたとか、それこそ有り得ないことだ。
 さすがにアリアスもそこは素直に引いたが、他は譲れないらしい。

「で、でも、でも、色々と考えて、これぐらいはいるかなって……!」
「あのさ、仮に戦闘になったとして、まぁ奇襲を受けたとしよう。そんな時、そんな装備で戦えるのか?」
「んぐっ!?」

 痛いとこを突いたらしい。アリアスは呻いた。

「しかもアリアス。お前は前衛だろ?」
「ぐっ!」
「更に言えばお前、スピードタイプだったよな? そんな装備じゃあマトモに動けないし、そもそもそのスピードも殺す。自分の特徴を消してどうすんだよ」
「かはぁっ!?」

 俺に悉く抉られ、アリアスは見えない矢に穿たれたかのようにのけ反った。
 そんなアリアスを見て、ウルムガルトは呆れの目線を送った。

「……見事に初心者って感じね。依頼料が安い理由、分かったわ」
「なんだ、格安だったのかよ」
「かなりね。まぁ学園の教習って聞いてたから、ある程度の覚悟はしてたんだけどね。でも、こういう時ってフツー教官がつくもんじゃないの? っていうか、つかないとしても、相応の学習はしてきてるよね?」

 ウルムガルトの指摘はごもっともだ。

「ああ。確かにその手の講習は受講終わってる」
「……だとしたら、何を学んできたの、あの子は」
「言うな」

 俺は頭痛を覚えて頭をさすりながら言った。

 俺たち特進科に教官がつかないのは、戦力としては(実戦経験もしたし)問題がないと判断されているからだ。故に、心構えから装備などの講習、果ては経験者からの後援会まで受けている。
 それなのにどうしてこうなったのか、俺でも分からない。

 ちなみに教官たちは、低レアリティの生徒たちの実習についている。

「まぁいいか。グラナダ君がいれば安心だしね」
「え? それってどういうことですか?」

 即座にアリアスが食い付いてくる。こういう時だけ素早い。

「ちょっとした知り合いだよ。人助けしたというか、されたっていうか……」
「っていうかまぁ」

 俺が少し歯切れの悪い答えを出すと、ウルムガルトがフォローに入ってくれた。

「依頼者からの目線として、どっちに信用が置けるかって話だね。君かグラナダ君か。その姿だけを見て、どっちが頼りがいあるように見える?」
「うぐはああああっ!」

 核心を貫かれ、アリアスは大きくのけぞる。そしてバランスを崩して背中から転倒した。
 ああ、実に情けない。
 ハインリッヒが見たらさぞや嘆くだろうなぁ。

「とりあえず、その荷物、どうするの? そのままじゃあ依頼に参加させるのは無理なんだけど」
「……捨てていきます……」

 アリアスは、手足をじたばたさせながら言った。
 意外とポンコツだな、コイツは。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 うららかな陽射しとは、このことを言うのだろう。
 柔らかい青空に、綿菓子みたいな雲。本当にゆっくりと流れていくように感じる時間。田舎村での生活を彷彿とさせる、のどかで幸せなひと時。
 そんな中、俺とメイ(ついでにポチも)、アリアスはウルムガルトを囲む形で歩いていた。

 街道は整備されていて歩きやすい。その上で人通りも窮屈に感じるレベルでもない。

「い、良いお天気ですね!」

 それなのに、何故かアリアスは緊張しまくっていた。

「そ、そうだね。良い天気だね。ぽかぽか陽気だし」
「と、ととととと、鳥のさえずりも気持ち良いですね!」
「…………鳴いてないけど?」

 ウルムガルトの指摘に、沈黙が落ちた。

「あ、あは、あははははははは」
「ちょっとグラナダ君、どういうこと」

 脂汗をたらたら流しながらごまかし笑いを浮かべるアリアスから離れ、ウルムガルトは気味悪そうな顔で俺に声をかけてくる。

「あー、えっと、アレだ。依頼主とは最低限の信頼関係を築け、って習ったからじゃね? ほら、コミュニケーションってヤツだよ」

 俺は講義の内容を思い出しながら思い当たるものを言う。
 そう言えば、こんなレクチャーを受けたような気がしなくもない。っていうか、まんま言ってるぞ、アリアス。どこまでポンコツ具合を披露するつもりだ。

「あ、ああ、そういうこと。って、それ思いっきり失敗してない?」
「失敗してるな」

 俺としては否定できない。
 だって、明らかに失敗してるだろ。思いっきりウルムガルト引いてるし。もしこれが学園の実習、という名目が無かったら即座に解約されていることだろう。

「なんか、君とメイちゃんを護衛にした時とは違う意味で緊張してきたなぁ……」
「すまんな、変な気を使わせて」
「まぁ良いんだけどね。ここの通りって本当に平和だから」

 時折露天商まで見かけるほど、この辺りは穏やかだ。
 野盗なんていないし、魔物さえ見かけることはない。

「そう言えば、最近変な噂を耳にしたよ」
「変な噂?」
「うん。エイアリナ領のことなんだけど、どうも最近関税が異様に高くなってるみたいなんだ」
「関税が?」

 怪訝になって俺は訊き返した。
 エイアリナと言えば、王都から東に位置する領地だ。王都とも隣接していて、確か交通の要所として栄えている。反面、岩山が多いので一次産業は乏しい地域でもある。

「何かあったのかもしれないから、商人たちが行き交うの大変だって言ってた」
「あそこを通れないとなると、かなりの遠回りになるしな」
「うん。ガルナの森の近くを通ることにもなるしね。犠牲者も出てきてるみたい」

 ガルナの森は魔物の巣窟として有名であり、近寄る人は少ない。
 だが、関税があまりにも高いということで通行する人が増えているのか。

「だから、近々物価の変動があるかもしれないから、今のうちに買えそうなものは買っておいた方がいいよ」
「それはご忠告どうも。助かる」

 学園は基本的に閉鎖空間だから、世情にはどうしても疎くなる。
 そういう意味で、この情報はある意味で有り難い。トラブルに巻き込まれないようにするためにも、だ。

 俺は絶対にそっちへは近寄らないようにしようと誓って、歩みを進めた。

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