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第八十六話

「――で? わざわざ放課後まで話を引っ張って、何をするつもりなのよ」

 放課後、誰もいなくなった教室。
 俺とアリアスはそこで落ち合って、実習のペアについて話し合いを行うことになった。というか、そう仕向けた。
 アリアスは俺を軽蔑するように睨みつけながら、自分の席に座った。

「何をするも何も。ペアになったんだぞ。少しは協力しようってないのか?」
「担任に言われただけでしょ、そんなもの」

 アリアスは冷たく言う。席に座りながらも、足を組んでこちらに威圧的な態度を取っている。

「けど、他のペアに異議を申し立てた奴は──フィリオしかいないようだけど」
「だから何よ」
「もしここで異議を申し立てれば、ペアを交換することになるんじゃねぇの?」

 そう指摘すると、アリアスは鼻白んだ。
 もちろんこれは可能性の一つでしかない。別の手段だって有り得る。だが、意地悪いが、それは言わない。

「ペア交換するってなったら、フィリオは絶対にお前と組みたがると思うぞ。なんだかんだでお前のこと狙ってるっぽいし」
「……うぐっ」

 フィリオはアリアスを攻略対象だと言っていた。明らかにヒロインの一人として見ている。もしペアになれるチャンスが来たら、狙ってくるのは目に見えていた。
 どれだけ拒絶しても何をしても、フィリオはそれが結ばれるためのフラグ、イベントとしか思わないだろうし。ツンデレキャラの攻略とかって感じだ。

「そ、それは死んでも嫌……あいつ、むかつくし」
「その点は俺も同意する」

 俺は深く頷いた。

「強いのは事実だけど……なんていうか、私たちのことを人と見ていない気がするのよね……転生者からはたまに感じることがあるんだけど。あんたも転生者だったわよね?」
「そうだな、転生者だな」

 不遇極まりないけどな。
 森の中から裸一貫スタートだったんだぞ俺は。危うくも何も死んだ可能性の方が超絶高かった。

「でも、あんたからはその嫌な視線は感じないわね。どうして差があるのか、同じ転生者なんだったら分かるんじゃないかしら?」
「……想像はつく、ぐらいだな。こう言ったら傷付くかも知れないけど、この世界の連中を人間として見ていない奴等はいる。ゲーム感覚ってやつだ」
「ゲーム感覚……?」

 アリアスは訝しい表情で続きを促してくる。
 この世界でのゲームは鬼ごっことかかくれんぼとか、貴族のたしなみ程度としての球技ぐらいだ。後はボードゲームか。確かチェスみたいなのはあったはずだ。
 まぁあれは兵法のたしなみみたいなものらしいけど。

「つまり、自分以外の連中は駒ってことだ」
「何それ、魔族みたいじゃない」

 アリアスは舌を出して嫌悪感を表に出す。確か王国でも三大貴族に数えられる出身だと聞いていたが、随分と感情表現が豊かというかストレートだ。

「魔族がどうかは知らないけど、良いとは思えないな」
「ってことは、あんたは私たちを駒とは思ってないのよね」
「当然だ。どうやったらこの世界をゲームフィールドって思えるんだって話だ。みんなそれぞれで生きてるってことは、少し考えれば分かるんだけどな」

 もちろん、それを一番実感するのは、自分の思うようにいかない時なんだが、きっとフィリオにはそれがないのだろう。
 何もかもが自分にとって都合の良い世界。
 それは心地好いのかも知れないが──自分以外の全てが生きているものじゃないと思える神経が怖いな。俺なら恐怖にかられて何も出来なさそうだ。

「ふーん……わかったわ。確かに、フィリオと組むのは嫌だし、あんたがまだマシな思考回路持ってるってのも理解したわ。それに……兄様と一緒に訓練してるみたいだし」

 意外な言葉に、俺は驚く。
 ハインリッヒとの訓練は、目立たないように早朝だし、だからこそ誰も目を向けないような城壁の上を走っている。加えれば隠蔽魔法さえかけているのだ。
 そう簡単に認識できるとは思えないんだが。

「あのね、私はこう見えて兄様大好きなのよ?」

 こう見えても何も思いっきり大好きそうですが。

「なんか小細工してるみたいだけど、私の兄様探知フィルターアイには無意味よ」

 なんですかそれ新手の固有アビリティか何かですか。
 真顔で言い放つアリアスに呆れつつ、俺は内心で呟いた。

「確かにあんたのレアリティは低いけど……でも、だからって努力してない人よりかはマシね。セリナだって認めてる様子だし」
「それはどうも」
「だから、あんたをパートナーにしてあげるわ」

 言いながらアリアスは立ちあがり、少し躊躇う素振りを見せながら、俺に手を差し出してきた。
 意味がわからず首を傾げると、アリアスは一気に表情を不機嫌なものにさせた。

「握手よ、握手! パートナーだから握手するのは当たり前でしょ!?」
「え、あ、ああ、ごめん」
「素直に謝るって、ホントに知らないのね……まぁいいわ。これからよろしくね」

 そう言ってくるので、俺は手を握り返した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、当日。
 俺たちに宛がわれたのは、商人護衛の任務だった。事前に渡された概要では、大街道を主なルートとして行く。一部だけ森の中を通るようだが、小さい雑木林みたいなもので、魔物に遭遇する可能性はかなり低いと言って良い。
 まして、野盗といった類いも出ないそうだ。

 それでも積み荷と見栄のため、一定レベル以上か、よっぽど用心深い商人たちは依頼を出すのだと言う。

 言ってしまえば、初心者、及び低レアリティ冒険者御用達の依頼ってわけで、俺たち学園生からしても丁度良い実習ってわけだ。

 そして俺とメイは、依頼主との待ち合わせ場所──王都の南口周辺にある喫茶店の前にいた。
 この辺りはこういう店が立ち並んでいる。長い行程を経た上に、時として長い行列を待ってから王都への門をくぐるため、一休みしようと立ち寄る客が多いからだ。

 王都の内側は安全って安堵も手伝ってるんだろうな。

 そんなことを思いながら懐中時計を取り出す。待ち合わせ時間まではまだ二〇分はある。

「少し早く付きすぎちゃいましたかね?」
「いや、こんなもんだろ。俺たちは新人だしな」

 立場的には勉強させてもらう方なので、早く着くことは良いことだと、思う。これは現世での考え方だからなんともいえないけど。

「あれ、グラナダくん?」 

 どこか懐かしい、聞き覚えのある声がした。
 右を見ると、そこには褐色肌の、少女とも少年ともとれる人物と、荷物を積んだ灰色のロバ。

 忘れるはずがない。ウルムガルトだ。

 まさか、依頼を出したのって、ウルムガルトなのか?

「えーっと、一応確認なんだけど、この喫茶店の前で待ち合わせしてるんだよね、僕……」
「あー、それ、俺だわ多分」

 言いながらウルムガルトは本人確認の依頼申請書を見せてきて、俺は受領書を見せる。
 俺の受領書には、依頼主の名前は《アズルール》になっていたが、どうやら偽名だったらしい。この手の護衛依頼には良くある話だ(さすがに大物商人ともなれば別だが)そうだ。特に、自分のことを女性だと隠している商人は。

「なるほど。もしかしたら、とは思ってたけど、本当に再会できるとは思ってなかったなぁ」

 頭をぽりぽりとかきながら、ウルムガルトは少し気恥ずかしそうに言った。

「俺も思ってなかったよ。っていうか、王都に戻って来てたんだな」
「うん。まぁ今回は本当にちょっとした用事だったんだけどね。商売の橋掛かりがあったから。そのついでにちょっと行商しに来たけど。本当に少ししか滞在しないから、今回は連絡諦めてたんだけど」

 そう言えば、王国に来たら連絡寄越す、とか言ってたな。

「でもまぁ、こうして出会えたんだし良いか。お久しぶり、グラナダ君、メイちゃん」
「ああ。久しぶり。ウルムガルト」
「お久しぶりです、ウルムガルトさん」

 俺たちはほぼ一緒のタイミングで微笑んだ。
 正直どんな商人が来るのだろうと緊張していたのだが、気心が知れている人で安心した。

「ちょっと見ない間に、逞しくなった?」
「まぁ、毎日訓練してるしな」
「それもそうだけど、なんか、また修羅場を経験してきたって感じの顔してるかな」

 なんだそりゃ。まぁ確かに潜り抜けたけど。何度も。

「まぁ、その様子なら頼りになるから安心かな。あ、でも無茶はしてほしくないな。例えば、ドラゴンで輸送するとか」
「あれは無茶だったと今ではちょっぴり思わなくもない」
「あはは、それってほとんど思ってないってコトだからね」
「今回は大丈夫だよ。んなことしたら実習にならないしな」

 俺は苦笑して言うと、ウルムガルトも分かっているのだろう、ころころ笑いながら何度も頷いた。
 それからしばらく歓談していると、ようやくアリアスが到着した。

「あら、もう依頼人と会っているの? 早いわね」
「おいちょっと待て」

 何でもない様子でこっちにやってくるアリアスを、俺は手で制して止めさせた。
 ウルムガルトもメイも、その姿を見て完全に顔を引きつらせている。かくいう俺もだ。

「な、なんだその恰好は」

 俺はアリアスが背負う、バカみたいに大きい荷物を指さしながら言った。

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