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第八十四話

 治癒の光がアリアスを包む。
 俺の自宅のリビングにて、ソファに寝かされたアリアスは、ハインリッヒの治療を受けていた。セリナも俺もメイも回復魔法が使えないからだ。治癒術はそれだけ貴重だ。

「うん、こんなものかな。元々が軽い打ち身みたいなものだから。今は寝てるようなものだし、時期に目を覚ますと思う」
「そうですか、良かったですねぇ」 

 実は気が気じゃなかったのだろう、セリナはほっと胸をなでおろした。聞くと、旧知の仲らしいから余計だろう。
 まぁ、そうでなくとも外見上は単なる打ち身のように見えても、何かしら強力なモノを貰っている可能性は否定できないからな。
 俺ももしメイやセリナがこうなったら、狼狽して治癒師探しまくる自信がある。

「ごめんね、グラナダくん。ソファ借りちゃって」
「いえ、全然構わないですよ。むしろソファで良かったんです?」
「構わないさ。ベッドに寝かせてもらうなんて果報者過ぎる」

 言いながらハインリッヒはアリアスの頭を撫でた。

「それにしても、だね。まさかとは思っていたけど、アリアスがこうも簡単に倒されるとは思わなかった。予測では間に合う計算だったんだけど」

 ハインリッヒは苦笑の中に自責の怒りを滲ませながら言う。
 ってことは、《神託》で知っていたのか。
 ハインリッヒの《神託》は可能性の未来を予知する能力だ。どうも完全に流れを分かるわけではなく、結果を中心として見えるらしい。基本的にはその未来へ行き着くように動くらしい。

 俺に《シラカミノミタマ》を授けたのも、その《神託》に従ったからだ。
 確かにあれがなかったら、俺たちはあっさりと塵になっていただろう。
 だが、今回のハインリッヒはどうも違う感じだ。

「こんな短時間で負けるなんて、学園じゃあ君ぐらいしかいないと思ってたんだけどね」
「なんで俺を見るんですか」
「事実だろう? 君が本気を出せば、アリアスくらい簡単に殺せるはずだけど」

 本当にさらりと怖いことを言ってくれる。
 これは額面通りに受け取って良い言葉じゃないな。おそらく、暗に力を隠しているようだな、というメッセージが籠められている。

 もしかして、俺が学園で力を発揮してみんなを服従させている未来とかも見えてたりしてたんだろうか。

 そう考えると何もかもがハインリッヒの手の平の上みたいで空恐ろしいな。

「殺せたとしても、やるつもりありませんよ」
「そうだね。僕としても君とはやりあいたくない。どうもまた強くなったみたいだし」

 うわ、ヴァータから貰った力をもう見抜いてる。本気で何者だよこの人は。

「話がズレたね。他にアリアスを倒せるとなると、セリナちゃんか……フィリオくんかな?」
「ええ。フィリオさんですねぇ」
「確かに彼の才能は素晴らしいと思うけど……」
「納得できますよ。フィリオは限界突破しましたからね」

 その言葉に、ハインリッヒは目を見開いた。

「本当かい?」
「ええ。事実ですねぇ」
「……そうか。それなら納得出来るね。アリアスとフィリオは相性的にも良くないから、ステータス値で差を付けられるとどうしようもなくなる」

 理解したようにハインリッヒは解説し、ため息をついた。
 この様子は、フィリオの面倒くささを理解してる感じだ。

「なんでケンカしたか、大体は想像つくよ。妹にはいつも迷惑かけてるからね」
「それで、早速お話に戻るんですけどねぇ」

 自虐を口にしたタイミングで、セリナが話題を切り替える。

「その、アリアスさんがお亡くなりになる、というのはどういうことなんでしょうかねぇ?」
「ああ。そこをまず言わないといけないね。少し長くなるけど良いかな?」
「お茶淹れてきますね」

 その前降りにメイが反応し、素早く台所へ向かった。
 俺としても気になることだ。頷いて席を進める。

「ありがとう。まぁ大体は想像ついてると思うけど、《神託》でアリアスが死ぬ瞬間を予言された。それもワンパターンじゃなくて、幾つものパターンで、だ」
「幾つものパターン……?」
「《神託》はイメージ映像のようなもので、断片的なんだ。幾つものパターンが見えることも少なくない。それだからこそ、自分がどうしたらそうなるのか、というのもシミュレーション出来るんだよ。まぁ、短時間なんだけど」

 つまり、自分の行動における可能性の未来を選択できるってことか。つくづくチートな能力だなオイ。もし自由に扱えるようになったら、ガチで神になれるぞ。

「その結果、僕がどう頑張ったところで、妹は死ぬ」
「それって……」

 俺は次が恐ろしくて言えなかった。
 それは、どう頑張ってもアリアスが死ぬ運命と決まってるようなものだからだ。ハインリッヒとしては絶対に聞きたくない言葉だろう。

「でも、そうじゃない可能性もあった。たった一つしかなかったけど、確かにアリアスは死なないで済むルートもあるんだよ」
「……でもそこに、ハインリッヒさんはいないってことですか?」

 ハインリッヒの言葉を纏めてから言うと、ハインリッヒは頷いた。

「いるかもしれないけれど、近くにはまずいないと思う。そして、そこにいたのは、グラナダくん。君だったんだよ」

 予想していた言葉だったが、俺は声を出せず喉を詰まらせた。
 わざわざ俺の家に来たってことは、そういうことだよな、やっぱ。

「でも、君が近くにいたとしても、アリアスが死ぬパターンもまた多かった。唯一そのルートを見た時はもう力の限界でね。どうやればいいかは分からなかった」

 そしてこの発言である。
 つまり俺は砂漠の中でたった一粒のダイヤを見つけろと言われているようなものだ。
 ハインリッヒとしても、そんな奇跡みたいな可能性に頼りたくはないだろう。だが、頼らざるを得ないと思う。じゃないと、こんな憔悴の色を見せるなんてありはしない。

「僕としては、妹を失いたくない。だから、僕が叶えられることはなんでもしよう。どうか、どうか妹を助けてやってほしいんだ」

 ハインリッヒは俺に向けて頭を下げた。
 あーもう。これで受けないとか、俺はサイテーなヤツじゃねぇか。

「……分かった。けど、アリアスを助けられなくても、恨まないでくださいよ」
「もちろんだとも」

 ハインリッヒはニコリと笑った。だが、同時に疲労の色も見えた。
 これは相当に根詰めて煮詰まってたんだな。少し休ませてあげないといけないんじゃないだろうか。
 密かに思いながら、台所に立つメイに目くばせすると、理解したようにメイは頷き、そのまま客室へと向かった。恐らくすぐに寝床の準備をしてくれるはずだ。

「それじゃあ、まずはお茶でも飲んで作戦会議ですね」

 俺はさりげなく台所へ移動する。
 すでにメイは大半の準備を終えていて、後は運ぶだけだ。俺はそれをトレイに乗せて運ぶ。
 すぅ、と鼻をくすぐる甘い香りの奥にハーブの香りが忍びこんでいた。これは落ち着く効果のあるハーブだな。そのままだと苦いので甘い紅茶とミルクで打ち消したんだろう。
 アテのお菓子は、昨日メイが作っていたクッキーだ。少し形が不ぞろいだが、味は素朴で美味しい。

「作戦会議?」

 訝る様子のハインリッヒに、俺はお茶を渡してから頷く。

「確かにハインリッヒさんの中には成功のパターンへの道筋はありません。でも、失敗の道筋はたくさんあるんでしょう?」
「それは、そうだけど」
「だったら、その選択をしないってことを続ければ良いんじゃないですか?」

 俺はテーブルの前の椅子へ座るように促しながら言う。

「……! それは、ちょっと思いもしなかったことだね」

 ハインリッヒは驚愕に目を見開きつつも、素直に腰かけた。
 逆転の発想と言えば聞こえは良いが、いつものハインリッヒなら簡単に気付けたはずだ。それだけ追い詰められてたんだろうな。

「その中には俺も近くにいるパターンもあったはずですし、それを洗いざらい並べて、それに反証するようにしていけば、少しかもしれませんけど、生存ルートへ乗る確率が上がるのでは?」
「まさにその通りだね。失敗から成功を学ぶ、か……盲点だったよ」

 苦笑するハインリッヒは、またもや自責しているかのようだ。きっといつもなら気付いている、と悟ったのだろう。それでも分かっていたよ、と激昂しない辺り、かなり出来ている人だ。俺なんかが到底辿り着けそうにない高潔さだ。

「申し訳ないけれど、早速取り掛かりたいんだけど、良いかな?」
「それじゃあ、そのために少しだけ休みましょう。頭を落ち着けないと、グチャグチャになっちゃいます」
「……それもそうか。そうだね。焦った。ごめん」

 素直に謝罪するハインリッヒに、俺は手を振って否定した。
 家族が死ぬという未来が見えて、平静でいられる方がおかしいのだ。

「じゃあ、休んでる間に少しだけ。俺がアリアスを助けられたらなんでもするって話ですけど……なんでもいいんですよね?」
「僕が可能なことならば、という前置詞がつくけどね」
「十分です。申し訳ないけど、前払い制でよろしいです?」
「……それは、話に寄るんだけど」

 どこか警戒したようにハインリッヒが訊いてくる。

「分かりました。俺がハインリッヒさんに望むことは……」

 俺は少しだけ言い留まってから、勇気を出して口にした。

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