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第八十三話

 ──アリアス──

 なんで、って思った。
 それがフィリオに対する第一印象だ。ハインリッヒ──兄様の再来だ、なんて噂されていたからだ。

 私の出自、ツヴェルター家は王国でも最古参の貴族で、三大貴族の一つという名家だ。定期的に王族から血縁を受け入れ、その繋がりを深くしている。
 政治的にも重要なポストを任されているし、保有している領地だって膨大だ。

 一方のフィリオは、貴族ではあるけれど、賎しい商売人貴族だ。確か三〇年前、クシナ帝国と小諸国連合との争いに乗じ、王国へと特需を呼び込んだことを功績に貴族へと成り上がった。
 その後も幅広く商売し、黒い噂も流れてくる。
 私としては、穢れた貴族だ。
 それなのに、そんな家にフィリオは生まれ──才能を発揮した。

 三歳で魔物を倒し、六歳の頃には魔法を覚え、十の頃には剣さえ習得していたという。
 それだけでなく、転生者独特の知識を持ち、商売の発展に寄与したとか。

 確かに凄いと思う。再来なのかもしれない。

 兄様だって転生者だし。

 でも、でも──。
 兄様を通過点と言うなんて許せない。

 兄様は誰よりも高潔で優しくて強い。どこか常に憂いを含んでいて、でもそれを表に出さない。そんな人だ。
 私にとって、何よりの目標。決して届かない存在だと分かっている。分かっているけど、私の目標。いいえ、目標とし続けなければならない。
 それが私の存在意義だから。

「覚悟は良いわね」

 私は剣を抜きながら威圧をかける

 昼から夕方への境い目。
 ちょうど空の色が移り変わる頃。私とフィリオは学園の広場で対峙していた。
 この辺りは今回の戦闘の被害に遭っていないので綺麗だ。
 ギャラリーはいない。予想通り集まりつつあったけど、人払いをした。もしかしなくても血を見るかもしれないし。

「ああ、良いぞ」

 フィリオも剣を抜く。
 細身のレイピア系の私と違い、フォーマルな剣だ。これといって特徴はない。
 けど、拵えも刃もしっかりとしている。自慢の商売のパイプを使って、優秀な鍛冶に打たせたのか。

「言っとくけど、手ぇ抜いたら死ぬわよ」
「それまた怖いな」

 フィリオが肩を竦めた刹那、私は地面を蹴った。
 静かに、軽やかに。ほんの僅かな時間でトップスピードに乗って、私はフィリオへ接近する。
 狙いは心臓、ただ一つ。

「いやああっ!」
「はっ!」

 鋭い突きは、しかしフィリオに届かない。
 何、今の!?
 一瞬だけ、フィリオの全身から光が迸ったと思ったら、もうそこにはいない。ただ、静電気のような雷が残滓のように僅かいるだけ。

 ──後ろ。

 瞬間的に感応し、私は振り返りながら剣を横薙ぎに払う。
 私の固有アビリティ《超感応》だ。
 私の周囲にある全てを感知するアビリティで、これがある限り、少なくとも不意打ちを受ける心配はないし、相手の動きが分かるからイニシアティブを取りやすい。

 きぃんっ!

 と、甲高い金属音が鳴る。
 流れる景色の中で、私はフィリオの剣が横へ弾かれるのを見た。けど、私の剣も弾かれている。辛うじて離さなかったけど、かなりの衝撃だった。

 まるで分厚い鋼鉄に打ち込んだみたいね。

 痺れを訴える腕を折り畳み、私はバックステップして構え直す。

「ほぉ、俺の《雷神》を初見で防ぐか。やるな」

 特に追撃してくる様子を見せず、フィリオは感嘆の声を上げる。その人を食うような余裕が鬱陶しい。
 でも私はそれに惑わされない。
 今、フィリオは《雷神》と言った。たぶん、フィリオの持つ固有アビリティのことだ。どういうものか、まだ確定ではないけれど、《超感応》の感じでは敏捷性をとんでもなく上昇させるようなものね。

 トップレベルのSSR(エスエスレア)ともなれば、固有アビリティを保持していてもおかしくない。故に、こうした互いの個性を活かして戦うことになる。

 私は兄様や、兄様の仲間たちと練習することで知った。
 悔しいけど、フィリオは間違いなくそのトップレベルに登り詰める才能があるわね。

「けど、これならどうだ?」

 フィリオが動く。
 また光が迸り、刹那で姿が見えなくなる。
 私の《超感応》が発動し、左からの切り下ろしが見えた。カウンターは間に合わない!

「くっ!」

 左斜め後ろへ私は跳びながら剣を構え、その一撃を受ける。
 ずしん、と、全身に衝撃が襲ってくる。

 なんて、重い、一撃なの!

 歯を食い縛り、私は耐えるけど無理だ。すでに足は地面に沈み始めていて、このまま踏ん張れば身体が折れる。
 私は即座に魔力を練り上げた。

「《ハウリングエアロ》!」

 相手の顔面目がけて放ったのは、風の中級魔法。
 獣のうなり声のような音を立てるのが特徴で、指向性のある小さな風の渦を放つ。直撃を受ければ顔面なんて簡単に潰れてグロテスクなことになる。

 けど、予想通りフィリオは剣を引いてそれを刃で受け止めた。
 剣には何かの魔力的防御が施されているのか、風は簡単に拡散した。といっても、押し戻すことには成功したわね。

「やってくれるな。殺す気か?」
「死なない程度には手加減してるわよ!」
「本当か?」

 フィリオは黒い笑顔を浮かべた。

「兄妹揃って、人殺しになるとか、笑えないと思うぞ?」

 その一言は、私を戦慄させるには十分すぎた。

 どうして、そのことを!

 兄は確かに小さいころ、この学園で人を殺めている。でもそれは相手からのやっかみだったし、集団で不意に襲われたわけで、その当時の兄様はまだ力の加減が難しいこともあって、そうするしかなかった。
 結局あれは魔族の仕業になって、知っているのは兄様とその家族、もみ消しにあたった陛下と一部の関係者だけだ。緘口令もしっかり敷かれている。

 それなのに、どうして。

 そんな疑問が、私を鈍らせた。
 《超感応》が報せてくれたのに、反応が遅れる。

「へぇ、その噂はマジだったのかよ。単にカマかけただけだったんだけどな」

 フィリオに肉薄され、私は自分の愚行を呪った。
 まして戦いの中で、こんな醜態を!
 唇をかみしめながら私は逃げの一手を取る。けど、フィリオの方が早い。

「このっ!」
「遅いっ!」

 苦し紛れに剣を振るうけれど、フィリオがしっかりとその一撃に合わせてくる。
 剣戟が重なり、けど、私の腕だけが弾かれてしまっていた。

 当然、大きな隙が生まれる。

 《超感応》が警告を送ってくるけど、間に合わない!

「これで、チェックメイトだな」

 フィリオは手加減しているのが分かる手つきで剣を振り、私に峰打ちをした。
 衝撃が駆け抜け、私の意識は――。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――グラナダ――

 終わった。
 意外なほどあっさりと決着はついた。言うまでもなく、フィリオの完勝だ。
 終始アリアスを圧倒し、最後は余裕を見せつけた一撃で峰打ちし、あっさりと気絶させた。

 手加減しても尚攻撃を当ててくるか。

 もちろんそこには、大きなステータス値の差があるのだろう。フィリオは限界突破してるからな。とはいえ、ステータス値が上昇すると、それだけ細かい手加減は難しくなる。
 それをあっさりとやってのける辺り、フィリオは本当に才能の塊なんだろうな。

 さすが、次世代のハインリッヒとまで言われるだけある。

 それにしても凶悪だな。
 俺は二人の戦いを見て、少なからず戦慄を覚えていた。二人とも確実に固有アビリティを保持していて、それを中心にした戦い方を確立している。

 エッジやアマンダのような、自分に適した戦闘スタイルではない。もはやどんな相手でも対応できるような戦い方だ。

 特にフィリオのあの超加速。《シラカミノミタマ》を発動させていればもちろん見切れるが、そうでなければ捉えられることさえ不可能だろう。
 それに反応して見せたアリアスも十分に凄まじいのだが。

「なるほどなー。痛々しい発言をする程度には実力があるってことなんだな」
「痛々しい、とはまた妙な表現ですねぇ。しかしこのまま放置は出来ませんね、助けて来ます」

 フィリオは卒倒したアリアスに近寄っている。
 何をするつもりかは分からないが、きっとロクでもないことだろう。セリナは女のカンで気付いたらしく、素早くインターセプトに入った。

「そこで何をしているのですかねぇ? フィリオさん」
「! ……セリナか。人払いしたはずだったが?」

 フィリオが咎めるように言ってくる。

「私、王族ですからねぇ」

 セリナは悪びれず返した。基本的に物怖じしないからな。

「それよりも、気絶させた女子に何をしようとしてたんですかねぇ?」
「……倒してしまったんだから、起こしてやろうとしたまでさ。このまま放置は出来ないだろう」

 フィリオはもっともな言葉で反駁してくる。

「その割りにはかなり顔を近づけてましたねぇ?」
「うぐっ」

 鋭いセリナの返しに、フィリオは言葉を詰まらせた。
 違う意味でチョロいな、コイツ。

「彼女のことは私に任せて下さいねぇ」
「……成る程。まだ攻略の時ではないってことか……いいだろう。ここはセリナに任せよう」

 やっぱりキザっぽくフィリオは言う。
 でも攻略って言っちゃってるあたり、色々と台無しだぞ。
 あれか? セリナは王族の姫だ。奴からすればヒロインの一人なんだろう。可愛いしな。

 でも気付け。笑顔だけど青筋立ってるぞ。

 フィリオは気付かず、さっさと立ち去った。

「さて、連れていきましょうねぇ、グラナダ様の家に」
「なんで俺の家だよ」
「学園の治癒術師は王都へ出払ってますからねぇ」
「そうだね。それに僕からも頼めないかな?」

 セリナの声に被せてやってきたのは、ハインリッヒだった。
 っていつから居たんだ!?
 驚く間に、ハインリッヒは更に言い募る。追い詰められたような表情で。

「このままだと……妹が、アリアスが……死ぬ」

 その言葉は、空気さえ凍らせた。

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