バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第七十六話

 湖の底。
 そこは暗く、深い青の世界だ。
 俺はそこへ向けてまっすぐ潜っていた。

 風の魔法で空気を確保しつつ、高速飛行魔法で急降下。思ったよりも水の抵抗が強く、メイだけを連れてきたのは正解だった。少しでも油断すると魔法がコントロールできなくなりそうだ。

 時折大型の魚類魔物がやってくるが、全部無視して加速する。
 相手にしてやれる余裕などない。

 俺はポチの気配だけを頼りに湖を突き進む。明かりはメイが担当してくれていた。

「ご主人様」
「ああ、見えた」

 メイが声をかけるのと同時に、俺は視界に神殿を捉えていた。
 予想通り、神殿の周囲には結界が展開されている。
 その内側は空間になっていて、空気がある。この情報はポチからもテレパシーで知っている。

 不明なのは結界の強度だ。

 当然、簡単に侵入を許すような軽いものではないはずだ。それだけでなく、様々な罠が展開されていると思っても良い。触れれば電流が流れるとか、毒に侵されるとか。
 こればっかりは自分で調べるしかないな。

 俺は速度を緩めながら魔力を高める。

「《アクティブ・ソナー》」

 俺はアレンジした魔法を放つ。
 これは気配を探るだけでなく、結界の種類や傾向も分かるすぐれものだ。まぁその場合はかなりの探りを入れることになるので、相手にもバレてしまうのだが。

 まぁ今回は問題ないだろう。

 何せ相手には堂々と殴り込みいくって言ってるしな。むしろ俺がここまで来たことにビビれって話だ。
 反応が返ってくる。
 どうやら、罠の類はなさそうだ。
 むしろ、何重にも展開されている上に、超速再生するようだ。まさに堅牢、といったところか?

 だが、だったら押し通るまで。

「メイ、しっかり捕まってろよ」
「はい、ご主人様」

 メイがしがみついてくるのを確認して、俺は即座に魔力を高める。
 そのまま勢いをつけて突撃し、結界に激突した。

「――《真・神破》っ!」

 稲妻の力を極限にまで高め、俺は結界に拳を叩きつける。
 凄まじい破壊が炸裂し、何重にも重ねられた結界が砕けていく。まるで鱗のような結界の破片が虹色になって散っていき、開いた穴に俺はメイを抱きながら入り込んだ。

 なんとか潜り抜けた瞬間、結界が即座に再生する。

 やば、一瞬でも遅れてたら巻き込まれてたな。もしそうなったらどうなってたか。
 一瞬だけ冷や汗を流しながら、俺は神殿の前、参道に着地した。

 参道の道幅は広く、左右にはエンタブラチュアの列柱が並ぶ。まるでギリシャ神話のような感じだ。
 見上げると、結界は発光してて間接照明の役割を果たしていて、その外は深い水だ。

「ご主人様、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですけど……」

 メイが悲壮な表情を浮かべてくる。
 言われて、俺は疲労を自覚した。これは《真・神破》の代償だ。一点突破において凶悪極まりない威力を持つスキルだが、こうして体力が奪われてしまう。便利ではあるが使い勝手という点においては悩ましく、使いどころを見極めなければならないスキルだ。
 というか、このシリーズはみんなそうだ。

 《神威》は魔力をごっそり持っていかれるし、《神撃》はどんな武器でも一回使用するとダメにする。

 強いものにはリスクがつきもなのだろうが……。愚痴っている暇はないな。

「大丈夫。少し経てば治る」

 今の俺には自動回復があるしな。
 俺は安心させるようにメイの頭を撫でてから神殿へ向かった。
 神殿の外に気配はない。一応トラップの警戒はしていたが、それさえもなさそうだ。

 ということは、本番は神殿の中に入ってからってことか。

 考えていると、メイが水筒を差し出してきた。丁寧に蓋まで開けられている。

「ご主人様、これを」

 お茶か、と思ったが、微かに鼻をくすぐのはミントに近い香りだ。

「これは?」
「癒魂水です。薬草学で学んだので、調合してたんです」

 それって、確か体力を回復させる水だよな。
 もちろん回復魔法に比べると効果は薄いが、今の俺にとっては重要な水だ。

「助かる」

 早速受け取って、俺は喉を鳴らした。
 ……うん。疲労が少し抜けた。
 これなら神殿へ突入する頃には完全に回復しているだろう。
 俺は水筒をメイに返し、少しだけ微笑む。本来なら頭を撫でてやりたいとこだが、今はセリナが急ぎだ。メイも分かっているのだろう、強い表情で頷く。

「神殿の中は迷宮ですかね」
「たぶんな。外敵から守るって名目で、大半がそうなってるだろ」

 もちろん一般に公開されるような神殿は違うだろうが。
 こういった王が棲みそうな神殿ともなれば、相当なもののはずだ。事実、ポチの反応はまだ地下にある。つまり、ここから何階層も下に移動しなければならない。

「どうするんです? 迷宮を踏破するような装備はしてきてませんけど」
「大丈夫だ。別に歴史的に貴重な古代遺産(メガリス)を探求してるワケじゃないんだ」
「ご主人様、それって……」

 メイが顔をかすかに引きつらせたところで、俺は神殿の前で止まった。
 高さにして五メートルくらいはあるだろう大きな大きな白い扉だ。開けるだけで一苦労しそうだが、バッチリ閉じられている。
 門番も見当たらない辺り、開けられるものなら開けてみろって言ってるのか?

「やるしかないんだろ。だったら方法や手段は選んでられないな。俺は凡庸だし、鍵開けとか交渉術とか、そんな才能は不在もいいトコだ」

 俺にあるとしたら、色々な思いで授けられてきた力だ。
 人は借り物の力とかいうかもしれないが、それでもこれは俺の力だ。

 その力を創意工夫して、色んな力にして、そして使う。正々堂々と村を復興させるために。

 俺は、あの田舎村を誰の悪意にも晒されないような場所にしたいのだ。

「ということで。《ベフィモナス》」

 俺は両手を扉につけ、魔法を放つ。材質が鋼鉄でない以上、この魔法の干渉からは逃れられない。
 この魔法は、そもそも大地に魔力を注ぎ込んで干渉して変化を促す術だ。
 そこを理解して裏技(ミキシング)してやれば、魔力的な防御を強固にしていない限りは――。

 どがぁぁあんっ!!

 と、こういう風に砕ける。
 とはいえ、さすがに湖の底の神殿。魔力的な防御も施されているようで、扉の全てを破砕とはいかなかった。ちっ、粉砕してやるつもりだったんだけど。
 まぁ、それでもオーガくらいなら余裕で入れる大穴は開いたけど。

「ご、豪快ですね」
「相手は地下にいらっしゃるようだからな? ノック代わりだよ」
「さすがご主人様です」

 何がどうさすがなんだ? とりあえず気にしないでおこう。
 俺はメイを引き連れて中へ入る。

 この辺りは礼拝堂でもあるのだろうか、広いホールのような作りだ。相変わらず純白の作りで、彫刻も丁寧に施されている。吹き抜けにも思えるほど天井は高く、ステンドグラスまで張られていた。

 もし誰もいなかったら、こんな状況でなかったら、見惚れていただろうな。

 思いながら、俺は視線を戻す。
 広いホールに蠢く、赤魚人たちのお出迎えに。

 メイは既に大剣を抜いていて、戦意を高めている。

「メイ、行くぞ。前衛は任せる」
「はい!」

 返事をすると同時にメイが地面を蹴る。
 メイと連携を取る時は、俺がメイに合わせる。その方が効率的なのだ。メイだって俺のことを常に意識しながら立ち回るからな。

 いつもなら俺はここで魔法を放ち、メイを援護しながら敵を屠っていく。

 メイが床を蹴り飛ばし、豪快にスイングして赤魚人を三人まとめて薙ぎ払う。
 その一撃に脅威を感じたか、一斉に赤魚人たちの注目がメイに晒された。

「《エアロ》っ!」

 そこへ俺の魔法が炸裂する。 
 暴風が吹き荒れ、赤魚人を仕留めつつ足止めをした。

「炎神剣っ!」

 そこにメイの大剣が唸り、次々と炎と熱を撒き散らしながら敵を斬っていく。
 中には防御力を高めて挑むヤツもいるが、そっちは俺の魔法で撃ち抜く。それによってまた俺に注目が集まるが、そこを突いてメイが暴れる。

 結局、ものの数分で赤魚人たちの群れは片付いた。

 準備運動程度にしかならないな、これは。
 メイがラストの一匹を仕留めたのを見届けて、俺はとりあえず一息つく。

 普通ならここで地下への通路を探したりするのだろうが……

「メイ、俺に捕まっておけよ」
「はい」

 返り血の処理を手早く済ませたメイは、俺の背中にしがみついた。
 同時に俺は地面を踏み抜く。

「《ベフィモナス》」

 魔法を発動させ、床を破壊した。
 やってくる浮遊感と落下感覚の中、俺はポチの反応を探る。

「どーせどっかから見張ってるんだから、今のうちに言っておいてやる。レスタ」

 俺は一階層下に着地し、また魔法でぶち抜く。

「覚悟しておけよ」

 そう言って、俺はまた床に着地した。

しおり