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第六十八話

 メイにとって、過去の記憶は地獄に等しい。
 それを揺り起こさせれば、取り乱してしまうのは当たり前のことだ。まして、姉のことを思い出してしまったとなれば余計だった。

 あの後、俺はメイを連れて早退した。

 授業よりもメイの方が大事に決まっている。
 久しぶりに隠蔽魔法を使った上で空を飛んだ気がする。とにかくすぐに休ませてやりたかった。

「ご主人様、ごめんなさい……」
「メイが悪いワケじゃないから」
「でも、でも……」
「大丈夫だから。今は安心して寝てなさい」

 メイの額を撫でて、とにかく落ち着くまで待った。一時間近くかかったが、それだけに思いだした傷の深さを思い知らされた。俺はただ歯噛みする。
 これは、俺のミスだ。
 気付くべきだった。俺が針の筵のような視線に晒されたということは、同時にメイの危機でもあるということを。ちゃんと俺が注意してやっていれば、こんな目には遭わなかっただろう。

 ああ、今すぐにでも。

 そんな殺意が、内側から沸き上がってくる。

「ご主人様……いけません……」

 俺の滲み出る殺意を感じたのだろう、メイが言ってくる。

「村を、復興、させるのでしょう……? メイも、それ、見たい……だから……」

 ああ、この子は、この子は。
 こんな目にあっても、まだ、俺のことを。

 俺は泣きそうになった。
 同時に怒りがわいてくる。あのエッジってヤツは、許せない。
 どうしてやろうかと考えていると、俺の家に近づいてくる気配を感じた。

 素早く《アクティブ・ソナー》を撃つと、アマンダとニコラス、セルゲイ、セリナだった。

 彼らなら大丈夫だろう。
 と、やや荒んだ心で思っていると、一つのアイデアが浮かんできた。

 俺はさっさと出迎える準備を済ませ、彼らが来るのを待つ。
 ちょうどお茶と菓子の準備が整ったところで、玄関がノックされた。

「さすがグラナダ様ですねぇ、準備が完璧です」

 リビングに案内したところで、セリナは手を叩いて喜んだが、他の三人は「どうして人数分が……」とか言っていた。そんなもの気にしてはいけない。
 俺はテキトーに誤魔化しつつ、テーブルに座ってもらう。

「それで、メイちゃんの様子はどうなんですかねぇ?」

 まず切り出したのはセリナだ。

「ああ、今は落ち着いてる。少し寝たら大丈夫だ」
「そうか……良かったな。付き人は大事な存在だ」

 アマンダは本当に安堵している様子だ。っていうかその手に持ってるの、もしかしてお見舞いですか。
 完全な変わりっぷりに俺は若干引くのを止められなかったが、伝えるべきは伝えないといけない。

 あのアホを許すつもりはないからな。

「ありがとう。それで、いきなりで悪いんだけど、今日の昼説明した作戦、変更してくれ」
「「「え?」」」

 いきなり切り出すと、三人がきょとん、と首を傾げ、セリナは面白そうに笑った。
 俺は変更内容を端的に説明する。
 昼間に告げたものとはまるで内容が変わっていて、全員に動揺が走った。

「怒るのは分かるけど……いくらなんでもムチャじゃない? 出来るの?」
「出来る」

 ニコラスの懸念に、俺は即答してから立ち上がる。

「なんてったって、今から特訓するんだからな」
「「「え?」」」

 また三人の声が唱和する。
 ニコラスとセルゲイは分かるけど、なんでお前までえ、ってなってんだ、アマンダ。

「いいから。本で読んだ知識だし、その本は実録モノなんだ。理論上は可能のはずだから大丈夫。やるぞ」

 俺はそう嘘をついてから、全員を庭へ叩き出した。
 その日から一週間、毎日夜まで悲鳴が轟くことになるが、それはまた別のお話だ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そして、チーム戦の日。俺たちは試合会場となる草原にいた。
 とにかく見通しが良いのは、エッジたちのチョイスだ。

 理由は単純だ。公開処刑したいだけだ。

 授業の中で行うので、ギャラリーはクラスメイトしかいないが、誰もが痛ましい目で俺たちを見ていた。どうせボコされて可哀想とか思ってるんだろう。はっ。
 内心、鼻で笑い飛ばしてから、俺はただ対峙するエッジたちを睨んだ。

「ようよう、怖いなぁ、睨んでくるなよ」

 エッジは大袈裟な動作で怯えて見せるが、顔は明らかに笑っている。
 それで煽ってるつもりか、そうか、そうですか。
 だが俺はじっとこらえる。
 コイツへのキツいお仕置きは、試合が始まってからだ。

「各員、陣形を取れ」

 教官が険悪なムードを察知しつつも、厳しい声で言う。

 のろのろと動くエッジたちとは対照的に、俺たちはさっと陣形を取った。もう最初から決まっているのだから別に悩む必要はない。前衛はアマンダとポチ、中衛に俺、後衛はニコラスとセルゲイだ。
 ポチは特別参加枠である。相手はアマンダの予想通り五人だったので、俺が申請して参加させた。

 ポチは今回の作戦の肝だからな。

 俺は目配せで全員に指示を確認し、頷く。
 ようやくエッジたちが所定の位置についた。

「それでは――――はじめっ!」
「ひゃっはあああああああ!」

 教官が腕を振り下ろすと同時に、エッジが全身から魔力を迸らせた。
 それは風を呼び、エッジの足元の地面を抉った。

 纏ったのは、炎だった。

 なるほど、確かに魔法を纏ってるな。
 しかも上級魔法だ。あれで接近戦を挑まれたら、確かに厳しいものがあるだろう。
 だが、それがどうした。

 素早くアマンダが長剣を構え、後衛の二人が魔力を高めていく。俺も同じく魔力を練り上げる。

「「《ミスト》!!」」

 二人が同時に放ったのは、霧を生み出す魔法だ。
 しゅううう、と、音を立てて霧が生まれ、あっという間にフィールドへ広がっていく。

「なんだぁ!?」

 いきなりのことにエッジは怪訝になって声を荒げる。
 そんなことでいちいち反応すんな。サルかてめぇは。
 内心で悪態をつきつつ、俺も魔法を発動させる。

「《アクア》」

 俺が生み出したのは、水だ。ただし、ただの水ではない。俺が限界まで裏技(ミキシング)で強化し、水蒸気にしたものだ。
 それらは生み出された霧と同化し、一気に濃度を増す。

「《エアロ》」

 さらに微風を生み出し、俺は霧の範囲を調整しながら濃霧ステージに作り変えていってやる。
 それだけで終わらせない。

「ポチ」
『承知』

 返事と同時に、ポチはその身体から電気を走らせた。
 ぱり、と音を立て、霧に稲妻が潜んでいく。これは霧を押し留めるための措置だ。逆に脱走したり侵入しようとしたりすると電撃を喰らうようにもしてる。
 その間にも、ニコラスとセルゲイは断続的に霧を発生させている。
 今回のチーム戦、彼らの役目はこれだ。この一週間、この魔法の習得と練習、そして連続使用させるためのコツを教え込んだ。

「なんだ……!?」

 教官の戸惑いの気配が伝わってくる。まさに一寸先は闇だからな。

 俺は関係なく動く。足音さえも殺して。

「アマンダ」
「分かってる」

 隣に立って言うと、アマンダはただ頷いた。
 そこにポチがやってきて、アマンダの肩に乗った。

 今のアマンダは、この霧の中を自由に動ける程の技量はない。そこで、ポチを目代わりにしてやるのだ。こうすることで、アマンダも動ける。
 アマンダには後衛の敵を任せている。やたらめったら魔法を使われたら何が起こるか分からないからな。

「頼むぞ」

 そう言ってから、俺は素早く霧の中に紛れる。
 肺さえ湿ってしまいそうな空気の中、俺はさっと移動してエッジの気配を捉える。

 ついでに盾にしているという中衛も二人いる。エッジのすぐ傍だな。

 コイツらは邪魔なので、さっさと退場願おう。
 俺は音もなく忍び寄り、魔力を高める。

「《エアロ》」
「うぎゃあああっ!?」

 まず一人目を風でぶっ飛ばし、致死判定を与える。
 十メートル以上吹き飛ばされた一人目の気配が薄くなる。気絶したか。
 既にショックアブソーバーは致死判定を出しているはずだろう。

 その間に、俺は二人目の盾へ向かっていた。

「なんだ!?
「カイが吹き飛ばされっ……えぎゅっ」
「えぎゅ?」

 言葉が終わるより早く、俺は二人目の盾の首に腕を回して強引にエッジから引き離し、そのままナイフを突き立てて致死判定を出した。
 意識をしっかり刈り取ったところで、俺はゆっくりと立ち上がる。

「そこで寝てろ」

 そう言い置いてから、俺は風の魔法を放った。
 僅かな渦はエッジの周囲だけの霧を飛ばしてやった。コイツは不意打ちで倒してやるつもりはない。

「な、なんだぁ!? カイとライが一瞬で……!?」

 動揺するエッジの正面に、俺はゆっくりと姿を見せてやった。

「テメェっ……!」
「お前の盾は悪いけど排除させてもらった」

 俺はそう言ってから、殺意を臆面もなく出した。
 びく、と、エッジの顔に恐怖が宿る。

「さぁ、タイマンしようぜ」

 俺はきっと酷く笑っているのだろう。だが、構わない。

 コイツは俺の逆鱗に触れたんだ。

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