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第六十七話

 俺の即答に、沈黙が落ちた。

「え、いや、そんな即答しなくてもいいんじゃないか?」

 なんかちょっと落ち込みながらアマンダが言ってくる。ホントーになんなんだコイツは。
 違和感に鳥肌を全力にさせているが、なんとなく俺は察しつつあった。
 アリシアだ。これは絶対にアリシアの仕業だ。

 おそらく、メイにぶっ飛ばされたことでアリシアに俺の家へ独断で攻撃しようとしてたのがバレたのだろう。そこで何らかの処置を受けた可能性が高い。

 性格まで捻じ曲げるような処置って、いったい何をしたんだか……。
 っていうか本気で悲しそうな顔しないで!? なんかすっげぇ罪悪感!

「え、ああ、すまん。でも、俺にはやりたいことがあるからさ」
「そこを何とか頼めないだろうか。俺はこのチーム戦、負けたくないんだ」
「って言われても、チーム戦まで一週間くらいだぞ? 時間無さすぎだろ」

 しかも学園生活もあるし、俺も自分の時間を必要以上に削りたくないし。
 そう考えると、訓練に費やせる時間なんてそう幾らもない。出来ることはしれているだろう。

「それでもいいんだ。頼むよ」

 とうとうアマンダは頭を下げてきた。
 むぐう。ここまで正面切って頭を下げられたら、断れないな。
 まぁこの際だし少しだけ鍛えてやるか。

「わかった。少しだけだぞ」

 そう言って、俺は頷いた。
 それから昼はお開きになり、教室へ戻った。
 微妙な空気だ。というか、以前よりも増して敵意を感じるな。違和感を覚えていると、エッジが机の上でふんぞり返り、ニヤニヤとしていた。

 ははーん、そういうことか。

 大方、クラスを脅したか何かだろう。それで俺たちを除け者にしようって腹か。さすがにセリナをそうするわけには行かないだろうが。
 なんとも狡い方法である。
 俺はそんな視線なんて無視して、セリナを睨んだ。

「セリナ。なんでこんなことしたんだよ。視線が痛いぞ」
「それは気にしてない人がいうセリフじゃないですねぇ」

 ちっ、バレてるか。

「遅かれ早かれこうなるだろうと思ってましたしねぇ、この際だからエッジさんの鼻っ柱を粉砕してやろうと思ってまして」
「粉砕かよ」
「お世辞にもこのクラスは仲良しとは言えませんしねぇ」
「冒険者になるんだから、そんなもんじゃねぇのか?」

 俺の私見だが、冒険者は欲が強い連中だ。転生者でさえ落ちぶれる世界である。そんな連中が集まって、まとまりなんてあるとは思えない。

「それはそうですけどねぇ、今年は特に様子が違うのです」
「どういうことだ?」
SSR(エスエスレア)が異常に多いんです。例年なら一人いれば良くて、いない年もあるそうです」
「マジかよ」

 俄に信じがたい情報だ。
 だって、俺の周囲にはメイもセリナもそうだし、フィルニーアだってそうだった。ハインリッヒもだな。加えてあの四人衆だし、珍しいといってもそこまでなイメージはない。

「グラナダ様の周囲は特に多いので、信じられないかもしれませんけどねぇ。でも、本来SSR(エスエスレア)というのはそれだけ貴重なのです」
「でも今年は集まった、と」
「はい。それでちょっと難しい状態になってるんですねぇ」

 セリナは少しだけ困った様子を見せた。
 クラスが険悪な雰囲気なのは嫌なのだろうか。それにしても干渉し過ぎな気がするが。

「実は過去にも似たような年があったんですねぇ」
「ほう」
「その時はハインリッヒ様がいた時代でしてぇ、同じような状態になったそうなんです。で、結果的にトップ同士が衝突し、殺し合う事態にまでなってしまいました」

 俺は絶句した。
 殺し合う、ってそこまでいったのかよ。

「あの時もある程度のグループが出来て、派閥が出来て。最後はぶつかり合ったそうですねぇ。その時、三人のSSR(エスエスレア)が死にました」

 しかも死者まで出たのかよ。
 そうなればさぞや学園は揉めたことだろう。貴重な戦力候補を失ったのだ、非難もやってきたに違いない。

「もう気付いていらっしゃるかと思いますが、このクラスの方々はほとんどが貴族か貴族扱いであり、温室育ちですねぇ。実戦経験なんてまずありません。レベル上げのために訓練は施されていますし、そういう名目で弱い魔物と戦ったことはあるかもしれませんけれど」

 まぁアマンダをはじめとして、そうだわな。
 あんなアホなくせにいきってたんだ。よっぽどの温室でなければ、ああはなるまい。

「そんな方々が訓練で力を付けていけば……傲りが出てくるのはある意味で当然かもしれませんねぇ。もちろん学園側でも精神的な成長を促しますが……」
「SSR(エスエスレア)がこれだけ集まると、ってやつか」

 セリナは黙って頷いた。

「ちなみにその時、三人のSSR(エスエスレア)を仕留めたのは、他でもない、ハインリッヒ様ですねぇ」
「なっ……!」
「当時からハインリッヒ様は頭抜けて強かったので、他の方々からのやっかみを受けていたのですねぇ。それで……」

 絶句する俺に、セリナは続けた。
 ハインリッヒがあの時おとなしくしとけって言ったのは、そういうことだったのか。とんでもない過去持ってたんだな。

「ハインリッヒ様は罪に問われることこそありませんでしたが、王がかなり尽力してその事件をウヤムヤにしたので、今でも王国に縛られて活動しています。本来なら世界中を巡って魔族を倒していくような逸材なのですけれどねぇ」

 負い目ってやつか。
 今更ながらハインリッヒの言葉の重みを感じた。
 もし俺が能力を隠さずにいたら、同じようなことが起きていたかもしれないってことだ。

「というわけで、グラナダ様に協力していただいてぇ、今のうちにその芽を摘んでおこうかと」
「なんで俺なんだよ……俺は目立ちたくないっつうの」
「だからですねぇ」

 セリナは人差し指を立てた。

「いいですか、仮に今回の事件に巻き込まれなかったとしても、いつかはこうなっていましたねぇ。何故なら、グラナダ様は目立っていますから」
「は?」
「誰とも関わり合いを持たない、しゃべらない、ずっと本を読んでいる。一見空気のようですが、かなり不審がられてますねぇ。そしてそういう方はトップからすれば格好の獲物なのです。底辺過ぎても目立つんですよ?」
「ぐっ……」

 何故か正論を叩きつけられているかのようで、俺は言葉を詰まらせた。

「本当に目立たないようにしたいのであれば、中間です。良くもなければ悪くもない。その絶妙な立ち位置に留まりながら空気になる。これが一番なのです」
「ぐっ」
「幸いにして、まだ十分に取り返せる領域ですわ。ここで、少しだけ取り戻せば良いのです」

 なるほど、ここで少しだけ活躍して、そしてクラスに溶け込めってことか。
 セリナの言う事ももっともだ。俺はそっちに乗り返ることにした。

「ということですので、よろしくお願い致しますねぇ」
「はいはい、分かりましたよ」

 ため息をついて、俺は自分の席に戻った。

「いゃああああああああっ!!」

 悲鳴が上がったのは、その時だった。

 この声は――メイ!?

 俺は何も考えられなかった。ただ教室を飛び出して、隣に設置してある付き人用の教室に入る。
 扉を容赦ない勢いで開けると、そこには教室の隅で震えるメイがいた。

「メイ!?」
「ご、ご主人様ァ……」

 涙をいっぱいに溜めたメイは、もはや泣き声を上げることすら叶わない状態で飛び込んで来た。
 しっかりと抱きしめて背中を撫でてやるが、落ち着く様子はない。
 どういうことだ、何があった。

 俺は瞬間的に、付き人クラスの連中を見渡す。

 誰もが沈黙を保っているが、俺は見逃さなかった。にやにやと嘲笑っている奴らを。

「テメェらか、ウチのメイに何をしたっ!」
「別にー?」
「ただ、ちょーっとおまじないをかけただけだよー?」
「そうそう。昔の恥ずかしい思い出とかーイヤな思い出とかを思い浮かべるってやつ」
「そうしたらいきなり震え出してさー、超ウケる」
「「アハハハハ」」

 よし、殺そう。
 俺は静かに殺意を漲らせて立ち上がる。

「おいおい、誰の付き人に向かって殺意ぶつけてくれてんだコラ」

 声は背後からかけられた。振り向くと、こちらも嘲笑うような調子のエッジがいる。
 なるほど、手引きはコイツがしたのか。

「テメェか」
「そうカリカリすんなよ。付き人同士の冗談だろ、かっかっか」
「人のイヤな記憶を呼び起こすのが、か?」
「そうだよ」

 上背はエッジの方がある。俺が小柄な方っていうせいもあるが、かなり見下ろされてて気分が悪い。
 何事か、と、ぞろぞろと人が集まり始めていた。セリナも心配そうにこちらを見てきていた。

 ここでコイツを公開処刑するのは簡単だ。

 だが、それをすると色んな努力が無駄になる。状況によっては、退学処分も考えられた。そうなれば冒険者にもなれなくなるし、田舎村の復興がとんでもなく遠くなる。
 だからって、メイをこんな目に遭わせたことを許せるはずもない。

「そうか。よーく分かった。覚悟しろよ、チーム戦」
「おいおい吠え面かくなよ? 頭大丈夫か? お前のレアリティは――」
「関係ねぇよ」

 エッジのセリフを斬り捨てて、俺は真正面から睨みつける。

「レアリティなんて関係ねぇ。テメェに地べた這わせてやるから、覚悟しとけ」

 関係あるか。
 コイツは、俺の逆鱗に触れた。

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