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第五十六話

 案内された試験会場は、まるで闘技場のような場所だった。
 とはいえ、立派な観客席などなく、ただ丸いステージがあって、その周囲を囲っているだけなのだが。
 俺は早速そのフィールドの上に立っていた。
 ステージには幾つもの土嚢と的が設置されている。

「それでは、これから試験を始めたいと思います。準備はよろしいですか?」

 試験監督に訊ねられ、俺は頷いた。
 試験内容は簡単だ。自分がもっとも得意とするものを披露し、それが合格基準に達しているかどうか。

 俺の場合は魔法が最も得意なので(ステータス値的にも)、魔法の披露というわけだ。

 俺に求められたのは、制限時間内にどれだけの的を撃ち抜けるか。もちろんただ撃ち抜くだけでなく、どれだけ幅広い魔法を披露できるか、とか、どれだけの威力を出せるのか、など、様々な評価点がある。
 つまり、ただ的を叩き落すだけじゃあ試験に合格できないかもしれない。
 もちろん全力を出さずとも的を粉砕するくらいは出来る。
 それに魔法のカテゴリに入るか分からないが、《真・神威》を使えば一撃で的どころか、ステージごと炭化コースである。とはいえ、さすがにそれは出来ない。
 俺の能力は晒すわけにはいかないからな。

 俺は少し悩んでから、決めた。

 合図を送ると、試験監督が持っていた旗を振る。

「はじめっ!」

 開始と同時に、俺は懐から幾つものナイフをバラバラと地面に落とした。
 これらは全部、《クリエイションブレード》で作ったものだ。あまり出来は良くないが、的を貫く程度なら出来るはずだ。

「《エアロ》」

 俺は裏技(ミキシング)した風の魔法でナイフを浮かせる。
 そしてそのまま風を操って撃つ。一年前までは、予めプログラムさせた風の魔法で飛ばし、あたかも操っているかのように見せていたものだが、今は自在に操れる。

 軽い音を立てて、ナイフは次々と的を射抜いていく。

 これは《投擲》スキルも併用しているからだ。イメージとしては、風の魔法を操る時にスキルを混ぜ込む感じだな。ちなみに達人級でも難しい技術らしい。メイにも教えたことはあるが、結局今も出来ない。
 余計なことを考えていると、全部のナイフが的を射抜いた。
 試験監督から「ほう」と感嘆の声が漏れる。だがまだ甘い。
 ナイフたちと俺の手は、細い糸で繋がっている。これは魔法を発動させるためだ。

「《エアロ》」

 言い放った瞬間、魔法が伝播し、ナイフは的ごと爆裂した。
 それが幾つも同時に重なったせいで爆音になってしまった。

「んなっ……」

 だが、的が全て壊れたわけではない。俺は残った的に狙いを絞る。

「《ファイアアロー》」

 生み出したマグマ色の矢は三つに分かれ、過たず的を溶かした。
 ま、こんなもんだろ。
 俺はふうと息を吐いて、唖然としている試験監督を見た。

「み……見事だ」
「そうですね、これは合格を与えなければならないでしょうね」

 唸る試験監督に、学園長は苦笑しながら言った。

「素晴らしい魔力コントロールです。基礎魔法をここまで使いこなせるとは……。逸材と言えるでしょう」

 それは、文句なしの合格通知だった。

「やった!」

 それを聞いたメイが飛び出してくる。
 もはやタックルみたいなもので、俺は苦笑しながら受け止めた。
 受け止めたメイは、今にも泣き出しそうだった。

「よかったです、一時期はもうどうなるかと……」

 どうやらメイは俺の付き人なので、ある程度の事情は聞かされていたようだ。
 本気で安堵した様子のメイを撫でてやりながら、俺は声をかけてやる。

「大丈夫だよ。俺がそんなヘマすると思うか?」
「いいえ、思いません!」
「なら良し」

 力強く言われ、俺は微笑んだ。

「平和的で微笑ましいやり取りですが、グラナダ君、ちょっと急いでもらってもいいかな。申し訳ないが、入学手続きの説明もしないといけないのでね」
「ああ、分かりました」

 俺は頷いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから、数日はあっという間に過ぎて、俺とメイは晴れて学園の入学式にいた。
 場所は体育館のような所で、楽団が演奏する中、新入生たちは先輩たちが作ってくれた花道を歩いていく流れだ。そのため、俺たちは一か所に集められていた。
 ついでに新入生たちは分かりやすいよう胸に花をつけている。

 この辺りはホント、現世と変わりがない。

 って言っても、俺は小学校の入学式しか知らないんだけど。
 漫画とかアニメとかでは、クラス分けの発表とかあるんだよな、確か。
 意識を思い出していると、呼び出しがかかった。

「いきましょう、ご主人様」

 隣で鼻息を荒く吐き出したのは、メイだった。どうやらかなり緊張している様子だ。思わず落ち着けるために頭を撫でてやると、何故かメイは少しだけ頬を膨らませた。
 首を傾げると、こちらを見上げながら小声で抗議してくる。

「ご、ご主人様が舐められないようにしてるんです。付き人が毅然としていなくては……っ」
「そうか。それは嬉しいけど、自然体の方がいいと思うぞ」
「競争はすでに始まっているというのに……」
「前にも言ったけど、この学園で首席なんて取るつもりはないんだ。気にするな」

 俺は苦笑しながら答えた。

 あくまでも、俺の目的は田舎村の復興であり、隠遁とした生活だ。
 そのためにはそこそこの成績で卒業し、そこそこの活躍をしたところで引退し、正式に堂々と王から田舎村周辺の土地を授かるのが一番正統だ。
 もちろん今の俺なら色々と反則すれば手っ取り早く可能だと思う。
 が、これは後々に遺恨を残す可能性だってある。特に今の王は国のためならアホになるヤツだ。下手な隙を見せて突っ込まれては厄介である。ハインリッヒもそうやって、恩は売りながらヒラリヒラリと逃げているようだし。

 とはいえ、メイの緊張も理解できる。

 確かに周囲ではそんな連中もいるな。
 敵意や威圧を放っているヤツ、周囲を睥睨しているような態度のヤツ。中には余裕ぶってるヤツもいる。ホントーに様々だ。
 コイツらと仲良しこよし出来るのかね。
 まぁ、無理だろう。

 そう思いながら、俺はなるべく気配を殺して入学式に挑んだ。本当は隠蔽魔法を使いたいところだったが、バッチリ魔法の使用は禁止だった。

 今年の入学生は全部で八七〇名だ。受験生は確か万を超えていたので、かなりの倍率だな。
 そして、その中でも特進科は四九名。
 俺はその中の一人であり、早速クラスに通されていた。

 学園でもかなり豪奢な方の建物にあるクラスで、一言で言えば何もかもが優遇されている感じだ。
 机もイスも立派なものだし、支給されたテキストもなんと紙だった。今まで羊皮紙しか見たことがないので、よっぽど高価なはずだ。活版印刷でもあるしな。

「というわけで、だ。今日から担任する――」

 壇上で担任の自己紹介を聞き流しながら、俺はちらりと窓からの景色を眺めた。
 運よく窓際で、程よく風が感じられる。

 あー、学校って、こんなもんなんだな。

 どことなく懐かしい雰囲気に、俺はなんだか感慨深かった。
 ちなみにメイは後ろの付き人専用クラスにいて、ポチは扱い上テイムした魔物なので敷地内にある宿舎へ入っている。あの《シラカミ》をそこへ入れるのは忍びないような気もするが、仕方ない。

「この学園のこのクラスに入ったということは、君たちは冒険者となり、第一線で活躍する人材として期待されているという意味だ。普段の生活態度からして、皆の模範となるように、いいな」

 お、担任の言葉が終わった。
 一応拍手を送ってから、今度は生徒たちの自己紹介へ移った。
 こっちは真剣に聞いておこう。

「俺の名前はフィリオ・ブレンダ。レアリティはSSR(エスエスレア)だ。転生者。よろしく」

 一人目の生徒は立ち上がるなり、淡々とそう言ってから座った。
 緊張している様子はないので、本当に周囲へ興味がないのだろう。のっけから雰囲気悪いぞおい。

 思う間に拍手は起こり、次々と自己紹介が始まる。

「皆様、初めましてぇ。セリナ・ライフォードです。レアリティはSSR(エスエスレア)です。苗字でお判りと思いますが、王族です。スフィリトリアの姫です。これからよろしくお願いしますねぇ」

 しれっとセリナはこちらへ熱視線を向けながら自己紹介した。
 さすがに王族ともなれば小さなどよめきが起こる。

「私は《ビーストマスター》ですが、既にテイムもされていますので、勧誘その他はどうぞご遠慮くださいませねぇ」

 そしてそう締めくくって座った。
 って誰がいつテイムした、いつ。

 一応抗議の視線を送って、俺は次々と行われる自己紹介を覚えていく。
 最後は俺の出番だ。

「グラナダ・アベンジャー。レアリティはR+(レアプラス)

 と言ったタイミングで、ざわ、となった。
 まぁそりゃそうか。
 ここはエリート様のクラス。残念レアリティと言われるR(レア)がいる場所じゃないしな。いくら限界突破したとはいえ、そこは変わらないだろう。

「よろしく」

 好奇心、敵意、嘲り。
 いろんな視線を浴びながらも、俺は平然とした様子を整えて座った。

 さて、これからどうなるんだか。

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