景品として異世界転生したら捨てられたので好きに生きようと思う

「強く……なる？　そんなこと、出来るのかよ」

　俺の問いかけに、ポチは頷いた。

『主のネックレス。シラカミノミタマ。それは私の一部だ。それを介して主と一体になれば、主は《神の使い》となって、比類なき力を手にするだろう』
「……《神の使い》？」
『左様。主と私は主従関係にあって、強い繋がりがある。そして力の根源でもあるシラカミノミタマを使う。そうすれば、アイツを倒す力を得るだろう』

　つまり、俺がポチの力を引き継ぐってことか？
　それは大丈夫なのか？　ポチは《神獣》だろ？　そんなもん、人間の器で受け止められるのか？

『今の主はフィルニーアと混ざっている。合体しても問題はない』

　まるで俺の心を読んだかのようなタイミングだな。
　いやこのパターンは読まれてると思った方がいいか。

　ともかく、これはまたとないチャンスだ。

　俺の腹はもう決まっている。

「アイツをぶっ飛ばせるんならお安い御用ってやつだ。やってやるよ」
『主ならそう言ってくれると思っていた』

　ポチの身体が光だし、呼応して俺のネックレスもまた強い光を放つ。

『さぁ、私の身体を開放して……くれ……私の愛する……土地を……破壊して……汚すような……真似……どうか……許さない……で……くれ』

　俺はただ頷いた。
　深呼吸するように胸を膨らませると、一気に暖かい何かが俺の中へ入ってくる。これが力なんだろう。
　自覚すると、ステータスウィンドウが開いた。

　──《カミニエノノリト》発動！
　　　固有アビリティ【神獣の使い】獲得しました。

　これが、力の根源か。
　ステータス値が恐ろしいことになった。
　それだけじゃあない。

　──固有アビリティ【魔導の真理】を継承しました。

　これは、フィルニーアからの贈り物だ。
　両腕を貰った時に継承したんだろう。自覚すると、驚くほどの魔法に関する知識が入ってくる。基礎を理解していないと読み解くことも出来ないようなものばかりだ。

　これも、あの巨狼をぶちのめすのに使えそうだ。

　俺はゆっくりと力と知識を身体に入れ、ふう、と息を吐く。

『上手く出来たようだな』
「……──ああ。これなら、いける」

　フィルニーアがかけた封印に亀裂が走っていく。漏れ出すように巨狼の威圧が伝わってくるが、全然なんともなかった。
　俺はメイに下がるよう目線だけで指示を送り、ゆっくりと前を見直す。封印が解けると同時に仕掛けてやる。
　ぐっと魔力を練り上げて高める。驚くぐらい簡単に、とんでもない魔力が集った。たぶんだけど、これだけで村一つブッ飛ばせるぞ。

　これは制御に苦労するな。一〇万単位の出力をしている中で、一桁台の調整をするようなものだ。
　けど、今は良いだろう。とにかくこの巨狼を潰せればいい。

　決定的な亀裂が走った。

　瞬間、ガラスの砕ける音を響かせて封印が決壊し、巨狼が解き放たれる。

『グルォォオォオオオオオンッッッ！』

　地面を、空気を震わせるような遠吠え。
　それは世界に対する挑戦状なのかもしれない。
　だが、俺からすれば愚かな選択でしかない。

「──《真・神威》」

　俺は無造作に膨大な魔力を解き放った。

　発動は一瞬で、巨狼を取り囲むように青白いプラズマが発生し、互いに絡み合いながら巨狼へ襲い掛かる。
　抵抗など許す暇はない。漆黒の体毛も、皮膚も貫通し、どす黒い血飛沫を身体中から飛ばさせた。
　そこへ、天からの巨雷が落下し、凄まじい破壊のエネルギーの全てを巨狼へ激突させる。

　声にならない悲鳴。

　全身を黒焦げにしながら、巨狼が傾いだ。
　俺は一瞬でそんな巨狼の懐へ潜り込んだ。
　ぐっと握った拳に、体内を循環する《神獣》のエネルギーが集約された。

「《真・神破》」

　俺は淡々と口にして、拳を振り上げる。　
　何の抵抗もなく拳が巨狼の腹に突き刺さり、衝撃の全てが貫通した。

『ゴアアァァッ！』

　上がる苦悶。上空に打ち上げられる巨狼。
　だが、破壊の拳の威力は、何度も腹で炸裂し、そのたびに打ち上げていく。
　巨体なだけに、軋む音も大きい。骨が折れる音、筋肉が破裂する音、内臓がよじれる音。

　それにも拘わらず、巨狼は俺を睨むと、血を滲ませる口を開けた。

　収束するのは、闇の力。アレで俺は両腕を失ったのか。なるほど、両腕の損失で済んだのは奇跡だな。
　それだけの力を感じつつも、俺は徐に片手を掲げ、魔力を集める。

　どん、と、渦巻く闇の閃光が放たれた。

「《真・神破》」

　同時に俺はスキルを解放し、片手で闇を受け止める。
　身体の芯まで響くような衝撃が来るが、俺はびくともしていない。掌に集めた《神破》でキャッチしているからだ。とはいえ、一センチくらい沈んだか？
　バチバチとプラズマが迸り、周囲の地面をめくりあげていく。

　随分な威力だ。もしこれが地面に炸裂していたら、どれだけの大きさのクレーターが出来上がるか。頑張ればこの闇を逸らせるだろうが、地面に直撃したらシャレにならない。
　仕方ない。斬るか。
　俺はスキル《魔導の真理》を発動し、読み取った理を利用して魔法を生み出す。術式の組み立てには膨大な魔力が必要だが、今の俺にとっては微々たるものだ。

　俺は左手の指先を地面に向け、光を照射して魔法陣を描いていく。

　ものの数秒で書き終え、俺は魔法陣へ魔力を送り込んで発動させる。
　バキバキと音を立てて大地から出現したのは、剣だ。そうだな、名付けるとすれば、

「《クリエイション・ブレード》」

　周囲の要素を鋼鉄並みの堅牢さでつなぎ留め、武器とする魔法だ。初めてなので切れ味は期待できそうにないが、それでも無骨な剣らしいフォルムにはなった。
　これは想像力がモノを言いそうだな。訓練しないと。
　内心で思いつつ、手元まで伸びてきた剣を掴んだ。

「──《神撃》」

　一瞬で世界が加速する。
　時が止まったかと思うほどの速度で、俺は闇の閃光を真っ二つに切り裂く。
　これに驚いたのは巨狼だ。一瞬で顔を逸らし、俺の剣を躱す。

　ちっ。あわよくば斬ってやろうとしてたのに。

　俺は内心で舌打ちしつつ、巨狼の顔面と対峙する。
　稲妻に砕かれ、霧散していく闇の閃光の破片がまるで黒桜の花びらのように散っていく中で、俺がまず仕掛けた。

「《フレアアロー》」

　轟、と、凄まじい熱量の炎が二つ放たれる。それは容赦なく巨狼の両目を潰した。

『ゴガアアアアアアアアアッ！』
「うるさいな。《エアロ》」

　上がる悲鳴を途絶えさせるように、俺は暴風の塊を放ち、巨狼の頭をぶっ飛ばした。
　首から上を失った巨狼だが、すぐに再生を始める。
　ぼこぼこと沸騰するように、頭が出てきた。

　さすが《神獣》の肉体ってところか。簡単じゃあない。

　このまま殴り続けて再生限界を狙うのも悪い手ではないが、時間がかなりかかるだろう。それはしんどいし、それだけ土地が侵食されてしまいそうだ。
　俺はちらりと巨狼が居座る地面を睨みつけて判断する。
　さっきから、地面が腐るように色が変色していっているのだ。

　ふざけやがって。

　ここは田舎村の土地だ。フィルニーアのテリトリーだ。みんなのものだ。

「お前なんかが、いつまでも立ってていい場所じゃねぇんだよ」

　俺は怒りを滲ませながら、空へ上昇する。巨狼を見下ろす位置で、俺は両手を突き出す。
　《神威》じゃあ範囲攻撃の性だろう、攻撃がアイツの内部まで焼き切れない。《神撃》は確かに巨狼を切断できるけど、再生される。《神破》も局所攻撃すぎて、全部を潰せない。

　だったら、その全てを裏技(ミキシング)してやる。

　俺は《クリエイション・ブレード》で空から剣を生み出し、そこに力の全てを集約させる。
　空間が歪む。そこに三つのスキルを混ぜ合わせる。

　くっ。さすがに楽じゃないな。

　膨大な魔力を注ぎ、それを上回る魔力で纏め上げる。もしここで暴発させれば、今の俺でも無事じゃあ済まないだろう。じと、と汗を額に滲ませつつ、俺は意識を集中させる。
　巨狼が俺の狙いを察したのか、大きく口を開けて闇を集める。向こうも全力のようだ。さっきよりもよっぽど大きくて巨大な闇が収束していっているな。

　上等だ。潰してやる。お前の何もかも！

「俺は、お前を許さない。俺から、フィルニーアを、みんなを奪った！」

　怒りが加速して、力を一つに纏めていく。よし、成功だ。

「地獄の果てで十生(じゅっしょう)後悔してやがれ！！」

　光が迸る。否、もはや奔流だ。俺はそれを剣に宿す。

「《天雷》ッッッ！！！！」

　そして振り下ろす。
　直後、剣が消滅し、代わりに一条の雷をくらわす。
　それは巨狼を一飲みにする雷で、一瞬の閃光にも関わらず、音もなく着弾した。

『――――――――っ!?』

　悲鳴は声にならず、着弾した稲妻はそのまま光の柱となって天へ昇る。
　その間に、超絶とも言える破壊が巨狼を喰らい尽くしていく。
　ぼろぼろ、ぼろぼろと、巨狼が崩れ落ちていく。天に吼えるように頭を上に向けながらも、その体躯は確実に削られていく。それは、再生出来ない破壊だ。

「終わりだよ。いや、ホント、地獄で詫びてこい」

　俺の言葉に、巨狼は返事出来ない。
　音もなく光の柱は収束し、呼応して巨狼も消えていく。

　その柱が細くなり、糸のように細くなって、消えた。

　ああ。終わった。

　俺は安堵の息を吐いて、ゆっくりと着地する。
　巨狼が消えたが、侵食された大地は回復する様子はない。これは除染してやらないといけないだろう。
　墓を作ってやるのは、それからだな。

「ご主人さまっ！」

　背中に軽い衝撃があった。
　頭だけ振り返ると、メイが抱き付いてきていた。

「メイ……」
「すごかった、ご主人さまっ……つよかった！」
「あ、ああ」

　俺はどこか戸惑いながらも、ド直球な褒め言葉を受け入れる。

「だから、だから……」

　メイが俺から離れて、両手を広げた。泣きそうな顔で、でも、笑顔を浮かべて。



「だから、もう泣いてもいいよ、ご主人さま」



　……え？
　一瞬言われている意味が分からなくて、俺は首を傾げそうになって、何かがこみ上げてきた。

「ご主人さま、とても辛そうで、悲しそうで、悔しそうだった。ずっとそんな顔で戦ってた」

　そう、だったのか？
　いや、自分じゃ自分の顔見えないから分からないけど。

「あいつ倒した。だから、もう泣いてもいいんだよ、ご主人さま」
「メイ……いや、でも」

　お前だって辛い思いを――。
　そう言いかけて、メイは首を横に振る。

「ご主人さまも、すっごく辛い思いしてる。だから、泣いてもいいの。泣いてもいいんだよ」

　だから、泣いてもいい。
　繰り返されるそのフレーズの度に、俺の視界は滲み始めていた。
　ああ、そうか、俺も泣いていいのか。

「ご主人さまを支えるのが、付き人の役目。だから、メイが慰めてあげるの」

　どうしてか、俺は膝をついてしまう。そしてメイが抱きしめてくれた。
　温かい。温かい。とても、温かい。

「う、うぐっ、ぐううっ……」

　いい人だった。
　俺を育ててくれた、フィルニーア。
　俺を見守ってくれた田舎村の人々。

　ずっと、ずっと。一緒にいたかった。

「ううううう…………」

　俺は、ただただ、泣いた。
　同時に誓っていた。

　絶対、絶対だ。俺はこの田舎村を復興させる。どんなことがあったとしても。
　また笑顔でいっぱいな村にして、幸せでいっぱいにしてやるんだ。

　それが、そうすることが、みんなへの恩返しだろうから。きっとフィルニーアも笑ってくれる。

　そうだよな？

　だから俺は、そのためなら何でもしてやる。






　――――――――――――――そして、一年後。