バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第三十話

「あぎゃああああああああああっ!?」

 もう何度目かの断末魔が、ワシの耳を突き刺した。本当に不快でならないさね。
 極太の落雷を受けたソレは、全身を炭化させ、ぷすぷすと煙を上げながら崩れ落ちる。通常であれば絶命し、ワシの勝利は確定する。だが、今の戦闘に限っては、そうではない。

 まだ、再生するか。

 黒焦げになった人型から感じる魔力の波動を感じ取り、ワシは舌打ちをした。
 まったく。このフィルニーアをてこずらせるとは、面倒くさい魔族さね。
 ワシは冷たく睥睨しながら、箒の高度を少しだけ上げた。
 呼応するように、黒焦げの表面が割れて砕け落ち、中から元通りの人間が出てくる。

「フィルニーア、フィルニーア、フィルニーア、フィルニーアぁぁぁぁぁぁあああっ!」

 無様に涎を撒き散らしながら、正気を失った目で人間――ヴァーガルは叫んだ。

 そう。あのヴァーガルさね。

 ワシの愛する息子を傷付け、そして無様に負け、ワシの逆鱗に触れたヴァーガル。
 雲よりも高い上空から叩き落としてやったと言うのに、よもやこうして戻ってくるとは思わなかった。
 とはいえ、自我までヴァーガルではない。
 あの高度から叩き落されて無事で済むはずがないのだ。確実に死んだはずだ。
 それなのに、どうして今ワシの前に立ちふさがっているのか。

 答えは簡単だ。魔族と契約したのだ。

 地面に叩きつけられ、身体をバラバラにしながらも、コイツは魂の状態で生きていた。フツーであればそのまま自我を失って昇天するか、もし土地の状態が悪ければ死霊(アンデッド)になるくらいだ。だが、最悪なことに、そこに魔族がいたのだろう。

 魔族はヴァーガルの魂を繋ぎとめる最期の感情――ワシへの恨み――を解して身体を乗っ取り、契約したのだろう。復讐をさせてやる、という。

 その結果が、コレである。
 契約主の魔族は火の眷属なのだろう、火の魔族として村を襲い、見事に壊滅してくれた。
 周囲を探知したが、生存反応はない。死体一つ見つからないのは、コイツが全部喰ったからだ。魂を喰らうことで、コイツは強くなる。

 それが、魔族と契約した人間のなれの果て――『死魂喰(しこんぐ)い』の特性だ。

 人間にもなれず、魔族と呼ぶにはあまりに不純。ただ激情のままに暴れるしか出来ない存在。
 だが、だからこそ面倒で厄介だった。

「フィルニーアぁぁぁああぁぁぁあっ!!!!」

 ヴァーガルは喉を潰しながら叫ぶ。その場で再生されているけれど。

「うるさいね。そんなに名を呼ぶんじゃないよ。汚れる」

 ワシは吐き捨てるように言って、人差し指を徐に向けてやる。

「《ソウルバーナー》」

 唱えたのは、火属性に闇属性を添付した上級魔法だ。その魂が燃え尽きるまで身体を発火させるという凶悪極まりない魔術だ。これは火属性だろうと関係がないさね。魂そのものを燃やすのだから。

「はぎゃああああああああああああああっ!!」

 案の定、ヴァーガルがまた燃え上がる。
 だが、これで消滅することもないだろう。『死魂喰い』は喰らった魂の分だけ蘇る。村に生存者がいない以上、数百回は殺さないといけないのだ。かなりの苦行さね。
 これこそ、このワシがコイツに手こずっている理由だった。

「ほれ、さっさと再生するさね。後がつかえてるさね」

 ワシは急かしてやる。すると、ワシへの激情が活性化され、ヴァーガルが再生した。
 少し遠く、村の敷地内では別の戦闘が始まっていた。
 気配からして、グラナダとメイさね。相手は魔物の群れ。メイは少し不安だけど、グラナダがいれば大丈夫さね。最近のアイツは《ミキシング》に加えて《ビーストマスター》と神獣の宝玉がある。
 あれだけの補正があれば、例えSR(エスレア)級の魔物が来ても倒せる。

 と、思ってたけど、近くで魔族の気配が生まれたさね。

 それも、ぐっと強い。
 このタイミングで出て来たってことは、きっとヴァーガルの契約主さね。

 これは良くない。
 さすがに瞬殺されるなんてことはないだろうけれど、負けてもおかしくはない。魔族はそれだけ凶悪なのさね。戦い方は座学で叩き込んだけど、それをどこまで実践できるかで生存率が変わるってトコさね。
 後は、ワシがどれだけ早く駆け付けるか。

「《ガルムハウリング》」

 ワシは死の顎を召喚し、ヴァーガルを一飲みにさせる。

「仕方ないねぇ。これは魔力を消費するからやりたくなかったんだけど」

 けど、息子の命には代えられない。
 ワシは意識を集中させ、魔力を練り上げていく。それだけで周囲の空間が震えて歪むが、気にしない。

「《彼方より来たれ、獄門の使者。汝は我を喰らいて犠牲を生み出す》」

 口にするのは、滅多に使わない呪文。力あることばによる補助がなければならないからだ。

「《汝が先は巡る地獄の命旅。幾つあれど足りず、幾つあれど焼失せし。鎖す楔はなく、ただ在るのみ》」

 空間がさらに歪む。
 その間に、ヴァーガルが再生し、こちらに向けて闇を放ってくる。
 だが、歪んだ空間がそれを弾いて霧散させた。直撃を喰らえばワシでも致命傷を受けるんだろうけど、この術の前じゃあ余りに無力さね。

 ワシはどこか同情してから、術を解放する。

 今から放つのは、極大呪文でも奥義と呼ばれている種類。
 膨大な魔力を有するワシしか使えないため、ワシのオリジナルとまで謳われている術さね。

「――《滅びよ。インフェルノフェンリル》」

 ヴァーガルの目の前に、漆喰の扉が現れる。鎖で封じられたそれは、音もなく開き、中から大量の闇を放ち、その靄が腕となり、牙となり、爪となり、ヴァーガルを蝕み、啄みながら扉の中へ引き入れる。

 その先は、終わりなき滅びの旅。

 けたたましい音を立て、扉が閉められる。

『あぎゃあああああああああああああっ!?』

 扉の向こうから、絶え間ない絶命の悲鳴が聞こえてくる。対象が滅びるまで、この扉は消えず、更に術者は魔力を吸われ続ける。もし術者の魔力が尽きれば、その場で術者が死に、対象は解放される。

 理論上、無限の魔力があればどんな相手でも殺せる術だ。

 まぁ、そんなことは不可能だけどね。
 これからは、魔力との戦いだ。ワシは懐から魔力水を口に含んで、その不味さに顔を歪めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 軌跡は、ただ一筋の光だった。
 空間事薙ぎ払うような威力を秘めた《神威》を武器に閉じ込めた一撃。

 歪んだ視界が元に戻り、俺は三人のアガルバスを通過していた。

 ぴしり、と、剣に亀裂が走り、次には炭化して崩れ落ちていく。フィルニーアから貰った剣なので、確実に業物だったはずだが、あっさりと柄だけを残して消滅した。
 つまりそれだけスキル《神撃》が強烈だったということだ。

「「「ぐはあああぁぁぁっ!?」」」

 三つの悲鳴が、奇妙なまでに符合した。
 振り返ると、一閃で上半身と下半身を切断されたアガルバスが、内側から雷を迸らせて苦痛している。
 あっという間に、アガルバスどもは身体を炭化させ、そして粉々になって消えていく。

 なるほど、これが《神撃》か。

 俺は柄を投げ捨ててため息をついた。《神威》の時のような虚脱感はない。魔力は確かに吸われたけど、《神威》の時ほどではないからだろう。
 武器を犠牲に発動する、一撃必殺のスキル。
 《神威》のような範囲攻撃ではない分、対単体の威力は抜群だ。

「わぉんっ!」

 ポチが甲高い声で咆哮し、稲妻を纏って四人めのアガルバスの土手っ腹に風穴を開け、更に突撃してその身体からありったけの稲妻を放って黒焦げにしていく。

 あれは助からない。絶対に。

 つまり、俺たちの勝利を意味しているが、俺はそれよりもメイの様子が気掛かりだった。あまりにショック過ぎる肉親の最期を聞かされたのである。
 メイは、ただ泣きじゃくっていた。

「メイ……」

 名を呼んで近寄ろうとすると、空間が歪んだ。
 この嫌な感じは!
 俺は即座に魔力を高める。ポチも唸りながら姿勢を低くさせて威嚇していた。左右で挟み込む形だ。

『……まったく、やってくれる』

 歪んだ空間から姿を見せたのは、真っ黒なヒトガタだった。声からしてアガルバスである。
 拠となっていた身体を損失したから、本体が姿を見せたのか。
 魔族の本体は防御力など皆無に等しい脆弱体。仕留めるなら今しかない。

『無駄だ』

 声がハウリングした。

「ぐっ!?」
「きゃうんっ!?」

 直後、俺とポチの魔力が拡散させられた。
 魔法を妨害してきやがったのか!
 さすがは魔族、というところだろうか。だが、妨害したのは俺とポチだけらしい。

『この姿になれないと使えないのが難点だがナ』

 当然だろう。魔法の発動を妨害させるなど、よっぽど繊細に魔力を扱わなければならない。魔族にとっては不純物な人間の中に入っていて出来る芸当ではないはずだ。
 俺は鼻を鳴らすアガルバスを睨みながら魔力を練ろうとして、失敗する。

『まさか、妨害が一度だけだと思ったのか? 愚かな小僧だな。我がその気になれば、恒久的に……』

 その言葉は、途中で途切れた。

「――風剣っ!」

 他でもない、メイの攻撃によって。
 シーナ直伝の剣技を持って、メイは低く特攻し、剣に炎ではなく、風を宿らせて斜め下から鮮やかに斬りあげる。
 その一撃は凄まじく、アガルバスの黒い身体を両断した。

 なんと。火だけじゃなく、風まで覚えていたのか。
 俺は驚きに目を見開く。

『ぬがぁっ!?』

 今度あがったのは、激痛の呻きだった。

「おねえちゃんの、仇っ! よくも、よくも、おねえちゃんをっ!」

 泣きながら、涙をぽろぽろこぼしながら、メイは激昂しながら剣を振るう。

『バカなっ! さっきまでただ狼狽えているだけの小娘だったのにっ……!』

 その剣に切り刻まれながら、アガルバスは吠える。
 ああ、バカだよ、お前は。
 確かにメイは傷付いていた。これ以上ないくらい深く。少し前の、奴隷だった頃のメイだったら泣いて諦めていただろう。だが今は違う。守られることを、生きている意味を知っているのだ。

 だからこそ、怒りが沸き上がる。

『やめろ、小娘ぇっ! ぐはっ!』
「やめないっ!」

 メイはキッパリと断って、豪快に剣を振り下ろす。そして横薙ぎに払い、さらに切り返す。

「あんたなんて、消えちゃえぇぇ――――っ!」

 絶叫に近い気合い。
 凄まじい一撃を叩き入れ、アガルバスはズタズタに両断された。

『がはっ、そんなっ、こんな、こんな……』

 本体だけになった魔族は、ここまで脆弱なのか。
 細切れになって消えていくアガルバスを見ながら、俺は感心していた。
 そして完全にアガルバスが消滅したのを確認して、俺はメイを抱き寄せた。

「辛かったな、メイ……」
「ごしゅじん、さま、ぁ、あ、ああああああんっ」

 そして、メイは俺にしがみつきながら一頻り泣いた。

しおり