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第二十話

「さて、邪魔ものがいなくなった処で、突入の手筈を言うよ」

 しれっとけろっと話題を切り替えて、フィルニーアは手を叩く。

「城の攻防戦は今でも続いているさね。そこにこのドラゴンで一気に突入して相手の陣形をムチャクチャにする。その間にあんたら二人は城に戻って、領主に無事を報せな。それで後は捕まらないようにじっとしてくれればいいさね」
「わ、分かりました」

 有無を言わせない調子に、シーナは頷くしか出来ない。セリナは相変わらず微笑みながら頷いてるけど。

「グラナダ。メイ。あんたはワシにひっついて敵の掃討だよ」
「は? いや、いいけど、俺なんて役に立つのかよ」

 俺は怪訝になって訊く。俺はR(レア)だし、適性が光という悲しい存在だ。大掛かりな魔法なんて使えない。
 まして、メイはまだ魔法一つだって覚えていないし、腕力もスキルも足りない状況だ。足手まといにしかならないだろう。

「完全に使えない無能ってワケじゃないさね。レベル上げにちょうどいいからついてこいって言ってるんさ。ワシと経験の共有をすれば、経験値が手に入るからね」

 こ、こんな状況でもレベル上げのことかよ……。
 俺は思わず顔をひきつらせた。
 経験の共有ってのは、分かりやすく言えばパーティを組むってことだ。これは別段難しいことじゃなくて、基本的な魔法を覚えていれば自然と覚える技術みたいなもんだ。

 一見便利な機能みたいだけど、実はあまり人気がない。

 何故なら、共有したところで効果範囲が狭い上に入る経験値が分割される。しかも相手が仕留めるところをしっかりと見て分析していないと経験値が入らないというオマケ付きだ。
 ハッキリと言って死に技術である。 
 だが、フィルニーアの場合は少し異なる。

「ほれ。メイもじゃ」

 フィルニーアが両手を差し出してくる。
 俺がしぶしぶと手を繋ぐと、メイは喜んでフィルニーアの手を掴んだ。瞬間、光がフィルニーアと俺たちとを通じて行き来して、消える。
 これで完了だ。

 ちらりと外を見ると、黒煙の上がっている地域が見えた。
 あそこが、ここの首都とも言うべき町だろう。
 城下では激しい戦闘になっているのだろうか、その辺り一帯だけが赤い。

 さては、誰かが火を点けて回ってるな。

 城攻めにおいて、かなり末期な状態だ。どうやら本気でなりふり構っていないらしい。
 その惨状を見て、シーナとセリナも声を失っている様子だ。さすがのセリナも微笑みが消えている。

 ぐん、とドラゴンが斜めに傾きながら高度を急激に落とし始める。
 気持ち悪い浮遊感に少し不快を覚えながらしがみついていると、フィルニーアは高揚しているように笑っていた。
 あーあれだ。これはあれだ。町が燃えてるから好きなだけ暴れられるとか思ってる顔だ。

「さて、まずは城に群がってるアホ共をぶっ飛ばすよ!」
「ちょっと待ってください。あそこにいる人々はほとんど農奴たちのはずです! 彼らは地主によって強引に狩り出されているに過ぎません、どうか慈悲を!」

 意気揚々と叫ぶフィルニーアに、シーナが叫ぶ。これだけ風圧があるのだから仕方ない。

「農奴は我らの財産です。私からもお願いできませんか?」

 セリナまで訴えてくる。
 だが、フィルニーアは鼻で笑い飛ばすばかりだ。

「あんたら、良く見てみな。あそこのどこに農奴がいるんだい」

 高度が下がっていき、城下町の様子が分かる。
 あちこちで火が上がっているが、戦闘そのものは城周辺だけに留まっている。そして、そこにいたのは、正規軍だろう騎士たちと、凄まじい勢いで攻め立てる魔物の群れだった。

 って、魔物の群れ!?

 どういうことだよ!

「さぁの、色々と可能性があるが……とりあえず、農奴はもういない様子じゃの」
「ど、どういうことだ……?」
「考えても見るさね。農奴は戦闘のプロじゃあない。それに耳にすれば栄養状態もよろしくない状態の連中じゃろう? そりゃ戦わなきゃ殺すと脅せば多少は動くだろうけど、何日も動けるとは思えないさね。継戦能力が低い」

 言われてみればその通りだ。

「故に魔物を代わりに投入したんだろうね。命令遂行能力は低いけど、攻撃力はバカにあるし」

 身も蓋もない評価だが、事実だ。
 しかし、問題はどうやって魔物を……? そう言えば、初めてシーナと出会った時も、やたら魔物が大量に押し寄せてきてたな。
 まさか、相手の陣営に魔物使いがいるのか?

「というわけだから、とっとと行くよ!」

 フィルニーアの声に呼応して、ドラゴンが一啼きしてさらに高度を下げる。
 風圧に負けて、息さえ苦しくなる中、フィルニーアは平気な顔で魔力を全身に漲らせた。

 高度がかなり下がり、さすがに魔物どもが気付き始める。
 フィルニーアが号令をかけたのはその時だった。

「さぁ、どでかい花火といくさね! ――《ハウリング・フレア》っ!」

 っていきなり極大魔法かよ!?
 フィルニーアが両手から放ったのは閃光だ。それは地面を舐め、そこにいた魔物たちを蒸発させる。直後、その熱を利用して大爆発を起こす。それも、閃光で舐めた場所全てからだ。
 軽々と地形を変えてしまう魔法に、一瞬で大量の魔物が屠られる。

 うわー、眩しい。

 顔を引きつらせながらそんな感想を抱いていると、今度はドラゴンが動いた。

「ガルオオオオオオオオオオオオンっ!」

 嘶きながら着地し、魔物をまず踏み潰す。巻き起こるのは大混乱だ。
 ドラゴンは逃げ惑うゴブリンやコボルトの群れに向けて口を開け、炎を収束させる。

 きゅどっ!!

 聞いたこともない高鳴りが響き、眩い程の光が放たれる。
 また爆発が起こり、次々と魔物が吹き飛ばされていく。ついでに建物とか色々と。

「あっははははは! 《バースト・ブレイブ》! 《ガールティア・フレア》! 《ウィンディアム・ブルームマキシマ》! 《ベフィルリナ・ベフィモス》!」

 ひたすらに暴れ倒すドラゴンに乗りながら、フィルニーアがドラゴン以上の破壊を撒き散らす。
 次々と方々で火柱やら何やらが起こり、ただただ轟音が響きまくる。

 なんなのこの阿鼻叫喚。

 っていうか、恐ろしい勢いで経験値入って来るし。
 メイとも経験値を分けているから、経験値は三分割される。更に、実際仕留めているのはフィルニーアなのだから経験値はフィルニーアへ多めに入る。加えて倒しているのは弱い魔物だから、一体当たり経験値は一桁しか入らない。
 それなのに、今、一気に三桁入ったぞ。

「ちょ、え、なんなんだ、この破壊力はっ!?」
「わーすごいですね、花火みたいですぅ」

 焦りまくるシーナに、手を合わせてのほほんと言うセリナ。
 ホントに姉妹なのかコイツら。

「よーし、城に集まってた連中はあらかた殲滅したね。よし、あんたらを城へ送るよ」

 今だ爆発の光芒が夜空を照らす中、フィルニーアは仁王立ちで言う。

「って、どうやるおつもりか。こんな乱入の仕方では、味方かどうかの判断が向こうもぉぉっ!?」
「あらら、空に浮いちゃいました」

 シーナが抗議を上げる間に、フィルニーアは魔法を完成させていた。
 シャボン玉のような膜が二人を包み、そのままふわふわと空中に浮遊させる。

「何言ってるさね。あんたらをとりあえず味方の陣営に投げ込めば、後は大丈夫だろう? そしてワシらが味方だって言ってくれればそれでいいさね。それじゃあ頼んだよ」

 ぶっきらぼうに言って、フィルニーアは文字通り二人を味方陣営の方へ投げ込んだ。

「ぎゃああああああああっ!?」

 シーナの悲鳴が響く中、俺は密かに合唱した。
 まぁ、確かに、フィルニーアの言う手筈通りではある。手筈通りでは。手段がちょっとアレだけど。
 ともあれ、魔物はまだまだ残っている。
 大半が逃げ惑うばかりだが、一部の魔物たちが立ち直ってドラゴンへ敵意を向けてきていた。そのどいつもこいつも目がイってやがる。

「ふん、狂気薬か、狂気誘導の魔法か……どっちにせよ、気分が良いもんじゃないね」

 一目でその状態を看破して、フィルニーアは鼻を鳴らす。

「薙ぎ払えっ!」

 びしっと腕を振って命令を下した瞬間、ドラゴンがブレスを吐きながら周囲を文字通り薙ぎ払い、火の海へと変えていく。
 城下町? 保存? 知ったことじゃないな。
 そういうかのように、次々と瓦礫が出来上がっていく。

「あーっはははははははは! じゃあワシもいくさね! 《フレアボム・レイン》!!」

 フィルニーアがまた極大魔法をぶっぱなす。
 巨大な光球が出現し、あちこちに向けて光の雨を降らす。その一つ一つが、大爆発を起こす魔法だ。

 鼓膜が破れるかのような爆発が連続する。

 俺とメイはひたすら耳を塞いで小さくなるばかりだ。

「さぁ、死にたいやつから前に出な! 一歩前に出たヤツはバカだ! 前に出なかったヤツもバカだ!」

 フィルニーアがワケの分からないことを叫びながら、また魔法を撃ちまくる。
 もはやこれは戦争ではない。一方的な虐殺だ。
 俺は内心で思いながらも、ツッコミを入れることはできない。

 偉大なる魔法使い、フィルニーア。またの名を、破壊神。

 その異名を存分に発揮させながら、フィルニーアは魔力が尽きるまでさんざん暴れ倒し、反乱軍を本当にたった一人で鎮圧してしまった。

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