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ストーカー被害者の会


 計画は大成功。

 と思っていた時期が俺にもありました。

「おうおう偶然だなあ、レッドバックの兄ちゃんよう。俺らも大猪で一山当てに来たんだよ! ツンケンしねぇで一緒に協力しようぜ」

 俺達が大猪と大ウナギを狩って大金をせしめたと聞いて、ハイエナの様に後をつけて来るクズ冒険者達が数人。

「大猪ちゃんはどこかなぁ?」

 チラチラとこちらを伺いながらピッタリと後をつけて来る。

 多分俺達が濡れ手に粟で容易く大猪を狩る方法を知っていると思っているんだろう。上手く行けばその方法を覚えて二匹目のドジョウならぬ二頭目の大猪をせしめる。上手く行かなければ俺達が狩るであろう大猪を横取りか、クズの考えそうな事だ。

「アケミ、溜池の手漕ぎ船は一艘しか無いから急いで取りに行け!」

「え? はい」

 虚をつかれたアケミは反射的に走り出すが俺はアケミの手を掴んで引き戻す。

「待て、この先は危ないからナイフを持って行け、今渡すから待ってろ」

「ちょ……早くしてよ! 船が取られちゃうじゃない!」

 本来の目的をすっかり忘れているアケミが苛立ち紛れに地団駄を踏む。

「あー、そうだったな、大猪と言えば溜池だったよなあ、俺達ぁ先を急ぐから、じゃあな!」

「ちょっとお!」

 クズ冒険者達が一斉に走り出した。

 これで目端の利かないクズ冒険者達は居なくなった。

 問題は目端の利くクズ冒険者達だ。

 残っているのは三人。

 如何にも斥候職でございますと言った風貌の男が二人、憮然として機嫌が悪いのを隠そうともしない大剣を背負った女が一人。

 いかにも面倒な面子が残ってしまった。

「ちょっと! 早くしてよ!」

 面倒なバカが大声を出す。

「ああ、あの冒険者達にお前の脚で追いつけるのか?」

「追いつけるわけ無いじゃない!」

「じゃあ、今日は小物でもちまちまと狩るか」

 街道をゆっくり進み、一面の穀倉地帯に入る。街道を挟んで右を見ても左を見ても見渡す限り一面の麦畑で少し圧倒される。

「麦畑があれば麦を食む虫が必ずいる。虫がいれば虫を食む蛙やヤモリが必ずいるもんだ。蛙は上手に焼けばかなり美味いんだぞ」

 俺は死んでも食わんけどな

「あら、そうなの?」

 アケミが露骨に畑の畦道を注視し始める。

 のんびりと歩く俺達に少し苛ついた声が後方からかかった。

「おい、兄ちゃん達、何処まで行くんだ? この先は畑ばっかだぞ?」

 木の短そうな斥候職の男が後ろからがなりたてる。

 勝手について来ているのはお前の方だろうが……

「畑と山の境界線だよ。人里から一番遠い境界線は獲物にとっては一番危険で一番旨味があるんだ」

 もっともらしい事をサラリと言っておく。

「ちっ……畑の中で野営かよ。やっぱりハズレだぜ」

 こちらに聞こえる様に悪態をついた男は今来た道を引き返して行く。

 あと二人。

 この二人は黙々と何も語らずに俺達の後をついて来るだけである。狩場の情報などどうでも良いかの様に……目的は狩場の情報では無いとしたら、狩で日々の糧を得ていない連中……商会の監視役か。

 男女どちらか、若しくは両方が監視役だな……

「小麦畑は初めて来たがかなり広いんだな、疲れて来たぞ」

「だから溜池の方が良かったのよ、あの時ナイフを出すのに手間取らなければがっぽり稼げたのに!」

「まあ、畑の端まで歩いたら今夜はそこで野営しよう」

 だが歩いても歩いても端が見えてこない。農家の連中は何処で寝泊まりしてるんだ? 一次産業従事者の体力を甘く見ていた。

「アケミ……」

「なに?」

「疲れた。この辺で野営しないか?」

「まだ畑の真ん中じゃない! こんな所で野営する人なんか居ないわよ! 恥ずかしいからせめて畑の途切れる所までは歩きなさいよ」

 俺もレッドバックなんて荷物持ちを生業としていて体力には自信があったんだが、例え平地であろうとも風景が全く変わらないのは地獄だ。

「取り敢えず畑の真ん中では火を熾す事は厳禁だから、煮炊きも出来ないのよ。それはあたしが嫌だから頑張って歩きなさいな」

 細っこい身体つきの割にアケミがずんずん歩いて行く。

 これだから原始人は嫌なんだ。

 こんな会話のやり取りをしている三流冒険者に後ろの二人は何も言わずに黙って後ろをついて来る。明らからに異常だ。

 さて、どうする。

 逃げるくらいなら隙をついて殺す方が現実的なのかも知れない。

 不平不満をこぼしながらダラダラと歩き、辺りが薄暗くなり始めた頃になってようやく畑と山の境界線らしき所に到着する。

 アケミが言うには子供でも昼過ぎには到着する距離らしい。

 巨大な切り株を掘り起こした様な穴ぼこだらけの平地を歩き、開拓計画で人工的に作られた用水路の近くで野営を張る事にした。

「ここまで来たら火を熾しても文句は出てこないわよ」

 伐採跡地に転がっていた樹皮や枝打ちされた小枝を両手に抱えたアケミが、比較的白っぽい樹皮に筆で魔方陣を書いて火を熾す。真っ白な紙に書く魔方陣の火とは違い、線香の先に灯る様な弱々しい火種を慣れた手付きで育てて、あっという間に煮炊き可能な焚き火にしてしまうのをボンヤリと眺めていると、無理矢理行動を共にしている二人のうち女騎士の視線に気付く。

 アケミの一挙手一投足に視線を集中させてけっして動きを見逃すまいと視線を固定している。

 この女騎士の目的はアケミか、残る男の方が俺を監視する雇われ監視人ってところか……。

 男の方に視線を移すと男は自然に視線を泳がせた。

「なあ、あんたら二人、いつまでくっついて来るんだい? 俺達ぁ大物狩は諦めて、しけた小物を買って日銭を稼ぐ予定に切り替えたぞ? くっついて来ても美味い汁は残ってないのだからそろそろ帰ったらどうだ? それとも山ネズミの狩方でも教わりてぇのかい?」

「俺ぁ偶々ここに居るだけだぁ、気にしなければ良い」

「物盗りを疑われてもしゃあねぇぞ?」

 物盗り呼ばわりは流石に琴線に触れたのか、男の目付きに苛つきが滲んだ。

「お前ぇら新人如きから何を盗めるんだね?」

 おっかねぇ……呑気なアケミの相手ばかりしていると忘れがちになるが、こちらの世界は普通に殺しをしてもバレない世界だ。やろうと思えばいつでもやれるし、気を抜けば晩飯の一品を増やす事を理由にアルバイト感覚で殺される。

 恐ろしさから素直に視線を男から外してしまう。

「ふん……」

 俺は男に値踏みされたのだろう。勝ち誇った様にニヤついた笑みを浮かべて「文句は無いな」とばかりに俺の監視役の仕事に戻る。

 ネット通販で拳銃でも買えたら頭を撃ち抜いてやるのに、そんな便利なお買い物は出来ない様だ。

 どこまで通じるのかは出たとこ勝負になるが、いくつか考えはある。想定外なのは荒事を起こす相手が二人って事だな……まあ、真っ先に潰す奴は男の方だな。

 生木を多く使う焚き火から白い煙が上がり、煮炊きを装いながら鞄から鍋を取り出して俺は風上に座る。

 風下は煙をモロに被る為に臭いと息苦しさはあるが、虫が寄って来ないので冒険者達は意図的に焚き火の風下に座る者も多い。

 案の定冒険者歴の長そうな二人の監視者達は風下に座る。

 こいつらは図々しくも鍋の中身をチラチラと気にしている。食い物まで集るつもりなのか?

「なんだ? 新人冒険者に食い物まで集るのか?」

 男は俺の呆れた口調に舌打ちを返し、懐から干した肉らしき物を取り出して火で炙り始める。

 さて、ここからだ。

 俺は大きく深呼吸をして覚悟を決める。

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