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第6話

「……呪い? 死? 砂?」
非現実な言葉の連続に、(のぼる)は頭の芯が白くなりかかる。
鼻で笑い飛ばそうとしたのをすんでのところでおしとどめたのは、寅彦(とらひこ)の言葉。それが本当ならこのままだと金之助が––––東京でできた初めての友人……いや、升の人生で、はじめて心を許すことができる人間を、いままさに目の前で失う、その恐怖感がわいたからである。

「大丈夫、この厚藤四郎(あつしとうしろう)さえあれば、あんなやつ、チョチョイのチョイさ!」
赤から青、そして白から、もはや透明になるのではないかと思えるほど急速に顔色を失う升に、寅彦ははじけるような明るさで答える。
手を伸ばし、背に負った名刀を抜こうとする––––が、やはり引き出せない。何度か繰り返すが、やはり抜刀できなかった。

「かせッ!」
升は寅彦の手を払いのけると、厚藤四郎の柄をにぎり、鞘から抜く。

––––キィィィィィィィィィィン!

白刃が鳴く。

寅彦を床に放り投げ、バシリスクへ向きなおり、にらむ。
「あと三秒だっけ? 充分だな!」
何かに()かれたように半眼になり、口の端に薄ら笑いを浮かべた升。
「このチキン野郎、ゴーゴーヘルだ!」
叫びながらバシリスクへ斬りかかる。
……若き日の正岡子規(しき)、帝国大学在学中、英語はいつも落第点であった。

「いくぞ、ゴラァ!」
寅彦の背から抜いた短刀––––厚藤四郎をにぎりしめ、巨大鶏––––バシリスクの、その血の色をした目をにらみつけて、升は喝声(かっせい)をあげる。
いざ斬りかからんと、一気に踏み出す––––ことができなかった。
「……!」
……両足が石になっていた。
(すね)(ひざ)太腿(ふともも)、腰、腹、胸、肩……
「ちょ、まっ!」
石化の波は一気に頭頂(あたま)まで達する。
「……!」
金之助さんと同じように、升も驚愕(きょうがく)の表情のまま、塑像(そぞう)となった。

「あっちゃぁ〜、ヤツの目を見ちゃダメでしょ!」
手の平でピシャリと自分の顔を叩く寅彦。
バシリスクには、にらんだものを一瞬で石化させる呪いの力がある––––そう徳富(とくとみ)先生から渡された本に記されていた。
「だっからぁ、目をつむれっていったのに、この鳥頭(とりあたま)!」

––––コケッコココココココココッ!

寅彦のあきれ声を聞いて、バシリスクは勝鬨(かちどき)のように翼を広げ、ひときわ大きく鳴いた。
ビリビリと世界が揺らぐ。
痺れる鼓膜に寅彦は顔をしかめると、
「ちくしょう!」
バシリスクの股下へ頭から飛び込む。
ぐるぐると前転しながら寅彦は國男(くにお)の元に戻った。

「何やってんの!」
起きあがった寅彦の尻に食らいつこうと牙を伸ばしてきた大蛇の頭を、手にした短刀––––薬研藤四郎(やげんとうしろう)で切り落としながら國男は叫ぶ。
「早く刀抜い……てるね……って、あれ? 厚藤四郎は?」
「……石になっちゃった」
ぼそりとつぶやくと、寅彦はささっと國男の背中にくっついた。

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