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第2話 話し合い

「あのな、ディア」

 デイヴィスはそう言って頭をかいた。

「何?」

 イザベルは平然と聞き返す。何か彼を困らすような事をしただろうかと考えるが何も思いつかない。

 いつものように手紙でアジトに呼び出され、来た途端に困られては意味が分からない。

 ちなみに『ディア』というのはイザベルの、というか『ディアブリーノ』のあだ名だ。最近、知名度の上がって来たディアブリーノは、世間で『ディアちゃん』と呼ばれている。それでデイヴィスは嫌みを込め、デイビッドモードの時はイザベルを『ディア』と呼んでくるのだ。
 イザベルは『ディアちゃん』という呼び方は子供っぽくてあまり好きではない。それでもデイビッドに『ディア』と呼ばれるのは気に入ってるので不思議だ。

「ディア、お前ここがどこだか分かってるか?」
「デイビッドのアジトでしょう?」

 他になんだというのだろう。

「そう。俺のアジトだ。で? どうしてライバルのお前がそんなにくつろいでるんだよ」
「えぇーーー!?」

 イザベルはつい驚きの声を上げる。

「別にくつろいでないわよ。普通に座っただけじゃない」
「いいや、お前はくつろいでいる。姿勢がしゃんとしてない。ったく、ここはバーク邸じゃないんだぞ。レディとしてどうなんだ、そのマナーは! 男爵令嬢とはいえ、お前は貴族なんだからそれくらい普段から出来ないと」
「はいはい。分かってますよ」
「その返事がもう既に分かってない。それと、お前は仮とはいえ俺の婚約者なんだ。だからお前の恥はコーシー家の恥になる。だから俺が指導してやるんだ。大体最近のお前は……」

 何故かお説教が始まってしまった。これは姿勢を正すまで続きそうだ。仕方なく言う通りにきちんと令嬢らしく座り直す。

「それでいい」

 デイヴィスは冷たい声で満足そうにつぶやく。その言い方がしゃくに障ったが、喧嘩をしていてはちっとも本題に入れない。

「それで? 何の用なのかしら。新しいターゲットでも決まったの?」
「ま、そういう事だ」

 どうやら当たりらしい。

「それで?」
「フランキッティ−男爵令嬢のイヤリングだ」
「イブリンの……ああ、あの大ぶりのエメラルドね」

 イブリン・フランキッティ−はイザベルの友人だ。学園でも同じクラスなのでかなり仲がいい。そしてその宝石は彼女がよく身につけているものだ。イザベルも何度も見て来たので知っている。その男爵令嬢の性格も。

「……泣かないかしら」
「……泣くだろうなぁ」

 二人で同時にため息を吐く。イブリンは泣き虫で有名なのだ。それでもあえて彼女をターゲットに選ぶとは。

「性格悪いわね、デイビッド」
「じゃあ今回、ディアは来ないんだな?」
「え?」
「こないんだな?」

 にやにやと笑いながら言う。知っていたが本当に性格が悪い。

「行くわよ」
「へぇ、友人のものを狙うのか。お前もそうとう性格が悪いなぁ……」
「今回は本人に返しちゃおうかなって思うのよ。そうすればイブリンにも笑顔が戻るでしょう?」

 にっこり笑って言うと、向かいからブリザードが吹いて来た。比喩ではなく本当に。

「どうやらまた地下牢で苦しみたいらしいな、『ディアちゃん』」
「い、いや、その……」

 その時の事を思い出し、冷や汗が出る。前回の勝負でデイビッドはイザベルに返された三つの宝石を狙った。その日、イザベルは予告時間の直前にデイビッドに囚われ、魔力封じをされたあげく、アジトの地下牢に閉じ込められ、彼がが帰ってくるまで、ナイフの感触、ひたひたと迫ってくる水、周りで燃え盛る火、などの幻覚をたっぷりと体験させられた。おまけにいいタイミングでデイビッドの狂ったような笑い声が響いてくるのだ。まともな神経を持った人間なら壊れていただろう。おまけに帰って来たデイビッドに『無様』と馬鹿にされた。

 ちなみに宝石はすべて『デイビッド美術館』に堂々と飾られている。そして次の日の『デイリー・ルッキンググラス』の一面に『ディアブリーノ不在 怖じけずいたか!』と書かれ、屈辱を味わったのだ。どうやら目の前の誰かさんが投書したらしい。ゴシップ紙は嫌いなくせにそういう嫌がらせだけはするのだ。

 悔しくて次の日にこっそり忍び込んで盗もうとしたのだが、ガラスケースに触った途端、仕掛けられていたデイヴィスの魔術によって眠らされ、気がついたら自室にいた。おまけに枕元に直筆の『予想通りの反応ありがとう』と書かれたメッセージカードが置いてあった。ちなみにメッセージカードは、いつも通りイザベルが読んだのを確認するとすぐに塵になって消えた。

「わかったら大人しくしてな。イヤリングは俺がいただくから」

 その一連の事を思い出し真っ青になっているイザベルにデイヴィスが追い打ちをかける。

「い、いーえ、行くわ! あの時は負けたけどその前は勝ったもの! 今回は私が勝つわ!」

 声を上げるとデイヴィスは不機嫌そうにイザベルを睨んだ。

「ふーん。また予告時間前に俺に会いたいんだな?」
「え……。あ、でも場所分からない……わよね?」
「わかるよ。次も会いに行ってやろうか?」

 どうやら相当自信があるらしい。

「デイビッド」
「ん?」
「今日、私を呼んだのは来るように念を押すため?」
「『来るな』って言ってんだよ」

 目を細め、イザベルを睨みつける。それについ見とれてしまったのは不覚だった。どうしてこの男は顔がこんなに整っているのだろう。

「……と言ってもお前はのこのこ来そうだな」

 図星をつかれ、うつむく。

「と、いうわけで今日の本題だ」
「……まだ本題じゃなかったの?」
「お前が『行かない』って言えば終わった話なんだけどな」

 ため息を吐かれる。そんな事を言われても困る。

「で、どうしたの?」
「お前、エイリングって聞いた事あるか?」

 その言葉に、ついまじまじとデイヴィスの顔を見る。聞いた事があるも何も、先ほど聞いたばかりだ。それも弟の口から。イザベルの一族の一人を苦しめている最低の人間、という印象を持っている。

 でも、どうしてデイヴィスがそんな事を知ってるんだろう。

「その様子では知ってるみたいだな」
「デイヴィスはどうして? どこでその名前を?」
「俺は泥棒だぞ。他の有名な泥棒はチェックしてるに決まってるじゃねえか」
「え? 泥棒?」

 つい聞き返してしまった。イザベルが聞いたのは違う『エイリングさん』だったのだろうか。

「泥棒だよ。『盗賊団エイリング』。新聞でよく見るだろ?」

 それでイザベルにもその『エイリング』の事を思い出す。確かに新聞に出ていた。それもアトミス・セミットに。

「確か、今、南の地方を中心に荒し回っているっていう……」
「そうそう。そいつら」

 『盗賊団エイリング』はイシアル王国中を荒し回っている盗賊団だ。とはいえデイビッドほど有名ではない。新聞で知っているのはそういう盗賊団がいるという事だけだ。

「話が長くなるから何か持って来ようか?」
「いらないわ」

 毒酒だったらたまったものではない。

「そうか? こないだの勝利の酒をまだ飲んでなかったんだよ。ディアも一緒にどう?」

 そう言ってにやりと笑う。それで嫌がらせだと分かる。でもちょっと喉は乾いているので何か飲みたい気持ちはある。

「何のお酒?」
「黒ファラゴアの辛口」
「無理」

 即答する。イザベルはオブメーラ酒など甘いお酒の方が好みだ。

「あっそ」

 つまらなさそうに言うと勝手に持って来て飲みはじめてしまう。においからして結構酒精の強そうなお酒だ。これはまだイザベルは飲めない。これでも十五歳なのだ。

「で、その盗賊団がどうしたの?」
「今、ティーズベリーに来てる。お前も気をつけろ」
「え?」

 きょとんとしてしまう。

「気をつけるって何を?」
「前にティーズベリーに来たとき、俺と対立した。その時、首領の右腕を俺が始末したんだ。見せしめにな。まだその時の恨みが残っているだろうと思って。今回ティーズベリーに来たのもその復讐だろう」
「え!? そ、それは私にはまったく関係ないんじゃ?」
「いや、お前もきっとがっつり巻き込まれるはずだ」

 わけがわからなくてイザベルは首をかしげる。デイヴィスが眉をひそめた。

「そんなふうにしたってちっともかわいくない」
「はぁー?」

 つい大声を出してしまった。デイヴィスは二杯目のお酒を注ぎながらくくっと笑う。

「ちょっと待って。その盗賊団はデイビッドと敵対してるのでしょう!?」
「俺はいいんだよ。首領の弱点も知ってるし、しっかり脅してあるから、俺には直接は挑んで来ないはずだ。問題はお前なんだよな」
「だから何で私? 何度も言うけど関係ないわよね?」

 驚くイザベルにデイヴィスは皮肉げに笑う。そうしてもう一度お酒を注ぐ。イザベルは思わずその手を掴んでしまった。

「ペースはやくない!?」
「うるせえなあ。何だお前は」
「話の途中で酔っぱらわれたら困ると言っているのよ。さっき開けたばかりなのにもう三杯目よ。ペースを考えて頂戴」
「俺がこの程度の酒で酔いつぶれるかよ。まったく」

 ため息を吐きグラスをテーブルに置く。

「はっきり言っておこう。ディア、お前は俺の弱みだ」

 ぽかんとする。どういう事だろう。

「俺がこうして敵を野放しにしておくのってはっきり言って珍しいんだ」
「暗殺に失敗したものね」

 茶化すとぎろりと睨まれる。

「うるさい。この場で殺されたいのか。はぁ、まったくもう。ほら、こうやってなれ合ってるわけだしな」

 イザベルは困り果ててうつむく。今のこのやり取りを見て『なれ合い』と言う人はいないだろう。でも間違いなく今のは二人にとっては『いつもの軽口』だった。

「私は関わりすぎたのね」
「ああ。この間下っ端に変装してエイリングのアジトに潜入したんだけど、その時、エイリングとその手下がお前をこう解釈してた。『デイビッドの愛人』」
「私、デイヴィスの愛人じゃないわ!」
「知ってる。でもな。『イシアル王国一の美女』と噂されているディアブリーノが……」
「私、そんなに美人じゃないわ」
「知ってる」

 即答される所が悔しい。真実なので辛くはないが。

「デイヴィスは顔が整っててよかったわねえ」

 つい嫌みを投入してしまう。

「へぇ? 何? お前には俺が美男子に見えるの?」

 いや、イザベルだけではない。世間一般の評価だ。イザベルがそう言うと、デイヴィスは笑いながらイザベルの顔を覗き込んで来る。

「こうやって見られるとお前もドキドキとかするのか?」

 甘い声で聞かれ、心臓が跳ねる。何故今日はここまで無駄に色っぽいのだろう。

「ねえ、どうなの? レディ・イザベル」
「ち、近いってば。酔ってるでしょう、デイヴィス!」
「俺は酔ってない」

 確実に酔っている。横目で見たファラゴア酒のボトルはいつのまにかほとんど空になっていた。いつの間にまた飲み始めたのだろう。
 それより答えろ、と詰め寄られイザベルは顔を背けた。

「そ、そ、そ、それでどうして弱点なのよ。私なんかどうなってもデイヴィスは困らないでしょ」
「話そらしやがったな。まあ、いい。後でゆっくり聞いてやる」
「……酔いが醒めてからでお願いします」
「オーケー! それでだ。お前が俺の弱点になる理由はただ一つ! イザベル、俺の本名をフルネームでどーぞ!」
「デイヴィス・ウィリアム・コーシー」
「肩書き」
「コーシー侯爵嫡男。マロリー伯爵」
「職業」
「学生。イシアル学園高等部領地経営科三学年所属」
「副専攻」
「上級魔術」
「詳しく」
「術式研究部」
「ここまで知られてるんだよ。……ん? っていうか聞いといてあれだけど、何でそこまで詳しいんだよ? 俺に興味なかったはずだろ?」
「クラスメイトが話してるのを見れば嫌でも覚えるわよ」
「……初等部生こえー!」

 頭を抱えている。

「大丈夫よ。高等部のお姉様方も同じだから」
「ちなみに俺の前回の成績とか……知ってる?」
「首席でしょう? ルロイ殿下を抜いて。前回どころか毎回」
「うわ。そこまで知られてるのか」
「そりゃあ試験の結果発表で、初等部、高等部一斉に講堂に貼り出されるもの。普通は高等部の成績も見るでしょう?」
「見ねえよ。初等部の時そんなもの見た事もねえよ」
「じゃあルロイ殿下が在学してるからかしら。少なくとも『上級魔術』の首席、次席は全員チェックしてるはずよ。デイヴィスとルロイ殿下の首席対決を気にしてない人はあの学園にはいないわ」
「ってことはまさか、お前も……」
「ちらっと見る程度だけど。ほら、やっぱり気になるじゃない」
「マジかよ。勘弁してくれよ」

 一気に酔いが醒めた、と悪態をついている。酔いが醒めたならよかったじゃない、と言ってやりたいが、ヤケでさらに飲まれると困るので黙っておく。

「まあ、そんな事はいいとして。お前、ここまでデイビッドの個人情報を知ってるんだろ」
「うん」

 そこまで言われてやっと分かった。デイヴィスはイザベルがそのエイリング一味に情報を漏らす事を懸念しているのだ、と。だから釘を刺すためにここに呼んだのだろう。よほど信用がないらしい。

「私に味方につけと言っているの?」

 確かめると黙ってうなずく。

「私のメリットは」
「お前の命の保証、だな」
「え?」

 それはどういう事だろう。危険に巻き込んでおいて、命の保証も何もないだろう。

「だから俺の味方になるなら、その間は俺がきっちりと守る。何かあっても助けてやる。それはここで約束してやる。どうする?」
「嫌だって言ったら?」
「エイリングごとお前も潰す」

 唇が上がっている。でも目にはしっかりと恐ろしい光が宿っている。デイヴィスは本気で言っているのだ。そしてそうと決めたらきっちりとやりきるだろう。エイリング一味とディアブリーノの皆殺しを。
 選択肢は一択しかないのだ。

「わ、わかりました。協力します」
「いい子だ」

 頭をなでられる。どんどん彼の手中に落ちていく気がする。どこまで計算をしてやっているのだろう。

「とりあえずエイリング一味の件だけね」
「いいよ、どうせお前は俺の手に落ちるんだから」

 余裕綽々でそんな事を言って来るからこの男は油断ならない。イザベルはそっとため息をついた。

しおり