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幼馴染の交差③




月曜日 朝 沙楽学園前


高校生になって初めての休日が終わった。 本来であれば休日気分を引きずりそうなものだが、結人の顔は輝いていた。
―――今日も藍梨さんにアタックしてやる!
朝から藍梨のことを考えていると、先週のことが自然と浮かぶ。 先週結人は藍梨に話しかけることができたのだ。
大した話はしていないが、転校して以来久しぶりに話しかけることができたため、今でもあの緊張感は憶えている。

ただ残念なことに藍梨は結人のことを憶えていなかった。

憶えてくれていたら話を進めやすかったが、忘れられていたためここから再スタートするしかない。 複雑な感情ではあるが結人は悲観していなかった。
もう一度出会った時のように藍梨と時間を共有できるのだから。





先週 授業前 沙楽学園1年5組


「ねぇ、藍梨さん」

声をかけると藍梨はビクリと身体を震わせ結人を見た。 だが恥ずかしいのか、すぐに目をそらされてしまう。 久々に藍梨と目を合わすことができたため、それだけでも嬉しく思った。
まずは名を憶えられているのか確かめることにする。
「俺の名前、憶えてる?」
これは静岡にいた時の結人を憶えているかのテストでもあった。 もしそれで憶えていなかったとしても、先程の授業でクラスメイト全員の自己紹介を終えたばかりだ。
興味がない生徒なら憶えていなくても当然。

「え、えっと・・・」

―――・・・マジか。

藍梨は困った表情をしながら必死に結人の名を思い出そうとしていた。 そのような藍梨を見て少し残念な気持ちになる。
―――・・・本当に俺のことを憶えていないんだな。
―――まぁ、そりゃあそうか。
―――髪も染めてピアスもして外見もこんなに変わっているんだし。
―――最後に会ったのは小一の時だもんな。
「俺の名前は結人。 結人って呼んで」
これ以上藍梨の困った顔を見るのに耐えられなくなり、自ら名を名乗った。

どうしても自分のことを名前で呼んでほしくて。

突然無茶なお願いをしてしまって申し訳ないと思ったが、藍梨は躊躇い俯きながらも小さく頷いてくれた。





現在 沙楽学園 廊下


「ユイ、おはよー! 今日もアタック頑張れよー」
真宮が後ろからやってきて結人の背中をポンと叩く。 隣に楽しそうな彼がいるだけで何故か安心することができた。 それは真宮が一番、結人のことを知っているからなのだろうか。
改めて真宮と同じクラスになったことに感謝する。
「あったり前よー。 任せておけって」
二人は他愛ない話をしながら教室へと向かった。 ちなみに結人の教室は1年5組で一番端にある。 肝心な藍梨はまだ来ていないようだ。
「今日から授業かー。 高校の授業って難しくてつまんなそうだよなー」
「授業は元からつまんねぇだろ」
笑いながらそう突っ込むと真宮も笑い返してくれる。 真宮は頭がいいため授業が難しくて追い付けないという心配はないだろう。 今日から授業が始まるのだ。 波乱万丈の高校生活が――――

―ガラッ。

たくさんの笑い声が混ざり合う教室に突如勢いよく開かれたドアの音が鳴った。 当然教室にいる生徒はその音に反応し皆一様にドアの方を見る。
「ユイ! 未来が・・・」
そこにいたのは複雑そうな表情を浮かべた夜月だった。 遠くから走ってきたのか額からは少し汗が滲み出ている。
―――未来?
―――未来が・・・?
一瞬で静まり返った教室。 何事かと思い急いで夜月へ近付こうとした。 だが夜月は結人が動き出した瞬間この教室から離れていく。
その行動に一瞬戸惑うも自分をどこかへ案内しているかのように後ろへ振り向きながら少しずつ離れていくため、そのことを察し黙って後を追った。
追っている最中も背後からは何も話し声が聞こえない。 未だに教室は静寂しているのだろう。 そして夜月に付いていくとある場所で立ち止まった。 そこは職員室だ。
職員室の前では誰かが先生と揉めている声が聞こえる。

――――未来だ。

夜月は何も言わず不安そうな表情で結人と未来に視線を移していた。 彼らの言い合う声はとても大きく、少し遠くに離れている結人の耳にさえも会話の内容が届いてくる。 悲痛な未来の叫ぶような声で。

「違う! 俺は喧嘩なんかしていない!」

「そう言われてもなぁ・・・。 学校に連絡が来ているんだよ。 『沙楽の“未来”っていう奴に手を出された』って・・・。 未来くんっていう名前の子は君しかいないしさぁ」

彼らの内容を聞き結人の頭には様々な疑問が思い浮かぶ。
―――え、何?
―――未来が?
―――未来が喧嘩?
―――つか、何だよその怪我。
―――・・・そんなこと有り得るわけがない。
―――だって、だって未来は・・・ッ!
未来は明らかに顔に怪我を負っていた。 制服で身を包んでいるため身体に傷があるのかまでは確認できないが、先生の言う通り顔には喧嘩をしたような跡が残っている。
そして先生と言い争っているうちに未来は結人の存在に気付いたようだ。 少し遠くで呆然としながら立ち尽くしている結人を見て、先生との話を突如終わらせ必死な形相で一歩ずつ近付いてくる。
目の前まで来た未来は結人の両腕を思い切り強く掴み必死に訴えかけた。

「ユイ! 俺は、俺はやっていない・・・! 喧嘩なんかしていない!! 信じてくれ!!」

「ッ・・・」

「おいユイ! 頼むよ、信じてくれよ・・・! 夜月・・・!! 俺は本当に何もしていないんだ・・・ッ!!」

「ッ、未来・・・」

未来に圧倒され思わず視線をそらしてしまったが、恐る恐る再び目を見ると今にも泣きそうな顔をしていた。 仲間を信じたい気持ちは山々だが、実際に近くで顔の怪我を見て結人は何も言えずにいる。
別に未来のことを信じていないわけではない。 ただ、どうやって救ったらいいのか。 何も事情を知らない結人は、彼を助けることも支えになる一言も言うことができなかった。
「関口くん! 戻りなさい」
先生が遠くから未来のことを呼んでいる。 それでも動かない未来を見て先生は結人たちへ近付き、未来を職員室の隣にある相談室へ無理矢理引っ張っていこうとした。
「ユイ!」
未来は先生に強引に引っ張られながらも結人の名を必死に叫んでいる。 自分に何かできることはないのか。 何か、何か――――何でもいい。 今言葉を与えられるのなら何でも――――

「大丈夫! 大丈夫だから未来!! 俺は未来のことを信じるよ。 だから未来は俺のことを信じて!!」

―ドンッ。
言い終えた瞬間、タイミングよく閉まった相談室のドア。 無事に最後の言葉まで未来に届けることができたのだろうか。 というより何も考えず出た言葉がそれだった。
未来のことは確かに信じているが『俺のことを信じて』という言葉をどう解釈するのだろう。
この光景を見ていた他の生徒は同情するような顔をしながら、何事もなかったかのように次々と自分の教室へ戻っていく。
そして彼らがこの場からいなくなるのを待った後、なおも自分の近くにいる夜月へ向かって静かに口を開いた。
「なぁ、夜月・・・。 悠斗は?」
夜月は悠斗と同じクラスであり、未来のことは悠斗が一番知っているだろうと思い尋ねるが、彼は難しそうな表情を浮かべる。
「さぁ・・・? まだ来ていないと思う」
「そっか・・・」
―――なら、もう一つ手がある。
先程未来に放った言葉を無駄にはしたくなかった。

『俺のことを信じて』

もし未来がこの言葉を本当に信じたのなら、ここは結黄賊のリーダーである結人が助けてやらないといけない。 いや、未来を助けたい。 そこで一人の少年の顔が頭に浮かんだ。

―――・・・北野か。

未来は顔にいくつもの怪我を負っていた。 だが未来は傷の手当てを自分ですることができない。 そしてあの手当てからすると、きっと北野がしてくれたのだろう。
もし本当に喧嘩をしていたのなら大袈裟にしないよう病院にも行っていないはずだ。
―――北野なら、この休日に未来と会っていたかもしれない!
顔にあんなに怪我を負っていたのなら全身はもっと酷いことになっているに違いない。 できるだけ早く未来を苦しみから解放してやりたいという気持ちから、結人は走って北野のいる3組へと向かった。
「北野! ちょっといいか!」
3組の教室を覗き込むと同時に結黄賊の仲間である椎野と一緒に会話をしていた北野を呼んだ。 すると北野は頷き結人のもとまで駆け寄ってくる。 そこで早速用件を切り出した。
「北野はこの休日、未来に手当てをしたか?」

北野流星(キタノリュウセイ) 結人と同じ結黄賊の一人だ。 結人たちは北野のことを“結黄賊の保健係”と名付けている。 その名の通り、怪我の手当てをするのが一番上手い。
その理由は北野の家系が医者繋がりであるというところからきていた。 医者の息子のため裕福で、ことあるごとに金銭面での援助を受けている。
傍から見れば理系でインドア派のようだが、実際は喧嘩慣れもしていて行動的だ。

そして北野は躊躇いながらも小さく頷いた。
「・・・うん、手当てをしたよ」
―――・・・やっぱり。
―――あの手当ては北野だったのか。
仲間のことが少しでも分かるようになった自分を誇らしく思いながらも、続けて事情を聞き出した。
「未来には何があったんだ?」
「・・・それはよく分からない。 『傷の手当をしてほしい』って言われたから未来に会った。 未来の身体はボロボロだったよ。 打撲や青痣が酷くてまるで私刑でも受けたみたいだった」
苦しそうな表情を見せる北野に思わず顔を背ける。 実際未来が手を出したのかは分からないが、今の話からすると喧嘩に巻き込まれたのは本当のようだ。
ただの事故だったら、そこまで酷い怪我は負わないだろう。 そして北野は難しそうな表情を浮かべている結人を見て慌てて言葉を付け加えた。
「あぁ、でもこれは土曜日の話だから。 今は多少痛みも引いているんじゃないかな」
それに少し安堵しながらも一番聞きたかったことを尋ねてみる。
「理由は聞かなかったのか? どうしてそんなに怪我をしてしまったのか」
問うと北野は一瞬言葉が詰まって困惑した表情を見せるが、こう答えてくれた。
「・・・聞いたよ。 だけど教えてはくれなかった。 『悠斗はこのことを知っているの?』って聞いたら、それからはずっと無言になっちゃって・・・」
それを聞いて一つの単語に引っかかる。

―――・・・悠斗?

悠斗と未来の間で何かあったのだろうか。 二人は普段仲いいが喧嘩も頻繁に起こす。 中学――――いや、小学生の頃からも二人の喧嘩はよく見ている。
大抵喧嘩の原因は未来でいつも未来から謝っていた。 そして悠斗がすんなり許して仲直りする。 この流れが通常だった。 悠斗は喧嘩に対しては何も思っていないようで理由もなしに許してしまうのだ。
それは相手が未来だからなのだろう。
―――そうか、悠斗か・・・。
結人は一度北野から視線を外し隣のクラスである悠斗の教室へ目をやる。
―――今度は悠斗に事情を聞いてみよう。


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