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そんな気分①

外と中は大違いだ。
関門から伸びるメインストリートには所狭しと店が並び、両側から威勢のいい声が聞こえる。
その声は、例えば客と店の価格交渉であったり、はたまた市場のような競りであったり、この喧騒には付き物の喧嘩であったり。
様々だが、この喧騒は僕にとって、新鮮なものに感じられた。

もちろん、それはつい先ほどまでのこと。

「やっぱ買っていった方がええ!お前さんは金を持っとる。金があるなら買うはずや。どや!この年長者の意見は!!正しすぎて、言葉も出んかい?グハハハッ」

ちょっと食料を補給しようとしたら、見事に捕まった。
小太り、中年、濃い体毛、大きな口、ヒゲ。まるで中級冒険者のような、そんな風貌をした爺さんに。
ぶっちゃけた話、ここから抜け出すのは簡単だ。この目の前の爺さんに蹴りをかますだけだ。
だが、流石にマズイ。
こんな、メインストリートに面してる上に常連らしきお客さんが詰め寄っている店の中で、蹴りでもかましたら蜂の巣だ。
その上に、僕にはこの店でなければならない重要な理由があった。

「僕はルロ肉を買いに来ただけだ。早く出してくれないか?」

そう、大好物の、いや僕の嫁と言っても過言ではない天が与えた最高の逸品。ルロ肉様を直々にお迎えに上がったのだ。
……さすがに言い過ぎた。
だが、譲れない。

このルロ肉を買って帰るまでは、宿には戻らない。戻るどころか、その前に宿を取らないといけないが……、そんな事はどうでもいい。

早くこの耳障りな説教を抜け出して、ミッションをコンプリートしなければ……!

□■□■□■□

あの後、半刻ほど説教を聞かされたが、常連と思しき客が割って入ってくれたため、案外簡単にルロ肉を手に入れられた。

「……宿を探そうか」

「ブルルッ」

馬に声をかけ、手綱を握り、横道へと逸れる。
薄暗い路地は、同じ街だとは思えないほど静かで、そして怪しげだ。
喧騒が遠ざかっていくのを感じながら、その空間に馬の声と甲高い食器の音をフェードインさせていく。

百歩ほど歩いたところで、「ロカリク」と書かれた宿を見つけた。
外には小さいが馬小屋もあり、ツタは多少覆っているが、宿にしては十分な外観を保っている。
半開きの扉を開け、中へ入る。

暖かい橙色の灯と美味しそうなルロ肉の香りが、僕を迎え入れ、その奥にあるカウンターへと誘う。

「1人、馬も含めて」

「ふぁい、5枚だよ」

カウンターの女性は、眠そうに欠伸をしながら、硬貨を受け取り、後ろの棚から鍵を取り、僕に渡した。

「食事は1刻後から、明日は日の出。風呂は適当に使ってくれ。ふぁぁ……おやすみ」

言いたいことはいい終わったのか、その女性は夢の中へと旅立っていった。

「……」

僕は無言で少しの間立ち尽くしていたが、すぐに鍵を手に、部屋へと向かう。

建て付けが悪いのか、開けるのに少し手間取ったが、部屋の中は整然と物や家具が置かれ、その扉との差を感じる。

上着を脱ぎ、荷物を片隅へと運ぶ。

そういえば、旅を始めてから、まだ一度も風呂に浸かっていなかった。

「久々に……」

鍵をかけ、来た廊下を辿り直し、風呂場へと向かった。

□■□■□■□

先客がいるようだが、気にせず浴場に入る。
真っ白い湯気が一気に身体を包み込み、視界を遮る。
足元に気を付けながら、まずはシャワーへと向かう。

そうして、綺麗になったはずの身体を今度は大きな浴槽へと向け、ゆっくりと肩まで浸かっていく。

「ふぅ……」

お湯というのはなかなか良いものだ。
効能があるのかは知らないが、身体の疲れを気付かない内に取り去ってしまう。
そして、表面から立ち上る湯気は斜め前にいる、視線を合わせてはいけない危険な何かとの関係を断ち切ってくれる。

「おい、坊ちゃん」

湯気で何も見えないし、湯気で何も聞こえないし、湯気で何も出来ない。
そうだ、今僕は1人だ。1人のはずだ。

「相変わらずの湯気で、よく見えないが……まぁ相当な子供だということは分かるぞ」

「……なに?」

「子供だからって、性別の違う風呂に入るのは感心しないな、アハハ」

「ここはれっきとした混浴だ。文字も読めないのか?」

「はっ、冗談ってもんを知らないのか?」

「面倒ごとは避けたいもの。人として当たり前の心だと思いますが?」

「これは子供のくせに言うわ。アハハ、気に入ったぞ。私は気に入ってしまったぞ」

「そうですか、勝手にどうぞ。先に上がります」

まだ浸かってはいたかったが、正直これ以上は面倒くさい。
ここ最近、同じようなテンションの奴に会った気がするが、それとはまた違った面倒くささを感じた。

だから、一番最初に考えたのだ。
先客がいるが気にしない、と。

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