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ロヴェル道中③

2刻ばかり駆け抜けて、小さな集落を見つけた。
あと1刻の距離ではあるが、ここで一息入れようと馬を降り、手綱を握りながら集落を散策する。

「誰もいないね……。どうしたんだろう?」

「ブルルッ……」

肯定の意志を示すかのように馬も反応する。
特に貧困に陥っている様子も、戦があったような痕跡も見当たらない。
確かにあと数刻で夕方ではあるが、それにしてもおかしい。

そもそも集落というのは、壁に囲まれた街の外れとして、街の一部と認識されてはいるが、街のように商業中心というよりは農牧業が中心に行われている。
つまり、この時間帯は畑や牧場に出て働いているのが普通だ。

そうであるはずなのに、いない。
人の影どころか、動物さえ見当たらない。全てが絶滅してしまったかのように思えるほどの静寂が集落を纏っている。

「……不気味だね」

馬に付けられた荷物がぶつかり合い、カランカランと音を響かせているが、それが淋しさに似た不思議な気味の悪さをより強調している。

「……」

「……そこの坊や」

いきなり話しかけられ、さっと声の方向へと振り向く。
すると、ヨボヨボの老人が家の中から手招きしていた。その目は不安そうに、どこか怯えるような、そんな感情を浮かび上がらせていた。

そっとサバイバルナイフのポケットのロックを解除し、静かに家の中へと入る。

「お邪魔します」

「……どこでもええ。座りなさいな」

僕が入ると同時に戸を閉め、鍵を掛けたその老人は僕にそう言った。
ちょうど近くにあった木製の背もたれのない椅子に腰掛け、少し離れたところに座った老人の方を向く。

「心配せんでええ……。それより、坊やはなぜここに?」

「旅をしているんだ。今日はロヴェルまで」

「それで立ち寄った……というわけかの。……早々に立ち去るがよい。この集落は……呪われたのじゃ」

「呪われた?」

怯えたその目は会った時から変わっていない。
少しの間をおいて、また老人は口を開いた。

「畑の作物が……殺されたのじゃ。……その次にはルロも殺された」

「殺され……た?……誰に?」

「悪魔じゃよ。なぜ殺されたのかは、誰も分からん……だがな、作物は白くなり……ルロは泡を吹いた」

「……」

「呪われたのじゃよ……。次にはワシらも……もう、終わりじゃ……」

正直、人が死のうと、誰が何をしようと自分に関係なければそれでいい。
そんな考えではあったが、引っかかった。
そう、僕は知っている。
この集落のように、作物は白くなり、ルロは泡を吹いた、この殺されたかのような現象を。

□■□■□■□

ちょうど2年前。
あの街に一時期、食料が届かないことがあった。
穀屋に行こうと、肉屋に行こうと、商人は口を揃えて、「悪魔を混ぜられた」と言った。
2月もの間、その街から食料は消えた。その後、街の管理人達は他の街から食料を買い取り、それを販売することで危機を凌いだ。

結局、原因は公開されなかった。
商人と管理人の間で口外しないことが約束され、とにかく人々の記憶から忘れ去られるのを、ただ高いところから見下ろすだけだったそうだ。
贔屓にしてもらっている肉屋から全てを聞いた。
普段からルロ肉を消費する僕は、肉屋にとっては大口顧客のような存在だった。
だから少し脅せば、軽く口を割る。
裏で結ばれた約束より、客を大事にする点で、一定の評価はしたが……。

原因は毒だった。
通常、肥料やエサには成長を促す薬を入れるのだが、その薬が普段とは違うものだったのだ。
どうやら、倉庫にあった薬が中身をまるごと差し替えられていたようだ。
それに気づかず、混ぜたところ、あの惨状に至った。

犯人は特定されているようだが、管理人側は「こちらで処理した」の一点張りで商人にも教えられていないのだという。

□■□■□■□

「肥料とエサに同じ薬を混ぜていますか?」

「……確かに混ぜておる。成長を促すためのな……」

「それが悪魔の正体ですよ。イーアンでも同じことがありました」

「薬が……差し替えられていたのかの?」

「イーアンではそうだとされました。犯人は秘匿されましたが……」

「……そうか。いや、有難い。上からのお達しは何もなくての、ワシらじゃ何も出来んかったのじゃ」

悪魔という思い込みから解放されたのかホッとしている様子ではあったが、その身体からは怒りも感じ取られる。
それもそうだろう。
僕だって、そうだった。
あの時も肉屋に「ルロ肉が無くてどうやって暮らせっていうんだ!!さっさと仕入れろ!」と人格が変わるほどキレていた。

「それじゃあ、行きます」

「達者での。ワシは管理人に掛け合ってくるわい」

「お元気で」

馬の手綱を握り、集落の出口へと歩いていく。
チラッと後ろを向くと、先ほどまで死んでしまったかのように思えた集落に人が戻っていた。

笑えてしまうくらいの茶番劇だった。
そもそも、この村に悪魔など訪れていないのだから。
……いや、今さっき訪れた、と言っておこうか。

あと1刻の道を、また駆け抜けていく。

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