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序 囚われの男女

 切られた腕が痛い。
 ジョセフは泣き出しそうになる心を必死に押さえた。

 すべて自分が不甲斐ないからこんな事になったのだ。おかげで大事な友人を奪われ、自分はこんな風に捕われてしまっている。

 彼に攫われてからどれだけ経っただろう。もう時間の感覚もないのだ。人が来るときといえば、先ほどのように腕を切られて血をとられる時か、食事の時くらいだ。

 あの子はどうしているのだろう。近いうちに縁組みされると嬉しそうに言っていたのに、それからすぐにこんな事になってしまったのだ。婚家も怒っているだろうか。そうでなくてもあの子には『玉の輿』と言ってもいい縁談なのに。

 殺される事はないだろう。だが、このまま一生このままなのかもしれない。

 ため息を吐いたその時、部屋に小さな黒豹が入ってきた。『彼』に買われているペットだろうか。一体、こんな猛獣をどこから連れて来たのだろう。

 黒豹はジョセフを見て不思議そうな顔をする。そうして近づいて来て匂いを嗅いで、しかも思い切り顔をしかめて来る。

 自分は動物にまで見下されるのだろうか。そこまで落ちてしまったのだろうか。

 黒豹はジョセフの複雑な気持ちを見て取ったのか、違う違う、と言うように首を振った。

 それにしても不思議な動物だ。表情やしぐさが人間のそれなのだ。

 黒豹はジョセフに近づいて腕にすり寄る。すぐに痛みがひいた。

「君は何なんだい?」

 黒豹はごまかすように可愛らしく首をかしげた。まるで『わたしはただの黒豹ですよ』と言っているようだ。おかしさがこみ上げて来てジョセフは少し笑った。

 不意に黒豹がぴくりと耳を動かし、ある一点を凝視し始めた。何だろうとジョセフもそちらに注意を向けてみる。

 ぼそぼそと声が聞こえて来る。

「……ライバルの……」
「……愛人……一の美女……」
「……接触……」

 どうやら『彼』が仲間と密談をしているようだ。美女を愛人にする話だろうか。ずいぶんと幸せな生活をしているらしい。

 そう思った時、隣で大きな咆哮が聞こえた。ジョセフは驚いて黒豹を見る。黒豹は憤怒の表情をしていた。

 時々腹が立ったようにぐるるると鳴いている。何かあの会話の中にこの動物の気分を害するようなものでもあったのだろうか。

 黒豹はしばらくうなっていたが、そのうちに飽きたのか入って来たのと同じ場所から出て行った。


****

 一方、その小屋にある豪華な部屋では、一人の少女が涙に暮れていた。

 いつまでこんな事が続くのだろう。時々感じる『あれ』だけが彼の生存を教えてくれる。でも無事ではないのだろう。彼は彼女をこの場に留めておくための人質なのだから。

 自分は無力だ。助けを待つ事しか出来ない。

「ナイジェル様、たすけて」

 そうつぶやく声は誰にも届かなかった。

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