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 一部ピリピリとした雰囲気がある中でも、のんびりと茶と菓子を楽しむ面子に、マスターは茶のおかわりを足していく。
 アイスティは毎度淹れているが、ホットティはティカップ二杯半くらいが入っているポットで渡している。
「マスター、翠の作った菓子ってまだある?」
「ございます」
「少し分けてもらっていいかな。クリフさんにもお勧めしたいし」
 何度か既に分けており、クリフも好きだったりするのだが。
「翠さんというと、あれか。毎年紅茶の日にジャムを納入してくれるパティシエール」
 クリフの言葉に、弟子はすぐむすっとした。そうやって表情を変えるから朔におちょくられているという事実に気づいていないらしい。
「あ、知ってました?」
「マスターが好んで仕入れる。そして裕里がその話をするとむくれる。それだけで分かるというものだよ、ワトソン君」
「私、ワトソン博士じゃないんですけどねぇ。で、妹の菓子関連を食べた感想は?」
「うむ。日本人好みの味付けだ。こちらの店は英国風を|謳《うた》っているだけあって、甘みが強んだが、彼女が作るのは甘さ控えめだ。私は嫌いではないが、物足りなく感じる時がある」
「なるほど。いいことを聞きました」
「そういう時はフィッシュアンドチップスを食べると、落ち着くよ」
 とどのつまり、故郷に哀愁を感じる時は、食べないということだ。
「ちなみに、そのフィッシュアンドチップスはどこで食べるかきいても?」
「裕里だね。何故かイギリス仕込みのフィッシュアンドチップスを作ってくれる」
 その瞬間、パーティメンバーも朔も一瞬にして薬草煎餅を食べる弟子へと視線が注がれた。
「教えてくれたの、千草祖母ちゃんだからね。ついでに言うと、イギリス式になったのは、師匠がイギリスに連れてってくれた時に、何度か食べたんだ。師匠があっちで指名依頼受けると、時として俺がついていけないの。だとB&Bで大人しくするしかないわけ。で、退屈しのぎにキッチンのぞき込んでたら、そこのB&Bの朝食の作り方と、そこの息子さんお勧めのフィッシュアンドチップスの店行って作り方聞いた」
「裕里君、英語出来ないよね?」
 朔の言い分はもっともで。それゆえ未だ日本限定の探求者なのだ。
「コミュニケーション取るだけなら、英単語と身振り手振りで何とかなるもんだよ。スラング分からないから、文句言われても気になんないし。ま、依頼は受けれないけどね」
 何せ、契約書を読解する能力が欠けてしまうのだ。因みに、千草という女性がマスターの妻だった女性だ。
「私が個人的な依頼を済ませて帰ってくると、大抵その辺の子供と仲良くなっているんですよ。お互いに単語のやり取りで会話が成立してしまっているんですよ」
「マスターにはない能力だよね」
「えぇ。そういった意味でも弟子は国際探求者向きなんですよ。妻も私もそこを見込んだのですが……」
 そこばかりは如何しようもない。
「なるほど。じゃあさ、今度うちのシェフにフィッシュアンドチップスの作り方教えてあげて。若奥様の頼みで何度か作っているんだけど、駄目らしくてね。何なら、探求者ギルド通して依頼するけど」
「それは拒否。俺、料理人タイプの探求者じゃないから、受け付けないはず」
 料理を教える、ポーションの納入といった特殊なものは、それ相応の資格がないとギルドでは承認しない。弟子にとって料理は趣味の領域。つまり、ギルドを通した依頼として受けることが出来ない。
「未だに料理人としての資格を取るつもりはないと」
「だってさ、料理人の資格取ったら未知の食材も調理しないといけないじゃん。俺、無理。そんなのを強要されていたら、作るのが嫌いになる」
「裕里君らしいよね。普通は少しでも名をあげるために必要とあらば資格を取るのに」
「俺にだって欲はありますよーだ。だからランクもここまで上がったんじゃんか」
 そういうことではないのだが。弟子の言い分と、朔の言いたいことの差をしっかりと把握しているメンバーたちは苦笑するしかない。

 カラン、という音と共に、客がやってきた。腹の大きくなった女性で、妊娠後、この店に来るようになったのだ。
「いつものをお願いできます?」
「蒲公英珈琲ですね。こちらです」
 珈琲などとうたっているが、中身としてはマスターの領分だ。
「……あの、ついでに黒糖も一緒に……」
「かしこまりました」
 あの独特な味が苦手な人には、黒糖入りを勧めているマスターである。ミルクや豆乳との相性もいいのだが、この店には置いていない。
「お疲れのようですので、一休み如何ですか?」
 目の前に置いたのは、蒲公英珈琲をカフェオレ風に淹れたもの。スライスした生姜も入れているので、どちらかとチャイ風になるが。
「ありがとうございます」
 そう言いながら、女性は黒糖を足していく。かなりの甘党なのは、熟知したマスターだが、それを見た弟子や朔たちが若干引いていた。
「はぁぁぁ。美味しぃぃぃ。ここに来ると今までのお茶の概念がかわるのぉぉぉ」
 うっとりと幸せそうな声をあげていた。
「それは何よりです」
 好きなように飲めばいい。そう、マスターは達観していた。

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