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禍の影



『クソォ!異教徒め、こんなふざけた機体を作るとは!』
『待てぇ!逃げるな卑怯者ぉ!!』

 森を見渡せる崖の上、そこは貧弱な通信機でも状況がよく分かった。
 狭いコックピットの中で男は、古いが唯一のこの地域の地図を見ながら、それを聞いていた。

「…………敵の動きが妙な気がする」
『門弟中尉、どういう事でしょう?』
 その若い男のつぶやきに、張りのある女性の声が問いかける。
「門弟(シスター)少尉、彼ら共和国の人間は、ここが本拠地だ。当然、こんな地図がなくても地形を完璧、とは言わないがかなり詳しく知っている。
 それはいいのだが、さっきから聞こえる門弟達の声と、ここから見える動きを見ると…………」
 彼は、静かに視線を森の中の戦場へ向ける。

「こちらの位置が、かなりの精度で『分かっている』みたいだ」

 え、と通信機からは小さな声が漏れる。
『……千里眼の魔術、でしょうか?』
「いや、違う。アレは個人が持てる能力だろうし、動きながら見るのは至難の技だった筈だ。
 ただ俺たちの敵は、異教徒だがこちらと同じ人間だ。タブーがない、って言う言い方は良くないだろうが…………何を使ってもおかしくはないんだ、発想にも導入にもタブーはないからな」
 男は、少々思案し、やがて口を開く。
「予定を変更しよう、森に入ればどうせ通信は無意味だ。
 奇襲をかけるために、周りには知らせず行く」
『分かりました、門弟中尉』
「頼んだよ、門弟(シスター)』
 男は、静かに操作盤(コンソール)に入力し、機体の止めていた動力を入れ、コアを起こす。

 森を見渡す谷の上、
 巨大な、とても巨大な影が目を光らせる。

    ***

『ぬぅぅぅぅぅぅぅぅんッッ!!』

 ギギギギ、と両腕が軋む音を上げ、駆動系(サーボモーター)の温度が上がったせいで煙が出始める。

 その純粋な腕力比較のの勝利者はだれか?
 かたや相手にもこちらにも情報すらない新型、
 対するは連邦の処刑人とあだ名された聖なる竜。

 武器はすでに必要ない。お互い戦闘の末に真っ先に壊れた。
 ならば━━━━古から続く漢のしきたりに従い、この両腕で、足で、爪で牙で、クリスタリオン同士を操ってどちらの腕力が上か、素手の戦いが得意かを決着するのみ。

「連邦めぇ、時代が時代ならお互いに兜を取り名前を名乗り決闘と出来たろうに……!
 お互い遅すぎたようじゃのう、骨のある人間同士の殺し合いには……!!」

 この老体で握る操縦桿がこれほど辛くも嬉しいものとは……狭いコックピットの中で老人は喜びに震える。
 禿げ上がった頭に血管を浮かべ、それでもなお笑みも押し込む力も辞めない。

「頑張れぇい、脚をに力を入れるんじゃぁ!
 赤子じゃないんじゃろぉ!
 その程度では!」

 バキッ、と敵の腕に亀裂が入り、一気にこちらの力が相手を上回る。

「この老体にも負けるぞぉ!!それで男かぁ!!」

 巨体が宙に浮く。
 細身とはいえ同じ身長、同じヘヴィネス。
 ワルキュリオンの出力は大陸最強と言われる機体にも引けは取らない。

『━━━すまんのぉ!』

 腕に構えたライフルは、戦術用大威力光破壊魔法砲(タクティカルレーザーキャノン)。
 エグゼキューターの額の向こうはコックピットとコア。接射で撃てば一瞬で貫通し、魔石部分は砕け散る。
 数秒後には、辺り一面に命だった物が転がっていた。
『隊長!生きておりますかい!?』
『今死にそうだ、御老公!』
 振り向いたその場所で、多数のスプラッターに群がられ、今にも押しつぶされそうな中もがくワルキュリオン1番機がいた。
『ほう?ようやく耐え切れるまでになりましたか!成長しましたなぁ!』
 ガストンが数機打ち崩し、拘束を解いたところでなんとか抜け出す。
『すまない!こんな隊長でな!』
『なぁに、まるっきり役立たずであれば後ろからとっくに撃っておりますわい!
 それより首尾は?』
 二機は即座に走り出し、この場に集まりつつあるスプラッター達を振り切る。
『上々さ!『例のシステム』によれば三機とも健在、まぁあの3人じゃ当たり前だが。
 敵ヘヴィネス級部隊はやはりだいぶ遅れている。
 お互いのルートでエグゼキューターに囲まれることはないはずだ』
『そこまで分かりますかい?
 凄まじいシステムじゃのー、『コイツ』の開発が20年も前ならのー……』
『発想さえあれば作れたが、これは相当な発想力が必要だからな、なにせ……待った!』
 と、マービスは突然足を止める。
『なんじゃい?』
『レーダーを見てくれ』
『見たから言うとるんですじゃ!』
 前方1メイル先、何かがこちらに向かっている。
 あるシステムの情報によれば、進軍速度は毎時12メイル程度、ヘヴィネス級……なのではあろうが、送られてきた様子がおかしい。
『……接敵すべきではないかも知れんな』
『そう思いますか。ワシもですのぉ』

 送られた情報で異常な事は2つ。
 1つ、感知した出力があまりにも大きい。
 魔力数値用センサーという、敵機が目視前に何なのかを感知するためのセンサーがある。クリスタリオンのコア特有の波動を検知する方式なので、精度には保証があった。
 それが、今まで見たことがない数値を示す。
 そしてもう1つ、単純なレーダーに、と言うか今見えたある現象。
 空を羽ばたく無数の鳥とコウモリ、地を走り始める鹿や小型クリスタリオン原種の群れ。
『逃げるぞ、機影2機で森の大部隊を撤退させ始めている』
『踏みそうな勢いじゃ、こりゃあ、何かヤバい予感がする……!』
 とっさに走り始め、少々落差の激しい場所の方向へ走り始める。
『ガストン、貴方だけでも姿勢を低くしてくれ!俺は走らせるだけで精一杯だ!』
『距離はありますし、『キャノンチャーチ』も周囲にいないのに何ゆえ!?』
『……聞いてくれ、敵のコア波動がなんだか強くなっている』
 その声は、震えていた。
 ここまで冷や汗をかいているのが分かる声があるか?
 そして、唐突にマービス機は加速を始める。
『隊長!?』
『来るな!!俺が死んだ後はアニエスに従え!!』
 何を、と言った瞬間、ガストンの真横から一瞬眩しい光が見える。
 立ち止まったのは良い判断だった。

 景色を塗りつぶす、圧倒的な光。

 目の前を、太すぎる光の本流が走り、一瞬でマービス機が消えた。

『…………た、隊長……!?』

 絶句する、何が起こったのか分からない。
 ならば、悲しむ暇はない。
 森を抉り、その進路を焼き尽くした光の正体、見極めずしてどうするか。
 生き恥を晒すならば、存分に、が老体の務め。
 言葉も出ないほどの恐怖を抑え、心の中で自分を鼓舞しながら、ガストンは光にえぐられた場所へ顔を出す


 それは、異形だった。
 脚が2つ、蛇のような胴体に、がっしりとした脚が2つだけ付いたような姿。
 大きさがおかしい、敵のエグゼキューターもヘヴィネス級の中では大きく感じるが、その頭一つ分大きく見える。
 まだ無事な木よりも大きい、それでいて肩から伸びる装甲板、まるで翼のようにも見えるそれが、その大きさをより誇張している。
 異形の頭部が、4つに開き、光輝く1つ目のような器官を覗かせる。
 アレだ、と本能的に察したガストンは、この時小便を漏らした。
 仕方がない。なにせ、

 その巨大で異形なクリスタリオンは、
 また、あの光を放って来たのだ。

 森を、光が割いた。

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