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拠り所

 あるところに一人の職人の男が居た。その男は大層真面目で、仕事の腕も確かであった。
 確かな仕事をするその男の評判は徐々に高まり、何時しか常に仕事をこなしている程忙しくなる。
 そんなある日、男が気分転換の散歩がてら依頼人に出来上がった品を直接届けた帰りの事。家の前で人の顔の様な模様のある猫が倒れているのを見つける。
 弱弱しく鳴くその猫が気になった男が近寄り様子を確認すると、その猫は足に怪我をしていた。
 男は周囲に目をやるも、男以外の人の姿は見当たらない。
 弱弱しく鳴き続けるその猫を不憫に思った男は、その猫を急いで獣医に見せた。幸い猫の怪我は軽かった為に治療は直ぐに終わり、男は猫の怪我が治るまで自宅に連れ帰り介抱する事に決める。
 それからというもの、猫の世話をするのは男にとって安らぎの一時となり、猫もそれに応える様に男によく懐いた。
 怪我が治っても出ていこうとしない猫に男がかまける様になると、男の仕事は僅かに遅れる事が出てきた。それに加えて仕事の質も若干落ちた為に、真面目な男はこのままでは駄目だと思い、猫と決別する事を決める。
 そして男は遠く離れた山の中に猫を捨ててくる。
 帰り際の猫の哀しそうな鳴き声が頭に残る男は、これで良かったんだと自分に言い聞かせて仕事に没頭していくが、それで男の仕事の質が元に戻る事はなく、寧ろ悪くなる一方であった。
 男は猫が既に自分の一部となっていた事に気がつくと、後悔して捨てた山に探しに行く。
 しかし、何日も何日もどれだけ探そうが捨てた猫は見つからない。
 男は諦めて自宅に帰って仕事をするも、悪化するばかり。
 後悔し続けた男が精神的に限界に達して家を出ると、直ぐに鳴き声が聞こえてくる。男は驚きそちらに顔を向けると、そこには人の顔の様な模様をした猫が一匹座っていた。
 男はその猫を抱き上げると、泣きながら何度も何度も謝り、一緒に暮らそうと言って自宅に戻っていった。
 それからというもの、男の仕事はかつて以上に評判となっていく。
 ただ、時折男が誰も居ない空間に話し掛ける奇妙な姿が目撃されるようになりはしたが。

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