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第4話 罠

——お前に預けたら返って来るかわからないしな。

 一体あの言葉は何だったのだろう。イザベルは夜会から帰ってからずっとその事を考えていた。

 いつも通りイザベルを馬鹿にしているように見えて、とんでもない意味が隠されているような気がするのだ。

 デイヴィスは一体何のつもりなのだろう。

 考えても分からないので、そろそろ眠ろうと考え、召使いを呼ぼうと立ち上がった時、ドレスのどこかで紙がこすれる音が聞こえた。

 取り出す前からわかった。これはデイヴィスからの手紙だ。いつのまにドレスの中にいれたのだろう。

 懐から紙を取り出す。


最愛なるディアブリーノへ    5475年 25日 真夏の月
 大切な用があるので、明日の夜八時に誰にも内緒で私のアジトに来てください。もし来なかった場合、次の舞踏会でみんなにあなたの正体をばらす予定なのでそのつもりで。
あなたの敵 デイビッドより


 イザベルが読み終わると同時に紙は塵になって消えた。魔法紙が使われているのだろう。徹底している。

 明日といえばデイビッドの予告の日だ。その日に一体全体何の用事があるのだろう。

 でも行かなければいけないだろう。それは脅されているからではない。何があるにせよ、行かなければ自分のプライドが傷つくからだ。

「行ってやろうじゃないの!」

 聞こえなくてもいい。でもきっとこの光景をどこかで見ている『最愛の敵』に向かってイザベルはそうつぶやいた。


****

 アジトのお気に入りの椅子で本を読みながら、デイヴィス・コーシーはにやける口を押さえられなかった。

 愛用の金時計を見る。七時半だ。あと三十分でイザベルがここに来る。

 彼女が来ると言う事はわかっている。イザベルが昨日自室で「行ってやろうじゃないの」と言っていたのは、唇の動きでしっかりと読み取っていた。

「何も知らない愚かな小娘……」

 そうつぶやく。イザベルはまだこれから起こる事を何も知らない。何も知らないのに飛び込んでくるのがイザベルだった。

「さて、あいつは俺の罠から抜け出せるのか、楽しみだな」

 イザベルを馬鹿にするように笑う。

 イザベルを眠らせ、手足をしっかりと縛り上げてから暗い地下室に閉じこめる。それがデイヴィスの「大事な用」だった。

 スティーブン・ホワイトという強力な敵が現れたのだ。彼を相手にする上にイザベルまでとなると面倒が増える。だったら片方を勝負に参加させなければいい、とデイヴィスは考えていた。

 デイヴィスの口から今夜何度目か分からない笑いが漏れる。

「ディアブリーノ、今夜こそお前の無力さをたっぷりと思い知らせてやる」

 昨日までデイヴィスはイザベルを殺すつもりだった。デイヴィスの手の秘密を知っているのに知らない振りをしたあの愚かな少女を。

 でも、昨日の夜会でイザベルはデイヴィスの事を案じていた。

——捕まらないで、お願い……

 必死に懇願してくるイザベルはとても滑稽で、そしてとても温かかった。

 だからデイヴィスは彼女に賭ける事にしたのだ。地下室にかけた術は効力を少しだけゆるめた。それでも運が悪ければ死んでしまうだろう。

 デイヴィスが帰って来た時に彼女が死んでいたらそれまで、そうでなかったらもう少しだけ遊んであげるつもりだ。

 楽しい。

 そこまで思って眉をひそめる。イザベル・カースルは宿敵なのだからそんな感情を抱いてはいけない。そう思うのにデイヴィスはわくわくする心を抑えられなかった。

 気をそらすために本に戻る。
 最近は催眠術について興味を持っていた。泥棒としてありとあらゆるものを武器にしてきたが、それに催眠術も加える予定だった。人を思いのままに操れたら盗みもだいぶ楽になるだろう。まだ魔術ではそれはできないのだ。その術は現在研究中だ。イザベルが死ななかったら……。そこまで考え不機嫌になる。まるで自分は彼女に好意を持っているようではないか。

「馬鹿馬鹿しい!」

 そうひとりごちる。

 その最悪なタイミングで魔力がイザベルの来訪をつげた。自分で呼んだのだから仕方ないがこんな時に、と眉をひそめてしまう。

 本をテーブルに置き、魔法陣に魔力を注ぎ込んで彼女を招き入れる。そして表用の笑顔でイザベルを出迎えた。

「いらっしゃい、レディ・イザベル!」
「え……」

 イザベルが面食らったのが——前日散々脅したのだから当たり前だ——わかる。それでもデイヴィスの歓迎を大人しく受け止める。

「久しぶりだな、ディアブリーノ。一ヶ月も会えなくて寂しかったよ」

 彼女を抱きしめ、いや、拘束しながら耳元で残酷な声を出す。イザベルは慌てて飛び退くがもう遅い。彼女の腕はデイヴィスの五本の指の中だ。
 デイヴィスはもう冷たい笑みを隠さなかった。もう片方の腕もつかまえ、きつくねじり上げる。
 痛くてたまらないのだろう。イザベルが悲鳴をあげる。さらにきつくねじり上げてから、用意しておいた縄で腕を縛り上げた。

「かわいい醜態だな、レディ・イザベル」

 デイヴィスの腕の中でじたばたと暴れるイザベルの耳元でそうささやく。その言葉に脅えたのかイザベルは抵抗をやめる。

「今日はお前の実力を測ってやる。このアジトに用意してある罠をくぐり抜けて俺の前に現れる事が出来たらお前の勝ち。宝石はやるよ。まあ、お前じゃ無理だろうけどな」

 邪悪だと分かる声で嗤う。

「おやすみ」

 イザベルの首に向かって正確に手刀を入れる。イザベルはデイヴィスの腕の中にぐったりと倒れ込んだ。

「あっけないなぁ、ディアブリーノは」

 愛用の黒手袋を外し、イザベルの頬を優しくなでる。そして、未だに自分にこれから振りかかる恐ろしい結末などまったく知らない浅はかで愚かな悪魔の少女を抱き上げた。そしてそのまま地下室まで連れて行き、床に横たえた。

 魔術のロックを解除する。

 イザベルの反応によって発動されるいくつもの魔術。それがしっかりスタンバイしているのを感じ、小さな笑いが口からもれる。

「じゃあ行って来るよ」

 そう言ってからゆっくりと振り返る。そのデイヴィスの顔には今まで以上の邪悪な笑みが浮かんでいる。

「いや、『さようなら』かな。今まで楽しかったよ、『イゼベル』」

 そう言う彼の手の甲には美しい痣が浮かび上がっていた。

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