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共和国の秘匿部隊

「―――ここまでは、残念だが予定通りか」


 デミユグドラシアの木は、平均して96フィロト(=我々の世界で言うところの29.3メートル)もある、『世界樹のような物』という名前にふさわしい木だった。
 その木の中腹の太い枝の上、
 一人の背の高い男が双眼望遠鏡を覗き、喉元に張られた魔術通信機に声を漏らす。
『ってぇと、基地は全滅ですかい大尉?』
「ああ。残存した『試験無人機部隊』は見事全滅だ。
 やはり、お前たちがさんざん虐めてやっただけあって、実戦では数分も持ったぞ!
 『魔導技術科』の奴ら、今度ばかりはエールをおごってやらないとな!」
 冗談めかすように言った言葉に、無線機から笑いが漏れる。
『ガハハハハッ! しかしまぁ、数分とは、儂らとの最初の戦いを思い出しますなぁ!!』
『魔術式組みに時間がかかって、実働試験に数分遅刻したあの?』
『挙句の果てに、俺らに秒殺された奴かぁ!!
 ありゃ傑作だったなぁ!!』
『何が傑作って、私達の部隊長が見事転倒して相手に一機白星上げたうえでの秒殺だったことね』
「やめろ! 思い出しただけでも恥ずかしい!! アレから少しはましになっただろう!?」
『戦術と戦略の天才で機体特性の把握は一番なのに、肝心の操縦が致命的にダメなのが部隊長の良いところだとは思ってますよー?』
 数人の笑い声に、木の上の男は苦笑を漏らし、しかし、と基地を再び見る。
「数分でも戦場では十分な『損耗』だ。
 精神も推進剤も弾薬も、だ。
 予備兵力が来る前に突破する。総員準備!」
 そうして、男は木の幹近くに存在した、小さな入り口から覗く座席に潜り込む。
「レッド1より各機、始動準備開始、順次報告」
『レッド2、始動準備開始します、コピー』
 うぃぃん、と目の前の扉が閉まり、外の景色が遮断される。
 フォォン、と巨大な木々の影に隠れた影に、二つの光がともる。
『レッド3、コピー』
『レッド5、コピー! しっかし言いにくいのう……了解、じゃダメかい?』
「すまないな、老兵! ここ数年でいろいろ変わってしまっている!
 レッド4、返事はどうした?」
 ふと、抜けた番号の者から返事が来ない。
「レッド4? 聞こえるかレッド4?
 おい、アニエス? アニエス・マリナー上級魔導少尉、どうした?
 もしかして、初の実戦で怖くて震えているのか?」
『お! いいねぇ! ちょっくらお兄さんがそばで慰めてやろうかい?
 ついでに、本当の意味で非処女になっとくってのも度胸がつくぜ?』
『最低。准尉生きて帰ったら営倉行きね』
『ちぇー! まぁー、お兄さんつっ立って、この中で今の「つるペタオバハン」から見ても、少尉殿は一番『年上』さんじゃないですかー! ねぇ皆さん!?』
『……へぇ?
 表出なさいよ人間、そのケツに毒矢ぶち込んでやろうじゃないの?』
『ふぉっふぉっふぉっ、こりゃ怖いわい!
 そもそも若人よ、中尉殿はアレでケツは安産型じゃぞ?』
『ちょっとハゲ坊や……??』
「はいはい、わかったわかった!
 で、レッド4、いい加減返事をしろ! こいつらの漫才は品がない、品が!」
『ひっでぇ(ひっどぉーい/ひどいのぉ)!?』
 そこまで言ったところで、全員が耳を傾ける。
 しばし、戦場の轟音と、実体弾のタタタタッ、という音が響く。

『――――みません!! 今ようやく通信機を取り返しましたー!!』
『ミュー! ミューミュー!!』



 と、唐突に少女の可憐な声と、何かの生物の声が聞こえる。
「……よろしい、レッド4。同乗の『少佐殿』の調子はどうだ?」
 失笑混じりに相手に問い、通信機に響く爆笑をかろうじてこらえる声と共に尋ねる。
         ***

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