これを倒すの!?
「おら、ついたぞ。さっさと降りろ」
「きゃっ!! ……痛ったぁ。……なによ、落とさなくたっていいじゃない!!
って……。なに、ここ??」
気が付けば、見たことのない場所に居た。
前後、左右、どこを見ても、「0」と「1」の文字が、弾幕のように流れてて、どう考えても現代日本じゃない。
床は透明な板が敷き詰められてて、その下には、電子機器のような部品たちが並んでた。
パソコンの中に入っちゃったような、そんな場所。
電脳世界、って感じかな?? ……そんなとこ、行ったことないけどね。
ってか、この「1」と「0」ってなんなの??
「おい、あぶねぇから触んじゃねぇぞ」
「へっ!?」
ふらふら~、って、壁の方に行こうとしたんだけど、乱暴な言葉で止められっちゃった。
危ない、ってなによ!? 私、そんな危険な場所に連れてこられたの!?
「……おじさん、ここ、どこ??」
「っち、……狩り場だ、狩り場。
食料調達するって言ったろ?」
「…………」
あ~、そういえば、そんなこと言ってた気がするけど、えっと、なに?? 食料調達って、買い物行くんじゃないの??
狩りってあれ? 弓とか剣を持って、野原を走り回るやつ?? モンスターをハントしちゃうやつ?? この辺、希少種とか古龍とか出ちゃうの!?
なんて思ってたら、部屋の片隅に、「0」と「1」の文字列が集まり始めた。
「おら、しっかり立っとけ。食材様のお出ましだぜ?」
「…………」
彼の言葉に従って、その場で立ち上がった私は、固唾をのんでその文字列を見つめる。
天井や壁に渦巻いていた「0」と「1」の文字列が、どんどんと流れ込んでいき、次第に大きさを増していった。
そして気が付けば、隣に居る彼と同じくらいの大きさにまで膨れ上がっていた。
「嫌な、気配がする……」
「ほぉ。さすがにわかるか」
胃の中から湧き上がってくるような緊張感と、息苦しい気配を感じた。
なんかこう、嫌な人が近くに居るような。
友達がイジメられてるのを隣で見てることしかできないような。
そんな気配。
「おら、くるぜ!!」
文字列の流れが止まり、見上げるほどの大きさに膨らんだ「1」と「0」が真っ黒な光を放った。
神々しさとはかけ離れた、悪魔でも召喚しそうな真っ黒な光。
その光がゆっくりと消えたかと思えば、球体のコーヒーゼリーに大きな口を付けたような、ひどく不快感を覚える物体が、そこに浮いていた。
『書籍化したいぃぃぃぃ、しっとぉぉぉぉぉぉ』
スピーカーを通したような籠もった声が、その大きな口から放たれる。
周囲の空気がピリピリと張り詰め、逃げ出したくなるような光景だった。
『オフ会行きたいよぉぉぉぉぉ。都会うらやましいよぉぉぉぉぉ』
コーヒーゼリーはその場から動こうとしないものの、その大きな口からは、おぞましい声が次々とあふれてきた。
聞いていると今にも逃げ出したくなるような、そんな声。
ってか、逃げていいよね??
「お兄さん、ごめんなさい。かえっていいですか??」
「あ゛あ゛?? いいわけねぇだろ!!」
「ケチ!! 無理やりこんなところに連れて、きてなによそれ!!
あんたなんて、かわいい女子高生を監禁した罪で――ぅひっ!?」
コーヒーゼリーがその場から動かないことをいいことに、彼に向けて文句を言い続けてたら、突然、あいつが剣を握った。
ゲームとか漫画でよく見る、大きな剣。
どこから取り出したのかもわかんないけど、反射する光の具合とか、肌に感じるオーラとか、なんとなくだけど、本物って感じがする。
ってか、え?? 怒っちゃった?? もしかして、本気で怒っちゃった!?
「ごめんなしゃぃぃぃぃ!!! かっこいいお兄さんのことをおじさんとか言っちゃって、ごめんなしゃい。
違うの、かっこよかったから、お兄さんが、かっこよかったから……」
「あ゛ん?? なに馬鹿なこと言ってんだよ。
ほら、さっさと受け取れ。でもって、さっさと倒してこい貧乳巫女」
「誰が貧乳よ!! って、へ??」
剣で刺されるのかと思って必死に謝ってたら、剣の持つ部分を向けられた。
「……これ、私が使うの?
私が、あの黒いやつを倒すの??」
「だからそう言ってんじゃねぇか」
イライラした表情と一緒に、剣を押し付けられた。
……どうしてこうなったんだろう。
今日はずーっと家でゲームしてる予定だったのに……。
「……それで、あれ、なに??」
「欲望の塊だ。人々の欲望を吸収して固まった思念体だよ。
まぁ、なんだ。モンスターって思っとけばいいさ。うまいらしいぞ?」
いやいやいや!! 美味しいとか、美味しくないとか、そんな話じゃないと思わない!?
モンスターでもなんでも、どう考えても無理だから!!
「私、剣道部じゃないよ。剣の免許なんてもってないよ!?」
銃刀法違反!! つかまっちゃう!!
「いいから持っとけっての!!」
なんて抗議してたけど、無理やり持たされちゃった……。ってか、これ、めちゃくちゃ重たいんですけど!!
……けど、なんだろう? なんとなく、しっくりくる??
わたし、これの使い方、しってる??
湧き上がってくる感情に任せて、持ち手を両手で握ったら、体が自然と空に浮かぶコーヒーゼリーの方に向いた。
『重版出来、重版出来、重版出来、うけけけけ』
さっきまで不快に感じていたコーヒーゼリーの籠もった声も、なんだか素直に受け止められる気がした。
『筋肉、ワイシャツ、スーツの袖口のチラリズム。腐、腐ふ、腐ふふふ』
自分じゃない誰かが私の中に居て、優しい気持ちで包んでくれてる、そんな感じ。
「希望が嫉妬と混じり合って、自分を見失ってるんだね……。
大丈夫。自分を強く持って。願い続ければ叶うよ」
自然と湧き上がってくる感情に動かされるままに、剣を握って走り出した。
飛ぶように走って、コーヒーゼリーの前に行く。急に重みを感じなくなった剣を振り上げて、踏み込むと同時に振り下ろした。
「やぁーーーー!!」
鋭い剣先が、コーヒーゼリーの体に吸い込まれていく。
そして、大きな抵抗も感じないままに、プルプルの体を真ん中で切り裂いてしまった。
手応えは十分。
素早く剣を抜き取って、飛び跳ねるように後ろに下がる。
『アニメ化したい、人生だった……』
口が消えて、体の色が薄くなり、大きさも小さくなっていく。
そして、全体が透明感のある綺麗な銀色に変わったかと思えば、私の方に向かってゆっくりと飛んできた。
「落とすなよ? しっかり受け取っとけ」
「う、うん」
手のひらを上に向けて、落ちてくる銀色の玉を受け止める。
あいつの顔くらいにまで小さくなった謎の玉は、なんだか優しい香りがした。