近所の公園で
私はいま、神様達がお花見をしている近所の公園に、お弁当を届けている最中です。
……ん? 意味がわからない??
大丈夫。私だってわかってないから。
家の庭に突然「私は、神の使いです」なんて言うお姉さんが現れて、
「あなたは、高貴な巫女の血を引く者です」
「神々はあなたの手料理を望んでおられる」
とか、なんとか言われちゃってね。
最初は無視してたんだけど、
「証拠として、天罰をお見せします」
って言ったら、庭に生えてる柿木に、雷が落ちちゃって、
「治します」
の一言で、元通りになるの見せられたら、信じるしかないよね……。
ぶっちゃけ、料理とか面倒で苦手。お弁当を持ち運ぶのも重たいから嫌なんだけど、落雷で死にたく無いから、頑張って運んでる最中ってわけ。
でね。行って見たら公園には誰も居ませんでした。昨日の出来事は夢でした。
……なんてオチも予想してたんだけど、公園の入り口を見た瞬間、私の考えは浅はかだってわかっちゃった。
「……きれい」
そこには、世の物とは思えないほど大きな桜が咲いてた。
視界いっぱいに枝を広げて、花びらが風に揺られて宙を舞ってる。
足元には花びらの絨毯が敷かれてて、見慣れたはずの滑り台も、なんだか可愛く見えた。
そんな風景の中に不思議なものが、1、2、3……いっぱい。
ライオンや狐、熊やウサギ、ドラゴンや剣などなど。
動物や空想の生き物なんかをデフォルメしたぬいぐるみ達が大勢集まって、日本酒のビンを片手に、杯を傾けてた。
何処からツッコミを入れればいいのか、わかんない。
少なくとも、私の知る近所の公園じゃないことだけは理解できた。
そんな異様な空間の中に1人だけ、人間の姿で缶ビールを飲む青年が居た。
「……あの人が、神様かな??」
その人だけがぬいぐるみじゃなかったからすぐに目をひいたんだけど、それだけじゃなくて。
なんとなく神秘的な雰囲気の男性だなって思った。
金髪に碧眼。
神と言うよりは、異国の王子様って呼んだ方がイメージに近いと思う。
ぬいぐるみに囲まれてるから、ぬいぐるみ王子かな?
……見た目だけは。
「……ふーん。どんなのかと思えば、色気がねぇ子供じゃねぇか」
私のことを上から下までじっくりと見た彼が、突然そんな言葉を口にした。
吐き捨てるような言葉と、深いため息。
温厚で、優しくて、華憐な私だけど、さすがにこの言葉には、カチンとくるよね。
ドカーンってくるよね。
「子供じゃないわよ!! こう見えて高校生なんだから!!」
胸を張って、ビシ、と言ってやった。
神様だろうが、仏様だろうが、乙女には譲れない意地がある。
……だけど、その意地も通じなかったみたい。
「女子高生、ねぇ……。確かに、高校の制服を着てるみたいだけど、全然似合ってねぇし。
それにしても、色気がねーな、色気が」
「むきーーーー!!」
なによ、この失礼な男!! こんなにかわいい子をつかまえて色気が無いとか失礼しちゃう!!
たしかに、ちょっとだけ発育遅いかな、なんて自分でも……、じゃなくて!!
この男は、敵確定!!
神でも王子でも無い、女の敵だわ!!
手に持った重箱を隠すように背中を向けて、その男に言ってやった。
「なによ、いきなり呼び出したくせに!!
そんなこと言う人には、食べさせてあげないんだから!!」
キリっとした目で睨みつけた。
けど、そんな私の攻撃も、彼にはどこ吹く風。
「いいさ、べつに。おまえの作った飯なんて食いたかねーよ」
そんな言葉で流されちゃった。
「それにあれだ。呼び出したのは俺じゃねぇぞ。こいつらだ、こいつら」
「……へ??」
男が示したのは、周囲に居るぬいぐるみ達。
目を丸くする私に向けて、1匹のライオンが丸くてふわふわの右手を上げた。
「当代の巫女じゃな? いきなり呼び出してすまんかったが、うーむ、なかなか清い気を放っておる。これなら、料理の方も期待できそうじゃわい」
ふぉーほっほ、と笑ったライオンのぬいぐるみが、私の方にとことこと駆けてくる。
短い手を振って、短い脚をぽてぽてと前にだして。
……あっ、石につまずいて転んだ。
このぬいぐるみが神様??
「えーっと、あなたが神様なんですか??」
神々しいオーラなんて一切感じ無いけど、とりあえず聞いてみた。
そんな私の問いかけに、ライオンのぬいぐるみが偉そうに胸を張る。
「さよう。わしが……いや、わし等が神じゃ」
「……みなさんが、かみ??」
「強弱はあれど、なにかしらを司っておる者ばかりじゃよ」
「んん??」
ほっほっほ、と笑うライオンのぬいぐるみが言うには、日本にはたくさんの神様が居て、ここに居るぬいぐるみ達は、近所に住まう神々らしい。
……どう見ても、ぬいぐるみにしか見えないんだけど、落雷されたくないから信じとく。
「それで? おじさんは??」
「あ゛ん!? おじさんじゃねぇよ。まだピチピチの20歳だよ!!」
「ごめんなさい。でも、ピチピチって言う時点で、おじさんですよ??」
「うわー、うぜー!! まじうぜー。突然の敬語、まじうぜー!!」
よし、勝った!! この調子でどんどん攻めるわ!!
「それで? 自称お兄さんも、神様??」
「ほんと、かわいくねぇなお前。……まぁいいけどよ。
俺は神じゃなくて、ただのお手伝いだよ。便利屋、なんでも屋、そんな感じだ」
へ? 神様じゃないの?? こんなにかっこいい……、じゃない!!
えーっと? うん。ただのお手伝いさんなら、遠慮しなくてもいいね!!
「お手伝いさん。これ、重いから持って。疲れちゃった」
「あ゛ん??
……ったく、しゃぁねぇな」
なんで俺が、なんて言いながらも、お弁当箱を受け取ってくれた。
それをそのまま公園の中へと運んでいく。
「おらー、お前等が食べたいって駄々こねてた物が到着したぞー」
お弁当箱が花びらの絨毯にのせられ、ぬいぐるみ達が周囲に集まってくる。
……なんでこんな興味津々ですよ、って感じなの??
やめて、そんなに注目しないで……。
「や、あの、ね。……わたし、料理、すきじゃ「おら、開けんぞ」」
私の声は無視された。
彼の手でお弁当箱の蓋がパカッ、と開かれ、つぶらな瞳をした神様達が、その中を覗き込む。
「…………あ゛ん??」
彼の言葉を皮切りに、公園を嫌な空気が支配していった。
痛いくらいの沈黙と、驚きに包まれるぬいぐるみ達。
あー、どうしよ、この空気……。
ん? そういえば、お母さんに買い物頼まれてたんだった。早く帰らないとなー。
うん、帰ろう。今すぐ帰ろう。待っててね、お母さん。