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第1話 ランチデート

 カフェ・アロマ。
 主に上流から中級階級御用達の食事処だ。

 イザベルはデイヴィスとそこのVIPルームで向かい合っていた。今日はここで一緒に昼食をとるのだ。

「あの……」
「ん? 何だ? イザベル」

 何でもここは防音設備が整っているらしく、デイヴィスは本性をしっかりと表している。そういう時だけはイザベルも敬語はいらないと言われているので、堂々とため口で話している。

「どうして私たち、こんなデートみたいな事をしてるの?」
「そりゃ仮婚約者だからな」
「いや、だからどうして私たちが仮婚約をしているのよ!」

 デイヴィス・コーシーのような青年に誘われたら大抵の少女は喜ぶだろう。イザベルの目から見てもデイヴィスはかっこいい青年だった。その容姿と、穏やかで優しい性格のためか、一部の女性の間では彼こそ「理想の男性」にふさわしいと言われている。

 ただそれも表面だけの事だ。今の彼を見たら驚く人は少なくないだろうな、とイザベルはデイヴィスと二人きりになるたびに思う。イザベルでさえ、みんなの前でやさしい笑顔を振りまいているデイヴィス・コーシーと、今、人を小馬鹿にしているとしか思えない表情でイザベルを見ているデイヴィス・コーシーが果たして同一人物なのかと疑問に思うくらいだ。

「今さら何言ってんだよ。もう一ヶ月も経ったんだぞ」
「一ヶ月前からずっと聞いてるけど、デイヴィスがはぐらかしてるんじゃないの! もうっ! いいかげんにしてよ!」

 表では気立てのいい紳士を演じているが、裏では大泥棒のデイビッドを名乗り世間を騒がせている男を信じろという方が難しい。というイザベルも裏ではディアブリーノと名乗り、デイビッドの盗んだものを、彼の手からもぎ取っているのだが。

 その上、二人は「半年以内にデイヴィスがイザベルに泥棒をやめると言わせる事が出来たらイザベルは大泥棒デイビッドの片腕になる。そのかわり失敗したらデイヴィスは何でもイザベルの言う事を聞く」なんていう約束をしたばかりだ。

 だからこそ、その次の舞踏会の時に馬車で迎えに来た時は驚いた。その時にもどういうことなのか問い詰めたのだが、別にいいじゃないか、とはぐらかされるばかりで全く答えてくれなかった。おまけにその時に婚約の証のペアイヤリングまでつけられてしまった。

「もうはぐらかされないからね。この婚約はどういう事なのかちゃんと説明して!」

イザベルがそう言うと、デイヴィスはさもあきれたように大きなため息をついた。

「わかった。はっきり言ってやる。『嫌がらせ』だ」
「……はい?」
「お前は俺を嫌っているんだろ? そんな男との婚約は嫌なんじゃないかと思って。ついでに未婚女性の嫉妬にまで煽る事が出来る。最高じゃねえか。いつも楽しませてもらってるよ。お前が困ってるのをな」

 楽しそうにそんな事を言う。頬を叩きたい気分だ。まあ、そんな事をしたらそれ以上の報復が待っているのだろうが。

「嫌だったら『ごめんなさい。降参します』って言えばいいんだよ。そしたら婚約解消してやるけど、どうする?」
「このままでいいです」

 むっとしながらそう言うと、デイヴィスはおかしそうに笑った。

 その時テーブルが光った。次の瞬間、食前酒のグラスが現れる。イザベルのはジュースだが。
 驚いていると、デイヴィスに呆れた目で見られる。

「何驚いてんだよ。普通だろ」

 デイヴィスはそう言って、食前のお祈りをしてからグラスをとる。イザベルもそれに習った。

「では、乾杯」
「乾杯」

 軽くグラスを合わせ、グラスを口に運ぶ。いいオブメーラを使っているからか、ジュースは信じられないくらいみずみずしい味がした。

 デイヴィスは綺麗な仕草でお酒を口に運ぶ。だが、どこか違和感を感じるのはどうしてだろう。

 いくら考えても分からないのでそれは脇に置く。その代わりにもっと気になる事があったので聞く事にした。

「ねえ、デイヴィス」
「ん?」
「最近デイビッドが現れないけどどうしたのかしら?」

 いくら二人っきりで防音されているとはいえ、このカフェで、『どうして最近デイビッドにならないの?』と聞くのがいけない事はイザベルでもわかる。

 あの勝負開始の合図から一ヶ月経ったがデイビッドが動く気配はない。している事は婚約者としてイザベルとデートしているだけだ。このままだと何も起こらずに半年が経ってしまうのではないかと心配になってしまう。

「そういう話は食事の後」

 さらりと流されてしまった。でも後で説明してくれるらしいので安心だ。

 前菜の野菜サラダが来たので食事を始める。その時にイザベルは違和感の正体に気づいた。

 デイヴィスの手だ。その手には何故かフィンガーレスグローブがはめられている。

 勿論、今日は高級な食事処に行くという事でイザベルも手袋をしてきた。でもそれは女性専用の更衣室——手袋を外すためだけの部屋——でちゃんと外してある。でもわざわざフィンガーレスグローブに変える必要はないのではないだろうか。行きの馬車では確か普通の手袋をしていたはずだ。

 不思議に思っているとデイヴィスがため息をつく。

「あのな、お前には不思議かもしれないけど、こういうVIPルームでは普通だからな」
「え?」
「俺はそうじゃないけど、上流階級には気位の高い奴もいるから、給仕みたいな身分の低い奴の顔は見たくないって奴もいるんだよ。今日の俺たちみたいに雰囲気を崩したい奴らとかもいるし、ここでいちゃいちゃしたいカップルとかもいるみたいだな」

 イザベルは首をかしげた。デイヴィスは何の話をしているのだろう。明らかに手袋の話ではない。

「だからここの防音を維持する為の魔石と引き換えにVIPルームで食事するんだ。そうすれば料理人は指定した時間に指定場所に料理を置けば、今みたいに料理が自動的に魔術で運ばれる」

 その疑問ではないのだが、興味深い話だったので黙って聞く。

「だからお前も帰りに店に魔石を提供しろよ」
「え!?」

 つい声をあげてしまった。デイヴィスが意地悪そうな目で見て来る。

「ま、さ、か、作れないなんて事はないよな?」

 間違いなく分かって言っている表情と口調だ。

「つ、作れますよ? 不格好でよければ」
「駄目に決まってんだろ」

 きっぱりと言われる。結局、何度か作って見せた結果、帰りがけにデイヴィスの補助付きで作る事になった。デイヴィスが呆れてため息をついていた所を見ると、相当ひどい出来だったのだろう。

「指導の件、指定申し込み締め切りまであと一月あまりだから本当に考えておけよ。これじゃ俺以外教えられないだろ」

 他の人なら間違いなくさじを投げられる、と言われ悔しくなる。

「考えておきます」
「わかった。締め切り二日前まで返事がなかったら了承したとみなすから」
「……はい」

 デイヴィスはそんなに甘くなかった。とりあえず食事に集中する事にする。

 今日のメインはひき肉と細かくした野菜を混ぜて焼いたステーキだ。これは家でも学園の食堂でも出るイザベルの好物。イザベルは喜んでフォークをとる。

「美味そうに食うよなぁ」

 夢中になって食べているとデイヴィスが笑う。

「だって美味しいもの」
「ああ。これは確かに美味いな」

 和やかな雰囲気だ。だから油断してしまったのだろう。今なら何を聞いてもデイヴィスは気にしないと。

「ねえ、デイヴィス。ちょっと聞きたい事があるんだけどいい?」

 デザートを食べながらイザベルはデイヴィスに問いかける。

「たいした事はない事なんだけど……」
「何だよ。もったいぶらずに言えよ」
「どうして手袋を外さないの?」

 イザベルがそう言った瞬間、部屋の温度が急激に下がった。デイヴィスの顔が険しくなる。

「あ? なんだって? もう一回言ってみろ!」
「え? ど、どうして手袋を外さないのかな、って……」
「お前には関係ない」

 今までにないくらい冷たく言い放つと、デイヴィスは黙ってデザートのフルーツババロアに戻る。

 デザートを食べているあいだ中、気まずい沈黙が続いた。

 何か話さなければと思うが、デイヴィスの纏っている空気が怖すぎて何も言えない。

 突然、からん、という音が響いた。デイヴィスが食べ終わった器にスプーンをわざと落としたのだ、と分かった時にはイザベルは彼の冷たい目から目が離せなくなっていた。

「さてと。どうして一ヶ月も俺が動かなかったか聞きたいんだったな?」

 ぞっとするような低い声が響く。

「お前を完全に黙らせるための武器を作っていたんだよ」

 溢れ出る殺気に射すくめられ、一ミリも体が動かせない。

「覚悟していろ。次の勝負、無傷では終わらせねえから。俺を怒らせた事、後悔するといい」

 それはまるで死刑宣告のようだ、とイザベルは感じた。

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