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第7話 対決

 イザベルは小箱を持って、約束してた裏庭に来た。

 箱の中にはサンセットのレプリカが入っている。前夜、屋敷に宝石を返しにいくついでに防犯用のイミテーションを失敬してきたのだ。本当は全部のイミテーションが欲しかったのだが、ないものは仕方がない。

 ただ、デイヴィスはイザベルが宝石を返した事を知っているかもしれない。昼間、フィオナとアシュレイと一緒にカフェでお茶をした時に、今夜フィオナがコーシー家の晩餐会に招待されてると言っていたのだ。そうだったら間違いなく宝石の話は出る。ミルドレッドのリガードネックレスの話は格好の話題だ。デイヴィスはきっと憤慨するだろう。でも本物の宝石を渡して負けを認めるよりは偽物を渡して怒らせた方がまだましだ。

 デイビッドから物を盗む時、その物の持ち主には罪悪感を持ったが、デイビッドに対しては全く罪悪感は起こらなかったし、今回もそうだ。二年間も大泥棒を名乗ってるくせに、突然現れた『小娘』相手に苦戦するのはデイビッドが抜けているからだとイザベルは思っていた。

「えっと、この木だったかしら」

 デイヴィスに教えられた通り、庭で一番大きな木の幹に手を当てる。しばらくすると突然視界が暗転し、イザベルは全く別の場所に立っていた。デイビッドのアジトだ。こういうやり方なのね、と感心する。

「本当に来るとはな」

 冷酷な声がアジトに響く。やはり話を聞いたのだろう。顔を上げると、目の前に声と同じように冷たい顔をしたデイヴィスが立っていた。

「こんばんは、ディアブリーノ。約束通り来てくれて嬉しいよ」

 腕を組み、怒気を隠しもしないでそう言う。イザベルはついびくっとしてしまう。後ろの壁が少し壊れているのもイザベルの恐怖をかき立てる。レプリカは渡さない方がいいかもしれない。

「何だそれは?」

 イザベルが手に持っている小箱に目を留める。慌てて隠そうとしたが、もう遅い。

「その箱の中身は何ですか? レディ・イザベル」
「な、何でもありません」
「そう……」

 デイヴィスはにっこりと笑った。

 次の瞬間、イザベルは両手足をきつく縛られて床に転がされていた。傍らには優雅に椅子に座って読書中のデイヴィス。そして彼の側のテーブルにはイザベルが持って来たガラスダイヤが置かれている。

 一瞬で何が起きたんだろう。目を白黒しているとデイヴィスが楽しそうに笑った。だが、目が全く笑っていない。

「これは『昨日の続き』だよ、レディ・イザベル。言っただろ? 『宝石を渡せば許す』って。約束を守らなかったんだからこうなる事は当然だ」
「いいえ。デイヴィス様は『宝石を返せば』って言いました。だから返しましたよ、『持ち主に』」
「……なるほど。で? このレプリカの意味は?」

 そう言われるとなんとも言えない。つい目をそらす。

「その反応で充分わかるな」

 デイヴィスは呆れた顔をする。そうして指を鳴らした。

 するとイザベルの体が宙に浮き、透明な丸い膜が彼女を包む。次の瞬間その膜から雷魔術がほとばしった。イザベルは苦しみのあまり悲鳴をあげる。

 デイヴィスは芝居でも見ているように楽しそうにそれを見ている。それが彼の本当の性格を表しているようで恐い。今更ながらとんでもない男に喧嘩を売ってしまったと思う。
 ようやく攻撃が治まった頃には、イザベルはデイヴィスが作った膜の中でぐったりとしていた。

「反省しましたか?」

 勝ち誇った声に腹が立ち、首を横に振る。

「そうですか。では水で清めてもらいましょう」

 デイヴィスはもう一度指を鳴らす。途端に今度は膜の中に水が満ちる。イザベルも必死で呼吸するが、それにも限界というものがある。イザベルは魚ではないのだ。

 薄れゆく意識の中、デイヴィスが満足そうに口角を上げるのが見えた。


****

《起きろ》

 イザベルはその声に導かれるように目を開けた。目の前ではやはりデイヴィスが楽しそうに笑っている。

「えっと……私は?」
「情けねえな。幻術ごときで気絶するなんて」

 つまりあの水や雷は本物ではなかったのだろうか。

「まだ火や強風も用意していたのにな。残念」

 食らわしてやろうか、と言われ必死で首を横に振る。

「では本物の衝撃波でもプレゼントしてあげよう」

 とんでもない事を言って来た。さすがのイザベルもこれは怖い。

 デイヴィスは宣言通り右手の中で大きな魔術球を作り出す。そうしてそれを持ったままにっこりと笑った。

 このままでは殺されてしまう。せめて反撃をしようと、雷魔術の呪文を唱えるために口を開く。だが、一単語を言った所でそれよりさらに強い雷魔術がイザベルに降り注いだ。
 何が起きたのかわからず、呆然としているイザベルに、デイヴィスの笑い声が降って来る。もうあの魔術球は持っていない。

「そんな事したら反撃されるに決まってんじゃねえか。まったく。この俺様に魔術で対抗しようなんて、相当身の程知らずだな」

 デイヴィスはそう言いながら、イザベルの前にかがみ込み、ゆっくりとその頬を撫でる。

「でも、まだ抵抗する勇気があった事は褒めてやるよ」

 その笑みがどこまでも恐ろしいのは何故だろう。悔しいのでしっかりと睨み返す。

「ふうん。まだ諦めないのか? 予想以上にしぶとい小娘だな。これだけやれば大の男でも命乞いを始めるのに」

 その言葉が終わるや否や、イザベルは奥の壁に叩き付けられた。顔を上げようとすると、いつの間にか側に来たデイヴィスに足で押さえつけられる。屈辱だ。

「で? 命乞いは?」
「い、命乞いなんかしません!」
「そう……仕方がないな」

 そう言って冷たい目でイザベルを見下ろす。そう言えば昨日はその言葉から拷問が始まった事を思い出す。

「石像にされるのと、意思を奪われて俺の奴隷にされるののどっちがいい?」
「どっちも嫌!」
「……だろうな」

 楽しそうに笑っている。どうやらからかわれたらしい。

「さ、おしゃべりでもしようか。聞きたい事も沢山あるし」

 そう言うがはやいか、デイヴィスはイザベルをお姫さま抱っこする。

「うわぁ! 何するの?」
「ちょっとアジトの中をご案内」
「何のために!?」
「と、いうかメインルームにご案内」
「……本当に何のために?」
「だからおしゃべりだって言ってんだろうが」

 それだけ言うと、イザベルを抱えたまま、すたすたと歩いて行く。離して、と言うが聞いてくれない。

 デイヴィスは近くの広い部屋のドアを開ける。その中を見てイザベルは息を飲んだ。
 壁にはいろいろな絵が飾られていて、床には大小さまざまなガラスケースが無造作に置かれている。そのガラスケースの中にはジュエリーや骨董品が飾られていた。無造作に飾られているように見えるのだが、よく見ると全体のバランスがよく見える。不思議だった。

「これは……」

 思わずつぶやく。そして気づいた。これは紛れもないデイビッドの盗品コレクションだ。

「すげえだろ?」

 得意満面でそう言う。イザベルはうなずいた。確かにすごいのだ。

「見てもいいんですか?」
「どうぞ。ゆっくり見学して下さい」
「……美術館みたいね」
「美術館の館長は客を縛り上げたりしない」

 その返答につい吹き出してしまう。デイヴィスもにやりと笑う。

 せっかくだからとイザベルを抱き上げたまま案内してくれる。所々解説をしてくれるのが楽しい。

 ディアブリーノとして盗みを始める前に、デイビッドを見学に行った時に彼が盗んだ銅像もしっかりと飾ってあった。懐かしいと思う。あの時見学について行かなければ『女泥棒ディアブリーノ』は存在しなかっただろう。もしかしたら未来に存在していたのかもしれないが。
 それくらいかっこ良かったのだ。警備をかいくぐって逃走する彼の姿が。
 だから彼と関わりたいと思った。盗品を奪ったのはその時の気まぐれだったが、結果的にこうやって話しているのは奇跡なのかもしれない。

 懐かしくなり、つい手を伸ばしかけ、そこで縛られている事を思い出した。デイヴィスがその様子を見て吹き出す。

「触ったら危ないぞ。防犯設備ばっちりだから」
「……大泥棒が何を言っているんですか」
「大泥棒だからこそだ。あ、コーシー邸にも密かにいろいろ仕掛けてあるから盗みに入らないように。ま、そうなった場合は俺様が直々に相手してやるけど」

 素直に感心する。泥棒だからこそ泥棒の心理が手に取るようにわかるのだろう。

 やはりデイビッドはかっこいい。そう思いながらデイヴィスを見ていると、何故か戸惑ったような顔をする。
 そして素早く椅子の所に歩いていくと、イザベルの体を椅子に縄で固定した。昨日の事を思い出し、身震いする。

「拷問じゃないから安心しろ。逃亡防止だ」
「私、逃げませんよ?」
「……何だよその宣言は。逃げろよ」
「逃げて欲しいんですか?」
「そうじゃなくて……。もういい!」

 足を一つ踏み鳴らす。デイヴィスがどうしてそんな行動に出たのかわからずイザベルは首をかしげた。デイヴィスはそれを見てため息を吐き、もう一つの椅子に座った。

「レディ・アシュレイから聞いた時にはびっくりしたろ?」
「いいえ。アシュレイとミルドレッド様が幼なじみだって事は知っていましたし。フィオナから晩餐会の話を聞いた時はちょっと焦りましたけど」
「お前も誘えばよかったな、晩餐会」

 黒い笑顔で言ってくる所が怖い。

「駄目でしょう! 飛び入り参加なんて」
「そんな事はない。大体、今回の趣旨はザヴィアー夫人をはげます会だったんだから人数が多ければ多いほどいいってわけで……」
「ザヴィアー夫人!?」

 とんでもない名前に目を見開く。デイヴィスはくくっと笑った。

「カードも見せてもらったよ。確かにお前のいつものタイプライターの筆跡だったな」

 明確にはあれはタイプライターではないのだが黙っておく。

「まったく。まさかああ来るとはなあ」

 やれやれ、と言いながらも笑ってる。

「あの……もしかしてデイヴィス様、予測してましたか?」
「『持ち主に返す』可能性があるっていうのは。でもまさかレプリカとはな……」

 ガラスダイヤを見ながらため息を吐いている。

「まったく。なんだよこれ」
「ガラスダイヤですけど」
「そういうことじゃねえよ!」

 思い切り足を踏まれる。

「返してしまった物はもういい。いずれすべて俺が取り返す。その時は邪魔するな。分かったか?」

 鋭い目に射すくめられ、つい『はい』と言ってしまいそうになる。それを止めるためにぶんぶんと首を振った。

「お前は本当に……」

 そう言いながらイザベルの足をぐりぐりと踏んづける。地味に痛いのでやめて欲しい。

「と、ところでデイヴィス様は呪文の最初の部分でどんな魔術か分かるんですか?」

 とりあえず話題をそらすとデイヴィスはため息を吐いて足を離してくれた。

「まあ確かに現存する呪文はほとんど全部覚えてるけど、今回のあれは詠唱は関係ない。あれは俺の特殊能力だ。相手が俺に何の魔術をかけようとしているかの魔術式が頭に浮かぶんだよ」

 それはまたすごい能力だ。

「浮かぶ?」
「そう。こんな感じ」

 デイヴィスがイザベルの頭に手を置くと、イザベルの頭に一つの魔術式が浮かぶ。だが、どんな効力があるのかはわからない。イザベルが首をかしげてると、デイヴィスがため息を吐いた。

「今のはレベル二の『風のかまいたち』。もうすぐ初等部の最終学年なんだから覚えてろよ、それくらい」
「た、たまたまです!」
「たまたま? ……ふーん。じゃあもっと問題出してやろうか?」
「それはちょっと……」
「遠慮すると?」

 必死になって頷くと、デイヴィスは呆れた顔をする。

「話を戻そう。それで魔術式が浮かんだから、お前が詠唱を始めるのを待って、一つレベルを上げて食らわせたってわけ」

 そう言って手を振る。勿論ふりなので何も出て来ないが、十分に怖い。

「こうすれば大抵の奴は黙るんだよ」

 勝ち誇った笑みを見せられる。イザベルは下を向いた。本当は膝に突っ伏したかったが、ロープがそれを許してくれなかった。

「やだもう、なにこの人! 敵に回したくない!」
「……もう回してるだろ」

 確かにそうだ。でもこう冷静につっこまれると腹が立つ。

「誰よ、この人にそんなとんでもない能力を与えたの」
「神様だ」

 そう言われると何も言えない。

「大体、さっきの雷魔術、詠唱してレベル一の初歩の初歩って何だ。俺を馬鹿にしてんのか?」
「え? だってそれしかできないし……」

 そう言うと、デイヴィスは天を仰いだ。

「情けねえ。情けなさすぎて笑う事すら出来ねえよ。本当に来年どうすんだ、お前」
「う……。ど、どうしよう」
「どうしようじゃねえよ。……まったく。しょうがねえ奴」

 呆れるようにつぶやかれ、イザベルは頬を膨らませる。

「昨日もなかなか俺の正体に気づかないしよ」
「えっと……」
「ヴェールを投げつけられた時点で気づけよ。気づかぬうちに鞄の中を探って、その最奥にあるヴェールを一瞬で引っ張りだせる奴なんて『デイビッド』以外いないだろ」

 イザベルはうつむいた。恥ずかしさのあまり顔が熱くなっていく。あの時の自分はなんて愚かだったのだろう。

 そんなイザベルを見て、デイヴィスは小さく笑った。

「勘のいい奴だったら、一昨日に俺からファーストダンスを誘われた時点で怪しむよな」

 彼の言う通りだ。

「これでお前が大人しく宝石を返して降参すれば『小娘のお遊び』で許してやるつもりだったんだけどな。……どうするか」

 どうするか、と言われても降参するつもりはない。
 それを表情で読み取ったのか、デイヴィスは苦い顔になり、『生意気な小娘が』、と吐き捨てた。

「生意気ですって?」
「生意気だろうが。いちいち腹立つ事してきやがって」
「大体、『小娘のお遊び』って何よ!」

 イザベルが怒鳴ると、デイヴィスは彼女を鼻で笑った。

「へぇー。そうなんですか? ディアブリーノには相当崇高な目的があるようですね。知りませんでしたよ。で? それは何ですか? 『デイビッドの改心』? それとも『懲らしめる事』?」

 そう言われると困る。理由などないのだ。『とっさの思いつき』だなんていえるわけがなかった。実際、『小娘のお遊び』だったとイザベル自身も理解している。

「さぞかし素晴らしい答えが聞けるんでしょうねえ、レディ・イザベル」

 ぞっとするような笑顔でそんな風に言って来る。
 何か答えをひねり出さなくてはいけない。

「こ、『この国一番の大泥棒の悔しがる顔を見る事』!」
「……それを『小娘のお遊び』って言うんだよ」

 呆れたように言われ、イザベルは頬を膨らませた。デイヴィスはそれを見て笑う。

「でも……。そうか。お前にとって俺は『この国一番の大泥棒』なのか」

 声が少し嬉しそうなのは気のせいではないだろう。

 おまけに頭を撫でられてしまった。少しだけくすぐったい気持ちになる。それと同時に少しデイヴィスに好意を持ちはじめている事に気づき自分でもびっくりしてしまう。

「なあ、ディアブリーノ」

 真剣な声に顔を上げる。目の前のデイヴィスは声と同じくらい真剣な表情をしていた。それで大事な話だとわかった。

「お前、俺の仲間になる気はない?」

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