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第3話 バーク家にて

「言っては駄目ですよ、レディ・イザベル」
「言っちゃダメだよ、イザベルちゃん」
「何よ。兄様もデイヴィスも!」

 目の前には膨れっ面をしているフィオナ。隣には厳しい表情をしているデイヴィス。斜め前には楽しそうに含み笑いをしているジェイソン。
 この状況は何なのだろう。イザベルは溢れそうになったため息をお茶請けのフルーツケーキを口にする事で押し込めた。

 今日は怪我したフィオナのお見舞いに来ている。なのにエントランスでフィオナに開口一番に『昨日の夜会で何か面白い事があったんですって? 侯爵令嬢命令よ! 教えなさーい!』と冗談まじりの口調で言われ、面食らった。でも、これくらいなら教えてもいいと思った瞬間、フィオナより身分の高い筆頭侯爵家の令息(デイヴィス)に止められ、この部屋に連れて来られた。
それで今に至る。一体何なのだろう。

「何よ! 教えてくれたっていいじゃない!」

 フィオナはまだ膨れっ面をしている。これはちょっと気の毒だ。

「デイヴィス様、ジェイソン様、そういう意地悪はどうかと思いますけど……」
「いや、決しておれたちは意地悪で言ってるわけじゃないんだよ。デイヴィス、イザベルちゃんに説明してあげて。隣の部屋が開いてるから使っていいよ。おれはちょっとこのチビをなだめてるから」
「わかったよ、ジェイソン。さ、レディ・イザベル、こちらへ」
「あ、はい」
「兄様、今、私を子供扱いしたわね」
「ほら、そんな怒んなよ、フィオナ。よしよし」

 フィオナが頭を撫でられている。そんな事したら逆効果だ、と思うが黙っておく。

 イザベルはデイヴィスに連れられ隣の小部屋に入った。そこでお茶の用意をしてもらい、椅子に向かい合って座る。

 デイヴィスは慣れた調子で人払いをした。

「結界を張りますけどいいですよね?」
「え? はい」

 問題はないのでOKを出した。どちらにせよ身分が上の人の提案は断れないので意味はないが。わざわざ許可を取る所が弱虫のデイヴィスらしいと思う。

 イザベルの返事を聞くとデイヴィスは指を鳴らす。すると部屋が透明な膜で覆われた。
 徹底している。そこまでしてフィオナにあの事を隠したいのだろうか。

「さてと。まず確認しますけど、レディ・イザベルは昨日のあれは見たんですね?」
「はい。デイビッドからディアブリーノへの挑戦状ですよね?」
「そうです」

 一瞬、デイヴィスの唇が弧を描いた気がしたが、気のせいだろうか。

「あんな事があったんです。フィオナが出かけたいと思う要因はなるべく外しておきたいんですよ」

 つまりフィオナが今夜の事を知ってしまったら、二人の対決をを見たいと家を抜け出すかもしれないと思われているらしい。

「フィオナだって外出禁止の意味くらいは理解してると思いますよ。そんな必死に隠さなくても……」
「それがバーク侯爵とジェイソンのフィオナへの気遣いなんだから君が邪魔をしては駄目ですよ」
「ずいぶんフィオナに失礼じゃないですか?」
「それは僕も思いますけどね」

 二人で苦笑する。こうやってデイヴィスと穏やかに会話するのは初めてで、ちょっと新鮮な気持ちになる。

「でも男だらけのバーク侯爵家の子供達の中で唯一の女の子なんです。おまけに末娘。過保護になっても無理はないでしょう」

 納得がいかない。

「君には弟しかいないから分からないだろうけど」
「デイヴィス様だって一人っ子じゃないですか」
「まあ、そうですね」

 デイヴィスが笑う。イザベルもつられて笑った。そこではたと気づく。

「え? どうして私に弟がいるって……」

 今、弟はイザベル達と一緒に暮らしていない。実家のお手伝いをするためイシアルよりずっと遠い場所で祖父母と同居しているのだ。

「いますよね?」
「いますけど……」
「ならそれでいいではないですか」

 いつものように笑う顔に威圧感があるのは何故だろう。
 とりあえず話を変える事にする。

「そういえばどうしてデイヴィス様は『デイビッド対策』に加わらないんですか?」
「加わっていますよ」
「話し合いだけに?」

 つい口調にとげが混ざってしまう。

「デイヴィス様はあれだけの魔術の才能があるのですからそれを使えばすぐに捕まえられると思うのですが」
「買いかぶりすぎですよ、レディ・イザベル。僕はまだ宮廷魔術師ではない。ただの学生です」

 そうは言っているが学園の高等部の上級魔術でいつも首席にいて、未来の宮廷魔術師長と言われている男が何を言っているのだろう。

「ああいうのはね、プロに任せておけばいいんですよ。半年くらい前にマーク、あ、いえ、マディソン子爵がデイビッドに飛びかかったせいで、警備隊の攻撃が彼に当たってしまったという事もあったでしょう。おまけにデイビッドにはまんまと逃げられるし」
「……ありましたね。そんな事」

 その事はしっかりと『グラス』の記事になっていた。イザベルも、フィオナ達と一緒にそれを読んで、マディソン子爵の間抜けさに大笑いしたのを覚えている。

「魔術で思い出しましたが、レディ・イザベルは確か魔力持ちでしたよね?」
「はい。あまりうまくないんですけど」

 さすがに魔術の成績は地を這っているなんて恥ずかしくて言えないが。

「無詠唱で出来るものはどれくらいありますか?」

 そんなものはない。だらだらと汗をかいているとデイヴィスはため息を吐く。

「そんな事でどうするんですか。一年後には高等部でしょう?」

 痛い所をつかれ、イザベルはうなだれる。高等部ではアイハ史を学ぼうと思っていたから魔術まで考えはしなかったが、魔力持ちにとって基礎学力で魔術は必須だ。きちんと習得しないと単位がとれない。

「という事は補習組なんですね。担当は決まってるんですか?」

 初等部の三年生は、午後に高等部の四〜六学年生の成績優秀者から苦手科目の補習を受ける事が出来る。デイヴィスが言っているのは間違いなくその事だろう。忘れたい事を思い出し、嫌な気分になる。

「いいえ」
「だったら僕が担当しましょうか?」
「え、そんな。悪いですよ」

 わたわたと手を振る。出来ればそれは遠慮したい。そうなれば休み以外の午後はずっとデイヴィスと一緒にいなければいけないのだ。確かにイザベルのような劣等生の成績をあげれば彼自身の評価にも繋がるからイザベルを選んだのだろうが。

「でも僕の見た所、君は魔力がたっぷりあるみたいだし、僕直々に育てあげて将来助手として使いたいんですよね」
「え!?」

 それはずっと彼の下で働くという事だろうか。それはものすごく遠慮したい。

「どうして私なんですか? 上級貴族にもっと相応しい人がいるのでは?」
「わかってないですね、レディ・イザベル。僕は君がいいんです」
「だからどうして?」
「いずれ話しますよ」

 それでは納得がいかない。イザベルが困っているとデイヴィスは楽しそうにふふ、と笑った。

「まあ、申し込み締め切りまで後一ヶ月以上あるし、ゆっくり考えておいて下さいね」

 ウインクをされる。意外に強引な人だな、と苦笑した。

「ところで話は変わりますが……」

 そう言った直後、デイヴィスが眉をひそめた。

「時間切れか」

 そう言って指を鳴らすと膜が消える。防音を解いたのだろう。

 次の瞬間、凄い音がして扉が開いた。
 二人が驚いてそちらを見ると、憤慨しているフィオナと、頭を抱えているジェイソン、そして謝る格好をしているフィオナの次兄のクレメンスが立っていた。

「ジェイソン、一体何事だい?」
「クレメンスのやつがバラしたんだ!」
「……クレメンス」
「違うんだよ! ついうっかり……」
「うっかりじゃない!」

 どうやらクレメンスは父と兄の計画を知らず、友人とデイビッドを探しに行く約束をした事をうっかりフィオナの前で話してしまったらしい。

 ジェイソンはその場でクレメンスをがみがみ叱る。その様子にイザベルは苦笑した。元はと言えばジェイソンの伝達ミスである。それで叱られてはクレメンスが可哀想だ。

「まったく。今、やっとレディ・イザベルを説得し終えた所なのに、何をやってるんだよ、クレメンス」
「い、いやー、そのー、デイヴィス、落ち着いて」
「僕は落ち着いてるよ。慌てているのはクレメンスの方じゃないか。で? どういう事? きちんと僕にも説明してくれる?」

 珍しくデイヴィスまで便乗している。哀れなクレメンスはあわあわと手を振って誤摩化していた。

「デイヴィスまでグルになって酷いじゃない!」
「大事な親友の頼みは断れないからね」

 デイヴィスが楽しそうに笑う。フィオナが頬をふくらませた。

「じゃあ……そうだなあ、僕とレディ・イザベルで行って、明日はお土産話を聞かせてあげるというのはどう?」

 つい「え!?」と言ってしまいそうになる。

「どうしてイザベルとなの?」
「だってクレメンスは友だちと行くって言ってたし、ジェイソンは騎士団として出動するんだろう? だったら残っているのは僕とレディ・イザベルしかいないじゃないか」

 そういう問題ではない。それでは困るのだ。イザベルはディアブリーノの正体。今夜は勿論一人で行くつもりだった。誰を巻き込みたくもない。それが大嫌いなデイヴィス・コーシーだとしてもだ。

「あの、デイヴィスさ……」
「どうせ行くんでしょう? だったら僕が同行するくらいいいではないですか。馬車も出しますよ」
「馬車って……目立つじゃないですか」
「大丈夫ですよ。小型のものを使いますし。それに魔術で姿を隠すか、僕の魔力で作った空間を走るかしますから」

 反論はしっかりと封じられた。だが、ここで真実を暴露するわけにはいかない。

「まあ、僕の事は護衛だとでも思ってくれればいいですから」

 頼りになるのか、と思わず言いそうになりこらえる。

「イザベル、私も一緒に行きましょうか?」

 フィオナが割り込んで来る。

「駄目だって言ってるだろう!」
「あら、ジェイソンお兄様。もしきちんとお話を聞いていたらこんな事は申しませんわ。でも実際お父様とジェイソンお兄様はわたくしに隠し事をしましたし、デイヴィスも同罪でしょう? クレメンスお兄様を責めるのは筋違いですわ。むしろわたくしは感謝しているくらいです」

 いい笑顔でそんな事を言うフィオナにジェイソンがたじろぐ。デイヴィスもため息を吐いている。

「フィオナ、君は怪我人でしょう。家で大人しくしていなさい」
「怪我人ですって? 全治一日程度の捻挫で何を言っているのよ」

 今度はフィオナがデイヴィスの反論を封じる。デイヴィスは珍しくむっとした顔をしている。
 今日はデイヴィスの珍しい所がよく見れる。ここはデイヴィスにとって『友達の屋敷』だからだろうか。いつもより堅苦しさが抜けている気がする。
 しばらくデイヴィスとフィオナの睨み合いが続く。先に折れたのはやはりデイヴィスだった。

「……一時間」
「へ?」
「一時間だけだよ。それからジェイソンとバーク侯爵の許可をとって来るように。それが守れないのなら連れて行かないか……」
「わかったわ! お父様の許可を取ればいいのね!」

 それだけ言うと、フィオナはさっさと部屋を出て行く。ジェイソンが慌てて後を追った。

 イザベルとデイヴィスとクレメンスは同時に、しかし三人とも全く違う理由でため息をついたのだった。

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