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エルフの森5

 残り二人の魔族を求めて、森の中をプラタの案内で進む。
 もうそれなりに時間が経っている為に、森の外は明るい。

「あそこに居る魔族で、現在この森の中に侵入している魔族は全てです」

 プラタの視線の先に居る魔族の二人は、異形種二十人を指揮していた。
 とはいえ、異形種は簡単な指示しか咄嗟に理解できない為、魔族を中心に陣形を組んで進んでいるだけだったが。

『創造主』
『ん?』
『小生があれの相手をしてもよろしいでしょうか』
『任せるよ』
『ははっ!!』

 その言葉と共に僕の影からフェンが離れるのを感じ、そのまま魔族達を観察し続ける。
 間に何本もの木を挟んで広範囲に拡がるその二十二人の魔族と異形種を、フェンはその途轍もなく大きな口を前回以上に広げて一飲みしてしまった。
 その後には無傷の亡骸だけが残り、フェンが一緒に飲み込んだ木は何ともない。

『ただいま戻りました。創造主』
『お疲れ様。フェン』

 戻ってきたフェンを労ったところで、僕はプラタの方へと目を向ける。

「これで全部?」
「はい。今回森に侵入していた魔族は今ので全てです」
「なら一旦戻ろうか」

 魔族を倒し終えたところで、僕達は一度後方へと下がる。

「戦況は?」

 背嚢を置きっぱなしにしていた最初の場所まで戻って休息を取りつつ、プラタに確認する。

「依然エルフ側が優勢です。魔族を倒しつくした事でエルフ側の死傷者も一気に減り、異形種のみが相手ですので遊撃の効果も上がっているようです」
「そうか、なら一先ず安心だね。これで最初の役目も果たせたようだし。リャナンシーの方はどうなっている?」
「エルフの戦士を引き連れて、現在こちらへと向かっている途中です。予定通り明後日には到着するかと」
「そうか・・・まだ魔族軍は撤退しないかな?」
「その判断には今少し掛かるかと」
「第三陣は?」
「第二陣から少し離れた場所で待機中です」
「その中に魔族は?」
「今回よりも質も量もありそうです」
「なるほどね。助かったよ、ありがとう。プラタ」

 隣に座るプラタの労を労いつつ笑いかけると、プラタは軽く頭を下げた。

「ならもう少し休んでおこうか」
「はい」
「はーい」
『御意に』

 三人の返答を聞きながら、木に背を預けて息を吐き出す。森の中を駆けて魔族を暗殺していくのは精神的に少し疲れた。まだ感触が残らないからマシなのかもしれないが。

「ねぇねぇオーガスト様」
「ん?」
「お膝に乗ってもいい?」
「まぁいいけど」
「やった!」

 無邪気に笑いながら、シトリーは僕の膝の上に乗る。

「シトリー、不敬ですよ」
「オーガスト様にお許しは貰ったもんねー。悔しかったらプラタちゃんもお願いしてみればいいのに」
「・・・はぁ。私はご主人様の御傍に控えられれば、それで満足ですから」
「そっかー。プラタちゃんは奥ゆかしいねー」

 プラタに笑いかけたシトリーは、首だけで僕の方に振り向く。

「ねぇねぇオーガスト様」
「ん? 今度はどうしたの?」
「私は何にでも姿を変えられるけど、模ってほしい姿ってないの?」
「別に無いよ。シトリーの好きな姿で居ればいいよ」
「全裸の美女とか?」
「いや、出来ればもう少し大人しい姿で頼むよ」
「じゃあ、全裸の幼女?」
「全裸から離れて」
「むぅ。なら不定形なスライム?」
「変に目立たない姿ならシトリーの好きにしていいよ。ああでも、目のやり場に困る姿も出来たら勘弁して欲しいな」
「・・・そっかー。なら、何かあったら言ってねー、それに擬態するから」

 そう言って前を向くと、シトリーは僕に背を預けた。

「・・・・・・」

 それを静かに眺めるプラタの瞳には、どこか憂うような色が混ざっているように見える。

「プラタ?」
「何で御座いましょう。ご主人様」

 気になって思わず名を呼ぶと、プラタは不思議そうな顔を僕に向ける。しかし、そこには先程感じたものは微塵も無かった。

「ううん。何でもない」
「そうですか」

 気のせいだろうと思い直すと、僕は目を閉じる。

「少し寝る。何かあったら起こして」
「御休みなさいませ、ご主人様」
「おやすみー」

 プラタ達にそう告げると、エルフの里から不眠不休の移動だった為か、直ぐに僕の意識は闇に落ちていった。





「・・・・・・」
「ん? どうしたの? プラタちゃん」

 オーガストが眠りについて直ぐ、プラタの視線に気がついたシトリーは、そう言って小首を傾げた。

「いえ。貴方は変わらないな、と思いまして」
「はは、本質はそうそう変わらないよ。私はこういう風に生み出されたのだから」
「そうですか」
「うん」

 どこかしんみりとした空気が二人の間に漂う。

「・・・・・・」
「プラタちゃんは変わったけどね」
「そうですか?」
「うん。昔はそんな気を遣うような子じゃなかったじゃない」
「・・・・・・」
「これも愛が成せる業かね」
「御好きに解釈すればよいかと」
「じゃあそうするよ」
「・・・・・・」
「それにしても、オーガスト様の座り心地はいいねー」
「不敬な物言いですね」
「羨ましいなら素直にそう言えばいいのに」
「・・・貴方は何を考えているのです?」
「んー? 何も考えてないよー」
「そうですか」
「うん。まぁオーガスト様を裏切るつもりは無いから安心してよ」
「当たり前です。もしそのつもりなら貴方であろうと容赦は致しません」
「おお、恐いねー。まぁ私は裏切らないよ。それはプラタちゃんも知ってるでしょう」
「・・・・・・」
「信用無いなー。何の為に名を頂いたと思ってるの? それに、今は私の事より心配することがあるでしょう?」
「そちらは大丈夫ですから」
「そう? ならまぁいいけれどね」

 それで口を閉じると、二人は黙ってオーガストが目を覚ますのを待つのだった。





 目を覚ますと、相変わらずシトリーは僕の膝の上に腰掛けていて、隣にはプラタが座っている。

「おはよう」
「おはようございます。ご主人様」
「オーガスト様おはよう!」

 起床の挨拶をしつつ時計を確認する。どうやら一時間近く寝ていたようだ。

「戦況は?」
「ご主人様が御休みになる前とあまり変わりはありません」
「そうか」

 ならまだ寝ていてもよかったか。そう思いはしたものの、最早短時間だけ寝るのに慣れてしまったからか、眠くなかった。

「時間が出来たな」

 魔族は倒して、残りの魔族軍の異形種を森から追い返すのはエルフの役目で、リャナンシーはまだ来ない。かといって眠くも無ければ、疲れてもいない。
 やる事が無い僕は、さてどうしたものかと考える。

「異形種も叩きますか?」
「そうだなぁ」

 それも一つの選択肢だろう。別に役目だからとエルフに異形種を全て押し付けなくてもいい訳で。それに、早く済むならそれに越したことはないだろう。ぺリド姫達の事も気になるし。

「やることないからなー、異形種でも狩るか」
「畏まりました」
「はーい」
『御身の思うがままに』

 シトリーが僕の膝の上から降りると、ゆっくり立ち上がる。背嚢は邪魔なので引き続きこのまま置いておこう。盗られて困るモノは入っていないし。
 服についた土を軽く払うと、プラタに問う。

「一番近い異形種は?」
「すぐそこに」
「なら――」

 そこで一度口を閉じて考える。別に四人で一緒に行動する必要もないだろう。

「競争でもする?」
「競争、ですか?」
「みんなで行動するのは無駄が多いかなーと思ってね」
「なるほど」
「でも、目的もなく散ると張り合いないかな、とも思って」
「ですが、私はご主人様と共に行動したく」
「私もー」
『無論、小生もです。創造主』
「・・・みんなで行動するか」
「御聞き入れ下さり、感謝いたします」
「じゃ、プラタ案内よろしく」
「はい」

 プラタの先導の下、森の中を移動する。異形種は本当に直ぐ近くに居た。
 数は三。軽傷だが傷を負い、必要以上に周囲を警戒している所から、エルフに襲われた残党だろう。
 相変わらず一回り以上大きな体格だけれど、人の体に獣の顔が乗っているというのは未だに奇異に映る。これは人の世界で育ったからなんだろうな。

「死にかけかー、つまんないの」
「シトリーが相手する?」
「分かったよ! じゃ次に移動しよう!」

 シトリーの言葉に視線を異形種に戻すと、そこには何も無かった。痕跡が綺麗に途絶えている所から、また溶かしたのだろう。
 その後もプラタの先導で森の中を移動しては、シトリー・フェン・プラタ・僕の順で異形種の相手をする。ほとんど止まらず、横を通るついでに一撫でするぐらいの手軽さで倒していく。
 それを魔族軍が森の中から撤退するまで続けた結果、三桁を余裕で超えるまでの戦果を出した。流石に四桁には届かなかったが、それでいながら誰も息一つ乱してないのだから、この三人の強さはやはり次元が違う。こういうのを格が違うというんだろうな。近くに高みがあるおかげで驕らずに済みそうだよ。
 初期位置に戻った僕達は、また休憩に入る。

「呆気なかったな」
「この面子なら魔王でも相手しなきゃ手ごたえは感じないよ。オーガスト様」
「そうなんだ。魔王ってやっぱり強い?」
「強いよー。私が一対一で魔王と戦ったら半日は掛かるもん」
「・・・結果は?」
「勿論私が勝ちだよ」
「そ、そうなんだ」
「プラタちゃんならもう少し短くなるかもしれないけれど」

 という事は、プラタの方がシトリーより実力が上なのかな? まぁ相性とかあるから一概には言えないけれども。

「フェンの実力の全容は知らないけれど、というか姿も頭部しか見たことないんだけれど、私の予想ではフェンなら魔王も一瞬で倒せるだろうね!」
「・・・え」

 おそらくあの一飲みで片が付くという事なのだろうが、あれはそんなに強力なのか。
 僕が衝撃を受けてる間もシトリーの話は続く。

「オーガスト様は今だと魔王といい勝負だけれど、もう少し練度を高めれば勝率が一気に上がるだろうね」
「はは・・・」

 シトリーの物言いに、僕は空虚な笑いを漏らす。分かっていても面と向かって言われると心に刺さる。

「努力しないとな」

 外の世界は本当に広い。おそらくだが、シトリーの言う魔王といい勝負というのは大分贔屓目にみてなんだろうな。
 僕が改めて努力の必要性を感じていると、プラタが口を開く。

「魔族軍第二陣の残党が本隊に戻ったようです」
「第三陣は?」
「第二陣の収容が完了次第動くようです」
「分かった。いつも助かるよ」

 プラタに感謝の言葉を送る。こうも的確に状況報告が受けられるというのはあまりにも恵まれている。それを当然だと思ってはダメだろう。

「そういえば、エルフの状況も分かる?」
「エルフは死傷者を回収後、死者を埋葬する為に軽傷者を護衛と運搬に充てて、重傷者と一緒に死者を後送しています。残りは増援を待ちながらも警戒態勢で魔族軍の動向を探っているようです」
「そうか。後送された死傷者の数は?」
「四十七人です。内訳は死者八、重傷者十一、軽傷者二十八です」
「なるほどね」

 ならばまだ戦えるだろう。

「魔族軍の損害は?」
「第二陣のですと、総数およそ二万の内、死者千六百二十一、負傷者五千三十です。ただし、直ぐに戦線に復帰できる軽傷者は除いております」
「数が居たからね。あと、終盤は僕達も暗躍したし」

 その数に僕は呆れる。三十万の大軍だとこうも数が桁違いなのか。この戦いが終わった後の総数だとさらに桁が一つは増えるんだろうな。
 そうして報告を受けながら、時間を過ごす。そして夜も更けた頃。

「ご主人様、魔族軍の第三陣が動き出しました」

 プラタが静かにそう告げてきた。





 魔族軍の第三陣が動き出して少し経ち、エルフ側の迎撃を掻い潜り魔族軍が森に侵入してから僕達は動き出す。

「今回の魔族の数は?」
「十八人確認しております」
「分かった。さっさと終わらせて異形種も追い返そう。それが終われば流石に魔族軍の本隊方でも動きがあるだろう」
「途中の異形種もついでに狩っていけばいいんじゃない?」
「そうだね、そうしていこうか」
「それは先行している私が行います」
「じゃあ魔族は私がもっらいー」
「まぁお好きなように」

 止める理由もないだろう。最早ただの保護者の気分になってきた。
 プラタの先導で森を移動している間にも異形種を確認する事があるものの、宣言通りプラタが遭遇する端から即狩っていくので、横を通る時には異形種の兵士達は物言わぬ姿になっていた。
 それには数は関係なく、はぐれた独りから五十人ぐらいと遭遇した数に幅はあるものの、それらは例外なく、悉くを見つけた瞬間にプラタが動かない肉袋に変えていく。
 一瞬も立ち止まる必要のないそのあまりの手際の良さに、もはや恐怖どころか何も感じない。横を通る際も路傍の石のようにしか思えなくなっていた。血生臭くはあるものの、それはこの辺りの森に充満している為に鼻が麻痺していてよく判らなかった。それでもあえて何か感想を述べるとすれば、それはその技術への賛辞だろうか。
 それから魔族を見つけても、シトリーが溶かし吸い取り腐らせ窒息させる。
 普通の魔法も使えるようで、プラタのように魔族や周囲の異形種の首をいとも容易く刎ねたり、凍らせ焼いて感電させる。時には僕がやったのに似た方法で自壊させたりもしていた。
 やりたい放題の二人について行きながら、森を駆け足で散歩する。残りの魔族も二人というところまで減り、その二人の内の一人の魔族の許まで到着した時に、僕達は一度足を止めた。

「エルフの若者ですね」

 眼下には苦しそうに倒れている傷だらけのエルフの青年が一人、その横に血だらけながらも木に寄りかかりながら魔族を睨み付ける若いエルフが一人、魔族と対峙している年若いエルフも見るからに深い傷を負っていた。まぁエルフは見た目が若い状態が長いので本当に若いのかまでは判らないが、プラタが若者と言うのであればあの三人は若いのだろう。
 その三人の若いエルフが対峙しているのは、魔族一人と異形種二十人。

「どういたしましょう?」

 プラタの問いを受け、シトリーに目を向ける。

「気にせず始末していいよ」
「エルフも?」
「いや、エルフは一応味方・・・協力相手だから」
「分かった!」

 頷いたシトリーは、魔族と異形種をさっさと溶かしてしまう。
 目の前で急に溶解液に包まれ溶けていった魔族と異形種に、エルフ達は驚きに目を見開き周囲に警戒の視線を巡らす。

「あの三人、結構限界っぽいね」
「立っているのも含めて死にかけですね。よくもまぁあの傷で立っていられるものです」
「・・・まぁ今は協力関係だしね。それに、ちゃんと話が通っているのかの確認もしておきたいし」

 リャナンシーから話が通っていないなら、これからはこんな場面でも無暗にエルフに近づかない方がいいだろう。
 木の上から降りてきた僕達に、エルフは驚き警戒する。しかし、僕が人間である事に気がつくと、眼差しに怨嗟の色が混ざる。

「ふむ。話は通っていないのかね」
「どうでしょうか」
「僕が手を貸しているって話は聞いていますか?」

 僕のエルフ語での問いに、エルフの眼差しに訝しげな光が強く出る。

「ああ、通ってないのね」

 急ぎだったもんね。あの反応は聞いてるけど受け入れていないって感じではないし。

「しょうがないか」

 とりあえず治療しとくかと胸の高さに緩く手を持ち上げる。それにエルフ達がびくりと震えたがそれを無視すると、そのまま離れたところから三人を治療する。
 復活魔法の理論を組み立てた副産物で、回復魔法自体の理論が変わっていた。おかげで離れたところから三人ぐらいなら同時でも割りと楽に治療出来るようになっていた。それも結構な重傷者まで。まぁ死者を蘇らせる為の理論の転用なのだからそれぐらい出来てくれないと困るのだが。
 治療が終わり、傷を完全に治したところで、僕達は魔族の最後の一人の所まで移動する事にする。

「次に行こうか」
「はい。最後の魔族はこちらです」
「はーい」

 エルフ達は唖然と僕達と傷が消えた自分達の身体を見ていたが、僕達が木の上へ跳び移ったのを見て「あっ」 と声を上げた。
 その声は聞こえていたが、僕達はそれを無視して木の上を移動する。

「よろしかったのですか?」

 先を進むプラタが視線だけを僅かにこちらに向けて問い掛ける。

「ん? 何が?」
「先程のエルフ達です。いくら頑なとはいえ、あれで多少は恩が売れたと思うのですが」
「構わないよ。もうエルフに興味はない」
「左様ですか」
「ああ。まぁ一度乗りかかったのでこれまではやるけれど、それ以降はどうでもいい。エルフが滅ぼうが繁栄しようが、僕に害を為さない限りは好きにすればいいさ」
「申し訳ありません。ご主人様の御気持ちを解さぬ差し出口でした」
「いや、そういう意見はありがたいよ」
「勿体なき御言葉です」

 目礼したプラタは前を向く。
 エルフと人間の関係については人間側の資料しか知らないから何とも言えないが、人間側の資料でも人間の方に非があると感じるのだから、人間側が悪いのだけは確実だろう。だから一朝一夕で良好な関係が築けるとは思わないし、そもそも現在進行形で奴隷にしたりしてるのだ、本当に人間は救いようがないという思いを抱くと共に、どうにか関係を改善したいと願う。
 とはいえ、あそこまで頑なだとそれさえどうだってよくなる。ここは帝国側の森であって、僕の住んでいた公国側ではない。同じ人間としては対岸ではないが、言ってしまえば他人の家の隣人だ。隣人との良好な関係は、家主の皇帝陛下に任せればいい。僕は所詮公国の一庶民でしかないのだから、分相応に手元の大切なモノだけを気にしていればいいのだろう。
 僕達は最後の魔族を求めて森の中を進む。
 そうして見つけた魔族も、シトリーにより瞬殺された。
 その後は異形種狩りの遊撃を開始するが、これはプラタの独壇場であった。結果として、森の中をみんなで仲良く散歩しただけとなる。
 散歩を終えて休憩場所まで戻って来た頃には夜になっていた。どうやら、何だかんだとほぼ丸一日散歩していたらしい。
 僕は定位置となった木の根元に腰を下ろすと、膝の上にシトリーが乗ってくる。

「戦況は?」

 そんなシトリーを気にすることなく一息吐くと、プラタに問い掛ける。

「ご主人様の御活躍により、エルフ側が優勢です。魔族軍側は撤退間近かと思われます」
「活躍ね」

 僕はついて行っただけで何もしていない。プラタに悪意はないし皮肉でないのも分かっているが、どうしても少し遠くを見てしまう。

「まぁ、このままちょっと休もうか。それで、リャナンシーの方は?」
「あと数時間もすれば到着するかと」
「そっか」

 ならばそろそろこちらもお役御免だろう。残りの魔族はこちらから襲撃をかけてもいいかもしれない。
 早くのんびりしたい。一年生の頃のゆっくり出来た頃がもう懐かしい。

「魔族軍もそろそろ本隊が動くかな? 撤退してくれれば楽できるんだけどな」

 こう僅かでも時間が空くと、思い出してしまう。そもそも、僕はこの戦いには無関係なのだと。
 確かにナイアードに頼まれはしたが、それ以前に僕はここに偵察に来ただけなのだ。それさえも、ぺリド姫達がいない間の埋め合わせにすぎない。元々計画していた長期遠征は、森と平原の境に沿って北から西まで進みながら調査することだった。

「御疲れですか? ご主人様」
「ん? 疲労の方はそうでもないけれど、この依頼が今では無意味になったなーと思ってね。唯一の救いは、プラタとシトリーとフェンの三人と一緒に行動できる事ぐらいだし」

 小さくため息をひとつ吐く。もし旅に出たらこんな感じなのかな? この依頼は別にしても、この四人でのんびり世界を回るというのも悪くないかもしれない。
 置きっぱなしだった背嚢から乾パンを取り出して齧りながら森を見渡す。後方だからか、相変わらず静かなものだった。多少遠くから音が届くものの、そこまで気にならない。臭いもそこまで血生臭くないし、空気は適度に湿っていて、束の間の平和ではあるが環境は悪くない。だけど。

「・・・・・・やっぱり視線が気になるなー」
「排除しますか?」
「向いてるのはこちらじゃないからまだいいよ。それより、これは魔族軍のかな?」
「そのようです」
「また魔物創って監視してるんだ。ゾフィも懲りないねぇ」
「ああ、やっぱりこれはゾフィが創ったやつか」
「そだよー」

 シトリーは頷くと、首を後ろに倒して僕の方を見上げてくる。

「オーガスト様もフェンを使って偵察してみれば?」
「ああ、そうか」

 そういえば、フェンは自分で創った魔物だった。あまりにもフェンが優秀過ぎてそんな事すっかり忘れていた。

「フェンを通して世界を見るって最初に少し試してみただけなんだよな。上手くいくかな?」
「今一度試してみては?」
「そうだね」

 プラタの提案に頷くと、フェンに呼びかける。

『フェン、聞いてた?』
『はい』
『じゃ、とりあえず僕達を見てみて』
『姿はいかがいたしましょう? 晒しても良いのでしょうか?』
『消せる?』
『可能です』
『それじゃお願い』
『御意に』

 フェンが僕の影から離れていくのが判る。

『準備が整いました。創造主』

 その声に周囲を見回してみると、微かにフェンの姿を捉える。しかし、ほぼ完ぺきに姿を消している。見つけられたのは魔力が繋がっているからかもしれない。
 僕は目を閉じると、魔力を通して声を伝えるように意識をフェンへと集中する。

「・・・・・・」

 暫くそうしていると、何かが繋がった様な感覚を覚えて目を開く。

「おお!?」

 視界に在るのは二つの世界。片目には目を閉じる前と同じ光景が、反対の目には自分達の姿が映っていた。
 交互に目を閉じて、片目で世界を確認する。

「こうなるのか」
「もう少し慣れましたら両目で見る事も、切り換える事も自在に出来るとようになるかと」
「そっか」

 プラタの言葉に頷くと、フェンに声を掛ける。

『フェン。魔族軍の本体まで行ける?』
『創造主が行けと仰るならばどこへなりとも』
『じゃ、お願い』
『御意に』

 視界で何とか捉えていたフェンの姿が消えるも、フェンの視界と繋がっている片方の目は一瞬で森の外の光景に変わる。

「速いな」

 その速度に素直に感心する。既に魔族の本隊の様子が分かる。
 大量の異形種が忙しなく動き回っている中を魔族が歩く。その奥にゾフィが居た。
 長机をミミックやそれに匹敵する魔族数名が囲んでいるその中心で、何やら指示を出している人物。偵察の際に感じた魔族軍の中で最も高い魔力と同じであるので、ゾフィで間違いないだろう。
 その人物は、夜空を想わせる丈の長い藍色のローブを身に纏った美青年だった。
 顔は何とか見えるぐらいにフードを浅めに被っている為に確認出来たが、身体はゆったりとしたローブに隠れているのであまり詳しくは分からないが、外見が細身の長身である事だけは何となく分かった。
 他には何かを指差しながら話しているのは分かるのだが、視点が低い為に机の上が見えない。それに、視界は共有できているが声がほとんど聞こえない為に指示の内容も分からない。
 ただ、視界だけは妙にはっきりしているので視覚情報だけでもそれなりに情報が取得できる。
 読唇術というものは出来ないのだが、それでも多少は解読できる・・・はずなのだが、中々解らない。
 それからもゾフィの唇の動きを注視して読むが全く解らなかった。もしかしたら魔族は魔族で言語が違うのかもしれない。
 それからしばらく本隊の様子を確認した後、フェンを僕の影まで戻す。
 戻ったフェンに話を聞くも、基礎の知識が僕のモノであるので、やはり言葉は解らなかったようだ。
 雰囲気としては見た通りに慌ただしい感じだったようだが、ゾフィと思しき人物はかなり苛立っているように感じたらしい。

「という事は、次が最後かな?」
「まぁゾフィは短気っぽかったからね」
「よくそれで大将を任されたな」
「人手不足なのかな? それともこっち方面は弱いからゾフィでもいけると判断したとか」
「なるほど。少数とはいえ魔族も参戦させれば確実だと考えたのかね」
「ねー。まぁ誤算は確実にオーガスト様の存在だけれど」
「ははっ」

 僕は小さく笑う。まぁ相手がエルフだけならもうかなり圧せているか、落とせているだろうからな。それと一番大きな誤算は僕というよりも君達三人の方だと思うんだけれどね。

「魔族軍の動き的に考えて、リャナンシーは次の攻撃には間に合いそう?」
「それは無理かと。森に入られる前に戦場に到着出来るかも微妙な所です」
「そうか。突貫で急行してからの休憩なしの参戦か。大変そうだな」

 他人事だけに気楽にそう口にする。休憩なしとか役に立つのだろうか。

「まぁ、こっちはもう少しのんびりさせてもらいますか」

 木に体重を預けながら身体の力を抜く。

「ああ、あの監視している魔物がこっちを見たら潰しといて」
「畏まりました」

 軽く頭を下げたプラタの頭を優しく撫でると、目を閉じる。

「少し寝る」
「お休みなさいませ。ご主人様」
「おやすみ。オーガスト様」
『おやすみなさいませ。創造主』

 三人の声を聞きながら意識が途切れる。短時間でもここなら安心して眠ることが出来た。





「んん」

 それから目を覚ましたのは約一時間後だった。

「おはようございます。ご主人様」
「おはよー」
『おはようございます。創造主』
「おはよう」

 三人に挨拶を返して周囲を確認すると、監視していた魔物は既に居なかった。

「状況は?」
「もうすぐ魔族軍の総攻撃が開始されます」
「そうか。もう総攻撃とは、せっかちだな」

 集結でのんびりしていた軍とは思えない程に拙速な行動であった。それだけ僕らの行動が癇に障ったという事だろうか。

「リャナンシーは?」
「未だ到着しておりません」
「そっか」

 人数を集めて急行しているのだから十分すぎる程に速いのだが、間に合わなければ意味がない。まぁその分遊撃で活躍してもらおう。

「攻撃が始まったら動く準備でもしようかね」

 といっても、立ち上がった後に少し森と荒野の境に近づくだけなんだけれど。

「そういえば、あの監視していた魔物は?」
「こちらへ目を向けようとしたので潰しておきました」
「そうか。ありがとう」

 ならば他に気にする事もないな。後は魔族軍が動き出すのを待つのみか。

「そういえばプラタは魔族の言葉も解る?」
「勿論でございます」
「私も解るよー」

 当然のように肯定するプラタに、膝の上のシトリーも手を上げて見上げてくる。

「そっか。なら今度は魔族の言葉も教えて」
「御任せ下さい」
「私もオーガスト様の手助けする!」
「ありがとう。プラタ、シトリー」

 僕が二人に礼を言って早速教えを乞おうかと思っていると、プラタが口を開いた。

「ご主人様。魔族軍が動き出しました」
「分かった。移動しようか」
「はい」
「はーい」

 そういうことならば仕方がない。教えてもらうのはこれが終わってからだろう。
 プラタの報告を受けてからシトリーを膝上から降ろして立ち上がると、僕達は移動を開始する。
 森の出口までそう離れてはいないが、森と荒野の境まで行くのではなく、少し離れた場所で移動を止まる。

「この辺りでいいか」

 枝の上で木の幹に寄りかかりながら魔族が森に入って来るのを待つ。森に侵入後はさっさと魔族を狙う。早くこれも終わらせたい。
 荒野の方へと眼を向けると、エルフ側の迎撃は前線で防御している魔族の活躍により効果が薄いのが分かる。
 このままいけば十万以上の魔族軍が森の中に入ってくる事だろう。動きずらく慣れていない森の中とはいえ、単純に数は脅威だ。
 そのまま魔族軍は、エルフ側の攻撃で大して被害をださないまま森へと接近する。
 今回の魔族軍は今までのようにそのままただ森の中へと突入を開始するのではなく、まず魔族の魔法によって森の木々をエルフを巻き込みながら盛大に吹き飛ばした。
 その後に続いた前衛が木々をなぎ倒すと、そこで後続を前衛が拓いた森の中に侵入させてから魔族軍は動きを止めた。

「ふむ? これは攻撃というよりも、本陣を移しただけ?」

 その意味の解らない行動に僕が首を傾げると。

「挑発ですね」
「挑発?」
「はい。エルフは自らの住まうこの森をとても大切にしています。害意を持ってそれに手を出した相手を赦しはしないでしょう」
「という事は?」
「森の外に釣れなくなり、森の中も駄目なら浅い部分まで引きずり出して潰してしまおうという算段かと」
「それに釣られるの?」
「エルフ側は激昂しておりますので。この挑発に感情のままに乗る事でしょう」
「まぁ大切なモノならしょうがない・・・のかね?」

 よく解らず呆れ混じりに言葉にする。どう見てもこれは引きずり出す策だし、前哨戦で手痛い目に遭っている以上、手を出したらエルフ側の被害は甚大だろう。それに、今度は魔族軍も形振(なりふ)り構っている余裕はないらしく、森に手を出すだけではなく異形種のかなりの数に魔法での強化が施されている。

「力でねじ伏せるか。魔族はエルフを傘下に収めるのを諦めたのかね?」
「それは判りません」
「それで、オーガスト様はどうするの?」
「どうするって?」
「エルフに手を貸すの?」
「ああ、あれには手を貸さないよ」
「はーい」

 あれは僕の与り知らないところだ。こちらに来ないなら手は出さない。

「それにしても、オーガスト様のおかげなのにエルフは調子に乗っちゃったのかな?」
「直接戦って圧倒しているのでそういう部分もあるのでしょう」
「はは、やっぱりエルフは馬鹿だなー」
「ええ、ご主人様の偉大さを解さぬゴミは勝手に処分されればいいのです」
「・・・・・・」

 まぁ価値観はそれぞれなのだろう。・・・うん。
 とはいえ、少し前にプラタに言ったが、エルフが繁栄しようと滅びようと勝手にすればいいのだ。その選択はエルフ自身が行うべき事であって、僕がどうこうする事ではない。望まれていない手助けは敵対行為にも等しいものなのだから。

しおり