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エルフの森3

 魔族軍は露営をしているものの、周辺警戒をするぐらいで、特に陣形らしきモノは組んではいなかった。
 そのいかにもエルフを挑発しているやり方は、エルフ側に被害を出している所から、十分に成果を上げている。まぁ無防備に脇腹を晒しているようなモノだからな。
 見る限り防具も軽装が多く、重装な装備の異形種はあまり見当たらない。武器は棍棒や大剣が多い。
 圧倒的な数、各所に点在する強力な魔族、わざと無防備に脇腹を晒す陣形。他に何か見るべきものはあったかな?

「そういえば、兵糧ってどうなっているの?」

 これだけの数を養うにはかなりの量の食料が必要だろう。異形種は体格が大きい分食べそうでもある。
 森の中ならまだしも、集結しているのは荒野だ。現地調達にも限度があるだろう。まさかこのよく分からない野草を食べている訳でもないだろうし、農業でもして自給自足出来る程長期滞在している訳でもない。

「それでしたら、魔族や異形種の本国より随時兵糧が届いているようです。後方は実質魔族領しかありませんので、兵糧を運ぶのはそう難しい事ではありませんので」
「ああ、そういえばそうか」

 この先に住む種族の国はほとんどが既に魔族の同盟国。というより実質属国らしい。そもそも後方に魔族軍を襲う敵がいないのだから、補給が容易い訳だ。

「じゃあそこを叩けばいけるかな?」

 僕の思い付きに、プラタは微妙な返事をする。

「一定の効果はあると思いますが、補給線が多過ぎるので潰しきれないでしょう。潰しても再度復活するでしょうし。それに、既に集結はかなりの部分が終わり、エルフは弱体しています。補給が間に合わなくともエルフを潰すぐらいは可能かと」
「そうか。うーん、軍隊については詳しくないしなー」

 僕がどうすればいいかと思考を巡らしていると、少し離れた場所が騒がしくなる。

「ん?」
「エルフ達の襲撃ですね」
「なるほど」

 そちらに眼を向ければ、エルフと魔族が戦闘に入っていた。
 前に襲撃された時のような普通の矢を混ぜた精霊魔法攻撃を森の中ギリギリから放つエルフ達。それを数名の魔族が防御障壁で防いでいた。
 しかし、エルフの精霊魔法も負けてはいない。魔族の防御障壁をなんとか破ると、続いた数発が魔族の一人の腕と胴を貫いた。
 それに対してすぐさま魔族の反撃が行われる。
 魔族は負傷した同胞を放って、次弾を放とうとしているエルフに向けて無数の魔法の矢を撃ち返す。
 その大量の矢で出来た壁を、エルフが攻撃してきた辺りにぶつける。大きな衝撃音が周囲に響き、攻撃後の移動が遅れたエルフの一部が吹き飛ばされた。
 そこに無事だったエルフの攻撃が飛ぶ。それを魔族自身は近距離防御で防ぐも、近くに居た異形種に流れ弾が当たり、魔族軍側にも死者が出た。
 その攻撃の間に一部のエルフが死傷者を回収して下がる。
 魔族が即座に攻撃するも、今度はエルフ側の移動が間に合い、木が数本吹き飛んだだけだった。

「毎度あんな感じ?」
「最初の頃は神聖な森を汚すわけにはいかないと打って出たエルフ側が手ひどくやられたりもしていましたが、現在は今のような襲撃を散発的に行い、互いに少数の死傷者を出すだけのようです。ですが、エルフは森が傷つくのが赦せないようです」
「それはエルフが無力なだけじゃないか」
「はい。魔族軍が元凶とはいえ、己が無能を全て相手に押し付けているだけです。それでも背に腹は代えられないという事らしいです」
「森を守って滅びるか、森を犠牲に生き残るか。とでも考えてるのかな?」
「正しくその通りで御座います。犠牲と言いましても森のごく一部ですが」
「難儀なものだ」
「それが拠り所というモノなのでは?」
「そうかもね・・・」

 そこで僕は少し考え。

「偵察も済んだし、下がろうか」
「はい」

 森の境目付近から森の中へと下がる。

「あのエルフ達は大丈夫かね?」
「いつもの事です。エルフは治癒魔法も得意ですので、多少の負傷は問題ないでしょう」
「そうなんだ・・・」
「ご主人様?」
「いや、重傷者や死者はどうなる?」
「死者は埋葬され、重傷者は治癒を受けますが、治るかどうかはその者次第でしょう」
「なるほどね・・・」
「ご主人様?」

 蘇生魔法の事が頭を過り、ずっと考えていた理論を試してみたくなる。しかし、それは軽々に成していい事ではない。失敗すればエルフとの関係は本当の意味で取り返しのつかない事になるだろう。成功してもろくなことにはならない。蘇生を使う魔法使いなど厄介事に愛されているとしか言えないだろう。

「いや、なんでも――」

 ない、と続けようとして、そこで言葉を切って考える。プラタになら話してもいいだろうと。だから立ち止まると、プラタの方を向く。

「実は今、新しい魔法を開発しているんだ」
「新しい魔法、ですか?」
「ああ、蘇生魔法をね」
「なるほど、流石でございます」

 思ったよりも驚かれないことに意外・・・でもないか。

「理論は結構固まってきたから、いつか実地で試してみたいと思ってはいるんだけど・・・」
「それでは、それにエルフを用いますか?」
「そういう訳にもいかないだろう。最初は虫とか鳥とかで確立しなければ危ないでしょ」
「ご主人様でしたら大丈夫ですが」
「いや、自信というか安心というかだね・・・」
「では、その辺りで虫を探しますか?」
「まぁ、そうだね。それに、偵察したら大人しく帰ると約束しているし、エルフとの接触も出来たら避けたい」

 まだ明るい森の中を虫を探しながらのんびり歩き出す。

「そういえば、蘇生魔法って外の世界では一般的なの?」
「いえ、使える者は居りません」
「そうなの? 誰でも一度は考えるものだと思うけれど」

 特に近しい者の死に直面した者ほどそう考えるだろう。

「・・・蘇生魔法には資格が必要ですから」
「資格?」
「その資格を持つ者は現在世界に三名存在しています。そして、ご主人様はその選ばれた御一人です」
「そうなんだ。その資格って?」
「・・・今は知らない方かよいかと」
「そうか、ならしょうがないね」

 プラタがそう言うのならば余程の理由があるのだろう。ならば無理に聞き出す必要はない。蘇生魔法は僕には使える。それが解れば十分だ。

「あれ? ならその二人は蘇生魔法は修得していないの?」
「はい。必要としておりませんので」
「そうか」

 それは幸せな事なのだろうか? それとも寂しい事なのだろうか?

「その三人って数は多いの? 少ないの?」
「過去には誰も居ない時代がありましたが、三人は少ない方で御座います。ですが、現代の三人は別格で御座います」
「別格?」
「はい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 つい足を止めてプラタと見つめ合ってしまう。それで話は終わったらしい。

「そ、それにしても資格だっけ、魔法はよく解らないな」
「・・・・・・そうで御座いますね」





 虫や鳥を探すと言っても、探している時ほど見つからないモノらしい。
 いつもは小さな虫ぐらいならそこらの木にでもくっ付いているんだけれどな。
 キョロキョロと辺りを見渡しながら進むも、その日は空高く飛んでいく鳥を見かけたぐらいで夜になった。

「探すと見つからないものだね」

 シート代わりの空気を固めたモノの上に腰を下ろすと、水を飲んで一息つく。
 飲み終わると、いつも通りにプラタにエルフ語を学ぶ。もう大分修得出来た気がする。
 その後は風のベッドで短い睡眠を取った。
 風のベッドは一人用のベッドなので睡眠前にはプラタはそのまま空気の層の上に座っていたはずなのだが、目を覚ますと、ベッドの縁に横向きに腰掛けてこちらを見下ろすように眺めていた。

「・・・おはよう。プラタ」
「おはようございます。ご主人様」

 少し驚きながら起床の挨拶をすれば、直ぐに挨拶が返ってくる。相変らずプラタは休んでいる間はずっとこちらを見ている。
 起きた後に軽く水分補給を済ませると、探索を再開する。
 まだ夜の暗闇が満ちている森の中を進む。虫の鳴き声がどこからか小さく聞こえてくるも、森の中を反響している為に音だけでは場所までは判らない。
 微風が吹いているのか、葉擦れの音も微かに聞こえる。寒くはあったが、上に羽織っているフードのおかげで何とか大丈夫そうだ。

「・・・・・・」

 そう思いはしたが、どうやらフードだけではなく皮鎧も防寒に一役買っているようだった。皮鎧も意外と役に立つ。
 先日にも雨が降ったからか、土と木のこもったようなにおいが森には満ちていた。おかげで地面もまだ僅かにぬかるんでいる。
 相変わらず離れた場所からはエルフに監視されては居るが、最初の頃の敵意に満ちたモノではなくなっていた。かといって好意的な訳ではないが。
 そんな静かな森を進んでいると、少し離れた場所でがさりと草の上に何かが落ちるような音が僕の耳に届く。

「ん?」

 木の実でも落ちたのかとそちらへ眼を向けると、そこには何かが居た。
 それはうねうねと蠢く水の塊のような物体であった。
 どこかで見覚えがあったが、いまいちよく覚えていない。
 僕がそれを眺めていると、その物体は身を揺らしながらこちらへと近づいてくる。速度は人間の幼児が歩くぐらいか。

「また珍しいモノが現れましたね」
「あれは?」
「スライムです」
「へぇー、あれがね」

 それはミミックを見つけた時、ミミックと一緒にプラタが説明してくれた希少種の魔物だった。

「あれは魔族軍の手の者かな?」
「少し違います」
「ん?」
「あのスライムは魔族軍と共にこの地にやって来ましたが、それは魔族軍としてではなく、ただついてきただけです」
「ついてきた?」
「スライムは魔力に敏感な為に、近くを通った強大な魔力に惹かれてついてきたようです」
「ふうん? なら何故ここに?」
「ご主人様に惹かれたのでは?」
「・・・プラタではなく?」
「ご主人様以外に居ようはずがありません」
「・・・まぁそれはそうとしても、あれをどうすれば?」

 大分こちらに近づいてきたスライムを指差す。

「退治しますか?」
「襲ってくるの?」
「いえ、ただ魔力を慕ってきただけですので・・・光に集まる虫のようなモノです」
「はぁ。まぁ害をなさないなら手は出さないくてもいいんじゃないかな」
「畏まりました」

 プラタは頭を下げる。その頃には目の前にスライムが辿り着いていた。

「・・・・・・」

 それを観察していると、僕の足元までスライムが近づいてくる。
 そのまま足を飲み込むように纏わりつく。

「・・・微妙に魔力を吸われているんだけれども」
「確認で御座いましょう」
「確認?」
「感じた魔力が本当にご主人様のモノかどうかです」
「違ったら?」
「そのまま捕食されるかもしれません」
「・・・・・・」
「その場合は容赦なく消し去りますので御安心下さい」
「う、うん。その時はよろしくね」
「御任せ下さい。私の大切なご主人様に牙剥く存在は、例え取るに足らないゴミ屑でも欠片も容赦は致しませんので」
「・・・た、頼りにしているよ」

 相変わらずなプラタに気圧されながらも、僕は何とかそれだけを告げた。
 そうしていると、足を飲み込んでいたスライムが離れていく。

「合っていたのかな?」
「そのようです」

 そのままスライムに目を向けていると、うねうねと身体をこねるように蠢かす。
 それから数拍置いて、目の前のスライムが僕と同じぐらいの背丈のとても美しい女性の姿になった。

「これがスライムの変身?」
「そうでございます。どうやらエルフを真似たようですね」
「エルフ・・・」

 腰まで伸びた淡い金髪を後ろに流している事で、その先端の尖った特徴的な耳が目に映る。

「まぁ確かに」

 とはいえ、エルフと人間はそこまで違いの無い種族だ。
 特徴としては容姿が整っていて、手足が長く細身で、耳の先端が尖っている事ぐらいだが、耳の大きさは人間とそこまで変わらない為に、容易に髪で隠すことが可能だった。

「でも、何でエルフ?」
「貴方と会話をする為には姿を変えなければなりませんでしたが、手頃な存在がエルフしか居なかったのです」

 僕のその疑問に、驚く程透き通った綺麗な声音で答えるスライムではあったが、その言語はエルフ語だった。プラタとの勉強が早速役に立つようだ。
 プラタとの言語学習のおかげで、エルフに化けたスライムの言葉が理解できる。
 見た目だけではなく変身対象の言語まで扱えるとは、これがほぼ完全な変身とやらなのか。

「何の話でしょうか?」

 スライムがわざわざエルフに擬態してまで会話がしたいとは何の用だろうか?

「特別用があった訳ではありません。ただ、少しだけ懐かしい感じがしたもので」
「懐かしい感じ?」
「はい。遥か昔に私を創造した方に似た魔力を感じました」

 どういう事だろう? とプラタの方に目を向ける。

「このスライムは魔族が魔物を生み出す前に創られた存在です」
「魔族が生み出す前?」

 魔物は魔族が生み出したモノではなかったのか?

「そもそも、魔物創造というモノは魔族が開発した魔法ではありません」
「そうなの?」
「そうです」

 僕の問いに頷いたのは、プラタではなくスライムだった。

「現在魔族が用いている魔物創造を編み出したのは妖精王ですから」
「妖精王・・・」

 その単語に、スライムからプラタへと目を向けた後、自分に目を向ける。僕の体内に居るというのはその片割れらしいが。

「現在使われている魔物創造を創り上げた妖精王とは、我らが王であり、現在は御一人で妖精を束ねられているオベロン様です」
「それが何で魔族に?」
「かつて妖精は魔族に手を貸していた時期があったのです。その際にオベロン様が当時の魔王にその方法を授けられました」
「そうして広まったと」
「本来の用途とは違う形で、ですが」
「本来と違う?」

 初耳の事だらけの中でもそれは一際気になった事だった。授業でもやったが、魔物は私兵として創られた存在と伝え聞くのだが。

「魔物は争いの為ではなく、この世界の生き物と同じように共に生きていく同胞として生み出されたのです」

 僕の疑問には、魔物自身であるスライムが答えてくれる。

「同胞?」
「この世界は二人の神によって創造されました。妖精王は不完全ながらもそれを真似ようとしたのです」
「えっと・・・」

 なんか話が壮大というか、この世界の始まりにまで遡りそうな雰囲気の為に、疑問だらけで頭が追い付かない。人間はそこまで世界を知りはしないのだ。

「魔物は、魔族も幻獣も巨人も人間などと同じ生命体として生み出された、という事です」
「幻獣・・・巨人・・・ううむ」

 どうやら人間は本当に世界の事を何も知らないらしい。巨人は人間界では御伽噺の世界の登場人物だ。幻獣に至っては初めて聞いた種族だ。

「魔物が模している姿は主に幻獣達のものです。人間界周辺にはあまり種類が存在しておりませんが、異形種や幻想種などと人が呼ぶその多くが外では幻獣に分類されております」
「そうなんだ」

 つまり今までプラタは僕に合わせてくれていたという事か。

「しかし、どこから問えばいいものか」

 新規の情報が多すぎて頭が痛くなってきた。いくつか間違えて上の学年の授業を受けたような気分とはこんな感じなのだろうか。正直今の話はほとんど理解できていない。

「時間をかけて順々に私がご主人様に御伝え致します」
「そうしてくれると助かるよ」

 プラタに頷いてスライムの方へ向く。

「えっと・・・何の話をしてたっけ?」
「貴方の魔力が私を創造した方に似ているという話です」
「ああ、そうだった」

 という事は、この中に居るという妖精の影響かな? それなら同じ妖精のプラタでもいいような? 妖精王の片割れだけにより似ているとか?

「それで懐かしかったから、わざわざ姿を変えて話し掛けてきたと」
「はい」
「うーん、それじゃあこれで満足出来た?」
「はい。ありがとうございます。ですが」
「ですが?」

 厄介事の予感しかしないものの、その続きを促す。

「こうして近くに寄り、魔力を頂いたことで、貴方様の傍を離れたくなくなりました」

 しかし、やはり聞かなければよかった結果しか返ってこなかった。

「いや、でも」
「私は数多くのモノに姿を変えることが可能です。それは今後、貴方様の歩む道に存分に貢献できると思うのですが」

 それはそうだろう。ほぼそのものになれるというのは正直反則級だ。限界はあるだろうが、おそらく能力もそのまま真似られるのだろうし。

「強さの方もそれなりに自信があります。ご要望でしたらあの魔族軍を今すぐにでも壊滅させましょう。もしくはエルフを? それとも両陣営を潰せばご満足いただけるのでしょうか?」

 なんか一気に物騒になってきた。魔物創造が創造主の実力に依るのだとすれば、プラタのような強力な妖精を束ねる妖精王が創造したこのスライムは、文字通りに絶大な力を持っている事だろう。

「いや、そこまでしなくても強さは疑ってないから」
「では!」

 キラキラと瞳を輝かせるスライムに、助けを求めてプラタの方に目を向ける。

「よろしいのではないでしょうか?」

 しかし、プラタから返ってきたのはそんな答えであった。

「戦力としては申し分ありませんし、その変身能力はご主人様の御役に立てると愚考致します。そのうえ、このスライムが裏切るような事はないでしょう」
「勿論です! 心底共に歩みたいと願った相手を裏切るなどあり得ません!」

 ふんすと両手を握り拳にして意気込むスライム。なんというか、現状で断るという選択肢が僕の前にあるのかどうかが甚だ疑問である。

「わ、分かりましたが、目立たないようにお願いしますよ」
「はい! 畏まりました!」

 そう言うと、エルフになっていたスライムの形が崩れ、どことなくプラタに似た姿を模っていく。

「こんなのでどうでしょうか!?」

 人間の言語になったスライムは、勢い込んで問い掛けてくる。表情や声に感情が乗るだけで、似た見た目でもプラタとは全くの別人に見えるのだから不思議なものだ。

「ま、まぁここではそれでいいかな」

 流石にこの森でエルフの姿だと、一緒に行動した際に変に目立ってしまうからな。

「これからよろしくお願いします!」

 嬉しそうに頭を下げるスライム。

「こちらこそよろしくね。スライム・・・さん?」

 それにそう応えると、スライムは真剣な目で僕を見てお願いする。

「スライムで構いません。ですが、それよりも! 私に何か名前を頂けないでしょうか!?」
「名前?」
「はい。これから共に歩むうえで、他の魔物と差別化を図りたいのです!」
「なるほど。前に名は?」
「ありましたが、貴方に名を頂きたいのです!」

 スライムは深々と頭を下げる。隣からプラタの視線を感じてそちらに目線を向ければ。

「御付けください。ご主人様から名を頂けるのは何よりも名誉なれば」
「・・・・・・」

 なんか大げさな話になっているような? しかし、名前ね・・・どうしたものか。
 スライムの名前を何にしようか考えるが、そんな簡単には思いつかない。
 期待の籠った目でこちらを見上げてくるスライム。それに焦燥にも似た気持ちで頭を使う。
 名付けなど不得手ながらも、あれでもないこれでもないと、必死に思考を回転させる。
 どうしよう・・・。そうしてさんざ悩んだ挙句、頭に浮かんだ一つの名前を提案してみる。

「シトリー・・・なんてど――」
「シトリー!! 素敵な名前です! 今から私はシトリーです!」

 即答された。しかも言葉が被るほど食い気味に。

「う、うん。これからよろしくね、シトリー」
「はい!」

 これで旅の道連れが一人増えた訳だけれども、気づけばもう空が明るかった。

「そういえば、シトリーは擬態以外に何が出来るの? 影に隠れられる?」

 僕の問いに、シトリーは少し考える仕草をみせる。

「大抵の事は可能です。ですが、影に隠れるのは先客に申し訳ないので、やめておいた方がいいかと」

 そう言って、シトリーは僕の足元の影へと目を向けた。

「そういえば紹介がまだだったね。僕も名乗ってなかったし」

 改めて名乗るという行為に少し気恥ずかしさを覚え、コホンとひとつ咳払いをする。

「僕の名はオーガスト。よろしくね」
「私はプラタです」
「ご指摘通りに僕の影には先客が居て、名をフェンという。ただ、何があるか分からないから今は表には出さないので、顔合わせはまた今度ね」
「解りました。先程オーガスト様に名を頂いたシトリーです。皆様これからよろしくお願い致します」

 互いに軽く頭を下げる。

「ここでこうして話をしてるのもいいけれど、先に進もうか」
「そうですね」

 僕達三人は森の入り口を目指して歩き出す。
 行きは前半が急ぎ足だった為に早く出口まで到着出来たが、帰りは森を出るのに一月近くかかる事だろう。その頃には魔族軍も集結を終えているだろうから、情勢は色々変わってそうだけれど・・・まぁいいか。
 そう開き直って森を進む。ぺリド姫達はまだ帝都だろうか? もう西門に戻っていたら、まだ帰れないから当分別行動で調査だな。それとも、彼女達だけなら警固任務かな? その辺りはバンガローズ教諭が上手く割り振ってくれることだろう。
 そんな事を考えている内に、森が深くなっていく。まだ陽が出ているが、辺りは一層薄暗くなってくる。

「そういえば、オーガスト様は何故この森に?」

 シトリーの何故か今更感のある質問に、僕は今回の目的を伝える。

「魔族軍の動向ですか。ご覧になられたように荒野でのんびりしていますね。あれは今回の魔族軍の大将を務めているゾフィの指示のようですよ。エルフとあの大して魔法の扱えない粗野な奴らでは実力差がありすぎるので、エルフの数を減らす為だそうで」
「よく知ってるね」

 シトリーが話す詳しい情報に驚く。

「魔族軍の本陣に遊びに行っていたので」
「遊びに?」
「はい。ゾフィは強大な魔力保持者ですので、どんなものかと少々興味を持ったもので」
「それで、実際に会った感想は?」
「期待外れでした」
「期待外れ?」
「ええ。精練すればマシになると思うのですが、今のままでは雑味が酷過ぎて」
「そう、なんだ?」

 つまりは練度不足ということだろうか? シトリー基準の練度不足ってどんな次元なんだろう・・・。

「因みに僕は?」

 訊くのはちょっと恐いが、好奇心からそれを問い掛けてみる。

「今まで味わった中でも指折りの甘美な味で御座いました。ですが、まだ素材を活かしきれていませんね」
「なるほど」

 まぁ、まだ内にある力を全然使えてないからな。どうやればいいのやら。というか、これは何なんだろうか。

「しかし、このままいけばエルフは敗けるかな」
「そうですね」

 数が減らされ、負傷者が増えている時点で不利だが、後は士気がどうなっている事やら。見た感じ魔族軍はいい感じに緊張感を保っていたけれど。

「エルフが敗けた場合、次は人間かな?」
「ご主人様の御懸念通りになる可能性も御座いますが、現状魔族は人間にさして興味は持っていないようです」
「あの蜘蛛の魔物を使っての襲撃はやっぱり暇つぶし?」
「蜘蛛? 蜘蛛ってゾフィが先日創ったやつですか? オーガスト様」
「多分それだよ」

 シトリーの確認に僕は頷く。という事は、あの時の声の主はゾフィという魔族軍の大将で確定かな?

「それでしたらエルフを偵察する為に送り込んだみたいですが、途中でエルフに見つかり交戦している最中に捕獲しようとしている人間と遭遇したので、折角だからと人間界を覗く事にしたみたいですよ?」
「つまりは観光、と」
「しかしそうでしたが、もしかしてあれを潰したのはオーガスト様で?」
「まぁ、成り行きでね」
「やはり! だったら納得ですね!」
「納得?」

 シトリーの言葉に僕は首を傾げる。何に納得したというのだろうか。それにちょっとシトリーの雰囲気が変わったかな?

「蜘蛛が乗っ取られ、あまつさえ逆に覗かれるという事態に、ゾフィが悪態をつきながらも人間を警戒していたんですよ。私はそんな芸当をあっさりやってのける人間に興味が湧きまして。だけれども、それがオーガスト様だったなら納得ですね」
「ああ」

 やはりあれはゾフィという相手だったのか。しかし、それで人間を警戒されたのはまずかったかな?
 そうは思うも、考えても相手の思惑が解らない以上答えが出る訳もなく、今は保留とする事にした。





 途中で雨が降りはしたが特に何事もなく森を進み、森の出口と入り口の中間地点にほど近い、ナイアードが住む湖まで辿り着いた。
 そこは相変わらず神聖な空間ではあったが、湖を見渡すと湖の向こう側にナイアードと、誰かが居た。
 その二人に眼を向けると、ナイアードの前の人物は恭しく頭を下げていた。

「あれはエルフかな?」

 人に似た見た目しか確認できない為に断言は出来なかったが、他にこの湖に辿り着ける者もそうそう居ないだろう。

「何してるんだろう?」

 ナイアードはエルフの守護神らしいから、何か助言でも求めてるのだろうか?

「加護を求めているのでしょう」
「加護?」
「エルフは精霊と共に生き、共に戦うので、この辺りの精霊の最高位であるナイアードに力を借りに来た、といったところかと」
「なるほど。なら邪魔しちゃいけないね」

 そう思い、一度足を止める。湖の向こう側だからここに居れば邪魔にはならないだろう。
 近くの木に寄ると、立ったまま背中を預ける。
 暗い森の中の湖ではあるが、この場に居るもので周囲が見えない者は居ない。
 暫くそうして眺めていると、儀式が終わったのかエルフが顔を上げる。その後、二三言葉を交わすような間を空け、急にナイアードがこちらの方へ向いて頭を下げた。

「はて、あれは僕らに向けてなのか、儀式の一環なのか」
「ご主人様に御越し願いたいようです」
「・・・なんで?」
「何か伝えたい儀でもあるのでは?」
「伝えたい事ね・・・なんか面倒事のにおいしかしないけどね」

 弾むように木から背を剥がすと、僕達は湖の縁に沿うように回って移動する。
 広い湖の為に時間はかかったものの、到着するまでナイアードとエルフの二人はその場で静かに待っていた。

「おや?」

 顔が識別可能な距離まで近づいたところで、そのエルフに見覚えがある事に気づく。その人物は、あの奴隷売買の時に逃がしたエルフの女性であった。
 それは向こうも気づいたようで、驚いた表情を浮かべている。
 そのまま言葉を交わせる距離まで近づいたところで、僕はナイアードに声を掛ける。

「久しぶりだね、ナイアード」
「オーガスト様、お久しぶりで御座います」

 頭を下げるナイアード。そのナイアードの様子に、エルフの女性は事態が飲み込めてないのか少々困惑するような顔を浮かべるも、どことなく納得の色も見える気がした。

「それで、僕に何か用?」
「はい。私如きがこんなことをお願い致しますのは大変恐縮なのですが、エルフの方々に力を貸していただけませんか」
「・・・なるほど」

 深々と僕に頭を下げるナイアードと、それに続いてエルフの女性も同じように深く頭を下げた。
 内容は想定の範囲内とはいえ、手を貸したとして、その手をエルフが取るかはまた別物だろう。行きにエルフに襲われたばかりだ。
 しかし、贖罪というほどの大げさなモノではないにしても、少しは人間側がエルフの力になってもいいだろう。歴史を紐解けば、人間は恩に対して仇でしか返していない訳だし。

「まぁそれはいいんですが、エルフの皆さんが受け入れてくれますか?」
「私の言葉も添えますので、それはおそらく大丈夫かと存じます」
「それならいいんですが」

 ナイアードにそう頷き、エルフの女性に向きを変える。

「そういう訳ですから、よろしくお願いしますね」

 エルフ語で挨拶をする。
 折角学習したのだ、本物のエルフ相手に自力で会話してみたかったところだ。襲撃してきた男性エルフとは、結局大事な所はプラタ頼みだったからな。

「よ、よろしくお願い致します。我々の言葉が話せるのですね!」

 前回会った時は話せなかったから、彼女の驚きようも理解できる。

「あれから、次にエルフの方とお会いする機会が在ったら会話が出来るようになりたいと思い、勉強しまして」
「そうなんですね! あれからそう経ってないというのに、そこまで想ってもらえて、私としては嬉しい限りです」

 本当に嬉しそうに笑うエルフの女性。これだけで学習した甲斐があったというモノだ。

「それで、何に力を貸せばいいので?」

 現状を考えれば容易に想像はつくが、それでもしっかり訊いておいた方が後々の事を考えれば賢い選択だろう。

「私達は現在、人間達が異形種・魔族と呼称する混成軍と争っています。しかし、異形種はまだしも魔族に手を焼き、私達エルフ側が多大な犠牲を出してしまっています。ですからそれに対する解決策をナイアード様にお伺いに来たのですが、皆さんに頼めればそれを解決出来るとのお答えをいただきまして」
「なるほど。つまり我らは魔族をどうにかすればいいと?」
「はい。お願いできますか?」
「勿論です」

 僕が頷くと、エルフの女性は目に見えてホッとする。

「それでは、私の名はオーガストです。よろしくお願い致します」
「あ、私はリャナンシーです。オーガスト様、どうか我らをお救い下さい」
「リャナンシーさんも別にそこまで畏まらなくてもいいんだけれど・・・」
「いえ、ナイアード様が敬う方を粗末には扱えません。まして我らに助力してくださる方を。それに、オーガスト様は囚われた私を救ってくださった方ですから、敬称も不要でお願い致します」
「はは・・・はぁ」

 そろそろこういうのにも慣れないといけないんだろうな。はぁ。

「それでこっちがプラタで、反対のこの子がシトリーだよ」
「プラタ様、シトリー様もよろしくお願い致します」

 頭を下げたリャナンシーに、プラタとシトリーも軽くお辞儀を返す。

「これで私もこの湖に安心して住むことが出来ます。それにしましても、旅のお供が増えましたね。それも大層貴い方を」
「貴い、ね」

 その言葉にシトリーの方へ目を向ける。プラタもだが、いまいちよく判らない存在だよな。

「私はそれほど大袈裟な存在ではないよ」

 それにシトリーは苦笑気味に笑う。

「今はただオーガスト様の傍を賑やかすだけの存在なんだから」
「ご主人様、早くエルフ側と協議した方がよろしいのでは?」
「ああ、そうだね」

 プラタのその言葉に頷くと、僕はリャナンシーの方を向く。

「それじゃ早速、行こうか。魔族軍はもう集結を終わらせるところだし」
「はい。では、我らが里へご案内いたします」

しおり