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他国の皇子

1

「ん……」
朝、何処か廊下が騒がしい気がして、花音は目を覚ました。
そのままベッド横に置いてある時計を見て、目を開く。
「嘘っ、もうこんな時間!」
時計は10時半を表していて、慌てて飛び起きる。
何故誰も起こしにきてくれなかったのか疑問に思いながら、着替える。
さすがに昨日の昼食から食べていなかった為、お腹も空いていたので、何か食べようと思いながら部屋を出ると、忙しそうに走り回るメイド達がいた。
(何かあるのかな?)
不思議に思いながら、食堂へ向かう。
食堂へと入ると、当たり前だが既に風夜達の姿はなく、メイド達と同じように忙しく動いているシェフ達の姿があった。
そんな中でも花音に気付いた一人が、取っておいてくれたのだろう朝食をだしてくれる。
それに礼を言うと、昨日二食続けて顔を出さなかった花音を心配していたのか、シェフ達が安心したように笑った。
それに気付き、花音は心配かけたことを申し訳なく思った。
朝食を終え、花音は忙しく動いている訳を知りたくて、声を掛ける。
「すみません。今日、皆忙しそうですけど、何かあるんですか?」
「ああ。今日から、他国の皇子達が来るんだよ。急なことだったから、準備が忙しくてね」
「えっ?」
その言葉に花音は顔を強張らせた。
そんな花音に気付いたのか、シェフも心配そうに声を掛けてくる。
「大丈夫かい?風夜様達と顔を合わせにくいなら、食事は部屋に運ぼうか?」
「そうしてください」
花音はそう返すと、踵を返す。
風夜達とあってしまう前に部屋に戻ろうと、足速に移動していたが、その時、風夜が案内するように数人つれてくるのが見えた。
花音に気付いたのか風夜がまず立ち止まり、後ろにいた少年達も止まる。
風夜が案内していることから彼等が今日来たという他国の皇子達なのだろう。
目が合った風夜が口を開いたのを見て、花音は踵を返す。
まだ彼等と会う勇気がない。
「ご、ごめんなさい!」
「お、おい!」
後ろから風夜の呼び止める声が聞こえてきたが、花音は止まらずに走り去った。
「はあはあ……」
城の中庭に来た所で、足を止めて息を整える。
(やっちゃった……)
そこで少し冷静になり、心の中で呟く。
風夜と一緒にいた皇子達に挨拶もなしに逃げてきてしまったのだ。
今思うと、非常にまずいことをしたような気がする。
「どうしよう?あれで、他国との関係が悪くならないよね?」
そう花音が呟いた時、ふと何かの気配を感じた。
「えっ?」
それに振り返ると、風夜と一緒に乗ったことのある白銀の竜がいた。
2

近くに来た竜に顔を擦りつけられ、花音はクスクスと笑う。
「ちょ、擽ったいよ」
そう言いながら、周りに視線を動かすと、いつの間にか皇子達を乗せてきたのだろう飛竜達に囲まれていた。
(私のこと、励ましてくれてるのかな?)
そう思った時、第三者の声が聞こえてくる。
「飛竜達がそんなに懐くなんて、珍しいわね。余程貴女のことが気になるのかしら?」
その声のした方を見ると、シンプルなドレスを着た少女がいた。
その少女がさっき風夜達といた一人だと気付いて花音は慌てる。
そんな花音を見て、少女はクスリと笑みを零した。
「私達のこと、怖い?」
いきなり聞いてきた少女に、はっきり答えていいのか迷う。
「風夜から事情は聞いてるわ。貴女、別世界から来たんでしょ?そこでは、私達のような力はないの?」
「う、うん。だから、少し驚いちゃって」
そう返すと、少女は笑みを浮かべた。
「そう、それなら仕方ないかもね。初めて見たのなら、驚くのも無理ないわ。……私は、水蓮。水の国の皇女よ。貴女は、花音でいいのかしら?」
「うん」
「私達は暫くこの国に滞在するの。だから、貴女とも仲良くしたいのだけど……」
水蓮に言われて、花音は少し考える。
花音自身も彼女達と仲良くなりたいとは思う。
だが、今の、彼女達を怖いと思う自分が近付いては彼女達を傷付けるのではないかとも思うのだ。
それがわかったのか、水蓮は顔は真剣だったが、優しい口調で言い聞かせるかのように話し始める。
「貴女の怖いと思う気持ちを否定するつもりはないし、無理にとは言わないけど、これだけはわかってくれないかしら?私達の力は、決して誰かを傷つける為のものじゃないということだけは」
「……」
その言葉に、風夜と風華が力を使った時のことを思い出す。
確かにあの時彼等は、見たことない力を使ったが、それは自身だけでなく花音のことを守る為でもあったのだ。
そう思うと、避けている自分が情けなかった。
「さてと、それじゃあ、何か聞きたいことはある?答えられる範囲で教えてあげる」
水蓮に言われ、花音は少し考えた後、口を開いた。
「じゃあ、私達の前に現れた黒いものは何だったの?」
「それについては、まだ詳しいことがよくわかってないんだけど、陰の一族の能力じゃないかって話よ。まあ、その一族については知らないんだけど」
「そうなの?」
「ええ。ただその一族は光の一族との戦いで敗れ、別世界に逃げたということと、それからそいつらが送り込んできているんじゃないかという陰が現れてるということだけ」
「じゃあ、光の一族は?」
「それもわからないの。いつからか、忽然と姿を消してしまってね。陰の一族と同じように、別世界に行ってしまったのかもね」
水蓮の言葉に、花音はペンダントを握りしめたが、水蓮はそれに気付かずに続けた。
「ところが数年前から、かなり頻繁に陰の奴らが現れるようになって、そいつ等の力も増し始めた。だから、私達の父である各国の王は、光の一族を探し始めた。でも、私達は光の一族が姿を消した原因がそうやって頼りきって任せきりだったことだと考えて、自分達の力を最大まで引き出したわ。……今度からは、私達も一緒に戦えるようにってね」
「……」
「それても、私達じゃあまりにも数が多い時にはどうしようもないの。悔しいけど、一度に相手が出来るのは三体が限度なのよ。でも、最近は集団で現れることも多くて、中には巨大な奴もいる。だから、やっぱり光の一族が必要なの」
「水蓮様!」
その時、声がして、聖が走ってきた。
「探しましたよ!風夜様達が戻ってこいと。それに昼食の準備も出来てます」
「あら?もしかして、皆怒ってる?」
「はい。突然何処かに行って、戻らないと」
聖が答えると、水蓮は軽く笑って花音を見た。
「昼食だって。貴女も行くでしょ?」
「わ、私は」
差し出された手に、花音は戸惑う。
今度は風夜達にどんな顔をして会えばいいのかわからない。
理由もはっきりとしないまま、昨日から思いっきり避けてしまったのだから。
そんな花音の心情を知らず、水蓮は花音の手を掴んだ。
「大丈夫よ。貴女に文句は言わせないから。それに私達は貴女と会うのを楽しみにして来たの。だから、行きましょう」
「なら、私は花音様のお食事も皆さんと同じ食堂に出すように伝えてきますね」
そう言って走っていく聖の後ろ姿と、水蓮に掴まれたままの腕を見て、花音は覚悟を決めるしかなかった。
3
食堂まで来て、緊張で身体を固くしていた花音に振り返った水蓮が大丈夫というように優しく笑いかけてくる。
そして、彼女は食堂の扉を思いっきり開け放った。
大きな音を立てて開いた扉に、中にいた風夜達の視線が集まる。
そんな中、花音の手を引いたままの水蓮が一直線に向かったのは、一瞬花音と目が合った後、顔を俯かせた風夜の前だった。
そして彼の前に指を突き付ける。
「風夜!結局避けられてたのは、貴方の説明不足じゃない!落ち込んでないで、さっさと仲直りして他の奴等紹介しなさい!」
強い口調で言った水蓮に、風夜が俯かせていた顔を上げ、花音と目が合う。
さっきは風夜の方から逸らされてしまった為、まともに顔を合わせたのは久し振りのように感じた。
「花音」
「え、えっと、ごめんなさい!」
風夜が何か言おうとしたところで、花音は先に頭を下げる。
風夜の言葉を遮ってしまったが、まずは謝りたかった。
「何でお前が謝るんだよ?」
「だって、いきなり避け出して、嫌な気持ちになったでしょ?風華ちゃんもごめんね?」
風夜の隣に座っていた風華に対しても謝ると、彼女は目を潤ませたまま抱きついてきた。
「よかった……、花音ちゃん私達のこと、嫌いになっちゃったんじゃないかって思ってたんだよ。でも、違ってよかった」
「うん。本当にごめんね」
もう一度謝ったところで、風華とは逆隣に座っていた紅い髪の少年が立ち上がった。
「仲直りしたところで、そろそろいいか?」
「ああ」
風夜が頷いたのを確認して、少年は口を開いた。
「俺は火焔。隣の国、火の国の皇子だ」
続いて、その隣にいた茶髪の少年が立ち上がり、優しく笑う。
「俺は大樹。地の国の皇子だよ」
「俺は雷牙。雷の国の皇子だ」
大樹と名乗った少年の前に座っている金髪の少年が言い、隣で突っ伏している黒髪の少年の頭を叩く。
「……なんだよ」
「なんだよじゃないだろ?自己紹介だよ、自己紹介」
「……夜天。闇の国の皇子」
それだけ言い、再び机に突っ伏してしまう。
「こいつ、昨日、陰の奴等が大量に現れて、その処理に追われてあまり寝てないらしいんだ。許してやってくれないか」
雷牙が苦笑いしながら言ったのに、花音は苦笑を返した。
「それで私がいない間にどういう話になったの?」
自己紹介が終わるのを待っていた水蓮が聞き、眠っている夜天と風華、花音の三人を除いた全員が表情を険しくした。
「風夜の話だと、奴が出たのは街からそう離れていない湖らしい」
「一応退治はしたみたいだけど、明日にでももう一度調べに行こうってなったんだよ」
火焔と大樹が言い、水蓮は頷く。
「確かにまだ潜んでいたりしたら、厄介ね。それも考えたら、私達が今日来たのは貴方にとって、都合がよかったんじゃないの?風夜」
「はは……」
水蓮に言われ、風夜は乾いた笑いを返す。
それを聞きながら、花音は得体の知れない陰を思い出して、身体を震わせる。
(あんなのが大量にいたら、不気味でしょうがないよ!)
花音にとっては思い出すだけでも嫌なものだったが、風夜達は既に慣れたのか何とも思っていないようだった。
昼食後、部屋に戻って花音が寛いでいると、扉を叩く音がする。
「はい」
返事をして扉を開くと、そこには風夜が立っていた。
「どうしたの?」
「いや、まだ俺は謝ってなかっただろ」
そう言ったかと思うと、風夜はいきなり頭を下げた。
「えっ、ちょっ……」
突然のことに、花音は慌てる。
第二皇子とはいえ、一国の皇子が身分では格下の自分に簡単に頭を下げていいはずはない。
こんなところを誰かに見られたらと、気が気ではない。
「いいから、もう。ね?頭を上げてよ」
「いや、お前を怖がらせたのは全部俺の説明不足だ。何も知らないことを知っていたのに、何一つ教えていなかった。本当にすまない」
「それなら、私だって助けてもらったのに、守ってもらったのに、ちゃんとお礼も言わずに避けたりして、ごめんなさい」
そう返して、花音も頭を下げる。
そして、顔を上げた所で風夜と目が合い、思わず吹き出した。
「ふふ、何やってんだろ?私達」
「まあ、誰かが通りかかったら、不思議に思われるのは間違いないな」
「だね。……今回は、風夜にも私にも落ち度があった。それでもうこの話は終わりにしよう」
「そうだな」
そう話して、再び笑い合う。
こんな風に笑ったのは、この世界に来てからは初めてだった。
4

「よし!」
翌日、朝早く目を覚ました花音は身支度を整え、軽く気合いを入れるように呟いた。
昨日の風夜達の話で彼等が湖に行こうとしているのは知っている。
それに付いて行くつもりだった。
時計を見て、風夜達に置いていかれないよう先回りしようと部屋を出る。
すると、ちょうど通りかかった聖と会った。
「花音様、お早いですね。お出掛けですか?」
「うん。風夜達についていこうと思って」
「ついていくって、風夜様達はこの間の湖に調査に行くのでは?一度退治したから出ないとは限らないんですよ?」
「でも、出るとも限らないよね?それにこの世界にいるなら、早く慣れないと。怖いなんて言っていられないんでしょ?」
そう言った花音に、何故か聖の表情が曇る。
その理由を聞こうとしたが、聖はその前に一礼して立ち去ってしまった。
「聖ちゃん、どうしたんだろ?」
それを見送りながら呟き、ふと我に返る。
そして、風夜達が移動に使うだろう飛竜達がいる中庭へと急いだ。
「よかった、まだ皆、行ってなかった」
中庭に飛竜達の姿を見つけ、息をつく。
花音に気付いた飛竜達が周りに集まってきた。
「えへへ、皆、おはよう」
順に挨拶の代わりに頭を撫でていると、幾つかの足音が近付いてきて止まるのがわかった。
振り返れば、目を見開いている風夜と火焔達の姿があった。
「花音!?何で此処に?」
「何でって、私も連れて行ってもらおうと思って」
笑みを浮かべて答えると、風夜達は視線を交わし合う。
それがどうするか相談しているようにも見えて、花音は飛竜達を自分の後ろにやる。
「言っとくけど私を置いて行くなら、誰も乗せてくれないよ」
その花音の言葉を肯定するように、飛竜達が次々と鳴き声を上げる。
「そういえば飛竜達、異様に花音に懐いたのよね」
その時、追い討ちをかけるようやな水蓮が言い、それを聞いた風夜、火焔、夜天、雷牙、大樹の表情があからさまに引き攣った。
「はぁ」
結局ついてきた花音に風夜達が溜め息をつくのを見て、水蓮が顔をしかめる。
「ついてきちゃったんだから、仕方ないでしょ?何時までも五人揃って溜め息つかないでくれない」
「お前、どっちの味方なんだよ?」
「決まってるでしょ?花音よ。あの子が自分で決めたんだから、いいじゃない」
「それにしても、今日はいないみたいだね」
火焔と水蓮の会話を聞きながら、花音は辺りを見回した。
「無理してついてくることなかったんだぞ」
風夜に言われて、花音は苦笑する。
その時、視界に何か黒いものがうつり、身体が強張る。
この間、見たものより大きい。
「どうした?」
「今、この前より大きいのがいたかも」
「何っ!?」
花音が言うと、全員が身構える。
その直後、陰が手のように伸びてきた。
「ちっ!」
素早く風の刃を生成した風夜が陰に向かって放つ。
それによって、伸ばされた陰が消し飛んだが、また別の陰が襲ってきた。
今度は幾つもの火の弾によって消し飛ばされる。
それでも伸ばされる陰に雷牙が舌打ちした。
「なんかしつこいぞ、こいつ」
「確かに……。それに何かをねらってるようにも見えるけど」
大樹が言った時、陰が細長くなり、幾つもの触手のようになって襲ってくる。
それを風夜達はそれぞれの能力で防いでいたが、急に花音の方を見て顔色を変えた。
「花音!」
「えっ!?」
緊迫した風夜の声に視線を動かすと、彼が捌ききれなかったらしい陰が伸びてくる。
「っ!」
逃げたかったが、足が動かない。
目の前まで来た陰に、もう駄目だと目を閉じた時、ペンダントが光を放った。
「えっ?」
迫ってきていた陰が動きを止め、消えていく。
何が起きたかわからなかったが、いつの間にか風夜達を襲っていた陰も消えていて、彼等は花音を見ていた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
花音と視線が合うと、視線を逸らした風夜達に花音は首を傾げた。
その時、ふと夜天が弾かれたように背後をふりかえる。
「夜天?」
「今、誰かに見られてた気がしたんだけど、気のせいだったみたいだ」
雷牙に夜天がそう返す。
その時、気配を消して潜んでいた者が立ち去ったことには誰も気が付かなかった。

しおり