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厄日な休日3

 いつの間にか地上部へと上がっていた小蜘蛛はこちらの様子を窺うように動かずジッと見つめてくる。もしかしたら術者が魔物越しにこちらを視ているのかもしれない。
 僕は蜘蛛に向けた視線を一度足元に落とす。そこに横たわる男の遺体を目に収め、蜘蛛へと視線を戻す。それで僅かに怒りのような感情が湧いたのは致し方ない事だろう。
 目の前の蜘蛛はそれなりの強さとはいえ、僕の相手ではない。だが、ただ倒すだけでは芸がない。
 僕は数瞬思案し、動く。術者がこちらを視ているというのならば、術者まで続いているその魔力の線を辿ればいい。幸い、こちらはプラタのおかげで似たようなモノを使い慣れている。その特殊な線も理解できている。

「さぁ、僕を君のご主人様の許まで案内しておくれ」

 蜘蛛を掴むと、魔物の精神を一瞬で掌握する。魔力で出来ている魔物の構造は、人の精神よりは幾分か分かりやすい。
 大した抵抗も出来ずに蜘蛛は沈む。そして、蜘蛛から伸びる魔力の線を一気に辿っていく。

『チィ!!』

 誰かの舌打ちが一瞬脳内に響き、接続が切断される。

「・・・これは大結界の外か」

 一瞬とはいえ辿り着けたために場所の特定までは出来た。それは人間界の外。それも、異形種が集結しているらしい場所。

「偵察・・・なわけないよな? じゃあやっぱり暇つぶし?」

 人間は眼中に無い連中がわざわざ偵察なんてまどろっこしい事をするとも思えなかった。それに、まだ集結中で行動に移ったという報告をプラタから受けていない。
 とりあえず、掌握した蜘蛛を処理する。このまま操作したところで、何かの役に立つどころか面倒事にしかならない。
 蜘蛛が魔力に還ったのを確認して、エルフの女性の場所へと戻る。
 別れた場所に戻ると、エルフの女性はちゃんと大人しく待っていてくれた。

「お待たせしました」

 僕の言葉に、エルフの女性は頷き近寄ってくる。
 そのまま邪魔のいなくなった家を玄関に向かって進む。罠に警戒したが、何も障害はなかった。
 外に出る前に、僕はエルフの女性をこれからどうやって外の世界へ戻そうかと立ち止まって考える。
 西門と大結界を抜けるには、エルフの女性を偽装か不可視化すれば行けるかもしれない。しかし、今は休日の昼下がり。というか、もうすぐ夕方だ。これから外へと行くには理由がない。更に明日は学園に帰らねばならない。正攻法では少々難しい。
 ・・・正攻法では? それで思い至り、僕はエルフの女性の方へと振り返る。

「外の世界から連れてこられる時に大結界を通ったと思うのですが、どうやって通ったか分かりますか?」

 僕の問いに、エルフの女性は首を傾げる。
 その反応は覚えてないのか知らないのか、それとも言葉の意味が理解できなかったのか。
 それは分からなかったが、彼女が西門以外の場所から入ったのは確かだろう。奴隷売買組織の秘密の抜け穴があるのか、奴隷売買が合法の国にある門から納入したのかは分からないが。
 やはりプラタに託すしかないのだろか? そう思っていると、商人風の男が向かった先を思い出す。あちらは多分ここの中枢、お偉いさんの場所。ならば、搬入方法が書かれた書類ぐらいはないものか?

「?」

 エルフの女性は、自分を見詰めたまま動かない僕に不思議そうな顔をみせる。
 引き返すにしても、彼女を連れていかない方がいいだろう。しょうがない、プラタに頼むか。その前に、彼女に説明をしておこう。

「私はこれから人間界から出る方法を探しに一旦戻りますので、これから貴女を私の仲間に預けます。いいですか?」

 僕の問いに、エルフの女性は首を振った。横に。

「えっと・・・」

 言葉が理解できなかったのかとも思たが、拒否したってことは理解しているという事か? さて、どうしたものか。

「ひ、ひっしょに、ひきます!」

 ひっしょに引きます? ああ、一緒に行くと言っているのか。なるほど・・・。

「え!? 一緒に来るの?」

 コクリと頷くエルフの女性。

「えっと、今来た道を戻るんですよ? 危ないかもしれませんよ? それでも来ると?」

 もう一度コクリと頷くと、エルフの女性はどこか必死な目で見つめてくる。もしかしたら別の人物に預けられるのが不安なのかもしれない。
 つまりは、僕は何故か少しは信用されているという事らしい。思い返せば精霊の話をした辺りからだろうか。何か彼女の信用できる基準に合致したということか。

「・・・・・・わ、分かりました」

 彼女の立場を慮ると、今の状況でそこまで人間を信用するというのは相当な覚悟が必要なことだろう。ならば、多少はその信頼に応えたいではないか。などと考えてしまい、僕は彼女の真剣な目に折れる。やはり僕はまだまだ未熟なようだ。
 僕の返答に、彼女は軽く頭を下げる。

「では、戻りましょうか」

 エルフの女性にそう告げると、僕達は来た道を戻る。
 彼女を僕の意思で連れていくという事は、その身の安全に責任を持つということなのだから、気を引き締めていかねばならないだろう。
 それにしても、なんでわざわざ責任なんて背負い込んだんだろう? 僕ってこんなに難儀な性格だったかね? まぁいいか、こんな感情も存外悪くないと思えてしまったから。
 玄関近くから引き返した僕達は、来る時に罠を取り払いながら上った階段を今度は悠々と下りていく。
 とはいえ、警戒は常に怠れない。
 階段を下りながら、広い地下空間の隅々にまで眼を向ける。
 小蜘蛛に全員食べられたのか、階段近くに人はもう居なかった。しかし奥にはまだ数名確認出来る。その近くに大蜘蛛も確認できたけれど。更には、大蜘蛛からそう離れていない場所に小蜘蛛が一匹増えていた。
 地下へと戻ると、荒れた室内を見渡す。
 魔力視で全てが見える訳ではないので、視覚や嗅覚、聴覚などの五感を使っての確認も重要になってくる。特に魔力をほとんど帯びていない物が相手では魔力視も少々心許ない。そういう意味では、機械というのは魔法の天敵になり得るのかもしれない。まぁそれはセフィラ辺りが利用してそうだけれど。彼は機械で魔法を越えるつもりらしいし。
 とはいえ、探知魔法を併用すれば見つけられる確率は高くなる。だがそれも、事前にその存在の知識を持っていなければ見つけるのは困難だろうが。
 安全の方を優先している為に進む速度は遅いものの、着実に奥へと近づいていく。
 奥の方では相変わらず小蜘蛛が裏へ回って逃げ道を塞ぐように動き、大蜘蛛が正面から進撃している。
 実力者の魔法使いはまだ健在のようだが、単独であの大蜘蛛と戦ったら負ける可能性が極めて高いだろう。明らかに最初に見た時よりも強さが増していた。小蜘蛛を生んだはずなのに、捕食しまくったからかもしれない。そういえば、お客や会場の護衛には魔法使いが多かったっけ。
 生存が確認出来る人間の中には、あの商人風の男も含まれていた。どうやらここのお偉いさんと謁見中らしい。
 お偉いさんたちが未だに動かず奥に居るのは、その付近に逃げ道でもあるのだろう。考えてみれば、人を何人も収容できる檻を建物内に入れられるだけの大きさがある搬入口がなければおかしいもんな。
 僕達は静まり返った舞台を過ぎ、仄暗い廊下を進む。
 落札商品が保管されていた場所への分かれ道を通り過ぎた辺りで、奥の方から派手な音が響く。どうやら大蜘蛛と魔法使いの戦闘が始まったらしい。
 眼を向ければ奥へと逃げる人間が二人に、それを追う人間が一人。その場で大蜘蛛と戦うのが一人。
 部屋に近くなったので改めて地下空間を全て精査するが、どうやらもう他に生き残りは居ないようだ。
 それにしても、逃げた先には小蜘蛛が一匹。
 そちらへ向かっている三人は魔法使いではあれど、どれもジーニアス魔法学園の一年生から二年生に進学したてのレベル。つまり三人で連携さえ取れれば、例え相手が下級の上とはいえ、下級の魔物とは渡り合えるだろうという程度の強さはあった。だが、追う者と逃げる者で連携できるとは思えなかった。いや、視ている限り逃げる者同士ですら連携できるのかも怪しい感じだ。
 視線を動かし大蜘蛛の方へ向けると、こちらはもうすぐ決着がつきそうであった。
 本来魔法使いとは、連携を取った小集団で敵と戦うものだ。多少実力があろうとも、()の魔法使いはジーニアス魔法学園の生徒でいえば六年生以上。まぁ強い方ではあるが、単独ではよくて下級の魔物と戦える程度だ。つまり、小蜘蛛が相手であったならば、まだ勝者が分からない戦いになっていたかもしれなかった。

「この先に大蜘蛛が居ますので、離れないようにお願いします」

 後ろを付いてきているエルフの女性にそう告げると、エルフの女性はしっかりと頷く。
 どうやら彼女は彼女で先の様子は把握しているらしい。魔力視なのか他の方法なのかは分からないが。もしかしたら精霊が教えてくれているのかもしれない。
 奥の部屋に到着すると、罠だけには警戒して中へと入る。
 僕達が中に入ると、そこは少し広い部屋だった。何か書かれた紙が多く、事務的な雰囲気に満ちている。
 その部屋の中心には、天井に着くほどの大きさの山があった。
 山の正体である大蜘蛛は、僕達に気づいてこちらを向く。たった今食事を終えたからか、また少し力が増したようだった。中級の上辺りだろうか? よくもまぁこの短期間でここまで成長出来たものだ。それに、胎内にまた小蜘蛛がいるようだ。
 後ろで息を呑むような雰囲気が伝わってくる。さすがのエルフもここまでの魔物相手はキツイのだろう。
 まぁそれはそれとして。

「ちょっと、実験に付き合ってもらいますよ」

 脚力を強化と同時に身体を保護して一瞬で大蜘蛛との距離を詰めてから脚へと跳び乗ると、地上で小蜘蛛にしたように魔物を掌握する為に自分色に着色した魔力を流す。

「ギ、ギギィ」

 流石に強いだけあり抵抗されるも、時間がないのでその抵抗を物量で強引にねじ伏せるという力技で全体の掌握を推し進める。

「ふはぁ」

 しばらくして掌握を完了すると、ひとつ息を吐く。物量で埋め尽くすのはやはりおすすすめ出来ないな。
 しかしそこで終わりではない。今度こそこれを操っている元凶から何か情報を掠め取らねば、割に合わない。
 急いで大蜘蛛から伸びている魔力線を辿る。しかし相手も学習しているようで、途中で線を切られてしまった。

「むぅ」

 今度は辿り着くことさえ叶わなかったことに不満の声を漏らすと、僕は大蜘蛛の脚から跳び下りる。

「まぁいいか。今回の目的はこれじゃないし」

 掌握に使った魔力で内から大蜘蛛を壊すと、魔力に還す。
 それにちょっとエルフの女性がびっくりしていた。

「さて、この中から探すのか・・・」

 一面に広がる書類の絨毯と、まだ積まれている山を目にして、少し心が折れそうになる。
 これ全部探して目的の情報があるとは限らないのは、正直キツイものがあった。
 それでも探さない訳にもいかないので、手近な書類から手に取り確認する。
 事務的な報告から奴隷の数や種類、搬入予定などの数字の羅列。中には意味のわからないものもあったが、その中に。

「うわぁ」

 収支報告が書かれた書類を見つけ、その有り得ない額にかなり引いた。ナニコレ、コンナニモウカルノ?

「は!」

 軽く意識が遠のきつつ、書類を高速で流し見る。
 そこに顧客の名前が書かれた書類の束を見つける。軽く目を通しただけだが、公国にある辺鄙な田舎者である僕でも知っているような帝国のお偉いさんの名も中にはあった。というか、結構な中枢まで蝕んでるのね。他国の人間の名前まであるし・・・公国のお偉いさんの名前もあるなー。公国は奴隷売買を禁止こそしてはいないが、結構規制が厳しいはずなんだけれどな。
 これどうしよう? 何か重要そうな・・・でも嵩張るし・・・まぁ要は情報を持ちかえればいいわけで・・・。

「あ」

 そこで大結界から人間界に搬入する為の裏口が書かれた書類を見つける。軽く暗号化されていたが、大して難しい暗号ではなかった。
 どうやら大結界に空いた穴を秘匿しているらしい。流石は軍部のお偉いさんが顧客なだけあるというか・・・ここには帝国側の抜け穴しか書かれていないけれど、きっと他国にもあるんだろうな。

「それにしても・・・」

 散らばっているとはいえ重要書類がそのままなのは、それだけ喫緊の事態だったという事か、はたまた偽の情報なのか。

「調べれば分かるか」

 位置を記憶して、念のためにいくつかの書類を持ち帰る。紙だから折りたためば少しならポーチにだって入る。ついでだから今の映像記録は保管しておこう。
 それが終わると、その場を去る為にエルフの女性に用が済んだことを告げる。
 エルフの女性が理解した事を確認すると、来た道ではなく更に奥にある裏口へと向かう。プラタの手を煩わせずとも、ここまで来たなら小蜘蛛も処理しておいた方がいいだろう。
 裏口を目指して更に奥へと進むと、広めの通路に出る。その通路の先では、逃げるために先行していた二人が小蜘蛛に食べられていた。
 商人風の男も床に這いつくばり、小蜘蛛の脚が上に乗って動けなくなっていた。もう魔力も枯渇しそうなギリギリのところみたいなので、意識もあるのかどうか分からないが。
 僕はその蜘蛛から微かに伸びる魔力線を捉える。魔力に距離は関係ない。とはいえ、空間の途中で途切れて壁も関係なく伸びている糸のような魔力というのは、何度見ても相変わらず不思議な光景だった。

「これが最後のチャンス!」

 大蜘蛛より数段劣る小蜘蛛ならば抵抗も大してなく掌握可能なのは実証済みだ。食事に夢中な今の内に近づき、一気に掌握を済ませる。

「今度こそ!」

 彼方に伸びる魔力の糸を、今出せる最速で駆け上る。

『速過ぎるッ!!』

 糸が切れる瞬間、そんな少年のような少し高い声音が脳内に響いた。

「・・・ふむ?」

 一瞬だけ見えた術者の目を通した光景は何処かの空の下、周囲を異形と表現して然るべき造形の存在に囲まれていた。その中に、なにやらむにむにと蠢いていた不定形のモノが居たような?
 僕は首を傾げながら、小蜘蛛を魔力に還す。

「さて、と。この人どうしよう?」

 足元に倒れる商人風の男。僕とエルフの女性を除けば、この建物唯一の生き残り。そして、瀕死の存在。
 このまま放置していたら多分そう遠くなく事切れるだろう。でも、この男が何者か確証が持てない以上、助けるべきかどうか・・・。

「・・・助けられる相手を放置も出来ないよなー」

 相変わらず甘い性格の自分に辟易しながらも、商人風の男に治癒魔法を掛けつつ、失っている魔力も多少補充する。

「うぅ」

 男の短い呻き声を聞き、魔力も必要量がちゃんと体内を循環している事を確認すると、僕達は男の横を通り過ぎた。後は自力でどうにかなるだろう。
 通路の先には簡素な扉があった。薄っぺらいちゃちな見た目の割に、触れると鉄板でも挟まっているのかしっかりしているのが判る。
 僕はその扉のドアノブに手を掛けると、一度後ろを振り返る。

「にゃ、にゃにゅか?」

 突然振り返ったからか、付いてきていたエルフの女性が少しびっくりしたような声を出した。

「いえ、なんでもないです」

 そう微笑みを返すと、僕は前を向き扉を開く。
 ギィという小さな音を立てて扉は開いた。どうやら管理はしっかりされていたようだ。
 それにしても、ただ本を探しに来ただけだというのに、今日は厄日だな。

「・・・・・・ん? 本?」

 僕はそれに気づき、自分の手元に視線を落とす。そこには数枚の紙を握った手と、何も持っていない手があった。

「あー・・・はぁ」

 確か舞台裾に置いてきたのだったか。もう諦めよう、今から戻ると余分な時間が掛かる。これからエルフの女性を外に出さねばならないのだ、もうそんな時間的余裕さえなかった。
 何の為に来たんだろう? そう思いながら建物を出ると、何処かの物置のような暗く狭い室内に出る。少しカビ臭いが、いい場所だった。その空間にちょっと慰められた。
 その室内に取りつけられている扉を開けると、そこは西門街ではなく、どこかの外だった。
 周囲を確認すると、出てきた物置のような建物の横に丸太小屋のような建物が隣接している。その周囲にはたくさんの木が生えていた。
 裏手には離れたところに西門街の壁が見える。どうやら西門街近くにある林の管理小屋かなにかだろう。
 空へと視線を向けると、木々の間から覗く空は既に僅かに藍色が混ざった茜色だった。外への抜け道はそこまで離れていないとはいえ、エルフの女性を大結界の外に出してから宿舎へ帰り着くのは、どうやら真夜中になりそうだ。
 その事実に内心憂鬱になりながらも、先へと進む事にする。ここでぐずぐずしていては、帰りは明け方になってしまう。
 西門街と遠くに見える西門周辺の長大な壁からおおよその位置は理解できた。どうやら現在地は西門街の北側らしい。
 抜け道まではこのまま北側に真っすぐ進めば到着するだろう。問題はその周辺に居るという業者の仲間ぐらいだろうか。
 念のために僕は、自分とエルフの女性に不可視の魔法を掛けておく。まぁ違法業者だ、こちらも多少の反則はいいだろう。バレなければ大丈夫だ。
 今までは監視球体に欺騙魔法を掛けて騙していたが、監視されているのを知っているのを知られている以上、直接手を加えればいいわけで、今では学園側には欺騙した映像が送られるように加工している。それでいながら、撮った映像はこちらで抜き取って保管しているのだ。これぐらい大胆でもいいだろう。正直、監視は邪魔でしかない。まぁやりすぎないようにはしているが。
 さて、今の僕を縛るものがない以上、ちょっと破れかぶれだゾ。・・・うん。さっさと先へ進もう。
 林から北側にある抜け道までは、徒歩でも二時間も掛からない距離にある。それを足早に進んだために、一時間強で到着できた。
 そこでエルフの女性に声を掛ける。そういえば、彼女は不健康なまでに細かった。

「大丈夫ですか?」

 僕の問いに彼女は一度首を傾げるも、直ぐに頷いた。伝わっていないのかと思い、もう一度問い掛ける。

「ここまで結構動きましたが、体調は大丈夫ですか?」
「らいちょうぶ」
「ならいいですが、お腹は空いていませんか? ・・・今手持ちに食べられるものはないのですが」
「らいちょうぶ」
「そうですか・・・?」

 彼女がそういうなら大丈夫なのだろう。しかし食べなくても平気なのか、エルフは変わってるな。是非その方法を伺いたいものだ。まぁそれはあるか分からないエルフ語を修得してからだな。
 抜け穴近くの壁に近づくと、数人の男達の姿を確認する。見た目は普通だが、嫌なにおいがしている。
 魔力の糸を飛ばしてその男達の精神を掌握すると、不可視のまま近づいて、そっと問い掛ける。

「このまま先に行けば外の世界に出れますか?」
「は、い」
「邪魔は入りますか?」
「は、い」
「見られなければ?」
「だ、い、じょうぶ、で、す」
「抜け道は隠されてますか?」
「ふ、たが、されて、い、ます」
「遮断結界ですか? 防御結界ですか?」
「ぼ、う、ぎょ」
「なら問題ありませんね。この壁はどうやって越えれば?」
「ち、かへ、の、みちが」

 男がぎこちなく指さした地面には、草が生えていたが、その一角は微妙に土色が違う線があった。

「ありがとうございます。それでは、この会話があった事を忘れて暫くお休みください」
「は、い」

 男達はその場で横になると、眠りに就く。多数を短時間で掌握したから言語能力が微妙になって、ちょっと怖かった。表情も虚ろだったし。

「・・・・・・」

 そしてこういうのを見ると、精神干渉系統が禁忌なうえに、その使い手が監視・保護されるのも理解できる。本当に、恐ろしいものだ。
 まぁ人は人、僕のは知られていないし、監視・保護されるぐらいならいっそ・・・。

「行きましょう」

 壁の上に居る兵士を確認してから、結構大きい地下への蓋を開けると、僕達はそこを通る。中も広かった。当然だが、ここを通す段階であの大きな檻に入れられているのだろう。
 反対側の蓋を少し開けると、隙間から周囲に目を向ける。誰もいないのを確認して、まずは僕が先に蓋の隙間から外へと這い出る。

「兵士は・・・近くに居ないな」

 それを確認すると、蓋を開けて手を差し伸べる。補助しながらエルフの女性を外へと出して、大結界の方へ目を向ける。
 大結界の穴の上から防御結界が張られている個所は直ぐに見つかった。その防御結界は僕からしたら貧弱な防御結界だった。
 簡単にその部分を破壊して、エルフの女性を慎重に大結界の外へ出す。防御結界だと破壊時に音を出さずに壊すのが楽だからいい。

「ここから西に行けばエルフの里が集まっている森に行けるはずですが・・・そもそもそこが故郷なんですかね? まぁいいや、とりあえず不可視化はこのままにしておきますが、明け方頃には解けてしまいますのでお気をつけ下さい。あと、見えないだけで音や匂いとかは消えないですから、そちらもお気をつけて」
「あ、あひがとぅ」
「それでは」

 感謝の言葉を残してエルフの女性が立ち去った気配を感じると、防御結界を張り直す。少し強めにして出入りできないようにしてやろうか・・・やめとこ。証拠は極力残さない方が賢明だろう。
 同じ程度の強度の防御結界を張り直すと、僕は来た道を戻る。
 抜け道近くに到着してから思った以上に時間が掛かったようで、空は既に濃い藍色に包まれていた。

しおり