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4話 愚痴とレベル9

「まあ、聞きましょうか」

「おうおう。下位の精霊ってさー。その辺に溜まった精霊の力が集まって具現化するじゃん?」

 ルフィーが愚痴を始めた。
 まず出だしから丁寧に説明するらしい。
 長くなりそうだ、と友は苦笑する。

「別に、具現化するくらい、…………っ!?」

 しかし、友はあることに気付いた。
 重大な事実だった。
 途端に頭の中が、そのことで埋め尽くされる。

「そうそう。別に具現化するくらいなら、気にも留めないけどさー」

 そのためルフィーの声は聞こえるが、内容は頭に入っていかない。
 友の神経は、後頭部に集中することになる。
 頭から伝わる感触は、柔らかく、それでいて圧倒的な質量感だった。
 ルフィーの胸が友の後頭部を圧迫している。

「問題は、あいつらってさー。他の精霊の力を取り込もうとするじゃない?」

 豊満、そんな表現では生温い。
 ただ、ただ暴力的なまでに大きかった。

 頭という大きな物が挟めるのだ。
 信じられないボリュームと言える。

「精霊同士の潰し合いだったら無視してもいいけど」

 左右からの柔らかい圧力に友は喉を鳴らす。
 耐え難い重圧は多幸感を友に与える。
 幸せを一片たりとも残さず感じるために、友の全神経が後頭部に集まるのは必然だった。

「暴走を始めるとさ、精霊使い(エレメンタルマスター)を狙い始めるのがね」

 後頭部の触覚に集中していた友は、更に一つのことに気付く。

 ありえなかった。
 柔らかい。柔らかすぎた。

 あたかも地肌を布一枚で挟んでいるだけのように。
 下着特有の硬質な感触が、一切ない。

 示す真実は、たった一つ。

――付けてない。

 辿り着いた衝撃の事実に、友は目を剥く。

「普通の精霊使いって弱いからさ、襲いやすくて格好の的でしょ?」

 友は己の視線に、灯が灯るのを実感していた。
 白熱し、加速する頭の中で、一つの考えが稲妻のように走った。

「んで、この辺の精霊使いって言ったら、ユウとサクラじゃない?」

 何やらとても重要な話をしている気がするが、知ったことではない。
 今、この時が。何よりも優先度が高いと友は思っている。

 何故ならば。
 ルフィーが下着を付けていないのならば。

「あんたらは普通じゃないけどね。でさ襲われないように、潰して回っているじゃない?」

 そうであるならば、感じるはずだ。
 双つの丘の頂きの感触を――。

「めんどうなことこの上ないけど、王様の辛いところだよねー」

 感触から構造をトレースする。
 該当する位置はどこだ、と友は必死に探す。

「ところがさ、最近妙に多いのよね。ねえ、何が原因なのかしらね?」

 ルフィーが身をよじらせた。
 僅かな動きの中で、二点、他と感触が異なる箇所があることを発見する。

 見つけた。
 友はとうとうやり遂げた。

 達成した喜びの衝動のままに友は拳を握りしめる。
 強く、力を込め震えるほどに。

「……、って聞いてる?」

 しかし、友の様子に気付いたルフィーが訝しげな声を発した。
 動揺を見せまいと、咄嗟に硬直して誤魔化そうとする友だったが、

「んんっ? 反応がおかしいわね?」

 ルフィーは友の応対から不審を強めたようだ。
 異常を感じ取ったならば離れれば良いのに、ルフィーは動かない。

「……ねえ、おにいちゃん?」

 いつの間にか友の前に移動していた桜の声が冷たい。
 しゃがみ込み、下から見上げるように友を見ていた。

 咎めるような半目の視線が、友を責める。
 顔ごと逸らし、友は桜の姿を見ないように努める。

 どうやら桜は友の硬直の理由に気付いたようだ。
 ちらりと桜の様子を覗うと、自分の胸を押えて頬を膨らませていた。
 桜の視線の抗議と、それを見なかったことにしようとする友の行動。

 不審極まりないが、ルフィーにさえ気付かれなければいいと、友は天に祈っていた。

 しかし、天への祈りは届かなかった。
 無慈悲な現実が友を待っていたようだ。
 二人を見ていたルフィーは、手を叩く。

「ああ、そうか」

「……どうかしたかね?」

「おっぱい?」

「ド直球だ!?」

 隠そうとしていた友は、身も蓋もない言葉に声を荒げる。
 だが真相を知ったルフィーは動じない。いや、動じていた。

「ほうほうほうほう」

 愉快な方へ動じたらしい。
 ルフィーの声が踊り始めた。
 愉しさを十二分に込めたルフィーの声に、友は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「へえ。大人ぶってても、身体は正直なんだ。ふうん。さすが性欲直結、思春期真っ盛り?」

 後頭部への更なる質量の押し付けが始まる。
 首が両脇からの肉圧を感知した。

 破壊的な柔らかき肉の感触。
 心地よい。
 肩こりが解消しそうな勢いだ。

 ルフィーの行動に、素直に感嘆する友の頬を桜が掴む。

「おにいちゃん? ねえ、緩んでるよ? ねえ?」

「ああ、違うんだ。桜よ。話を聞くんだ」

「聞かない! おっきいのが好きなんだ! 裏切り者!!」

「裏切りとは」

「他の男子みたいな、そんなおにいちゃんはイヤだ!」

 友の頬を両手で抓りながら、桜の目が狂気の色に染まっていく。

「無駄に大きいなんて! 絶対、近い将来垂れるに決まってるのに!」

「ほら、あたし。精霊だから体型の維持は不要だよー」

「ばかー!! ばーかっ!! ばーっか!!」

 桜の攻撃の意思がルフィーに移った。
 対するルフィーも、からかいの対象も桜に移行する。
 友から身体を離し、ルフィーは桜の前に移動した。

 好機である。
 友はここぞとばかりに、二人から距離を取った。

「そもそも! ルフィーのカップ数は!?」

「えっとー……、どうやって計るんだっけ?」

「メジャー! 計って!」

 桜が鞄から身体測定用のメジャーを取り出した。
 力強く振りかぶり、ルフィーに投げつける。
 ルフィーは恐々と受け取り、桜の顔を見ながら指示を待っていた。

「まずアンダーから!」

 身体を垂直に曲げて、桜が身振りを交えて計測点を指示した。
 ルフィーは渋々とメジャーを身体に巻き付ける。
 計測した値をルフィーは恐る恐る口にした。

「ろ、64だね?」

(細っ)

 友に衝撃が走る。
 アンダーバストとは、言うなれば肋骨周りだ。
 肋骨で細いとなると、その下のくびれの部分はどれほど細いのだろうかと、友は目を丸くする。

 しかし、甘い。
 自失するほどではない。
 桜と同等の細さだ。

「そのままの姿勢でトップ計って! アンダーとの差は!?」

「え、えっと……、よ」

「…………え?」

「じ、じゃなくて! 30ちょいよ、30ちょい!?」

 ルフィーは両手を振りながら、必死にトップとアンダーの差を主張した。

 桜が、顎に手を当てて何事かを算出しているようだ。
 友も頭の中で計算を始める。

(さっき、『よ』って何のことかなー。ははは、まさか)

 もし友の仮説が正だとしたならば、ルフィーのトップの値は逆算できる。

(1メート……)

 信じがたい結論に辿り着きそうになったところで、桜の大声が思考に待ったを掛けた。

「Iカップって何なの!?」

 頭を抱えて嘆く桜の慟哭を眺めつつ、友は指折り数える。両手が必要だった。

(A、B、C……、おおっ、レベル9か!?)

 驚愕に身を竦ませる友と桜の視線は一カ所に集まる。
 片や称えるような目。
 片や恨みすら感じる瞳を受けたルフィーは、思わず両腕で胸を隠した。

「ちょ……、さすがに少し恥ずかしいって」

 しかし逆効果だった。
 寄せられ潰された柔肉が、形を変えて主張していた。

(なんの話をしてるんだろうなぁ、俺たちゃ)

 友は乾いた笑いを浮かべて、それでもまだ話を続ける桜たちを見守った。

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