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1話 放課後前の怪しい話

 放課後前の、ショートホームルームが行なわれている。

 季節は夏。
 明後日には夏休みを迎えることもあり、教室内は浮かれた空気が広がっていた。

 そんな級友たちを、友はぼんやりと眺める。
 友の座る席は、窓際の一番後ろだ。
 桜はその一つ前に座っている。

 体操服からセーラー服に桜は着替えていた。
 白い生地の多い夏服が目に眩しい。

 華奢な背中、そして鼻腔を擽る良い香りに、友は控えめに唸る。
 他の男子だったならば、気になって授業にならないだろう。
 教師の采配の座席配置に納得した。

 頬杖を突きながら友は自分の衣服に目を向けた。
 Yシャツ、そしてスラックスだ。

 上から二番目までのボタンを外しているが、他の男子と変わらない。
 変哲もない学生服。

 ふと視線を感じ、友は横を向く。
 隣に座る女子生徒、山下が目を逸らしていた。

 どんな男子も普遍的になるはずの服だが、友の場合は異なるようだ。
 友は苦笑した後、桜の後頭部に視線を戻す。
 そして気を紛らわそうと、教壇に立つ教師の話を聞く。

「えー。最近ニュースにもなっているので、知っていると思いますが」

 いつものような雑談混じりのホームルームではないようだ。
 聞き流すのは止めにして、友は教師に視線を向ける。

 目が合った。
 ジャージに身を包んだ女性教師は、俄に固まる。
 だが咳払いをして、続きを口にした。

「変死体の事件が発生してます。夏休み目前ですので特に注意するように」

 しかし女教師は詳細説明を省いて注意喚起のみを行なった。
 友が何のことかと首を傾げていたところ、前の席の桜が振り返る。

「怖いよねー……って、おにいちゃん、どうしたの?」

「いや、変死体って何だっけって思って」

「あー。おにいちゃんってニュースは天気予報くらいしか見てないもんね」

 桜がクスクスと笑いながら、説明を始めた。

 曰く。
 近隣で変死事件が連続で起こっているとのこと。
 年齢層はバラバラだが、いずれも成人男性が犠牲となっていた。
 連続と見なされたのは、地域が同一であることと、死因が同じだったからだ。

「変死体ってことは、何か珍妙な死因だったの?」

 桜に友は訊ねる。桜は顎に指を当て、思い出すように上を向いた。

「えっとね、確か……、水のない場所で溺死してたから、だったと思うな」

「溺死……?」

「うん、そう。最初の頃の報道だと、死因こみで放送してたから」

 模倣犯の発生に備えて、報道を控えるようにしたのだろうか。
 溺死が連続で起きたとなると、事件として扱うには十分だ。
 しかし水のない場所で溺死は、今のご時世珍しいのだろうか。

(単に、浴槽などで殺害して移動するって話じゃないのか?)

 果たして、変死事件と呼ぶほどなのだろうかと考えて、友は頭を振る。

(人が連続して殺されれば、そりゃ事件になるか)

 とは言え、気に掛かった。
 変死事件とはいえ、被害者は揃って成人である。
 事件が続くとしても、狙われるのは大人のはずだ。
 中学生に注意喚起するのは何故だろうと、友は不思議に思っていると、

「せんせー。変死体っておっさんばっかりだろ? 何で俺らに言うのさ」

 他にも友と同じ考えの生徒がいたようだ。
 斉藤が挙手し、戯けながら質問する。
 女教師は、溜息を吐いた後、目を逸らしながら口を開いた。

「被害者の人たちって、共通して少女愛好趣味を持っているらしくて……」

 思わぬ情報だった。
 報道で伝えられていない情報らしく周囲がざわついている。

 主に女子が嫌そうな声をあげていた。
 もしかしたら学校関係者のみに回っている話なのかもしれない。
 それを中学生に言えば、SNSなどで一気に広まると思わないのだろうか。
 迂闊な女教師の発言だったが、友はなるほどと頷く。

(ああ、学生が巻き込まれないようにってところか)

 溜息を吐きそうになりつつも、目の前の美少女を眺める。
 少女愛好家が狙われる。
 問題とするならば、少女愛好家が周囲に割と潜んでいることだろう。
 生粋の愛好家は少女を見ているだけだ、触りはしない。

(YES ロリータ、Noタッチ、だっけか)

 素っ頓狂ではあるが、それを誇りとする連中が、主流であることを知っている。
 かと言って、中には禁を破り、少女を襲う愚か者もいる。

 そのような可能性を秘めた輩が近隣に潜んでいるらしい。
 連続して変死体になる程度に多いことも判明した。

 顎に手を当てて、友は嘆息する。
 心に浮かぶのは、不安だ。
 そのような輩が中学生、更には美少女を捕捉した場合、どのような行動に出るのだろうか。

(もうすぐ夏休みだし。まあ、注意しますかね)

 どうせ四六時中、一緒に居るのだからと。
 桜という群を抜く美少女を眺めながら、友は溜息を吐いた。

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