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3話 『力の差』

 高校生活、記念すべき1日目の朝。
 悠馬は窓から射し込む陽の光でも、起床時刻を告げる目覚まし時計のアラームでもなく

「柊崎くん、5秒以内に目覚めなければ脚を切り落とすわよ」

 という今日日、刑務所でももっと優しく起こしてくれるのではないかというような恐怖の言葉によって目を覚ました。
 悠馬の前に立つ彼女は九条 紗乃。
 長く美しい黒髪と白い肌を持つ容姿端麗な同級生。胸は普通で推定Cカップ(情報源(ソース)は悠馬目測)
 その見た目とは裏腹に言動に少々の難があり、とても悠馬に好意的とは言い難い。

 そんな彼女の目の前で二度寝を敢行できるほど悠馬に勇気があるはずもなく、寝ぼけ眼で朝の支度を済ませ制服へと着替える。
 と、そこで悠馬の動きが止まった。

「さて、どうしたものか」

 彼の手には脱いだパジャマが握られている。
 そう、『お父さんと風呂』の次は第2章『お父さんと洗濯物』の話だ(以下略)。

「となると判断はあいつに任せる他ないな」

 下手に何かやったところでどうなるかなど分かったものではない。
 故に悠馬は乱雑に畳んだパジャマを洗濯機の上へと置き、紗乃のいるリビングへと向かうのであった。
 食卓には例のごとく紗乃お手製朝食が並べられていた。
 味噌汁、焼き鮭、玉子焼、納豆、のり、漬物etc……、朝食にしてはクオリティがかなり高い。

 美しく盛り付けられた料理たちに吸い寄せられるように席に着き、箸へと手を伸ばす悠馬を牽制するように紗乃の口から

「何か言うことは?」

とお小言が入る。
 数秒の沈黙の後、

「おはよう?」
「おはよう、柊崎くん」
「いただきます?」
「召し上がれ」

 そんな親子のようなやり取りが行われる。
 これは一体なんの儀式なのかと思う悠馬だったが、紗乃が小さく微笑んでいるため特に気にせず目の前で輝く朝食へと意識を向けた。

 文句無しに美味い朝食を食べ終え、その礼代わりに皿洗いを請け負う。
 そんなこんなで朝やるべき全行程が終了し、視界に表示される時刻が丁度8時を示したところで紗乃は立ち上がり玄関へと向かった。
 そして悠馬もまた、初日の失敗から彼女の後を追い玄関へ。
 まったくの同時刻に同じスタート地点から同じゴールを目指せば、当然ながらその2人は一緒に行動することになる。
 悠馬と紗乃の2人も示し合わせた訳では無いが、共に学校へと歩く。
 2人での通学の割に、まったく会話がないことに耐えられなくなった悠馬が彼女が鞄と共にその手に持つ2振りの刀について話を振ろうとするが、物騒なことを言われる予感に襲われ断念する。

「教務部はあの建物の2階」

 そう言いながら右側の教務棟を指す紗乃。
 どうやら悠馬が話の振り方を考えている間に学校へと着いていたらしい。
 礼を言う暇もなく、反対側の高等部校舎へと消えていく紗乃は本当に面倒見がいいのか、悪いのかよく分からなかった。


 紗乃から教えられた教務部は悠馬の思い描く学校の職員室とはかけ離れていた。
 教師ひとりひとりにそれなりの大きさの個室が与えられたその様子はなんだか慣れなくて落ち着かない。
 その中から昨日のメッセージの最後に書かれていた担任名を探し、恐る恐るノックをする。
 しばらくして中から屈強な男教師が現れた。

「柊崎か?入学用の書類の締切が今日でな、中でちゃっちゃと書いてくれや」

 本人にその気は無いのだろうが、渋い声とその大きな体躯のせいで控えめに言ってかなり怖い。
 担任からのいくつかの質問に答えながら書類を1通り片付けたところで始業前のチャイムが鳴る。

「教室行くぞ、着いたら前で自己紹介やから何喋るか考えとったらええ」

 そんなありがたい言葉をいただいたこともあり、教室までの数分の間、悠馬は自分の趣味や好みを考えるが特に見当たらない。
 自分の人間としての薄っぺらさを再認識し、軽くショックを受けるのも束の間。
 担任の牛尾が先に教室へと入り、クラスに新たなメンバーが加わることを説明する。

「入っていいぞ」

 説明後のその一言で教室中の視線が入口へと集まる。
 悠馬はゆっくりとドアを開け、クラスメイトたちをなるべく視界に入れぬよう教壇の前へと立ち

「柊崎 悠馬です。身体を動かしたりするのが好きです。これから同じ4組のメンバーとしてよろしくお願いします」

 そんなテンプレ自己紹介を披露した。

 可もなく不可もない自己紹介にクラスメイトは当たり前だが大した反応を示すことはなく、牛尾が最後に、柊崎の席はあの窓際な、放課後は誰か学内の案内をしてやるようにと締め括った。

(最悪だ、学校生活3年間の第1歩を盛大に踏み外しちまった……)

 牛尾に指定された席へ座った悠馬はネタの1つでもやろうとしなかった数分前のチキンな自分を呪う。披露できるほどのネタなぞ持ち合わせてもいないのだが。

「柊崎くん」

 頭を抱えていた悠馬は女子の誰かが気を遣って話しかけに来てくれたのかと勢いよく顔を上げる。
 が、現実はそんなに甘いはずがない。

「九条、お前隣だったのかよ。なんか用か?」
「ド・ン・マ・イ」
「ちょっとくらい慰めろよ……」

 くすくすと笑う紗乃に心を抉られたところで1限の授業が始まる。
 それほど中学の成績が悪かった訳では無いが、中学3年の内容を1年分まるまるすっ飛ばしている悠馬の授業についていけるのかという小さな不安はすぐに払拭された。

 この学園の1日の時間割は午前に50分×3コマの通常授業のみ。
 午後からはまるまる放課後であり、任務(クエスト)を受けるなり訓練棟で汗を流すも最悪、直帰でもOKなのだ。

「そんでもって、通常授業か通常授業じゃない件について」

 机に肘をつき、授業を受ける悠馬の前では白衣を着た初老の男性が何やら能力使役の過程について熱弁している。
 能力を持たない悠馬には関係ない話であるため、真面目に聞いている紗乃の横で時間が経つのをひたすら待つしかない。環境が変わっても授業なんて退屈なものだ。
 1限目が終わり、2限、3限と過去の任務(クエスト)中に起きた事故の事例とその対処法についての授業をそれとなく聞き流し、ほぼ3時間の時計とのにらめっこが終了。
 ここからの午後は放課後だ。時間割上、放課後といっても時刻は12時過ぎ。クラスのメンバーは何人かずつのグループになり昼食を食べに行っている。

 そんな光景を羨ましそうに見る悠馬に幸いにも3人組の男子が声をかけてきた。

「オレは八木。右が長谷川、左が牧田。用事ないなら飯行こうぜ」

 如何にもスクールカースト上位であろう茶髪の体育会系さっぱりイケメンと雰囲気の良さそうな2人。恐らくこの3人も任務(クエスト)を共にするチームなのだろう。

「用事ね……」

 小さく呟きながら、横でサンドイッチを食べる紗乃の方を盗み見ると視界に【14時までに帰宅するなら好きにしたら?】というメッセージが表示され、悠馬は3人の中へ入れてもらうことにした。

 食堂でかなり本格的なラーメンを啜る4人の中で最初に口を開いたのは八木だった。

「柊崎、お前九条とどういう関係なんだ?」
「へ?」
「さっき喋ってたろ」

 八木の後ろから援護射撃を入れるのは牧田だ。

「クラスメイトだから当然だろ」

 何気なく言う悠馬に3人が硬直する。

「あの女がなんて呼ばれてるか知ってるか?『斬撃女王(クイーン)』だぞ」

 そこから3人に聞かされた話は凄まじかった。
 1週間前、最初の自己紹介で、私には話しかけないでと悠馬以上の爆死を成し遂げ、メッセージを送ってきたり話しかけてくる者は男女先輩問わず、次関わってきたら斬るわよの一言でバッサリ。他人から聞く紗乃は悠馬のイメージとはかけ離れていた。彼女の本当の顔はどちらなのだろうか。
 結局そんな九条 紗乃は最高に可愛いが性格に難アリということで意気投合し、4人は他愛もない話に花を咲かせた。

 13時半になり食堂の昼の営業が終了し、この後カラオケでもと誘われるが紗乃という先客がいるため、言葉を濁し誘いを断った悠馬は八木たち3人と別れ自宅へ急いで戻る。
 そんな悠馬を迎えたのは紗乃のお小言だ。

「人との約束には余裕を持って行動するのが社会の常識よ」

 そう言いながら優雅に珈琲を飲む彼女を見る悠馬の中に珍しくいたずらごころが生まれた。

「そんなこと言ってるから『斬撃女王(クイーン)』とか言われ──」
「その名前ダサくて嫌いなの。次言ったら斬るから」

(やっぱ、『斬撃女王(クイーン)』じゃねぇか……)

 心の中ではそう思う悠馬だが、口に出せるはずもない。誰でも命は大事だ。

「そろそろ時間だから今日はちゃんとスーツくらい着ておいて」

 立ち上がった紗乃は悠馬へ通称全身黒タイツを投げてよこしてくる。

「このタイツ役に立つのか?」
「ええ、身体のリミッターを外して身体能力を限界まで引き出してくれる優れモノ」

 紗乃から見えない位置で制服を脱ぎ、何の装飾もない黒スーツを着る。
 身体の中に細い管が入ってくるような違和感が気持ち悪い。

「限界ね……、筋繊維とか切れたりしないのか?」
「壊れた細胞はその都度スーツが一瞬にして修復してくれるから大丈夫よ。身体に何か入ってくるの感じるでしょ?慣れたらそのうち気にならなくなるから」
「なるほどね、もうそろそろこの技術力にも驚かなくなった自分が怖いな」
「慣れるのはいいことよ。行きましょうか」

 悠馬もそろそろ何処に行くのかなどという野暮な質問はしない。
 今から任務(クエスト)が始まるのだろう。その証拠に身体を突然落下するような感覚が襲う。

標的(ターゲット)はこの上の部屋。あなたはサポートに徹して」
「いきなり始まんのね。了解、精々死なないように頑張るとするよ」
「死なないわよ、万が一のことが起これば私が守ってあげるから」

 女子にこんなことを言われるとは情けない。本来ならそれは男のセリフだ。

「あと、誰も絶対に殺さないで」

 相手は殺しにくるのに、こちらは殺すなときた。まったく紗乃は難易度の高いところを求めてくる。
 食堂からの帰り道に端末内の学内パンフにサラッと目を通した悠馬は任務(クエスト)中に限り、自分たちの殺人は罪に問われないことを知っている。
 得られるMP/RPは半減するが、最悪標的(ターゲット)を殺しにいくのも手なのだろう。精神が許容すればという条件付きではあるが。

 紗乃は何故不殺を心掛けるのか。ポイントが欲しいだけだろうか、はたまたハンデを与えて戦闘を楽しむ戦闘狂(バトルマニア)なのだろうか。
 悠馬がそんな疑問を抱くと同時に、紗乃が前回同様その手に持つ刀から斬撃を飛ばし天井に大きな穴を穿った。

「突入」

 命令に従い、悠馬は穿たれた穴へ向かって思い切りジャンプ。
 凄まじい脚力に身体が弾かれ着地すべき上階の床を越え、悠馬の身体は天井へと頭から突き刺さった。

「あなた、加減ってものを知らないの?」

 呆れつつも紗乃は無様に天井から下半身をぶら下げる悠馬の脚を引っ張り救出してくれる。

「初めてなんだから仕方ないだろ!?」

 全く以てその通りだが、既に悠馬の前に紗乃の姿はない。
 彼女は目の前の標的(ターゲット)である、金髪の若者へと猛スピードで肉薄している。
 しかし、その脚は男まであと少しというところで止まってしまう。
 理由は大きく2つ。1つは前回と違い相手が能力者であること。男の体からは高電圧の電流が噴き出している。2つ目はその横に人質と思しき女の子と母親が転がっていること。

「おうおう、偉いな。無闇に攻撃してきたらこいつらがどうなるか説明の必要はなさそうだ」

 雷神のように雷を纏う男はドラッグでもやっているのか、正気ではない様子だ。

『柊崎くん、聞こえるかしら』

 状況を把握しようとしていた悠馬の脳に直接紗乃の声が響く。
 どうやら首のAR端末にはテレパシーのような機能があるらしく、念じるだけで紗乃と会話ができた。

『どうするんだ、電気はお前と相性悪そうだが』

 数秒の沈黙。

『そうね、まさか強襲(アサルト)を選んだのに救出(セーブ)のクエストになるなんて思わなかったわ。私は人質の親子を、標的はあなたに任さるわ』

 紗乃と悠馬が何かしら企んでいることを察したのか、男が武器を捨てるようにとジェスチャーで命令してくる。
 逆らえば人質の親子がどうなるか分からないためさすがの紗乃も大人しく刀を床へと置く。

「おい、後ろのお前は何も持ってねぇのかよ」

 一見正気ではなさそうに見える男だが、なかなかに冷静だ。命が掛かっていれば当然かもしれないが。
 悠馬は何も持っていないことをアピールするため、両手を上げる。
 その時を待っていたのか、標的(ターゲット)の男の腕から反射では対応不可能な速度の雷撃が悠馬へと飛来する。

『私が人質を救出したら、柊崎くんは標的(ターゲット)に全力で体当たり。前に飛ぶくらいできるでしょ』

 そんな無茶苦茶な指示を出しながら彼女は足元の刀を蹴り上げ、悠馬を狙う雷撃を防ぐと超スピードで人質の親子を回収する。
 男が突如消えた人質のいた場所に視線を移していることを確認した悠馬はこの好機(チャンス)を逃さぬよう、半ばヤケクソで標的へ向かい全力タックル。

 人間砲台と化した悠馬の肉体は標的の男へとぶつかり、そのまま2人で1つの弾丸となってスピードを落とすことなく飛んでいく。
 後ろの壁だけで済むはずもなく次々と壁をぶち破り、3部屋を貫通したところでなんとか止まる。

「痛ってて……死ぬわこんなの」
「死んでないのだから、そう簡単に死を口にしないでもらえるかしら」
「死んだら何も言えないだろ……」
「そうね。なら、死ぬ直前に言って」

 どうやら紗乃にとって"死"とは特別なものらしい。それがどのような経緯(いきさつ)でそうなったのかは分からないが、それ故に彼女は不殺に拘るのだろう。
 完全に意識を失っている金髪ヤクザ風の男を放置し、紗乃は救出(セーブ)した親子へ歩み寄る。
 そんな紗乃へ小さな女の子は嬉しそうに笑いかけていた。

「お姉ちゃんかっこよかった! ありがとう!」

 女の子は笑顔を浮かべながらしっかりとお礼を言ってくる。

「いいのよ、仕事だから」

 こんなときでも紗乃はあくまでも事務的に答えた。そんな態度に女の子は残念そうに顔を下げてしまう。
 そのことに気づかないのか、あるいは気にしないのかどちらかは分からないが、紗乃は女の子の母親であろう女性へと何やら話をしている。

「本件は特務機関ディケーの下に一切の口外を禁じます。その関係で今後あなた方親子には多少の不自由を強いることが考えられますが、どうかご理解を」

 聞こえてくる内容からして守秘義務がどうこうというような話らしい。
 ほとんどの一般人には紗乃のような能力を操る者の存在がまだ認知されていない。そのため諸々の理由から、不運にも居合わせてしまった一般人には相応の監視と守秘義務が課せられるらしい。
 必要な作業を全て終わらせた2人は後のことを処理班へ任せると直接リビングへと帰還した。

「ソロでいいとか最初会ったときに言ってたが、案外オレも役に立ったんじゃないか?」

 全く役に立てないと思っていた悠馬だが、今回は多少力になれたことが嬉しいのか紗乃へ向かってそんな言葉を投げかけた。

「自惚れない。あの程度私独りでなんとかなったわ」
「またまた〜強がっちゃって」
「事実よ、今回の任務(クエスト)推奨ランクはB3。それにあの程度の雷撃程度なら私にも使えないことはないもの」

 一瞬、悠馬の頭の中に無数のクエスチョンマークが浮かぶ。

「待て待て、お前は斬撃飛ばす能力だろ?電撃なんて撃てるわけ──」

 悠馬の言葉を遮ったのは紗乃のため息だ。
 心底呆れ、もはや可愛そうな目で自分を見る紗乃に悠馬は言葉を続けることが出来なかった。

「授業は聞いてなかった?斬撃拡張に適性が高いというだけでイメージさえ構築できれば私にだってこれくらいは出来るのよ」

 悠馬へと向けられた紗乃の腕から、つい数分前に見たものの3倍は優に超える熱量を持った雷撃が放たれる。
 その必殺の一撃は悠馬の顔のすぐ横を通り過ぎ、玄関のドアへぶち当たり爆音を轟かせた。
 もしあと少しドアの耐久力が低ければそのまま外へと吹き飛んでしまっていただろう。

 そんな圧倒的な力と任務(クエスト)推奨ランクB3というワードから1つの疑問が悠馬の中に生じる。
 
 彼女のランクはどれほどのものなのかという。

 当然、素人でC3という最低ランクの悠馬を同行させるためにはそれ相応のマージンを取る必要がある。それを加味すれば彼女がB2以上であることは確実だろう。
 そんな悠馬の心の中を見透かしたように紗乃の口から答えがもたらされる。

「私のランクはA3。入学当初に特例措置として50,000RPが支給されたの」

 50,000RP。それはどの程度のものなのか。悠馬は早速、今回の任務(クエスト)報酬が追加され数値が変動していた自分の表示に目を向けた。
 表示は150RP。仮に今回と同じ任務(クエスト)を300回こなしたとしても紗乃の入学時にすら届かない。

「マジかよ、そりゃ強いわけだ。オレなんていらないわな」

 悠馬はこのとき、紗乃との力の差が思った以上に圧倒的であったことを思い知った。

「あーあ、笑えねぇ。ちょっと部屋行ってくるわ。今日の晩飯は大丈夫だから」

 悠馬は自嘲気味にそう言うとふらふらと力なく自室へ向かって行った。

しおり