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006

「ぜぇ……ふぅ……はぁ……」

 思ったよりも森まで遠かった。
 息も絶え絶えである。
 距離もそこそこ辛かったが、原因の大半は暑さと水分不足だ。
 なにせ日を遮るものはないし、水筒やペットボトル等もないのだ。
 手持ちに水分が足りなさすぎた。
 それでいて体感的に数時間は歩いたのだからこうなるだろう。
 森の端の日陰で、荒くなった息を整える。

「……みず、ほしー……」

 腕で額の汗を拭い木に凭れる。
 座り込むと歩けない気がしたのだ。
 そうなると街に着く前に野宿する羽目になってしまう。
 それは困る。
 なので座りたいけれど座らず、凭れるだけにしている。

「あし、つら……」

 更になるべく石や硬そうで尖ったものは避けながら、慎重に歩いたから余計に疲れているのだと思う。
 それでも足の裏を見てみると、何か踏んでるし、土で真っ黒だか草の汁だかで緑だとか……ぞわぞわと背中が粟立つ。

「見なきゃよかった……」

 深く、ふかぁく溜め息を吐き、肺の中の空気を出し切る。
 そうして息を吸えば草木の柔らかな香りが肺いっぱいに拡がり、少しだけ落ち着いた。
 しかし、結構な距離を歩いた割には体力が保ったことに驚く。
 運動らしい運動をしていなかったのにな、と首を傾げるが、それはまた後にしておこう。
 街に着くまでは、余所に時間を取られるわけにはいかない。
 喉の乾きが潤せず、ちょっとイガイガとするけれど……仕方ない。

「……がんばろ……」

 本音としてはもう頑張りたくないが、ここで野垂れ死にたくはない。
 新しい人生が始まって、歩いて終了、なんて笑えないだろう。
 ゆっくりと凭れた木から背中を外し、森の中へと足を踏み入れた。

 絶賛後悔中である。
 木漏れ日がキラキラと輝いて綺麗だし、空気は美味しくて涼しい。
 涼しいというか、冷たい。
 背中からだけでなく、全身からじわじわと噴き出してくる汗が冷やされているからだろうか。
 身体が緊張でギシギシと音がしそうだ。

「グルルル」
「グゥゥウウ」

 現在、数匹の狼らしき生き物と対峙中です……。

 いや、気を付けてはいたんです。
 だって何が出てくるかわかんないからね?
 だから風に乗って獣臭がしたのにも気付きました。
 ただ、それは進行方向からで、それを確認しようとしたのが不味かったのかもしれない。
 ほんの少しは好奇心が沸き上がった感は、否めない。
 でもでも、危ないだろうと思って、こっそりと木の影から覗いたんだよ。
 そーっと、ね。

 そこに居たのは狼っぽい動物で、休憩中なのか棲家なのかはわからないけれど、少し拓けた場所で数匹が寛いでた。
 だから少し迂回しようとした。
 ら、足元から『パキリ』って乾いた音がして……見つかりました。
 凄いね、獣って。
 こんな小さな音でも聞こえるんだもん。
 ……遠い目するのはやめよう。
 それどころじゃない。
 ここをどう切り抜けるか……。

 狼らしき……いやもう狼でいいや。
 犬には見えないし。
 狼は……あたしの正面に3匹、だ。
 で、だ。
 さっきこの狼遠吠えしたんだよね。
 そこから予想されるのは……数が増える可能性。
 今の状態でも生きられるか不安なのに、増えたら死ぬ確率の方が高くなるのはわかるよね。

 じりじりと距離を取ろうと画策してみるも、あたしを威嚇しながら同じだけ近づいてくる狼。
 目が逸らせません。
 逸らしたら死ぬ……!

 だけど、手に何もないあたしに出来ることが、ない!

 どうする!?
 どうする……!?

 打開策も浮かばず、恐怖に焦りに掌がじっとりと汗で濡れる。
 無意識にその手を開き、そして握った。

「……はっ、チート……!」

 そうして思い出したのだ、地面をべっこり凹ませる力を。
 これを使えば、あるいは……!
 近づいてくるガサガサと草が擦れる音に、腹を括る。
 ここで動かなきゃ、マジで死ぬ!
 拳をしっかりと握り、腰を下げて足に力を入れる。
 悩む暇は……もうない!

「……女は度胸!!」

 ぐっと一歩を踏み出す。
 一歩のはずだった。
 いや、一歩なんだけど。
 その一歩で、数メートルの距離が一瞬で詰まり、慌てて腕を前に突き出す。
 メキョ、と嬉しくない感触がして、真ん中に居た狼の眉間に拳がめり込んだ。

「ガッ……」

 そうして狼は後ろの方へと飛んでいき、太い木に鈍い音を立ててぶつかって……動かなくなった。
 二の足を踏んで、地面を多少抉りつつあたしは飛び上がるような形で方向転換をする。
 腰を捻り、浮いた足を上から振り下ろすようにして、狼のどこかにその足の踵が衝突した。
 もう蹴ったとかぶつかったとかじゃない。
 衝突だろう、これ。
 威力がおかしい。
 流石に頭パッカーンとはなっていないが、感触がエグい。
 頭蓋骨が割れてるのが、ね。
 わかる。
 だがしかし、ここでそんなことを気にしていたら生死に関わる。
 殺り切るんだ!

「……、せ、ぃやぁ!」

 半分踏みつけた狼の毛並を足の裏に感じながら、残った1匹に向き合うように両足を地面(+狼)に着ける。
 若干ふらついたが、あたしの勢いに残った狼は茫然としていて、命拾いした。
 これで襲われてたらもしかしたらこっちが危なかったかもしれない。

 今のうちに!

 地面を蹴り、未だ動かない狼の横っ面へと拳を叩き込めば……やっぱり嫌な感触がして、狼は飛んでった。
 そして最初の狼と同じように木にぶつかって……ぴくぴくしてる。
 生きてるのかもしれないけど、逃げる余裕が出来たことに小さくガッツポーズをする。
 そこにガサガサッと音がして、目を走らせる。
 動いたせいで方向が微妙にわからなくなってしまって、舌打ちする。
 闇雲に逃げて勝算は……これも微妙だ。
 何匹追いかけてくるかもわからない……どうする!?

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