バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

004

 叫んで疲れたあたしは『orz』な恰好で打ちひしがれている。
 肩を超えるぐらいの黒髪が顔を隠すように垂れてきて、それが風で揺れると物凄く邪魔だ。
 わけのわからない状況に、ちょっとしたことで苛立ちが増す一方である。

「……なによこれ、なによこれぇ……! あたしにどうしろって言うのよぉ!」

 せめてどういう状況なのかわかれば……!
 再び浮かんでくる涙に唇を噛み締め土にガリ、と爪を立てたところでピローンと軽快な音が耳に届いた。
 一瞬空耳か、と思ったが視界の一部分にパッと開いたウィンドウにビクリと肩が跳ねた。

 突然のゲーム要素である。

 慌ててウィンドウに目をやれば、それはメールの受信画面だった。
 上半身を起こし、(ポインター)で開かないかと試し、出来なかったから手をそれに伸ばした。
 そうして差出人『創造主』のメールを開いた。

『いやっほーい☆新しい世界、エンジョイしちゃってるぅ~!?』

 開いた瞬間、目に入った1文にイラッとした。
 誰がエンジョイしているというのか!
 一切の説明もない状況で、どうエンジョイしろと言うのか!!
 あたしに喧嘩売ってんのか?
 何故メールなのか!
 今目の前に居たらもれなくぶん殴るのに!!
 よし今すぐあたしの前に来い、殴る!

「エンジョイできるか、クソが!」

 殴れない鬱憤が口の悪さに出てしまった。
 いや、拳も出ている。
 ドコンドコン音を立てて、爆心地が深くなっている。

「……すー……はー……落ち着け、落ち着けあたし……」

 メール画面を睨み付けたまま、深呼吸をする。
 目を閉じられない理由は、このメール画面が消えたりしたら困るからだ。
 何が起きるかわからない状態で、視線を外すわけにはいかない。
 何もわからない今の状況で、手がかりも何もなくなってしまったら……怖い。

 怒りを抑えて、抑えて……数度深呼吸をしてから続きに目を通す。

『きっと今、心細い思いをしていると思って!やっさしー僕が!メールしてあげました☆』

 一瞬で殺意が湧き上がる。
 ……落ち着け!
 落ち着けあたしぃ!!
 今は、今は怒ってる場合じゃないから!
 状況確認が、大事!
 殴るのは後でも出来る!!

 頑張って怒りを抑えようとするが……爆心地はまた深くなった。

『色々説明してあげるから、感謝して聞くんだぞぉ! あ、読むんだっけ、あはっ☆』

「お前今すぐあたしの前に来いやぁあああああ! 全身あますとこなくボコボコにしてやるぅぅぁああああ!」

 爆心地が円形じゃなくなりました。
 前方にあった地面が抉れた。
 怒りに任せて殴ったせいで……。

「……く、怒るな、落ち着けあたし……! あたしが大人にならなきゃ……、じゃないと説明が……。落ち着けあたしぃ……!」

 もう自分を宥める言葉しか出てこない。
 落ち着け落ち着けと何度も繰り返し、文字を追う。

『えっとぉ、まずはメールね。メールの開閉は言葉にすればいいよ! それからステータス画面は君の癖、がヒント☆』

「色々説明すんじゃねえのかよ、ヒントってなんだよ」

 ちょっと真顔になっちゃったけど、メールとステータスに関してはなんとか出来そうでほっとした。
 君の癖、と言われてもすぐには思い浮かばないが……なんとかなるだろう。

『世界については自分の目で見る方がいいよね。全部教えちゃったら面白くないし!』

「……まあ、世界とか大きな話はそれでも、いいけど……」

 そんな大きな話はいいの。
 今大事なのはあたしがどうしたらいいかなんです!

『それから、今君が居る世界が、君の新しい人生の為の舞台だよ~ん! うっふっふ、嬉しい? 嬉しいよねぇ? 流行りに乗れて嬉しいでしょ☆』

 ……流行りとはなんだろうか。
 ゲームが流行り?
 新しい人生が流行り?

『別に魔王を倒せとか、国を興せとかは言わないよ。君が君らしくその世界で生きてくれればそれでオッケイなのさっ! いやぁ、僕もね、異世界転移とかに興味あったから、話に乗っかってくれて嬉しかったよー!』

「異世界、転移……」

 それってもしかして、トリップとかってやつだろうか。
 こんな簡単に転移とかしちゃっていいものなの?

 元の世界に未練がないからといって、安易に話に乗ってしまったのは間違いだったのではないかと思わず唾を飲み込む。
 だって、転移って、トリップって……あたしが自力でどうにか出来る範囲を余裕で超えてしまっている。

『あ、だからそっちで死んじゃうとおしまいだからね? 気を付けるんだよ?』

 それってようするに、これが『現実』ということで……。

「……マジか……」

 一瞬目の前がくらりと揺れたけど……これは本当に『新しい人生』になる。
 今までの世界とは違った、新しい生き方をみつけなくてはいけない。
 ……どうせ両親はいないんだ、友達だって別にいない。
 祖父母がどうなろうが、世界を隔ててしまった今、気にする必要もないし、煩わされることもない。
 ならば、これは楽しんだもの勝ちなんじゃないだろうか。
 危ないことをしなければ大丈夫だろうし、ゲームのような日常も、別に悪いものじゃないんじゃないだろうか。
 危険なことだけ気をつければ。

 そう考えたら目の前が開けた気がする。
 祖父母が同じ世界にいないだけでありがたい。
 連絡の取れる世界にいれば、何かしらの面倒を押し付けられる可能性の方が高かったのだから。

「そうね、そうよ。そう考えたらこれはこれでアリなのよ、うん」

 しがらみもない、新しい人生、謳歌してやろうじゃないの!

しおり