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新たな力

 フェンと戯れた翌日。パーティーメンバーと別行動をしている僕は、独り列車に乗って学園へと戻っていた。
 とはいえ、車中ではプラタとシトリーが当たり前の如く入り込んでいたが。シトリー曰く、「昨日フェンと遊んでたんだから次は私達とも遊んで!」 という事らしい。
 そのまま両隣に引っ付いて座る二人と会話をしながら学園までの時を過ごした。二人から色々と外の世界の話が聞けて割と有意義な時間になったのは実に素晴らしい結果であった。
 学園到着前に二人はどこかに姿を消す。それは一瞬の出来事であった。その方法を後日訊いてみよう。
 学園は相変わらず若い声が溢れる賑やかな場所であった。前回学園に帰ってきた際には新入生が入って来ていたので、もうダンジョンを経験してその数を減らしている事だろう。
 僕は寮へと移動して自室に荷物を置く。少し前まではまだ明るかったが、今では夕方でも外はすっかり暗くなっていた。
 自室には僕が入る前からプラタとシトリーが待機していて、扉を開けると恭しく出迎えられる。
 荷物を置いて落ち着くと、折角二人が居るのだからと、僕は後日と思っていた二人が列車から消えた移動魔法について問い掛けた。

「あれは転移魔法の一種です」

 それに対してプラタはそう答える。

「そういえば、僕は転移魔法ってよく知らないんだよね」

 昨日、フェンに影渡りについて尋ねた際に移動魔法について考えたばかりだ。丁度いいので一緒に訊いてみる。

「一般的な転移魔法は私達が先程見せた転移魔法と似たような原理でして、これは魔力に距離という概念が無いのを利用した移動方法です」

 そこまで聞いて大体理解できたが、余計な口を挿まずに説明は最後までしっかり聞く。

「と言いましても簡単なモノで、まず物体を魔力に変換して目的座標に移動して再構築するだけです。私達の場合、元々が魔力の集まりの様なモノですので、この移動法が合っているのです。この身体は生体ではないので魔力への変換も再構築も難しくはないので」
「転移装置の原理も同じ?」
「はい。魔力に変換して目的地で再構築する為に必要な魔力と魔法が込められたモノを二か所以上に設置する事で転移を可能としております」
「なるほどね。転移はそうなっているのか」

 転移について理解して僕は頷く。

「ありがとう。プラタ」

 それに礼を言う。物体を魔力に変換するのは難しい上に大量の魔力を使用するので、そう簡単には出来ない事だろう。ダンジョンに在った転移装置の距離があまり長くないのは、再構築を確実にする為だろうか? それと、その方法なら知っている場所にしか移動は出来ないだろう。再構築に失敗したらそのまま魔力として消滅するのだろうか。

「・・・・・・」

 それらについて考えながら、他の方法も模索する。こうやって考えている間はとても落ち着くのだが、その間両側から視線が突き刺さるのは少し気になる。これでも多少は慣れたのにな。
 その状態のまま思考する。食事は明日の朝に摂ればいいだろう。それにしても、一人部屋というのは気が楽でいい。西門の宿舎での同室者はセフィラ達なのでそこまで窮屈ではないが、やはり他人が居るというのは気を遣う。まぁ、この部屋にはプラタとシトリー、影の中に居るフェンの三人が居るのだけれども、この三人はあまり気を遣わなくていいから問題ない。出来れば凝視し続けるのだけは控えて欲しいけれど。
 そんなこんなで夜も更け、そして朝になる。
 目を覚ますと、プラタは相変わらず枕元に腰掛け僕を見下ろしていたけれど、何故かシトリーは僕を抱き枕代わりに隣で寝ていた。シトリーはプラタを模倣していても一応寝る事は出来るらしい。プラタは身体が人形だからか、前に眠る事は出来ないと話していた。というか瞼が付いていないし、一般的な生き物のように瞳で物を見ている訳でもないのだとか。これも人形だからだろう。それでも、その月の様に美しくも冷たい白銀の瞳で凝視されると困るのだが・・・。

「おはよう。プラタ」
「おはようございます。ご主人様」

 頭を下げたプラタと朝の挨拶を終えると、僕は拘束されていない方の手でシトリーの肩を掴んで揺り起こす。

「ん、おはよう、オーガスト様」
「おはよう。シトリー」

 目を覚ましたシトリーと朝の挨拶を交わすと、シトリーはゆっくりと上体を起こす。
 僕もそれに続いて起き上がると、顔を洗ったり着替えたりと、一通り朝の支度を済ませる。

「さて、それじゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃいませ。ご主人様」
「いってらっしゃい!」

 二人に見送られて部屋の外に出ると、僕は食堂に向けて歩みを進めた。
 二年生から居を移す上級生寮の方面にはほとんど人は居ない。上級生寮側の食堂も似たようなものだ。最も学園に滞在している一年生は寮も普段使っている食堂も違うのだからしょうがない。むしろ僕はこちらの方が落ち着けていいのだけれど。
 食事は相変わらずパンではあるが、今日は中央部に一本の大きな切れ目の入った太く短いパンを切り分けた物を二枚食べた。飲み物は水を飲もうとしたら食堂のおばちゃんにミルクティーなる暗い乳白色の物を勧められたので飲んでみた。香りはそこまでしなかったが、味は濃厚でありながらさっぱりしていた。甘味料が別に用意されていたが、気分的に甘味は要らなかったので甘みはあまりない。
 食事を終えると、一息ついて教室に移動する。その途中で一年生を見かけた。前にコップを割った女生徒の三人組と他の女生徒数名だった。まだ通っているという事は、最初のダンジョンの洗礼を乗り越えられたらしい。
 教室に着くと、何時ぞやの若い男性教諭が教壇に立った。
 生徒は僕一人だったが、内容は戦闘でのちょっとした注意事項と食べられる野草の見分け方などのサバイバル技術についてだった。しかし、森の中に入った身としては今更感があった。一応真面目に受けたが。
 授業が午前中で終わると、昼食を食べに教室に近い大食堂の方へ移動する。流石に一年生が居るだけに多少賑やかではあったが、席は空いていた。
 そして、適当な席に腰掛け食事を終えた僕は、訓練の予定も無かった為に図書館へと足を延ばしてみる事にした。





 二年生から解放される図書館は、上級生寮から少しだけ離れた場所にあった。
 訓練施設よりも大きな三階建てのその施設は、入り口横の壁に『ジーニアス魔法学園図書館』 と書かれた金属板が嵌め込まれている以外には、外観からはそれが何の施設であるかを示すモノが何一つとして存在していない。
 その図書館に入るには入り口に置かれている、上部に少し傾斜のついた台座の様な形の装置に生徒手帳を翳す必要があった。
 僕は二年生なので問題なくその中へと入れる。
 図書室に入ると入り口で受付をしている司書の女性がこちらに目を向けてくるが、直ぐに視線を手元の本へと戻した。
 前回来た時にも同じ女性司書の人が受付だったが、その際には生徒手帳の提示を求められた。もしかしたら顔を覚えていたのかもしれない。
 そこは本を積み上げて造られた家であるかの様に本に埋め尽くされた空間であった。壁際には勿論の事、中央にも本棚が整然と並び、そこは当然のように大量の書物で埋まっている。
 入って直ぐの場所は吹き抜けになっていて、見上げれば三階の様子も少し確認出来る。
 各階には本を読んだり勉強をしたり出来る専用のスペースが確保されているが、そこまで広くはないので、読む場合は基本的に立ち読みだ。本を入れておく籠が用意されていたり、次に読む本を置いておける小さな机が何か所か設置されてはいるが、正直調べ物をするには少々不便ではあった。まぁ、利用者はそれほど多くはないので、机と椅子が用意されている場所が全て埋まる事はそうそうないのだが。
 本の持ち出しは原則禁止だが、写本は許可さえ貰えば可能である。それでも簡単に許可が下りる本は少ないらしい。
 図書館を出る際には持ち物や身体検査を受けなければならないのも、人が少ない原因かもしれない。
 今日は明確な目的が無いので、僕は三階の本から調べる事にする。三階は主に魔法関連の本が多いらしい。

「基礎や応用魔法の種類や解説は要らないから、論理辺りが詳しく書かれているのはどの辺にあるかな?」

 人間の未熟な魔法理論にそこまで興味はないが、それでも何が発想の糸口になるか分からないので、一応目は通してみたい。
 そのまま調べていると、目的の物のような本がまとめられた区画を見つける。

「こんなものしかないのか・・・?」

 そこに並ぶ本は授業で習ったモノから、それよりも少し深く踏み込んだ程度のモノ。正直本屋で専門書を探した方が有意義かもしれないレベルだった。
 その後も本棚を隅から隅まで調べてみるも、ろくなものがない。それは他の魔法書も似たようなモノであった。
 それでも広い図書館の本の背表紙を隅から目で撫でただけでかなりの時間が掛かり、気づけば日暮れを過ぎている。
 僕は出入り口で身体検査を受ける。身体検査と言っても服の上から軽く触られるのと、探知魔法で調べられるぐらいだ。どうやら本には事前に幾つかの魔法が掛けられており、対を成す探知魔法に反応するらしい。それと、文字に反応する魔法も一緒に掛けられているらしく、これは特定の文字に反応する程度のものらしい。
 僕は何も持っていなかったので、手荷物検査はしなくて済んだので直ぐに終わった。
 図書館から自室まではそう遠くないが、陽の落ちたばかりの世界はまだ昼の熱が残っていて、震えるほどに寒いという事はない。

「図書館であの程度か・・・」

 無論、学園で学ぶものは魔法に関する事ばかりではないし、ここで生涯の友を得る者も多いと聞く。

「そう言う意味ではここに来た意味もあったのかな?」

 プラタの顔を思い出し、続いてフェン・シトリーと頭に思い浮かぶ。あの三人とはこの学園に通ったおかげで出会えたのだから、部屋の外に出たのにも意味があったのだろう。ただ、もうこれ以上この学園に在籍する事にいかほどの利点があるのか分からないけれど。

「この世界で生きていくなら必要な経歴かもしれないが」

 ジーニアス魔法学園卒業という経歴は人間界では強力なモノで、まず軍なら何処の国でも確実に入隊出来る。というより、それ以外でも合法違法問わず引く手数多で仕事も報酬も地位も困らない事だろう。

「でもなー、いつまでもこの世界に居るつもりも無いしな」

 外の世界を旅した事で、人間界が酷く窮屈で退屈な世界だと知った。その為、僕は外の世界を旅したいと望むようになった。もしかしたら人知れず生きていける場所がどこかに在るかもしれないし。
 プラタ達が今後どうするかは判らないが、多分僕は例え独りでも外に出る事だろう。

「その為の知識収集なんだがな」

 結果は残念なモノでしかなかったが、外の世界を歩くならば今以上に強くなければ話にならない。せめてプラタ達と一対一ならほぼ勝てるぐらいにはならなければならないだろう。

「・・・自分で定めてなんだが、途方もない目標だな」

 軽く想像しただけで心が折れそうな程の壮大な夢に、僕は思わず苦笑を浮かべる。それでも、僕は強くならなければならないのだから。
 そんな想いを改めて固めたところで自室に到着する。扉を開けるとプラタとシトリーが出迎えてくれる。

「御帰りなさいませ。ご主人様」
「おっかえりー!」
「ただいま」

 それに返事をして室内に入る。

「・・・・・・」

 室内に入ると、そこにはよく分からない小さな何かがうねうねと蠢いていた。

「ああ、ごめんなさい! 出しっぱなしだった!」
「えっと・・・?」

 説明を求めてプラタの方を向く。

「あれはシトリーの分身体。子どもの様なモノです」
「分身体?」
「使い魔の様なモノで、あれで情報収集が可能です。勿論シトリーの分身体ですので変身も出来ますが、変身で大きさはそこまで変えられません」
「へ、へぇ?」

 何だろう、さっきまで考えていたことが全て飛んだ気がする。というか、踊るように僕の前でうねうねするこの小さな分身体を見ていたら、全てがどうでもよくなってきたような気がしてくる。

「ははははは!」
「ご主人様?」

 そう思うとなんだか可笑しくなってきた。久しぶりにこんなに笑った気がするほどに、次から次へと内から笑いが溢れてくる。

「お? 何だか知らないけれど、オーガスト様に受けている!?」

 そう言うと、シトリーも便乗して分身体と共によく分からない踊りを踊り出し、全身の力が抜けていく。それから暫くの間笑いが止まらなかったが、あまり声を出さない様にして笑ったので近所迷惑にはなっていなかったと思う。





「はぁ、はぁ、はぁ」

 笑いが収まると、数度息を吸って呼吸を整える。

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 そんな僕にプラタが心配そうに声を掛けてくる。

「大丈夫だよ。それにしても、久しぶりに笑った気がするよ」

 おかげで少し頭がすっきりした気がした。

「おお! オーガスト様が気に入ったならまたいつでもみんなで踊るよー!!」

 ゆらゆらと周囲の分身体と共に身体を揺らしておどけるシトリーに感謝の言葉を送りながら、僕は気を取り直す。

「さて、久しぶりに笑ってスッキリしたところで、今日から魔族の言葉を教えてほしいのだけれど、いいかな?」
「勿論で御座います。この知識も全てご主人様のモノですので」
「私も教えるー!!」

 了承してくれた二人に感謝しつつ部屋着に着替えると、マットを敷いて腰を下ろす。その間にシトリーは部屋に散っていた分身体を回収していた。
 向かいではなく、僕の両隣に座った二人から魔族の言葉を習う。エルフ語以上に人間の言語に近かった。習った感じでは人間の言語の発音を変えただけにも思えたが。
 帰ってきたのが宵の口辺りではあったが、笑ったり準備したりで言語学習を始めたのは夜更けも近い頃だった。そのせいであまり長くは出来なかったが、それでも初日と考えれば丁度いい時間だったのかもしれない。明日からも時間を見つけては学ぶとしよう。そう考えながらプラタとシトリーによる言語学習を終えた僕は就寝する。明日はちょっとクリスタロスさんの所に行って、訓練場所を借りて実験をしてみようかな。





 翌朝目を覚ますと、天井が視界に入る。まだ早朝の様で、周囲は薄暗い。

「ん?」

 起き上がろうとして、動き難さに視線を自分の身体に落とすと、そこには相変わらず僕を抱き枕代わりにして寝ているシトリーの姿があった。

「・・・うぉ!!!」

 またシトリーを起こさないとなと考えながらも、まずはプラタに起床の挨拶をしようと思って反対側に顔を向けると、目の前にプラタの顔があった。

「えっと・・・おはようプラタ」
「おはようございます。ご主人様」
「きゅ、急にどうしたの?」

 いつもの枕元に腰掛けてこちらを見下ろしているのではなく、今朝のプラタは僕の方に身体を向けて添い寝をしていた。

「いえ、大した事ではないのですが、シトリーが嬉しそうでしたので真似をしてみました。・・・御迷惑でしたでしょうか?」

 そう言うプラタはどことなく不安そうにみえて、僕は首を横に振る。

「そんな事は無いよ。ただ突然の事にちょっと驚いただけさ」

 僕がそう返すと、プラタは安堵したような気がした。気のせいかもしれないけれど。

「それじゃ、シトリーを起こして僕達も起きようか」
「はい」

 プラタは頷くと、先に起き上がりシトリーの身体を揺する。

「起きなさい、シトリー。朝ですよ。いつまでもご主人様に御迷惑を御掛けするものではありませんよ」
「んん?」

 それに薄っすらと目を開けたシトリーは、プラタの姿を確認すると、僕に抱きつく手に力を込めてまた目を瞑った。

「シトリー? 起きなさい」
「オーガスト様が起こしてくれるまで寝てる!」
「シトリー?」
「・・・・・・」
「そうですか・・・」

 何となく不穏な空気を纏いだしたプラタに、僕は慌ててシトリーに声を掛けて起こす。

「おはよう! オーガスト様!」
「お、おはよう。シトリー」

 朝から少し疲弊しながらもシトリーを起こすと、僕とシトリーも起き上がる。

「さて、朝の支度でもしますか」

 僕は伸びをすると、気分を切り換える為に洗面所へ行って顔を洗う。その後に歯を磨いたり、制服に着替えたりして軽く身体を動かすと、プラタとシトリーに見送られて食堂へと向かう。
 食堂には珍しく先客が居た。制服を見るに三年生のようだ。本当に珍しい。
 ジーニアス魔法学園では、学年が上がるごとに両袖と襟の部分に白い線が入っていく。六年生からはその白線に一本ずつ色が入っていくらしい。
 だから僕の制服にも襟元と袖の部分に二本の白線が入っているのだが、先に食堂を使っている生徒の襟元と袖の部分には三本の白線が入っていた。
 僕はいつも通りパンを貰うと適当な席に着く。
 今日のパンは窪みのついた平らな表面の丸いパン。そして、飲み物はたまには趣向を変えてスープにしてみた。そのスープは赤いスープで、爽やかな酸味が特徴的だった。
 シンプルで深い味わいのパンと、その酸味の利いたスープは相性が良い組み合わせであった。ただ、食後もその爽やかな酸味が口の中に残っていた為に水が一杯欲しくなり、結局水も貰う事になってしまったが。
 その後は授業を受けて自由時間。のはずだったのだが、どうやらルール学園長殿が僕をお呼びらしい。呼び出された理由はまたも不明。とはいえ、最近あったルール学園長殿が興味を持ちそうな出来事は調査を終えた事ぐらいなので、その辺りの話ではなかろうかと予測しながら学園長室へと赴く。
 その予測はどうやら当たっていたようで、学園長室に着いて許可を貰い入室すると、ルール学園長殿に調査報告を求められる。
 バンガローズ教諭から報告はいっているだろうと思いながらも、バンガローズ教諭に話した内容と同じ内容を報告する。
 それに重々しく頷いたルール学園長殿は僕にいくつか質問をなさり、開放してくれた。
 その際に交わした言葉の感じから察するに、どうやら前に話した通りに、ルール学園長殿は僕をそれなりに評価してくださっているようであった。
 学園長室を退室した後、僕は自室へと戻る。
 玄関でプラタとシトリーに出迎えられ、部屋に入ってクリスタロスさんの部屋へと向かう事にする。

「そうだ! その前に」

 クリスタロスさんから貰った転移装置を起動する前に、シトリーにクリスタロスさんの事を説明しておく。

「へぇー。ここには天使も居るんだ。珍しいね!」

 説明を聞いたシトリーが驚いたところで、僕は転移装置を起動させる。
 世界が白に染まり色が戻ると、いつも通りに二番目のダンジョンの転移装置がある部屋へと移動していた。

「いらっしゃいませ。またお供の方が増えましたね」

 にこやかにクリスタロスさんが僕達を出迎えてくれる。

「はい。色々ありまして、彼女はシトリーです」
「シトリーです。よろしく」
「アテはクリスタロスです。よろしくお願いします。では、部屋へと案内いたします」

 シトリーとの挨拶もそこそこに、クリスタロスさんが部屋へと案内してくれる。

「お好きな席へどうぞ」

 部屋に入ると、クリスタロスさんが椅子を勧めてくれた。

「ありがとうございます」

 それに礼を言って三人でそれぞれ椅子に腰かける。早く実験もしたいが、久しぶりに来たのだから近況報告も兼ねた世間話ぐらいは必要だろう。
 少ししてクリスタロスさんがお茶が入った湯呑を三つ持ってくる。プラタは飲食が出来ない事は前に伝えているので、もう一つはシトリーにだろう。

「お聞きするのを忘れておりましたが、シトリーさんは飲食は出来ますか?」

 僕、シトリー、クリスタロスさんの順にお茶を置きながら、クリスタロスさんがシトリーに尋ねる。

「私は魔力があれば十分だから飲食不要だけれど、出来ない訳じゃないよ」
「それは良かったです。では、気が向いたらお飲みください」

 にこやかにそう告げると、クリスタロスさんは僕達の向かい側にあるいつもの席に腰を落ちつけた。

「改めまして。お久しぶりです、オーガストさん」
「お久しぶりです」

 そう言って僕は優しい笑みを浮かべているクリスタロスさんに会釈する。

「本日はどうされましたか?」

 クリスタロスさんの問いに、僕はまた訓練所を借りたい旨を伝える。

「それでしたらどうぞご自由にお使いください」
「ありがとうございます」

 直ぐに許可をくれたクリスタロスさんに礼を告げる。とはいえ、たまには会話に興じるのも必要な事だろう。前回来た時も最初に話したぐらいで、その後は場所を借りただけで大して話は出来なかった。

「そういえば、入り口に居たあの人面の魔物は元気ですか?」

 魔物に元気も何も無いのかもしれないが、人面だからか何となくそんな事を思ってしまう。

「フェネクスの事ですか? ええ、彼は変わらず元気に門番をしてくれていますよ」

 あれフェネクスとかいう名前なのか、何か無駄にカッコいいな。というか、名前と一緒にあの相手を馬鹿にしたような顔が思い浮かび、軽くイラっとした。

「そうですか。まぁ来客もそう居ないでしょうが」

 何しろここまで辿り着けたのは、ジーニアス魔法学園の創設者のパナシェ氏を除けば僕達ぐらいらしいし。

「そうですね。あの壁の前まで来る生徒は居るらしいのですが、そこで直ぐに道を変えてしまうらしいです」

 普通は行き止まりに突き当たったら道を変えるよな。僕は視えていただけだし。

「なるほど。まぁ私的にはここに他の人が来なくて安心できますが、やはり寂しいですか?」

 僕の問いに、クリスタロスさんは穏やかな笑みを浮かべて首を横に振る。

「いえ、今はこうしてオーガストさんが時折訪ねてくれますから。それに、オーガストさんは色々な方を連れてきてくださいますから、寂しいどころか退屈もしていませんよ」
「それなら良いのですが」

 クリスタロスさんに何かとお世話になっている身としては、喜んでもらえているならそれに越したことはない。

「ええ。そういえば、外の世界はどうでしたか? 色々こことは違うので大変でしょう?」

 話題を変える感じで手を軽く叩くように合わせると、クリスタロスさんはそう尋ねてくる。

「そうですね。人間界とは色々異なっていますが、彼女達のおかげで何とかなっています」

 先程から静かに話を聞いているプラタとシトリーに目を向ける。

「先日もエルフが住んでいる西の森に行ってきましたが、彼女達のおかげで不便はなかったですし。というか、シトリーとはそこで出会ったんですよ」
「そうでしたか。ふふ、オーガストさんとの旅は楽しそうですね」

 僕の話に、クリスタロスさんは楽しそうに笑う。

「もう興味はないと思っていましたので久しく外に出ていませんでしたが、オーガストさんとの旅なら少し興味が湧いてきますね」

 そう言って口元に手を当てて嬉しそうに笑うクリスタロスさんは、少しだけ少女のように見えた。

「クリスタロスさんはここから出られるのですか?」

 そもそもパナシェ氏に救ってもらったとはいえ、何故ここにいつまでも引きこもっているのだろうか? 個人的には羨ましいけれど。

「可能ですよ。ただ、人間界は魔力濃度が低い為に、ここから出るならば外の世界でなければ直ぐに体調を崩してしまいますが」
「ああ、なるほど」

 人間界は魔力濃度が低いという話は前にプラタから聞いていたが、実際に外の世界に出て初めて気づいた事だった。
 それに、人間界から離れれば離れる程に魔力濃度は濃くなる。まだ森の端までしか行ってはいないが、結構な差があった。
 あれぐらいか、もしくはそれ以上の魔力濃度に慣れているのならば、体調を崩すのも頷けた。年中暑い場所で育てば、少し寒い場所に移り住んだだけで大変な事だろう。
 逆もまた然りだと思うのだが・・・人間はどうなんだろうか? 少なくとも僕はここでも森でも平気ではあるが、もしかしたら影響が出るのは魔力が濃い方から薄い方に移った時だけなのかな?
 その事に興味もあったが、時間を確認するともう日暮れ時だった。

「もうこんな時間か。すいません、話の続きはまた後日でいいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます。では、少し訓練所をお借りしますね」
「はい。どうぞ」

 席から立ってクリスタロスさんに一礼すると、僕はプラタとシトリーを連れて、奥にある訓練所として使用させてもらっているもの凄く広い空間の部屋へと移動した。

「相変わらず広いなー」

 どこまでも続く広大な空間に、僕はそう大きな声を上げる。何となく反響しそうな気がしたが、気がしただけだった。

「それにしても、何でこんな所に天使が? ここ人間界だよね?」

 訓練所に着くなり口を開くと、不思議そうに首を傾げるシトリー。

「そうだよ。昔ここの学園の創設者に助けられたらしくてね、それからここに住んでいるんだとか」
「へぇー」

 つまりクリスタロスさんはもうかれこれ百年以上はここに居るという事だ。

「今回は何をなされるのですか?」

 プラタの疑問に僕はどう説明しようかと考え、答える。

「魔法の合成を試してみようかと思ってさ」
「魔法の合成?」
「なにそれー?」

 僕の説明に首を捻るプラタとシトリー。

「魔法を発現後に合成できないかと思ってね」
「なるほどー」

 説明を終えると、僕は早速実演してみせる。
 まずは小規模で試す為に、同程度の魔力量で小さな火球と水球を一つずつ発現させる。その二つを操作して慎重に魔法の球体同士を触れさせてみる。

「まぁこうなるよね」

 見事に消滅する二つの球体。
 形を為した魔法と魔法が接触すると、その魔法を形成している魔力が互いにぶつかり合い、少ない方が消滅する。その際、魔力量の多い方の魔法は消し去った魔法の分の魔力を失う。
 つまり、同量の魔力で形成された魔法は互いに消し合い消滅するという事になる。これには火や水などの相性は関係ない。
 こうなる為に、魔法を組み合わせるのは形を成す前、つまりは魔力の段階でやらねばならない事になる。簡単に言えば、固体にする前に液体同士で混ぜ合わせようという事だ。
 しかし、それではつまらない。というより、同調魔法のように二人以上の力が合わさり効果を上昇させる魔法がある以上、それを一人で出来てもいいではないか。自分の魔法同士だから面倒な調整とかいらないし。何より面白そうだ。

「それ、たまに同じことを考えるのが居るけれど、成功したためしはないねー」

 次の手を考えていると、シトリーがそう教えてくれる。

「そうなんだ」
「うん。その相克がどうにもできずに挫折してたよ。中には開き直って片方に食わせて強化できないかと考えたのも居たけれど、結局は互いに消耗して弱体化しただけだったね」
「なるほど、なるほど」

 先人の努力は貴重だ。学ぶことでそうやれば上手くいかないという成功例を知ることが出来るのだから。

「ん?」

 そこで自分の思考に違和感を覚える。上手くいかないという事は失敗だろう。今、何故失敗を成功と思ったのだろうか? まるでそれが当たり前のような思考だった気がするが、どういう事だろう? よく分からないが、とにかく、失敗を学ぶことで無駄に時間を浪費しなくて済むようになる。
 思考を切り換えた僕は、どうすれば合成魔法が成功するかを考える。

「次は――」

 同量の魔力で創った火球を二つ生み出すと、それを丁寧に接触させる。

「ふむ」

 それは弱体化はしたが、消滅させずに接触させることに成功した。

「こうだと?」

 その火球を消すと、新たに波長の違う火球を二つ生み出し、離れた場所で接触させる。

「なるほど」

 それは最初の様に消滅こそしなかったものの、かなり弱体化してしまった。
 それと同じことを他の同系統の基礎魔法同士でも試してみると、結果は同じだった。

「つまり弱体化はするが同系統ならば大丈夫と・・・」

 結局目的の強化にはならないので使えないが、何か閃かないだろうか・・・。

「ふむ? なら、無系統と接触するとどうなるんだ?」

 再度火球を一つ生み出し、もう一つただ魔力を同量集めただけのものを用意する。そして、その二つをくっつける。

「なるほど。無系統だと大丈夫だと・・・とはいえ何も変わらないけれど」

 二つを近づけるも、ただくっ付いただけで何も変化が起きない。だが、二つを少し強く押し付けると、火球が無系統の魔力を吸収し、一瞬その体積を増やす。しかし、直ぐに空気が抜けた様に元に戻った。火球を構成している魔力量に変わりはないので、ただ通過しただけの様な感じか。
 他の基礎系統でも同じだった為に、次は無系統同士で試す。

「おお!?」

 無系統は合わせると一つになった。その際、他系統のように弱体せずに、魔力量がほぼ二つの合計値と同じの一つの魔法となった。ただし、最初から普通に一つの大きな魔法を創ればいいだけで実用性は無い。せめて魔力量が僅かでも増大してくれればまだ救いはあったのだが・・・。

「うーむ」

 これからどうしようかと考える。一応実験して少しは理解出来たが、これでは目的の合成魔法は完成しない。そもそもなぜ相克が起きるのか、という所から考え直さなければならないのだろうか。

「わぁ! オーガスト様! それ面白ーい!」

 僕があれでもないこれでもないと考えていると、後ろからシトリーのそんな声が聞こえてくる。

「ん? それって?」

 僕は言葉の意味がよく分からず、シトリーに問い掛ける。

「その色んな魔法くっ付けるやつだよ!」
「ん?」

 シトリーが指さす方に顔を向けると、そこには様々な系統の魔法を一繋ぎにしたモノがまるで生きている様に宙を泳いでいた。

「ああ、これか」

 それは考えている間の手持ち無沙汰からほぼ無意識に創ったモノだった。
 強く押し付けさえしなければ無系統の塊は他の魔法をくっつけるみたいだったので、無系統魔法を緩衝材と接着剤代わりに、様々な系統魔法を繋げて手慰みにしていた魔法球列車だった。

「面白い発想だと思います」

 プラタからもそう評価される。

「まぁ面白いだけだけれど」

 わざわざくっ付けなくとも、生み出した様々な系統の魔法球を連続で射出すれば同じことだ。くっ付けるだけ無駄骨だろう。

「面白い発想というものは、その者の常識外の新たな発想という事です」
「ん?」
「目新しいから面白いのです。驚くのも笑われるのも同様で、新発想だからの反応です」
「う、うん?」
「つまり、そんな反応が得られる発想というのは、世界を変える可能性が有るのでは? と愚考致す所存で御座います」
「・・・ああ、なるほど」

 今までの常識では直ぐには受け入れられない新発想だからこそ、それは新たな世界の鍵になると。
 僕は目の前で泳がせている魔法球列車を観察する。これにもその可能性が有るという事か。ならば、それを見出せるかは僕の発想力次第と。

「それは中々好戦的な挑発だな」
「そんなつもりは・・・」
「いや、感謝しているんだよ。それは面白い角度からの見方だと思ってね」

 その僕の言葉に、プラタは無言で僕へとお辞儀をする。
 それにしても、見方の異なる発想力か、これは少々難題だな。時間が掛かりそうだ。まぁ、今回の学園滞在期間は余裕があるから構わないんだけれどね。むしろ望むところだ。
 ああ、これで少しは楽しくなりそうだ。

しおり