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第二十八話 ふざけんなクソアミラ

「盗んだと言っても、元から帝国のものじゃなかったんだけどね」
「……?」

 どんな深刻な話かと身構えていたから、俺としては拍子抜けな感じだ。
 だが、まだ話はわからないので、次のアミラの言葉に注目する。

「帝国が狙ってた神代遺物(アーティファクト)を先回りして横取りしたのよ。もともと、その神代遺物があった遺跡の調査は私に一任されてたから簡単だったわ。あぁ、フィオーネとヤユにはまだ言ってなかったけど、私、元は帝国の魔術師なのよ」

 なるほど、軍人としての任務を放棄して、その権利によって知り得た情報を元に軍の意に反することをしたのだから、確かに『盗んだ』と表現するのが適切なのかもしれない。
 元いた世界の会社に置き換えてみると、事前に守秘義務だとかそこで生み出した利益の扱いなどその他諸々の契約をさせられるから、もしそんなことをしたら裁判沙汰になるだろうが、この世界でもそれは同じか。というか横取りされたらムカつくもんな。
 でも、俺がアミラと同じ立場にいたら、自分の命が懸かってるんだからそのくらいすると思う。まぁだからと言ってそれが悪いことには変わりないが。

 そんな感じで俺が冷静に思索しているのとは裏腹に、アミラが元帝国所属の魔術師だと初めて知った二人は意外そうな顔でアミラを見ていた。

「そのせいで私は帝国に追われてるの……。さっきのやつも、私の神代遺物が狙いで付けてきていたんだわ……」

 そう言うアミラの顔は暗い。
 責任感の強いアミラは、俺が傷つけられたことやヤユの店が壊されたことに内罰的になっているに違いない。
 なんやかんや言ってアミラは悪い奴ではないからな。

 と言うわけで、もしアミラが謝ってきてたら、仕方のないことだったんだし許してやろうと考えていると、アミラがバッと顔を上げ、吹っ切れた様子でどこかぎこちない笑顔を見せる。

「ま、まぁ。あんな雑魚一匹倒せなかった栄一が悪いわよね? うん、そうだわ! 栄一のせいよ!!」
「——はぁあ?!」

 前言撤回だ。
 完全にこいつのせいで巻き込まれたと言うのにどうして俺のせいになるんだ?

 謝罪の一つでも聞けるのかと思っていたせいか、余計に苛立ちを感じる。

「私の助けもないと倒せないほどの弱さなんだし、そこまで弱いのってもはや〝罪〟よね。それに店を壊したのだって、栄一の力不足で——」
「ふざけんじゃねーぞ! お前が油断してたのが悪いんだろ!? 俺は死ぬ思いまでして戦ったと言うのにそんな言い草はないんじゃないか?」
「な、何それ!? 私に助けてもらわなければ死んでた分際で何偉そうに!!」
「はぁあ!? ふざけんのも大概にしろよ!!」
「それはこっちのセリフで——」
「いい加減にしたまえ!!」

 ヤユがテーブルと叩く音と、同時に鳴り響いた制止の声で、場に静寂が訪れる。
 もう少しで、机から乗り出していたアミラが俺に殴りかかろうとしていたところだったが、それさえも抑え込む迫力に、アミラも俺も、そしてフィオーネも驚き、目を見開いている。

「アミラくん、君は幼すぎる。もっと素直になりなさい! 本当は栄一くんに謝りたかったんじゃないのか?」
「違うわ!! 誰がこんな奴なんかに謝るもんですか!!」
「おい! テメェ!!」
「——やめろと言っている!! ……二人のいざこざに口を出したくはなかったが、これから少しの間でも共に暮らすというのに、そう言うのはやめてくれないか? 不愉快だ」

 アミラが俺に謝りたがってた? そんなことあるわけがない!! 
 こいつは容赦なく人を殴り、そして殺す、残虐な奴なんだ。人に謝るなんてありえない。

 だが、ヤユの言う通り、ここで仲間割れするのは得策ではないのも事実だ。何せこれから命を懸けて共に戦うんだからな。
 そもそも、この幼稚なアミラにムキになるのが間違っていた。
 少し大人げなかったか。

 そう考えた俺は、一度深く呼吸をすると、俺を冷静に戻してくれたヤユの方へ向かう。

「すまなかった! つい頭に血が上ってしまった」
「いや、わかればいいんだよ。アミラくんも、もう喧嘩はやめてくれよ?」
「ふんっ!!」

 せっかくのヤユの言葉にも、アミラは我関せずとそっぽを向く。
 椅子には座ったものの、まだ機嫌を直さないアミラに、さすがにヤユも少し苦笑いをしてしまっているが、もし俺だったらブチ切れてるだろうから大したもんだと思う。

 なんとなく気まずい空気が流れ、どうしたものかと考えていると、今まで何もできずにアワアワとしていたフィオーネが口を開いた。

「で、でも、確か、アミラさんたちって裏組織にも追われてるんですよね? あんな荒技を使うなら、帝国の人間よりもそっちの可能性の方が——」
「荷物を確認したの。奴を殺した後、身ぐるみを剥がしたでしょ? その中に、帝国の諜報員にのみ渡される魔術指輪(マジック・リング)があったのよ。それと呪いの魔石も」
「魔石?」
「えぇ。帝国の諜報員は自国の不利になる情報を漏らしたり、そう思われる行動をしたら死んでしまう呪いがかけられているって言ったでしょう? それには魔石が使われてるの。胸のあたりに埋め込まれていて、装着者が死んでも爆発するんだけど、その前に私の重力操作で取り出しておいたのよ。栄一が使えるかと思ってね」

 アミラはそう言うと、どこからか取り出した魔術指輪と魔石をテーブルに転がした。
 きっと、俺のために持ってきたのでなく、俺と言う〝駒〟の戦力を上げるために、つまりアミラが無事に神代遺物(アーティファクト)をオークション会場から盗み出すために持ってきたのだろう。

 だが、貰えるものはもらっておく主義の俺は、いくら生かすかない奴からのプレゼントだろうと受け取らせてもらう。

「じゃあ早速試してみるか」
「いや、それはダメよ」
「なんでだ?」

 単なる嫌がらせをしてきているのかと思ったら、どうやら違うらしく、理由を説明してくれた。

「あんた、今日はもう大量の魔力を消費したでしょ? これ以上使うと体を壊すわよ。……でもとりあえず、能力のコピーとその使い方を教えるくらいならいいわよ。指輪だけじゃなくて魔石のコピーもできるの?」
「試してみないとわからないな」

 それにしても魔力って枯渇してもまずいのか。

 俺の目の前にいたのにも関わらずに一瞬で姿を消したあの魔法が習得できると思って期待していたのだが、残念だ。
 それに魔石と言う未知のもの気になる。

 もし自分に呪いがかかると面倒なので、とりあえずテーブルに置いてあった指輪に触れて眺めていると、先のアミラの言葉に疑問を覚えたフィオーネが「能力のコピー?」と首をかしげた。
 そういえば、まだ俺の話はしていなかったな。

「俺が話したかったことって、そのことについてなんだ。実は、俺をこっちの世界に転生させた女神からとある能力をもらってね」
「……? そもそも、能力ってなんですか?」
「えっ?」

 聞くと、この世界にはいわゆるユニークスキルと呼ばれる能力なるものが浸透していないらしい。
 得意不得意として、扱いやすい魔法などはあるが、それはついさっきフィオーネが説明してくれた適正要素に関わるもので、能力とはまた別物みたいだ。

 能力をどう説明しようかと悩んでいたところ、ヤユが助け舟を出してくれた。

「能力っていうのは、その人の魂に刻まれる固有魔法のことで、いちいち呪文や魔法陣を用意しなくても瞬時に強力な魔法を扱うことができるんだ。一つの国にほんの数人しか持ってないってくらい希少なものだから、フィイが知らなくても当然かな」
「すごく面白そうな話ですね!! それで、栄一さんのはどんな能力なんです!?」

 フィオーネとともに、ヤユから能力について聞いて感心していると、フィオーネからキラキラした目で質問を受ける。

「指輪の効果を魂にコピーする能力だよ」
「えええええ!?!? どんな仕組みになってるんでしょうか!? 使うときはどういう風にして発動するんです!? 魔力の消費量は!?」

 予想はしていたが、例の漏れず、フィオーネが発狂を披露した。
 ヤユはというと、なぜか『納得した』というような顔をしている。
 店内での俺の戦いを見ていた時に悟っていたのかもしれない。

「落ち着けって。触れただけでコピーできるんだけど、それ以外のことは俺もまだ使い始めたばかりだしよくわからないんだ」
「あぁ!! だから昨日は指輪の〝購入〟じゃなくて〝試用〟をしたがっていたんですね! お店の迷惑を考えてのことなのかと思ってましたよ!」
「まぁな」

 まぁ確かに店に迷惑になるかもとは考えたが、ただ単に邪魔だったのが大きな理由だ。
 それに借りを作るのが好きな性分だからってのもある。

 少しして、何やら考え事をしていたのか、一人でニヤニヤしていたヤユが話しかけてくる。

「興味深い能力だねぇ。その魔石のことも調べたいし、少し付き合ってくれるかい?」

 ちょっと危ない気もするが俺ももっと自分の能力について知っておきたかったし、協力することにした。

「えぇいいですよ。どうせ今日はもう魔法の練習はできないんだし」
「師匠!! お供いたします!」
「しょうがないから私も付き合ってあげる。帝国の魔法を知ってる私がいたら助かるでしょう?」
「あぁ、二人ともぜひ頼むよ!! じゃあ、早速始めよう!」

 そういうわけで、その日は、睡魔によって邪魔されるまでずっと研究に明け暮れていた——。

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