第二十四話 幸せと死
「……いちさん! 栄一さん! 起きてください!」
俺の名前を呼ぶ声に、俺は徐々に意識を覚醒していった。
まだ頭がぐらんぐらんして、なんだか夢を見ているような不思議な感覚だ。
「栄一さん! 大丈夫ですか!?」
「……あぁ、なんとか…………」
重い瞼をゆっくりと持ち上げると、そこには心配そうな顔で俺を見下ろすフィオーネがいた。
状況を把握するためにも、自分の体を確認するようにして首を起こす。
それを見るに、どうやら俺は彼女に膝枕されているらしい。
そして、痛みは全くないが、俺のジャケットも痛シャツもまるで血に染まったかのように真っ赤になっていた。
なんでこんなことになったんだっけ?
「アミラさ〜ん! 栄一さん、起きましたよ〜!」
そう言うフィオーネの視線を追ってみると、アミラが、店に引火している炎を操作して消化活動をしている姿があった。
店中に舞う火の粉を空中の一点に集めて球体のようなものを作り、それをどんどん圧縮している。
「……そうか。黒ずくめの男と戦って……その時にこの店を燃やしたんだったか」
俺の魔法による爆発の影響でボロボロになった店内を見て、俺はようやく倒れる前の記憶を取り戻した。
自分がやったことだけど、随分と派手にやったもんだな。
現実味のわかない光景に、ぼーっとアミラの方を眺めていると、ちょうど消化が終わるところだったらしく、アミラは作業を早々に切り上げて駆け寄ってきた。
「栄一!!」
フィオーネと同じように、アミラもまた心配そうな顔をしている。
目の下に泣いた後のような痕跡があるが、俺が意識を失う寸前の記憶は正しかったのだろうか。
「痛いところはない? 息苦しいかったり、どこかに違和感があったりしてない?」
俺たちのところに着くなり、俺の顔を覗き込んでまるで子供の怪我を心配する母親のようにアミラは俺の無事を必死に確認してきた。
美少女に膝枕されると言うのは俺の人生の中でもトップレベルで幸せなことだが、病人扱いされているみたいでそろそろ居心地が悪くなっていたので、アミラのサポートの申し出を断って自力であぐらをかいて座り込む。
「大丈夫だよ、アミラ」
「本当? 遠慮とか見え張ったりとかしないでよ?」
特に痛みを感じているわけでもなかったし体も動くようなので、俺はアミラを安心させるためにもそう言ったのだが、アミラは俺のことを信じられないといった様子で、四つん這いになって迫ってきていた。
上目遣いで突然顔を近づけられたので、一瞬同様して後ろずさってしまったがすぐに気を取り戻して、自分のやるべきことをする。
「本当だとも。ちょっと頭がぼーっとして力が入りにくいけど、それ以外は本当に問題ないよ」
「きっとそれは流血によるものと、魔法の酷使のせいね。……でも大丈夫そうで良かったわ」
ようやく俺を信じて安心してくれたように、アミラが大きく息を吐く。
だがまだ気が腫れてない様子だったので、そのままアミラの頭を撫でてやった。
最初はビクッと体を震わせ驚いた様子を見せたが、次第にそれは心地の良さそうな笑顔に変わっていき、そんなアミラを見ていると俺の心も安らいでいた。
するとそこで、一人かやの外となっていたフィオーネの存在を、彼女の声によって思い出す。
「アミラさん凄かったんですよ!! 栄一さんの流れ出る血液を浄化しながら体内に戻しただけじゃなく、同時に治癒魔法で傷を塞いでいって、さらに、煙を吸わないようにって空気の流れまで操作して……。本当に必死で栄一さんを助けようとしてたんです!! もうかっこよすぎて、女の私でも惚れちゃうところでしたよ〜」
「ば、ばか!! そんなこと言わなくていいのよ!」
フィオーネの暴露に、アミラが俺の手を振りほどいてフィオーネに抗議を始めた。
言わずもがな、アミラは赤面していて、それだけじゃ足りなかったのか腕をブンブンと上下に振っている。
そんな二人を見ながら、俺の心はとても満たされていた。
両親にさえも、なえがしろにされていた俺には、今まで俺を気にかけてくれる人なんて一人といなかった。
だからそれゆえに、二人の好意に幸せを感じていたのだ。
「アミラ。ありがとうな。今回もまた助けられたみたいだね。」
俺に名前を呼ばれて、そのトーンから俺の意図を感じてくれたのか少し疑問を持ちながらも真剣な眼差しを返してくれたアミラに、俺は臆することなく礼を言う。
たった一言、『ありがとう』と言うだけなのに今までは照れ臭くて口に出せなかった。
だが、今回はなぜかすんなり伝えることができた。
礼を言われたアミラはというと、彼女もふざけたりすることなどなく、俺の言葉を受け止めてくれた。
「アミラがいなかったらきっと俺は今頃死んでたよ。本当にありがとう」
「……べ、別にあんたのためにしたわけじゃないわよ! 私の仲間が減ったら色々と不都合だから、私のためにやったまでよ! それに…………」
さすがのアミラも俺の言葉に恥ずかしくなったみたいだ。
また例のごとく、腕を組んでそっぽを向いている。
だがその声はいつものそれとは違って、どこか温かみを帯びていた。
「フィオーネもありがとうな。それと、大事な店をこんなにしてすまなかった。今すぐには無理だけど、いつか必ず弁償するから」
悪いことをしてしまったと思った俺は、座ったままだが、精一杯頭を下げる。
もし、頭を下げて謝罪すると言うこの作法も、この世界ではタブーとなっていたらどうしようかと考えていたところ、
「頭を上げてください! いいんですよ、店のことは。だってきっと、栄一さんが悪いわけではないんですよね? なら、栄一さんが謝ることはありません!」
フィオーネはそう言って俺の肩を掴んで無理やり頭を上げさせた。
確かに俺が原因ではないとは思うが、でも店をめちゃくちゃにしたのは紛れもなく俺なので再度謝る。
「やっぱり店を壊したの事実だし、俺に責任を取らせてくれ」
「だからいいんですよ。今回のは事故みたいなものですし——」
「——いや、栄一のせいじゃないわ。やつは私を狙ってここへ来たの。ねぇ、栄一。ここで何が起きたか聞かせて?」
俺の謝罪に、再びフィオーネが俺に説得を始めた時、アミラから思わぬ発言があった。
突然質問されたことに戸惑いつつも、俺はありのままのことを話す。
「それが俺にもわからないんだ。いきなりそこに置いてあった水晶に黒ずくめのやつが映ったと思ったら、次の瞬間には扉を突き破って攻撃してきて……。そういえば、やつはどうなったんだ?」
「私が殺したわ」
「殺したってっ!?」
考えればわかることだが、なぜか俺は驚き、聞き返してしまった。
アミラがやつを、〝人〟を殺したのか。
その事実に俺はまるで心臓を握られたかのような錯覚に陥った——。