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第十話 ふざけんなクソ勇者

 気づくとそこには見覚えのある鉄格子が並んでいた。
 そう、女神と会う前にいた牢獄である。
 小鳥の囀りが牢獄の中まで響き渡り、鉄格子が貼られた窓からは旭光が入り込んできている。
 どうやら、異世界での二日目の朝を迎えたらしい。

「あのクソ女神。今度会ったらただじゃおかない!」

 なんとなく、あの女神のことだから、俺のスタート地点である宿ではなくここに転移させるんだろうなと予測していた俺は、あいつにどうやって報復しようか策を練っていた。

「おい!! なんだ? 騒がしいぞ!」

 すると、奥の方から昨日と同じ看守が俺の牢獄の前まで来た。

「あぁ、すいません。悪い夢を見てしまいまして」

 適当に流そうと、妥当な言い訳をすると看守は驚いたように目を見開き、

「お前、言葉が喋れたのか!」
 と、随分失礼なことを抜かしてきた。

(そういえば、この指輪の効果でここの言語が理解できるようになったのか)
 そう考えながら左手に嵌めた指輪を見た。その隣には紅色の念話用指輪も嵌められている。

「昨日はあまり突然のことで取り乱してしまっていました。申し訳ございません。寝たら落ち着きました。それでなのですが、お伺いしたいことがいくつかありまして——」

 そうしてしばらく、昨日俺が何をやらかしたかを教えてもらっていた。



  ◇◇◇


「やっぱりそう簡単には見つからないか」

 路地裏を注視しながら早歩きで商業エリアを奥へ奥へと進んでいる俺は、少し息切れした喉でそう呟いた。

 俺は今、憎き勇者を探してこの町中を駆け巡っている最中だ。
 切羽詰まった顔でそそくさと歩く俺に、街ゆく人は「誰か探しているのか?」とでも思ってそうな顔を向けてくるが、それ以上の反応をする人はほとんどいない。
 それも当たり前な話だろう。
 本来なら、水着姿の美少女キャラがイラストされたTシャツを着る俺を見て気持ち悪がったりする奴が出たかもしれないが、今の俺はそのシャツの上に黒いベストを重ねて着ていて、一見この町では普通の格好をしたただの男に見えているはず。(まぁ若干キャラの頭がベストからはみ出てるけど)
 ちなみにこのベストは俺が牢獄から出た時に、例の看守が『また再逮捕されかねないから』と親切にもくれたものだ。ありがたい。

 ところで俺はなぜ、勇者を探しているかというと、それは昨日、俺が捕まって牢屋に閉じ込められていたことに関係する。
 その看守によると、俺が捕まった理由としてまずに、ぶつかってしまった相手が帝国の軍の中でも上位の立場の人間だったということ。そして、俺が公衆の面前で神を侮辱したこと。さらに淫乱な服を着ていたことに続いて、最近巷を騒がしている勇者と俺が似ていたから。
 こんなにも多くの不運に見舞われたのならもう捕まってもしょうがないと自分でも思えてしまう。

 詳しく説明していくと、俺が神を侮辱したってのはどうやら両手を合わせて『ごめんごめん』と謝ったことにあたるらしい。両手を合わせ、それを人に向けるというのはこの世界では『神は無力でどうしようもない』とか『神は存在しない』という意味になるみたいだ。そして宗教が浸透しているこの国ではそれはご法度らしい。どうりで宿屋のカバちゃんも苦い顔をしてたわけだ。

 次に勇者に関してだが、どうやら最近、この街で”異世界から魔王を倒すために神によって転生させられた勇者”を自称する男が、この街の裏組織と繋がっていて、女を襲ったり下っ端を引き連れて街で好き勝手暴れているらしい。そして、不幸なことに、こいつは俺と同じく『黒色のやや長髪で、顔は黄色気味で平べったい』というむしろアジア人男子のほとんどが当てはまるような特徴を持ち、俺がこっちの言葉を話せなかったのも相まって、異世界から転生して来た勇者なのかと勘違いされた、という話だ。

 実はまだその誤解は解けていなくて、俺の誠実で必死な謝罪と即席で考えた言い訳の元、なんとか条件付きで牢屋から解放されたという状況にいる。
 俺の誤解が解けるまでは、俺はこの国のあらゆる機関にブロックリスト入りされていて、冒険者ギルドも使用できないらしい。つまり冒険者ギルドで発行されるステータスプレートも手に入らないということで、それは自分がどの魔法に適正があるかなども知り得ないということになる。

「全くふざけんじゃねーよ。クソ勇者が。あいつのせいで牢屋から出たところで、この国の中では異世界らしいことが何もできねぇじゃねーか!」

 今日で何度目になるかわからない悪態をついて、そのストレスの原因である勇者を恨む。

(俺が昨夜、牢屋で一人寂しく過ごしている時にも勇者は女とイチャコラしてたんだろうなぁ。そいつのせいで俺は捕まったというのに!)

 他人のせいで理不尽に捕まったことがどうしても許せない俺は今日の昼頃に解放されてからずっとそんなことばかり考えながら勇者を追っていた。

 気づけば日も沈みかけている。

「……やっぱり、やつに関する情報が”黒くてまぁまぁ長い髪、それとアジア顔”ってだけだと見つけようがないよな。女を襲ってる現場にでも居合わせない限り——ッ!?」

 今日は諦めてそろそろ宿へ戻ろうかと考え始めてたその時、たまたま通りかかった細い路地裏で、フードを被った女が一人の男に言い寄られているのを発見した。女は少し顔が引きつっているようで対する男の表情は欲望丸出しの変態面だ。

「黒くてまぁまぁ長い髪にアジア顔。そして体には明らかに勇者らしき豪華な鎧と剣……。テメェが勇者かコラァ!!」

 そう叫ぶとなりふり構わず、助走を最大限にかけた右拳を全力で勇者の顔面に叩き込んだ。

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