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09-[闇の中で生きる者達]-1章完結

 ウィルとアヤメはメルトを探して街の北西部に来ていた。既に日が暮れており、周囲は不気味な暗闇と静寂に包まれていた。時折遠くから聞こえる悲鳴のような声によりその不気味さが一層増して感じる。

「はぁっ、はぁつ、ウィルさん、メルトは本当にこんなところにいるんですか?」

「詳細な場所まではわかりませんが、確かにこちらの方角にいるはずです!」

 不安を抱くラスに対してはそのように答えたウィルだったが、先程からメルトの気配が急速に移動していることを周囲のマナの変化から感じ取っていたため、メルトの身に危険が迫っているのではないかと考えかなり急いでメルトのもとへ向かっていた。ウィル一人であれば古代魔法の力で瞬時にメルトのいる場所へ行くことが可能であるが、今はラスを連れているため不用意に古代魔法を見せる訳にも行かずに地道に入り組んだ細い路地を走っていた。ただの少女であるラスにはウィルの速度について行くことはなかなか辛いが、今は早くメルトの無事を確かめたい一心で必死についてきている。
 
「でもっ、ずっと小さいっ、頃から・・・はぁはぁっ、この北西部は危険な場所だと両親から聞いていたのですが・・・っ、先程から特にそんなことは起きませんね・・・っ」

「確かに街の他の場所よりも警備の目が行き届きにくい分犯罪が起きやすいのも事実かもしれませんが、頻度自体は実はそこまで多くないのかもしれませんね」

 ウィルはラスに不安を感じさせないようにそうは言ったが、実は先程からやたらと身なりのいいウィルとラスに悪行を働こうと暗闇からいくつもの気配が襲いかかろうとしていた。しかし、実際に行動に移そうとしたものはその直後にウィルの古代魔法”紫電”により体に急激な電流を流され尽く気絶させられていた。
 そういうウィルの細かな配慮により比較的迅速にメルトの居る場所へ向かうことができ、もうじきメルトが居ると思われる建物にたどり着こうとしていた。周囲のマナから感じ取る気配によるとつい先程からメルトは一つの場所に留まっているようだった。ただ気になるのはメルトを取り囲むように無数の人の気配が存在していることだ。気配のうち二つはどうやら小さい子供のようだが、残りは大人のようだった。気配の動き方から、どうやら取り囲んでいる大人達はメルトと小さい子供二人に何かを尋問しているようで、直ちに危害を加えるような感じではなかった。ただ、このような場所でそのような状況になるということは決していい状況とは言えないだろう。むしろ、今までの人生で得てきた多種多様な情報からこの場における常識を構築すれば、三人が非常に危険な状況に置かれているという可能性が非常に高くなる。

「ラスさん、こっちへ!」

「ウィルさんっ!?」

 メルト達がいる建物を目視で確認できる位置まで来たウィルは咄嗟にラスの手を引っ張って路地の隙間に身を隠した。咄嗟に引っ張られたラスはウィルにそっと受け止められた後にその背中の方へ押し込まれる形となった。

「あっ、あの、ウィルさん!?」

「静かに」

 咄嗟の出来ごとに頭が真っ白になったラスは思わず声を上げてしまったがウィルに注意された。ラスは急にどうしたんだろうとウィルの顔を見つめたが、その視線は鋭く前方の建物の入口の方へ向いていた。ウィルの視線の先にはその建物の扉の両脇を固める屈強な男二人が存在していた。その建物は何かの重要な施設であるのか、扉の前以外にも無数の見張りが存在していた。マナによって先程よりも詳細に人の気配を探るとこの建物にはかなり多くの人が存在しているようだった。おそらく、例えばこの警備の目の届かない場所で法外な活動をしている闇ギルドなどといった組織の拠点だろうか。

「~~~~~~~っ!!」

 その時、その内容までは聞き取れなかったが中から女の子のものらしき声が聞こえてきた。気配を探れるウィルにとってはそれがメルトのものだということがすぐにわかったが、ラスは少し経ってからそれが聞き慣れた声だということに気付いたようだった。

「もしかして、あの中にメルトが・・・?」

 メルとの声を聞いて堪えてきた感情が我慢できなくなったのか、すぐにもあの建物に駆け出していきそうになっていた。

「どうやらそのようですね。やはり何かの厄介事に巻き込まれていたようです。」

「そんなっ・・・、早く助けに行かないと!」

「待ってください。今確認できるだけでも結構な数の見張りがいます。このまま飛び出していくのは危険です。」

「でも、どうすれば・・・」

(ラスがいなければ魔法を使って見張り役をどうにかできるんだけど、迂闊に他人に魔法のことを見られる訳にはいかないしな・・・。どうしたものか)

 やはりマナを駆使する古代魔法を人に見られてはまずいのか、ウィルは古代魔法を使用することを渋っていた。

(少しだけの身体能力の強化くらいならできるか)

「ラスさんはここで待っていてください。俺がメルトを連れてきます。」

「それではウィルさんが危ないです!さすがに私達のせいでウィルさんを危険な目に合わせてしまう訳にはいきません・・・」

「大丈夫です。こう見えてそこそこ腕には自身があるんですよ?」

 ウィルはそう言ってラスにウィンクをしてみせた。そして、それと同時にラスに気づかれないように僅かばかりのマナを使用して先程と同様に自らの身体を強化する古代魔法を使用した。
 身体の強化が終わるとウィルはまず扉の両脇に立つ屈強な男達二人に目を向けた。ウィルも人並みには背丈があるがそこに立つ男達はウィルよりも頭1個半ほど大きく、また体つきもかなりしっかりとしていてそれなりに腕が立ちそうであった。手にはそれぞれブロードソードと棍棒を持っており、それらの得物を持って周囲に細かく注意を払う様子から近づいてくる者がいたら容赦なく屠るという意思が容易に汲み取れる。普通の人であればその容姿と伝わってくる気迫に圧倒されてしまうだろう。

(二人だけならなんとかなるか)
 
 しかし、ウィルにとってはなんともない相手のようだった。

「いいですか?絶対に俺がメルトを連れてくるまでここを動かないでください。絶対になんとかしますから」

「ウィルさん・・・、わかりました。ウィルさんを信じます。」

 ラスに絶対にここを動かないようにと釘を刺すと、ウィルは早速メルトを助けるため行動に移った。
 ウィルはまず扉の右側に立っている男の更に右側の通路に落下するように近くに落ちていた小石を投げた。天高く投げられた小石は少しばかりの時間をおいてから右側の男から更に建物一つ分くらいの地面にかかんっと音を立てて転がった。すると予定調和というべきか二人の男達は本能的に小石が落ちた方を向いた。するとウィルは瞬時に扉の左側の男の後ろに移動し、男が一切の声を発することができないように後ろから左手で喉の声帯部分を強く押さえた後にすかさず右手の掌底で力強く男の顎を打った。すると男は糸の切れてしまった操り人形のように力なく膝から崩れ意識を失った。そのまま男が倒れて音を出してしまわないように、ウィルは左手で男の襟を掴みつつ右手で胸元を抱え込むようにしてそのままそっと地面に横たわらせた。一人目の男を無事無力化したウィルはもう一人の男にまだ気付かれていないことを確認するとその後ろまで音を立てずに疾走し、後ろから相手の顎を引くようにして上に押し上げるとそのまま顔面を掴み後頭部から地面に叩きつけて気絶させた。人体というのは不思議なもので、こうして顎を持ち上げられて筋を伸ばされると踏ん張りが全く効かなくなる。男はなんとか踏みとどまろうとしたが全く力が入らずにいとも簡単に体勢を崩されてしまった。
 ここまでの出来事は僅か数秒の間に行われ、そのあまりの手際の良さにラスはぽかんっとただ口を開けて目の前のできことを眺めていることしかできなかった。そんなラスにウィルは遠くから大丈夫、安心してと言わんばかりにもう一度片目を瞑ってみせた。そしてそのままメルトの声がした建物の扉をゆっくりと開き、その中へと進んでいった。

 扉の向こうには外から帰還した直後にくつろげるようにするためか、雑多に長椅子や丸机が置かれている空間が広がっていた。その空間には丸机の周囲には3人ほど酒と干し肉を摘みながら今日の疲れを労いあっている男達が三人ほどいた。そしてその男達は扉が開いたところを見てまた仲間が仕事から帰ってきたのかと思い、そのささやかな宴に迎え入れる準備をしようとした。しかし、三人の目に入ってきたのがこのギルドの仲間ではないことに気が付くと近くにあった各々の武器を手にかけ部外者を迎え撃つ準備をしようとした。しかし、扉から入ってきた男――ウィルの方が先手を打っていた。もうラスのことを気にかける必要のなくなったウィルは古代魔法”紫電”によって三人の男達を瞬時に無力化した。
 男達を片付けた後ウィルは周囲を見渡し、建物の中の構造及び人の配置を入念に把握していた。便利な古代魔法を扱えるからといって油断すれば危険な目に会ってしまう・・・ウィルはそういうことを理解し己の力を過信せずに慎重に事を進めていた。

「いくつかの小部屋があるようだが、今は奥の大部屋に大体の人が集まっているみたいだな」

 どうやら、今この建物の中の人はほとんどか何らかの目的で奥の方にある大部屋に集まっており、そこにメルトもいるようだった。おそらくメルトを拘束して何らかの詰問でもしているのだろう。時折メルトの声とそれに混じって小さい子供の声が二つほど聞こえてきた。声から少しばかり疲労しているように思えたが、特に深刻な状況に陥っているわけではなさそうだった。とはいえあまりこの状況が続くとメルト達に危害が及びかねないのでウィルは急いでメルト達の声がする大部屋の方へ向かった。
 その大部屋は長い通路の突き当たりにあり、扉のようなものがなかったためウィルは気づかれないように気配を消して少しばかり手前の脇の通路から部屋の様子を覗った。するとウィルから見える位置、部屋の入口から見て右側の壁際の柱にメルトと小さな男の子と女の子が縛り付けられていた。

「離せよ!」「離すの~!」

「ったく、うるせぇガキだな!」

「あぐっ」「ひっ」

 そういうとメルト達の脇に立っていた音が軽く威嚇程度にその男の子の頭をひっぱたいた。

「やめて!アレンとサーシャに手を出さないで!」

 男がアレンに手を出したのを見てメルトはアレンを庇うように縛られていた体を動かせるだけ動かしてアレンと男の間に上半身を割って入れた。

「あぁっ?んだよ、じゃあ早くオーパーツの場所を吐けよオラァ!!」

「あんたになんか言うわけないでしょ!」

「んだとこのクソガキィ!」

「まぁまぁ、落ち着いてください」

 ウィルがそろそろ無理矢理にでも入っていかないとまずいかと思ったそのとき、一人の透き通った男の声が大部屋に響き渡った。それと同時に大部屋から聞こえてきた全ての音が消えた。

「無駄に怯えさせては可哀想でしょう。こういうことをやるときにはちゃんとしたやり方があるんですよ」

 透き通った声だが声の奥底に不気味なほどの冷たさを感じる。この男の声で周りの男たちが静かになったことを考えるとおそらくこのギルドのマスターといったところだろうか。ウィルはその男の姿は死角にあるため見ることができなかったが、視界に入っているギルドの男達の緊張している様子を見ると並大抵の男ではないのだろうと感じていた。

(どうする?今すぐ閃光魔法で目を眩ませてメルトと一緒にいる子供を助けるか、それとももう少しだけ様子を見るか・・・)

 ウィルはもう少し相手の戦力を推し量るかどうかをギルドマスターだと思われる男の出方を見ながら考えていた。

「先程からの部下の無礼をお許し下さい。自己紹介が遅れました。私、このギルド、フアラのマスター、グリンデュアと申します。」

 言葉だけを考えればなかなかの紳士のような印象を受けるが、先程からまとわりついてくる冷たさがメルト達に悪寒を感じさせていた。

「さて、お嬢さん。こちらの私の部下たちなのですが、貴方たちがオーパーツを持って逃げたと証言していましてね。そのことについて何か存じ上げませんか?これぐらいの丸い装飾品なのですが・・・。」

 そう言って両手でリンゴくらいの大きさの丸を表現したグリンデュアのすぐ後ろには先程メルト達を散々追い掛け回していたゴロツキ達の姿があった。ゴロツキ達はメルト達を追いかけていたときの必死な表情とは違い、今は余裕を持った気持ち悪い笑みを揃って浮かべていた。

「し、知らない。確かに最初は持っていたけどそいつらに追いかけられている間にそんなの落としちゃったよ!」

「・・・なるほど。落としてしまったのならば仕方ないですね。しかし、困ったことになりましたねぇ。私達はそのオーパーツがとても欲しいのですが、流石にこの広くて入り組んでいる街の北西部をこれだけの人数で探すのもなかなか骨が折れますし・・・、さてどうしたものですかね」

 メルトはグリンデュアがそう言って悩んでいる姿を見て、もしかしたらこの人は話の通じる人かもしれないという淡い希望を抱いた。

「お嬢さん、疲れているところ大変恐縮なのですが、その無くしたおおよそ場所とか何か覚えていることはございませんか?僅かばかりの手がかりでもいいのですが」

「知らないよ!そいつらから逃げるのに必死だったからどこで落としたとか、どの辺を走っていたとかなんて覚えてられないよ!」

 メルトはそう言ってグリンデュアの後ろにいる見覚えのある三人のゴロツキ達を軽く睨めつけた。

(本当は奴らに見つかる直前にいた小屋の床下に咄嗟に隠したんだけどねー)

 少しほど前にメルト達は小屋で睡魔に抗えず寝ているところにこのゴロツキ達に見つかってこのゴロツキ達のアジトまで連れてこられた。しかし、オーパーツは小屋に踏み込まれる直前にメルトがゴロツキ達の手に渡らないように隠していたのである。そしてここへ連れてこられるまでゴロツキ達から身体のあっちこっちを触られたりしつこくオーパーツの場所を聞かれたりしたがずっと知らないふりをしていた。知らない男達に身体を触られるのは屈辱的だったが、男達がメルトの絶賛発達中の身体にはまるで興味がないかのようにオーパーツばかりを探して触ってくることはメルトにとってもっと屈辱的だった。そんなことでメルトは大変機嫌を悪くしたので絶対に何があっても場所だけは言うものかとここまで黙っていたようである。
 しかし、メルトはゴロツキ達の顔を見てどこか違和感を感じていた。オーパーツのことは何も知らないと突っぱねたにも関わらず、まるでメルトの反応などどうでも良いかのようにゴロツキ達はずっとニヤニヤと不気味な笑みを続けているのである。するとグリンデュアがゆっくりと口を開いた。

「さて、何も覚えていないとは困りましたね。しかし実は人間とは些細なことでも何かしら覚えていて、それらは何かをきっかけに思い出せるとか。少々心苦しいですがそちらのお二方も含めて少しばかり痛い思いをしていただければもしかしたら何か思い出していただけるかもしれませんねぇ」

 そう言うと今まで紳士的な落ち着いていた表情を浮かべていたグリンデュアの表情がとても悍ましい笑みに豹変した。メルト達は真っ当な人間が浮かべられるとは思えないその表情にゾワッとした寒気が背筋を駆け抜けた。

「さて、貴方たち、このお嬢様方が記憶を思い出せなくて大変辛そうなので思い出すのを手伝ってあげなさい。そうですねぇ、これくらいの年齢であれば爪を一つずつ剥いでいけば思い出しやすいのではないでしょうか?」

「へへっ、マスターも趣味が悪いですね」

そういうとゴロツキの一人が何か拷問器具のようなものを持ってメルト達にじわりじわりと歩み寄っていった。
 まずい!と思ったウィルは咄嗟に古代魔法”閃光”を大部屋に向かって放った。閃光によって大部屋にいた男達は目に強烈な刺激を強制的に入れられ、そのあまりの痛みに両目を抑えていた。その隙を突いてウィルはメルト達の縄を解き、一緒になって眩んでいる三人を抱えてギルドの建物の外へ急いで連れ出した。

「ぐわっ」
「くそっ、何も見えねえ!何が起きていやがる!?」

 後ろから凄まじい光によって激しく目を痛めつけられたゴロツキ達の悲鳴が聞こえる。ウィルは早くこの場を離れなければいけないと思いメルトを背負ってアレンとサーシャを両脇に抱える形で急いで走っていた。流石に人三人を抱えて走るのは普通の人にとってはなかなか辛いことではあるが身体強化の魔法を使っていたウィルにとっては朝飯前のことだった。

「目が痛いよー!」「チカチカなのー!」

「何か起きたの!?わっ、誰かが僕の太もも触ってる!痴漢!変態!」

 閃光をまともに受けてしまった被害者はどうやらここにもいたようだ。そして先程から三人を抱えて必死に走っているウィルの集中をかき乱すかのようにギャアギャアと騒いでいる。メルトに至ってはせっかく助け出したのに痴漢呼ばわりしてくる始末である。そんな状態にウィルは悲しくなってきて、やっぱりメルトは置いていっちゃおうかなーとかよくない考えがよぎったりもしたがラスとの約束があるのでそれはやめることにした。

「はいはい、どうも心配してきてみれば厄介事に巻き込まれているメルトを必死の思いで助けに来た痴漢ですよ」

 痴漢呼ばわりがとっても傷ついたのか、ウィルは皮肉交じりにメルトにそう告げた。

「え!?え!?その声はもしかしてウィル君なの?どうしてこんなところに?」

 視力が未だに回復しないメルトはウィルの声だけでは確信が持てずに思わず本当にウィルなのかと聞き返した。一体ウィルが何故こんなところに?という思いもあるのだろう。

「メルトがまだ戻っていないって、ラスさんが心配してたから探してたんだよ。そうしたらこの街の北西部に向かう姿を見たって人がいてね。」

 実際にはウィルがマナの力を使ってメルとの位置を探索した訳だったが、細部はごまかして説明した。

「お兄ちゃん誰―?」「誰―?」

 ウィルと初めて会うアレンとサーシャは今自分を抱えて走っている人が誰なのかわからなかったので名前を訪ねた。メルトとウィルのやり取りから危ない人ではないと認識しているようだった。

「えーっとね、俺は君たちを助けに来た痴漢さんだよ!」

「助けに来てくれたの?ありがとー!」「チカンさんありがとうなのー」

 アレンとサーシャは早くもウィルに馴染んたのかウィルと楽しそうに会話をし始めた。その後ろからはメルトがウィル君のいじわる・・・と一人しょげていた。

「ところで、メルト達はどうしてあんな奴らに捕まってたんだ?」

 ウィルは三人を抱えて走りながら、メルト達がこんなところに居た理由を訪ねた。

「えーっと、それはね・・・」

 メルトはセナおばさんの装飾品のこととかゴロツキ達に追われていたこと、捕まったこと・・・今までの出来事を全てウィルに話した。

「なるほど・・・ね。じゃああいつらはこの街の違法ギルド・・・闇ギルドのやつらで、そのオーパーツを探しているってことか」

 ウィルはメルトの話から、先程の連中がおおよそ何者なのかを予想していた。オーパーツというのは非常に多種多様な力を持っているが、中には非常に強力かつ危険な力を持っているものもある。そのため、国によってディガーという職種と技能検定が制定されているという事情がある。また、オーパーツがそのような性質を持つため、例え違法な手段を使ってでも入手しようとする集団は少なくはない。ウィルは今回の奴らもそういった集団の一つだろうと思っていた。

「ねえねえ、ウィル君ってオーパーツを探しているんだよね?オーパーツって一体どんな力を持っているの?」

「そうだなー、いろいろな物があるんだけど例えば火を起こすとか水を思い通りに動かすとか単純で安全なものもあれば、一時的に相手を思うように操ってみたり姿を消せるとか猛毒を生成するとか・・・、使い方によっては一つの国をどうにか出来てしまうものなんてものあるかな」

「うわー・・・そんなに危険なものもあるんだね」

「まあ、そういうのはあまり存在しないし、見つかっているものも貴族や国が独占して管理してるみたいだけどね」

 ウィルの話を聞いてメルト達もあの装飾品がどういったものなのか、何故ゴロツキ達がああまでして自分たちを捕まえようとしたのかがわかった。あのセナおばさんの装飾品も恐らく同様に危険な力を持ったオーパーツで奴らはそれを手に入れて自分たちで使おうとしている、あるいは売り捌こうとしているのだろう。そのような相手にあの装飾品を渡さなくて本当に良かったとメルトは思った。

「ウィル君、ところでこの後はどうするの?奴らもこれくらいじゃ懲りなさそうだけど・・・」

「とりあえず、この建物から出て右の路地にラスさんがいるから、合流して一緒に大通りの方まで逃げよう。そこまで行けば奴らも今は流石に追ってこれないと思うし」

「お姉ちゃんも来てるの!?」

「メルトのことすごく心配してたよ。早く無事な姿を見せてあげないと!」

「そっか・・・。うん、そうだね!」

 メルトはここに来るだいぶ前の、ラスに一方的に自分の不満をぶつけて飛び出してきてしまったことを思い出して後悔していた。そして、そんな自分を心配してこんな危険な所にまで来てくれたことを嬉しく思っていた。

「あ、ウィル君。もう目も回復したし自分で走れるから私は下ろして大丈夫だよ!」

 建物から出てしばらくしたところでメルトは不意に今自分がウィルに背負われている状態であることを思い出した。ウィルは別にこのままでも大丈夫だと伝えたが、流石にウィルに負担をかけるのも申し訳ないと思ったのでメルトはウィルに降ろしてもらい自分で走ることにした。

「俺達ももう自分で走れるよ!」

「本当かい?無理はしなくて大丈夫だよ。えーと・・・」

「俺アレン!」「サーシャなのー!」

 そういえば二人の名前を聞いていなかったと思ったウィルにアレンとサーシャは元気に名乗った。二人はまだ幼いので体力面などで心配だったが、ウィルも両手が使えたほうが何かと皆を守りやすいと思ったのでアレンとサーシャも下ろすことにした。

「よし、じゃあ皆もう少しだけ頑張ろうか!あそこの路地にラスさんが待っているはずだからそこまでもうひと踏ん張りだ!」

「「「おー!」」」

 そういって四人はラスを待機させいていた路地に向かって駆けていった。ラスが待っている路地は建物からそう遠くない位置にあったためすぐに来ることができた。しかし、その路地にラスの姿は無かった。もう少し建物から離れた方へ行ったのかもしれないと四人で少し探してみたりもしたが、ラスを見つけることはできなかった。どこに行ったのだろうかとラスの行方について考えていたそのとき、路地の更に奥にあるちょっとした広場の方からラスの声が聞こえてきた。

「離してください!!!」

「姉ちゃんよ、一体こんなところで何してんだー?良い子は家でおねんねの時間だぜ?」

 ラスは物騒な格好をした男に見つかり、少し走って逃げていたがどうやらもといた場所のすぐ近くの広場で捕まってしまったらしい。この男、よく見ると先程の闇ギルドの連中と同じ紋章を腕に付けている。どうやら任務から帰ってきた連中の仲間に偶然見つかり捕まってしまったようだった。

「ラスさん!」

「お姉ちゃん!」

 ラスの声を聞きウィル達が駆けつけてきた。

「ウィルさん!メルト!あぐっ・・・」

 ウィル達を警戒するその男は咄嗟にラスを胸元に引き寄せて見せつけるようにナイフをラスの喉に突きつけた。

「おいおいなんだてめぇらは?この姉ちゃんの仲間か?」

「お姉ちゃんに手を出さないで!!」

 喉元にナイフを突きつけられて苦悶の表情を浮かべるラスの姿を見せつけられたメルトはたまらず悲痛の声を上げた。少しほどナイフがその薄皮を裂き赤い筋が重力に従って下へと伸びていく。

「ラスさん!」

「ウィルさん、すみません・・・ずっと待っていようとしたんですが、見つかってしまって・・・必死に逃げたんですが捕まってしまいました・・・」

 ラスは自分のせいでウィル達に迷惑をかけたと感じ、申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べた。ウィルは今この場をどう切り抜けるか考えていた。
(この距離だと流石に間に合わないだろうし、かといって魔法を不用意に人前で使うわけにもいかないし。どうしたものか)

「おー!ゼノムさん、でかしましたよ。よくこの者達を足止めしてくださいました。」

 そうこうしているうちに、後ろから先程グリンデュアと呼ばれていた男の声がした。ウィルが振り返るとそこには年齢にして三十半ば、肩の上までくるさらさらとした銀色の髪に瞳の色がわからない程細目の男が立っていた。後ろに引き連れているその他大勢のように隆々とした筋肉などはなく背筋が伸びてすらっとした体型ではあるが、その立ち方には隙がなく戦いに慣れているような印象をウィルは感じていた。

(こいつが闇ギルドのマスターか、他の奴らは見かけだけだけどこいつは少し厄介だな・・・。ラスも捕まっているし。)

「マスター、こいつ近くの路地にいたんで捕まえておきやしたが、そのお仲間さん達になんか用ですかい?」

「えぇ、そこにいる女と子供が大切なオーパーツを持って逃げた上にどこかに隠してしまいましてねぇ。隠した場所をお聞きしようとしていたところそのふざけた男に連れて逃げられまして。いやぁ、本当にゼノムさんが居てくださって良かったです。」

「へぇ~、こいつらがそんなねぇ。まあなんにせよお役に立てて良かったでさぁ!」

 逃げ場を失ったメルト達は縮まって震え、今度こそ終わりだと感じていた。そんなメルト達にグリンデュアが更に追い打ちをかける。

「さて・・・せっかく人が親切に優しく聞き出そうとしていたのに、手間を取らせてくださいましたねぇ。私、そんなにいろいろとされて許せるほど寛大ではないのですよ。さぁ、そろそろオーパーツの場所を教えてもらいましょうか?さもないとあなたのお姉さまのその綺麗な首がお体と離れて汚らしい地面に落ちてしまうことになりますよ?」

 「ひっ」

 そう告げたグリンデュアの声は先程までの穏やかな声ではなく怒りの感情があらわになった低い声で、細目をゆっくりと開きその冷酷な瞳が見えるようになっていた。そのあまりの怖さにメルトは先程までの余裕が完全に消え失せ声を詰まらせた。

「ウィルさん、私のことはいいからメルト達を連れて逃げてください!」

 自分の生死がかかっているラスはメルト以上の恐怖を感じているはずなのに気丈にもウィル達の身を案じていた。

「ラスお姉ちゃん・・・」「ごめんなさい。サーシャ達があんなことしなければ・・・」

 アレンとサーシャはこうなってしまったことは自分達のせいだと思い、涙をぽろぽろと流した。

「アレン、サーシャ・・・貴方たちは悪いことをしたのではないのでしょう?だから貴方たちは悪くないから、ね?だからウィルさん達と一緒に逃げて」

「そんな、ラスお姉ちゃんを置いて行けないよ!」「嫌っ!皆一緒じゃなきゃ嫌なの!」

「おやおや、美しい愛情ですねぇ。でも私はそんなもののために時間を無駄にしてしまっているのが大変不愉快なのですよ。早くオーパーツの場所教えていただけます?まあ多少面倒ですがそのお姉さまの首が落ちてもどちらでもいいので早くしてください。」

 グリンデュアが冷酷な言葉でメルト達を責め立てる。そして、目の前の状況に耐えられなくなったメルトは今まで必死に奴らの手に渡らないように守ってきたオーパーツの場所を言おうとした。

「オ・・・、オーパーツの・・・場所はこの奥の通路を」
「言うのは無駄だよ、メルト」

 しかし、その言葉はウィルによって遮られた。

「なんで!?お姉ちゃんが死んじゃう!もう無理だよ!」

 姉が殺されているのに何故止めようとするのか、制御できない感情に押しつぶされたメルトはウィルに対して泣き叫んだ。

「どうせ教えてもその後に殺されるだけだ。元から奴らに俺達を助ける気なんてないさ」

「あらあら、そんなに早く種明かしをしなくてもいいじゃないですか、せめてもの憂さ晴らしにこの状況を楽しみたかったのに」

「そん・・・な・・・」

 姉を助ける最後の希望が否定されたことでメルトは膝から崩れ落ちた。八方塞がりの状況にウィルは何かを決心したようだった。

「あの、グリンデュアさん・・・でしたっけ?一つ提案があるんですが、ここは俺達を見逃してくれませんか?」

「はぁ?何をバカなことをおっしゃっているんですか?」

「俺達を見逃してくれたらあなたたちのギルドは潰しません。どうでしょう?公平な取引だと思うのですが」

 ウィルがそう言った瞬間、周囲の連中が堪えきれずに吹き出していた。ラスやメルト達はウィルが言っていることについていけずにただぽかんとしていた。

「あっはっはっ、何言ってんだよこいつ!追い詰められて頭がおかしくなっちまったのか?」

「おいおい、可哀想に。誰か優しくしてやれよ!」

 ウィルの発言があまりにも飛躍しすぎていたのか闇ギルドの何人かが
しかし、飛躍しすぎていると感じていたのは闇ギルドの連中だけではなかった。

「ウィルさん、逃げてください!フアラの存在は街の中でも有名で、そこにいるグリンデュアは王国騎士団の近衛兵でも手を焼く程だと噂されています・・・。このままでは皆殺されてしまう!だからお願い・・・逃げて・・・」

 ウィルには王国騎士団の近衛兵が何者なのか、どれほど強いのかはわからなかったためラスの必死の訴えは彼の心に届かなかった。ちなみに王国騎士団の近衛兵というのはブルメリア王国の騎士団を統括する五人の騎士であり、彼らに敵う者は傭兵ギルド”アガートラム”のトレアサぐらいだと言われている。

「何が公平だと言うのでしょうか?そもそも貴方たちはオーパーツの場所を喋って死ぬか、このまま死ぬかの二つしか選択肢がないのですよ?」

 周囲の連中がウィルのあまりにもおかしな発言に笑っている中、グリンデュアだけは笑わずにウィルのその発言に不機嫌になっていた。

「では交渉決裂・・・ということでしょうか?」

「何を馬鹿らしいことを・・・。そもそも交渉なんてものはないのですよ。」

「わかりました。」

 その直後、ラスにナイフを突きつけていたゼノムの手が瞬時に凍りついた。

「っっぎゃあああああああああああああああああああああ!」

 腕に氷が纏わりついたのではない。文字通り手が凍ったのである。手が凍ったことによる想像を絶する痛みにゼノムはたまらず叫び声を上げた。そしてゼノムの叫び声で周囲が怯んだその刹那、ウィルが凄まじい勢いでゼノムに近づき、凍ったゼノムの腕に自身の掌底を打ち込んだ。凍りついて脆くなっているところに高速の掌打が叩き込まれたゼノムの腕は粉々に砕けた。そしてゼノムの手から解放されたラスをウィルは抱え上げ、元いたメルト達の元へと戻った。

「大丈夫ですか?ラスさん」

「えっ?あっ、あの?」

 ラスには今目の前で起こった出来事に頭が追いついていなかった。無理もない。全てがほんの一瞬の出来事だったのだから。

「すみません、俺が至らないばかりに辛い思いをさせてしまいましたね」

 未だに事態に頭が追いついていないラスはウィルが言った言葉を全く理解できなかった。しかし、次第に、今自分がどういう状況にあるのかだけは理解してきた。

「あのっ・・・ありがとうございます。私はもう大丈夫なので、降ろしていただいてもいいでしょうか・・・その・・・恥ずかしい、ので」

 状況を理解したラスは自分が今ウィルにお姫様抱っこされていることに恥ずかしくなってきたのか、降ろしてもらうことを要求した。

「あっ、すっ、すみません!」

 ウィルはこのままだとメルトに本当に痴漢呼ばわりされてしまうと思い急いでラスを降ろした。

「ラスさんはメルト達と一緒にここにいてください。少しばかりあいつらの相手してきますので」

「そんな、危険です!いくらなんでも無茶すぎます!」

 ラスはこの人数を相手に戦おうとしているウィルを止めた。

「大丈夫です。言いませんでしたか?俺はこう見えてそこそこ腕には自身があるって」

 そういうとウィルは心配するラス達の不安を極力払拭するように微笑みかけて再び闇ギルドの連中と対峙した。その頃ゼノムは右腕が砕け散って地面をのたうち回り、周囲の男達は目の前の出来事が全く理解できてないようだった。グリンデュアに至っては先程開いた目をさらに見開いてそのうす茶色の瞳が完全にあらわになっていた。

「い、一体何が起きたというのです?」

 先程までずっと冷静に自分たちを追い詰めていたグリンデュアが狼狽えている姿はメルト達にとってとても新鮮に感じた。

「人がせっかく親切に提案してあげたのに・・・。まあ俺も”どちらでもよかった”んですけど」

 目の前の出来事に驚いたものの、所詮は一人で数ではこちら側に分があると思ったグリンデュアは部下達にウィルを殺すように命令した。

「た、多少は腕が立つようですが、流石にこの人数相手では厳しいのではないですか?さあ、皆さんあの男を殺してしまいなさい!」

 グリンデュアの声に我に帰った男達は一斉にウィルに向かっていった。その数はおよそ五十といったところか。先程古代魔法をラス達の目の前で使ってしまったのでもう隠す必要はないと決めたウィルは、周囲のマナを自らの右手に集約し、その右手を左下から右上に振り上げた。するとマナの力によって圧縮された空気が集団に向かって飛んでいき、到達した直後にその圧力が一気に解放された。解放された空気はより気圧の低い場所を求めて勢いよく四散し、その勢いで集団の大半を吹き飛ばして周囲の建物に激突させた。
 しかし何人かは吹き飛ばされないように咄嗟に物陰に隠れたり、吹き飛ばされた直後に受け身を取ることで風の攻撃を免れていた。そして今度こそウィルに襲いかかろうとしたのも束の間、次にウィルは集約したマナを相手の足元に設置した。そして顔の前にかざした手をグッと閉じると、それと同時に強烈な音が轟き地面が爆発した。凄まじい揺れで身動きが取れなくなったところに爆発によって生じた無数の石の塊が集団を襲う。防ぐ術も無く高速で向かってくる重たい石の塊を受け、強烈な衝撃に襲われた多くの人は体中の骨を折り地面に倒れ込んだ。

「なんてことだ・・・、おい、お前たち、やれ!!」

 あっという間に大半の手駒を失ったグリンデュアは自分の両脇に待機させていた最後の手駒をウィルへと向かわせた。自らのギルドマスターに命令された二人の男はそれぞれ剣を振りかぶり、ウィルへと斬りかかっていった。まず一人目の男は剣を腰に構えてウィルへと直進し、突き刺すような形で攻撃してきた。しかし、この攻撃に対して右足を引いて半身で躱したウィルは左腕で相手の右腕を掴んでひねり上げた。関節を決められた痛みで武器を落としてしまった男は顔を歪ませながらもなんとか蹴りでウィルに反撃しようとするが、逆にウィルに空いていた右手で後頭部を掴まれながら顔面に強烈な膝蹴りを叩き込まれ崩れ落ちた。そして二人目はウィルに剣を振り下ろそうと大きく振りかぶった瞬間に、前に出てきたウィルにその顔面を掴まれた。そしてウィルがマナを自らの手の周囲に集約した直後、その男に向かって雷が落ち、それをまともに受けた男は電気によって体の筋肉が痙攣して倒れた。
 そうして全ての手駒を失い、ウィルの圧倒的な力を目の当たりにしたグリンデュアは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「さて、残りは一人だな」

 そう言って自分の方に向き直ったウィルにグリンデュアに思わず後ずさりしてしまった。

「お前のその力は一体なんなんだ!?」

「何って、ただの魔法だよ」

「嘘をつくな!そこまでこんな馬鹿げた威力の強力な魔法なんて見たことがない!それに詠唱も無しで発動なんかできるわけがないだろう!」

 グリンデュアの言っていることはある意味正しい。確かに魔法を使用するためには一般的に詠唱を必要としている。そして魔法の使用には術者が己の体内の気を変換したものが必要となるため、術者が持っている気の量以上の力を発揮することができない。”現代魔法”では。しかし、ウィルが使用しているのは”古代魔法”である。”古代魔法”は”現代魔法”のように術者が己の気を変換した”擬似マナ”を使用するのではなく、この世界に漂っている本物のマナを使用する。漂っているマナの総量は個人の気の総量とは比較にならないほど多い。そのためウィルはグリンデュアの言う馬鹿げた威力の魔法を連続で使用することができたのである。ちなみにウィルが何故詠唱無しで古代魔法を使用できたのかはわからない。それと同時に何故現代魔法に詠唱が必要なのかその理由も詳しくはわかっていない。いずれにせよグリンデュアは自分の予期しない圧倒的な力によって目の前で全ての手駒を失ったことに納得がいかない様子だった。

「そんな訳ないって言われてもね。ただの事実だし。」

「くそっ!くそおおおおおおおおおおおお!こんなところで!こんな訳のわからないやつに!」

 追い詰められたのかグリンデュアの言葉遣いは素が出ていた。追い詰められたグリンデュアはただひたすら叫びながら頭を掻き毟っていたが、そのとき不意にウィルの左足に固定された剣を見つけた。

「おい、お前、その腰に付けているのは剣か?」

「ああ、そうだ」

「なあ、お前も剣士の端くれなら魔法抜きで私と武術で決着を付けないか?流石にこのような男一人相手に魔法なんて卑怯な手は使ってくるのは剣士の志に反するだろう?」

 魔法を使われては勝ち目が無いと悟ったのか、グリンデュアは剣による決闘を提案してきた。今まで散々卑怯なことをしてきておいてどの口がそれを言うのかとウィルは思った。しかし、先程の魔法によって生じた大きな音を聞きつけて人が集まってくる気配がありウィルとしてもこれ以上魔法を使って騒ぎを大きくするのはまずいと思ったのか、グリンデュアの提案に乗ってやることにした。

「別に剣士ではないし、志なんてものもない。だが、魔法無しで戦いたいと言うなら付き合ってやる。ただし俺は剣を使わない」

 そう言ってウィルは拳を前に出し、徒手空拳で戦うような構えを見せた。それを見たグリンデュアは口元を釣り上げた。そして自らの腰に付けていたブロードソードを鞘から抜くと自分の前に構えた。魔法どころか剣を使わないなんてコイツ正気か?などとグリンデュアは思ったがその方が都合が良いと思い口の端が自然とつり上がった。

「ははっ、後悔するなよ!?」

 素手のウィルとブロードソードを構えたグリンデュアが対峙する。どちらもなかなか動き出さず、周囲には緊張が走った。そして、しばらくしてグリンデュアの方が先に仕掛けた。先手必勝と言わんばかりにウィルにブロードソードの斬撃を連続で浴びせる。グリンデュアはそれなりの剣術の心得があるようで、連続の斬撃もただ闇雲に振るっているというよりも、どちらかというと良く言えば規則正しく、悪く言えば型の範疇を出ない同じような軌道の繰り返しだった。ウィルはそのような動きを見切っているのか全ての斬撃を紙一重の距離で躱していた。そしてがら空きだった腹部を狙って拳の重い一撃を叩き込んだ。鳩尾に強烈な一撃をくらったグリンデュアは、呼吸をすることができずに胃酸をまき散らしながら片膝をついた。ウィルはそんなグリンデュアにとどめを指すわけでもなくただその様子を見つめていた。グリンデュアはやがて立ち上がると再びウィルに向かって斬りかかってきた。先程と全く攻撃を繰り返しているようだったが、今度は不意に先程倒れた時に掌に潜ませていたのか、砂埃をウィルの顔面目がけて投げつけてきた。そのような攻撃にウィルはこの国の剣士は目潰しなんてこともするのかねと皮肉交じりに思いながら軽く距離を取って躱した。そして必死の目潰しを躱されたグリンデュアは、これが最後の一撃と言わんばかりに全力を込めて剣を振り下ろしてきた。対するウィルも、そろそろ潮時かと思い、その一撃を横にそれて躱すと、右手で相手の右手首を掴んで下に引っ張ると同時に左手で二の腕部分を押し上げ、相手の勢いを利用してその身体を宙に回転させるようにして地面に背中から叩きつけた。己の力とウィルの力を足し合わせた衝撃を後頭部と背中から受けたグリンデュアは至るところの骨を折りながら気を失った。
 こうしてウィルとグリンデュアの戦いは呆気なく決着がついた。闇ギルドの連中すべてを片付けたウィルは体についた土埃を払いひと呼吸を整えるとラス達の元へ戻ってきた。

「ウィルさん!大丈夫でしたか!?」
「ウィル君平気?」
「兄ちゃんとっても強いんだね!」「魔法すごいのー」

 目の前で行われたウィルの圧倒的な戦いにラス達はしばらく呆然としていたが、戦いが終わったことをようやく理解すると戻ってきたウィルに各々声をかけた。

「グリンデュアのやつ、剣士とか言っちゃって目潰ししてくるなんて信じらんない!」

 メルトは卑怯な手段を使ってきたグリンデュアに憤っているようだった。それに対してウィルは

「実は俺も魔法使わないとか言っておきながら身体能力を強化する魔法使ってたからあまり人のことは言えなかったり」

と苦笑混じりに言っていた。

「でもウィル君魔法使えるなんてすごいね!魔法ってあんなことできるんだ!」

「あんな強力な魔法なんて初めて見ました。著名な魔導師の魔法でもこれほどまでの力は無いですよ。それに詠唱が無い魔法なんて聞いたことないです。」

 メルトもラスも初めて見た魔法に興味津々なようだった。

「すみません、今日見た魔法のことは秘密にしてください。この魔法は一般的に使用されている魔法と違って普通の力ではないんです。もし知れ渡ってしまうと何かと面倒なことが起きかねないので・・・」

「大変な事情があるようですね・・・。わかりました。ウィルさんは私達の命の恩人ですしウィルさんを大変な目に合わせてしまうようなことは絶対にしません。」

 ラスもメルトもアレンもサーシャも皆このことは他の人には絶対に言わないと約束してくれたのでウィルはほっと胸をなでおろした。しかし、他の人には言わないといっても皆滅多に見ることのできない魔法に興味津々のようでそんな皆からウィルは質問攻めにあっていた。そして、しばらくすると遠くの方から馬の足音や金属のぶつかる音が大量に聞こえてきて、その音がウィル達のいる方へと近づいてきた。

「これは何事だ!?」

 整った装備や掲げている旗を見ると、どうやら先程の戦闘による激しい音を聞きつけて王国騎士団がやってきたようである。

「こ、これは・・・」
 
 駆けつけた王国騎士団が見たものは、第一級の犯罪ギルドであるフアラの面々が尽く地面に倒れ込んでいる姿と、あちゃー、見つかったーという顔をしているメルト達であった。ラスやメルトと王国騎士団を率いていたその男は顔見知りのようで、その男はラス達に話しかけてきた。

「ラス!メルト!お前達なぜこのようなところに?」

「リアガンさん!これには、その、いろいろと事情がありまして・・・」

 ラスはその騎士団を率いているリアガンにメルトによる補足も交えて今までの出来事を説明した。

「そうか・・・それは災難だったな。いずれにせよお前達が無事で良かった。お前達になにかあったらケヴィンとミシェルにあの世で怒られてしまうからな」

 ケヴィンとミシェルというのはどうやらラスとメルトの両親のことらしい。このリアガンという男はラスとメルトの両親の生前にいろいろと親交があったようだ。

「ところで、こいつらは手配されているフアラの面々ではないか?まさかグリンデュアの姿もあるとは・・・。これをまさかお前達がやったのか」

 そういったリアガンの疑問にラスは肯定した。

「こちらのウィルさんに危ないところを助けていただいたんです。ウィルさん結構強いんですよ?」

 ウィルのことを語るラスはどこか嬉しそうだった。

「おお、貴方がラスとメルトを助けてくださったのですか!しかし、この凶悪で手がつけられなかったギルドを一人で倒してしまうとは・・・」

 横で俺たち忘れられてる?とか忘れられてるのーとかいう小声が聞こえてきたが、ウィルは無視してリアガンからの賞賛責めを謙遜しながら受け流していた。

「しかし、この地面が爆発したような跡や焼け焦げたような臭いは一体何が・・・」

 うっ、とウィル達の身が硬った。魔法のことは言えないしどう切り抜けるか・・・と悩んで焦っていると咄嗟にメルトが

「あ!これはお姉ちゃんがまた薬の調合に失敗して危険な爆薬作っちゃって、それを偶然持ち合わせてたからあいつらに向かって投げたの!」

「なっ・・・なっ・・・!メルト!?」

 咄嗟に度々危ない薬を作る人みたいな扱いをされた上に自分のせいにされたラスは顔を真っ赤にしてメルトを睨みつけた。

「ラス・・・お前なぁ、ミシェルのような調合師になりたいって張り切るのはいいが、これはいかんだろ・・・」

 リアガンに咎められたラスは自分じゃないと反論したい気持ちもあったが、ウィルの魔法のことを喋る訳にもいかないので、はい・・・すみません・・・と顔を真っ赤にして目尻にうっすらと涙を溜めながら小さな声で謝っていた。そして更にメルト、後で覚えてなさいよと付け加えた。それを見たメルトは額に汗を垂らしながらあさっての方向を向いて知らないふりをしていた。

「何はともあれお前達が無事で良かった!このことは正式にシャムロックがフアレの撲滅に貢献したとブルメリア王国の方へ報告しておく。そのうち正式に褒美が渡されるだろう」

 撲滅したのはシャムロックではなくてウィルですと言いたくなったラスではあったが、それを言ってしまうとまたいろいろと聞かれてうっかり魔法のこともばらしてしまいそうだったため、リアガンの言ったことを特に訂正はしなかった。一通りの後始末が終わったあとはメルトに付き添ってオーパーツであるセナおばさんの装飾品を回収した後は王国騎士団の面々にシャムロックまで送ってもらった。道中でアレンとサーシャをそれぞれの家へ送り届け、更にセナおばさんの家によってその装飾品を返そうとした。するとセナおばさんから、このようなことに巻き込んでしまった詫びと、二人を救ってくれた礼としてその装飾品を与えられた。そして長い一日を終えてようやくシャムロックに戻ってきたラス達は一息付いていた。

「あー、本当に疲れた」

「もう、本当に心配したんだから!二度とあんな無茶はしないで!」

「ごめんね、お姉ちゃん。ウィル君もありがとう!」

「いやいや、二人には世話になりっぱなしだったから、力になれて良かった。」

「そういえば、ウィル君は今日どうするの?もし宿とかとってなかったら家に止まっていく?」

「是非家で休んでいってください。今日の俺にご馳走したいので」

「そんな!悪いですよ!・・・と言いたいところなんですが、お金も無くてお腹がすいているので甘えさせていただいて貰ってもいいでしょうか・・・?」

 先程闇ギルドの連中と戦っていたときはあんなに頼もしかったウィルがとても情けない表情をしているギャップにラスとメルトは思わず笑ってしまった。こうしてウィルはラス達の行為に甘えて彼女らの家でもあるギルド~シャムロック~に泊まっていくことにした。

~翌朝~

 ウィルは外から聞こえる騒々しい騒ぎの音で目を覚ました。なんだろうと思って服を着替えて下に降りていってみると、早速昨日の出来事が王国中に公開され、そのことを聞きつけた街中の人がギルドに依頼をしたいと押し寄せていたのである。ウィルより先に起きていたラスとメルトはそんな人達の対応に追われていた。

「ラスさん、メルト、おはようございます!なんだかすごいことになってますね」

「リアガンさんったら、お前達の活躍が嬉しくて張り切ってしまったとかいって街中に昨日のことを触れて回ったんだそうです。そしたらこんなことになってしまいまして・・・」

「ほんとだよ!この人達もいつもだったら全然依頼なんてしてくれないくせに!急に手のひら返しちゃってさー!」
 こんなことになる原因を作ったリアガンと急に態度を変えた街中の人になんだかラスとメルトは怒っていた。

「はは、良かったじゃないですか!これならギルドやめなくてすみそうですね。」

「ウィルさん・・・本当にありがとうございます」

「それじゃあ俺はこれで失礼します。ラスさんのおかげでディガーの技能検定も取れたし、また仕事を探しながらいろいろと遺跡を巡ってみたいと思います」

 これ以上ラス達の世話になるのは悪いと思ったウィルは、そういってシャムロックを出ていこうとした。しかし、そのときラスに呼び止められた。

「あの、ウィルさんのおかげでなんとかギルドは続けられそうなのですが、・・・あの、その・・・人手が足りてないのでもしウィルさんさえよければなんですが・・・、私達のギルドに入っていただけませんか・・・・?」

 その言葉はラスなりに必死にウィルにここにいて欲しいという思いを伝えたかったようだ。そのような言葉にウィルは

「喜んで」

 とすぐに返事をした。もし断られたらどうしよう・・・と思っていたラスはウィルの返事に表情を明るくした。

「これからよろしくね、”ウィル”!」

「よろしくお願いします、ラスさん」

 ウィルのその言葉に先程まで明るかった表情が若干曇った。

「メルトのことはメルトっていうのに私だけさん付けするんですね。」

 なぜかわからないがラスは拗ねているようだった。その言葉にウィルは困ったような表情を浮かべたが、その後すぐに笑顔で言った。

「これからよろしく、”ラス”」

 その言葉にラスは表情をぱぁっと明るくした。すると一人で依頼の対応をしていたメルトがしびれを切らしたのかウィルとラスに向かって叫んだ。

「ちょっと二人共こっち手伝ってよー!」

こうして今日もこの街に小さな幸せが一つ増えたのであった。


--ウィル編第一章「陽だまりの街と白詰草」 完--

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