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二章

 美形美形美形。美咲の美貌が思い切り霞むほどの美形の山に、俺はため息をついた。
 俺はあの後、孤児院に拾われた。この孤児院では、美を奨励されていた。赤ちゃんの頃から外見を褒め、もっと美にパラメーターを振るように促す。そのおかげで、この孤児院では美の神、美の女神が量産されていた。礼儀作法の本も与えられ、それもまたパラメーターを振らされる。そうして、貴族へと売るのだ。
 シスター達を責める事は出来ない。孤児院には運営費が必要だし、力のある子や小賢しい子を育てるのは大変だから。それに、シスター達は美を奨励こそすれ、強制はしなかった。事実、俺と幾人かは美へのパラメーターをほとんど振っていない。
「うわぁ。トモヤ、トモヤ。今度はあいつ、綺麗さにパラメーター振ったみたい。すっごく綺麗になってるよ」
「本当だ」
「今までずっと格好よさに振ってきたんだから、それに専念すればいいのにな」
 俺の観点で言えば十分に可愛い、しかしこの世界の観点で言えば醜いアトラが言い、弟のアトルが追従した。おかっぱの金髪に、緑の瞳。そばかすのあるこの双子の兄弟は、俺と同じく捨てられていた子供だ。何故か俺に、パラメーターの振り方の相談に乗ってほしいと言ってきた。パラメーターは将来に直接関わってくる。だから、一緒に調べようと約束した。
 最初からパラメーターのせいとわかってしまえば、周囲に追い越され続けても腹も立たない。嘘だ、今も必死で努力してはどんどん追い越されていってる。悔しいとは思うが、仕方がないと思っている。
 パラメーターに関する事は最大のプライバシーで、人に聞いても教えてもらえない。
 パラメーターの振り方は各家庭の最大の秘儀だ。
 そして、この孤児院ではその秘儀が美の追求というだけの事。
 図書館にならば多少の知識はあるが、それは貴族しか入れない。
 今の所、頼りになるのは俺の呪文の知識だけ。
 その呪文を日本語でノートに書きだして見て、絶望した。
――全体攻撃呪文、アークゲルブグレイグ。習得には攻撃呪文適正一万ポイント足りません。
――単体攻撃呪文、ターティカルグレイグ。習得には攻撃呪文適正七千ポイント足りません。
――広範囲回復呪文、モルティスピース。習得には回復呪文適正が一万ポイント足りません。
――単体回復呪文、ラグルピース。習得には回復呪文適正七千ポイント足りません。
――異世界移動呪文、ゲートザゲート。習得には特殊呪文適正一万ポイント足りません。
――広範囲強化呪文、ディーセンドルグ。習得には補助呪文適正一万ポイント足りません。
――単体強化呪文、パラドルグ。習得には補助呪文適正七千ポイント足りません。
――マジックポーション作成、習得には魔具作成技術一万ポイント足りません。
 俺の……マゼランの時代は、上記の呪文が全て魔法知識だった。
それに新パラメーター命中率と適性を上げる事で得られる呪文の習得ポイントが加わる。
これはシスターが攻撃呪文を使えるらしいので聞いた事だ。
それに加えて、MPの問題ももちろんある。
人が一生に得られるポイントは、このペースでいけば大体一万ポイントになる。
赤ちゃんの何もわからない時にアトラもアトルも多少パラメーターを振ってしまっているから、広範囲呪文も異世界移動呪文も使えない。
俺が必要な呪文は、ラグルピースとゲートザゲート、合わせて計一万七千ポイントだ。いや、普通に無理だから。
幸い、俺にパラメーターを任せてくれるアトラとアトルがいる。回復呪文を覚えさせれば、将来にも役立つ。片方は、俺に協力してもらおう。
十六になったら孤児院を出なければならない。
全てのパラメーターが与えられるのは二十歳の時。パラメーターを溜めるまで四年近くある。その間、一緒に暮らそうと約束していた。
幸い、シスターの斡旋で雑用の仕事も見つかっている。
後はアトラとアトルを教育して、二十歳まで待つのみだ。
呪文の教育は孤児院を出た後からする事に決めていた。
明日、俺達は孤児院を出る。
いつものように無駄口を叩きながらアトラとアトルと数学の勉強をしていると、大柄で美形のクダがやってきた。ああ、またか。クダがニヤニヤと笑う。
クダはアトルがパラメーターを大部分残していると聞いて以来、いつも俺達に突っかかってくる。
「アトラ、アトル、今日こそパラメーターを振ってもらうぞ。生意気なんだよ、こそこそパラメーター溜めやがって、一気に使って文官にでもなるつもりか?」
「やめろよ」
 俺は立ち上がり、アトラとアトルを庇った。こいつらには美咲を癒してもらわなくてはならない。こんな所で無駄な事にパラメーターを振らせる気はなかった。
「遊びの暗号作りにパラメーター全部振るような馬鹿は黙ってろ。ラグル」
「何度も言っているだろう。俺の名はトモヤだ。それ以外の誰でもない」
「煩いんだよ!」
 クダは、パラメーターで大きくなった声量で叫び、パラメーターで強化された腕力でいきなり殴ってきた。
 俺の小さな体は、簡単に吹き飛ばされる。
「トモヤ!」
 アトラとアトルが悲鳴を上げた。
 俺は、よろよろと立ち上がる。
「クダ、パラメーターは全部の人に平等に与えられるものだ。文官になりたきゃ、そのパラメーターに振れば良かったんだよ。腕力と美貌にパラメーターを振ったのはお前だろ、クダ」
 クダは礼儀作法が出来ない。これだけ乱暴だと、貴族に拾われる事はない。力があるから兵士になれる? 甘い。兵士になりたいのなら腕力ではなく武術のパラメーターをあげなければ駄目なのだ。兵士になれない事はないが、このパラメーターならば上に上がれる事はない。
 他にも、俺は知っている。クダは赤子の時に、言葉習得やハイハイ、泣き声に多大なパラメーターを振ってしまっている事を。
 パラメーターは、二度振りは出来ない。
 クダは、たった一度のパラメーター振りを間違ってしまったのだ。
 クダを責める事は出来ない。判断能力のない時に、多くのパラメーターを振れる。そこがもう罠なのだ。
 パラメーターを使わずに済むかどうかは、両親の世話と運に掛かっている。
「てめえに言われたくねぇよ」
 クダがもう一度俺を殴った。
「トモヤ、トモヤ! やめてよ。ねえクダ、やめて」
「いいんだ、アトラ。俺は平気だ」
 俺は再度立ち上がる。美咲を救う為、アトラとアトルに手出しをさせるわけにはいかない。
「パラメーターを振らないと不利な点もないわけじゃない。一気に振ると負担が大きいからな。それに、アトラとアトルが、何にも出来ずに苦労をしているの、知ってるだろう」
「うるせぇっつってるんだよ! お前、殺されたいのか!」
「……はっ」
 俺は嘲笑して見せた。怒らせる事なら慣れてる。これで、怒りは完全に俺に向かうだろう。
「てめぇ……」
 クダの目に殺意が宿った。クダの腕が光だす。本格的にパラメーターを使う前触れだ。
 そこに、二人の男が立ちふさがる。
「トモヤは僕達にも勉強を教えてくれました。その時パラメーターを振れば、貴方も文官に慣れた。勉強は嫌いだと言ったのはクダでしょう。もうその辺にしておきなさい」
「武術だって、ケンドーを教えてくれただろ。それに、パラメーターは慎重に振れと再三教えてくれたのはトモヤだ」
 文官として仕官する事になったブール―と、武官として士官する事になったケントだ。
 二人とも、あっという間に俺を追いぬいていった奴らであり、孤児院の憧れである。
 俺は庇われた事に目を見開く。
「トモヤも悪いんですよ。あまりクダを挑発しないでください。明日、僕達は孤児院を出て、離れ離れになるんです。最後くらい、仲良くしましょう」
 ブール―が俺を嗜める。
「けっ二人ともエリートになったからって威張りやがって」
 クダとブールー、ケントが立ち去り、俺はほっと息を吐いた。
 アトラとアトルが駆け寄ってくる。
「ごめんなさい、トモヤ。僕がパラメーター残してるって言ったから……」
「仕方ない。クダとも明日でお別れだ」
「うん……。大丈夫? トモヤ」
 アトラが殴られた俺の頬を撫でる。
 俺は微笑む。以前は、こんな事無かった。なんで以前の俺は蔑まれ、今の俺は庇い、慕ってくれる相手がいるのか。何が違うのか、俺にはさっぱりわからない。それでも、今の俺には精神的余裕が大分あった。
「トモヤ……僕に、僕に回復呪文が使えたらトモヤを癒せるのに……」
「本当にそう思うのか。パラメーター全部使っても、俺を助けてくれるのか」
「え……?」
 アトルは茫然と聞き返し、異様に真剣な顔になった。
「う、うん……僕は、僕は回復呪文を覚えたい。いいの……トモヤ」
「約束したろう。パラメーターの振り方を一緒に考えようって。一人前の司祭にしてやる」
 ああ、これで美咲が助けられる。楽勝だったな。後は特殊呪文適正のパラメータに全振りして……。
 俺は頭の中で勝手な予定を組み立てる。
 その夜、シスターは皆を集めた。
「皆さん、明日出発する準備はできていますか? 毎年の事ですが、皆さんがいなくなると寂しい。特に今年は、変わった技能を得た子が多い年でしたね。ブール―、ケント、クダ。貴方達は私の誇りです。アトラ、アトル、トモヤ。貴方達の行先を決めるのが一番苦労しました。頑張らなくてはいけませんよ。さて、今日は一年に一度の勇者様の劇の日ですね。楽しみです」
「あ、はは……またあれを見るのか」
 シスターは、苦笑する。
「トモヤはあの劇を嫌いだものね」
「嫌い、というか……ええ、そうかもしれません」
「けっトモヤは本当に変人だな。勇者様が嫌いなんてよ」
 クダが言う。そして、劇が始まった。
「千年前、魔法使いミトは神の啓示を聞き、天の国から勇者マゼランを連れてきました」
 ナレーション役の子供が言う。役割逆だって、逆。
「ミト、補助呪文を使うのだ!」
「はい、勇者様! えい、補助呪文!」
 この孤児院一の美形のマゼラン役の男の子が叫んだ。同じく美形のミト役の女の子が答える。
「いくぞ、魔王め! うおー!」
 マゼランは魔物役の子供達に次々とおもちゃの剣を当てていく。
 しかし、魔王はそうはいかない。
 魔王自身も剣を取り、応戦してくる。
 ミトは祈った。勇者の勝利を。
「ミトの愛がある限り、俺は! 負けない!」
 勇者は魔王を切り捨てる。うわ、クダがキラキラした瞳でそれを見ている。
 めちゃくちゃ子供騙しの劇だろ。
 それでも、皆が満足したようだった。
 この劇を見るたびに、俺は微妙な気分になる。
 俺は……俺は認めたくないけれど、きっとミトを愛していた。
 本当に俺は生まれ変わったんだなと思う。老魔法使いはミトを愛していたが、俺は美咲をとことん嫌いだから。憎んでいると言ってもいい。
 俺は美咲がいた事で人生が台無しになった。美咲のせいじゃないけど、俺は自分で自分の人生を台無しにしてしまっていた。もはや俺には、美咲を超える事しか残されていない。
 舞台上で、ミトが言う。
「王子、魔王はいずれ復活するでしょうその時の為に、この国に私の弟子を託していきます」
 言ってない言ってない。王子との謁見もやってない。いや、そもそも勇者として認められていなかった。
 ミトは軽かったし、俺も目立つのが嫌で否定していた。
 名前が知られている事が不思議なくらいだ。
 そういえば、なんでミトは俺の居場所がわかったんだろうな?
「ねぇねぇトモヤ、マゼラン様は魔王を倒しに戻ってきてくれるかなぁ」
「多分戻って来ないと思うぜ。マゼラン様も、その為に弟子を託したんだろうし」
「なんだよ! マゼラン様は戻ってきてくれるに決まってるだろ、そうして魔王を倒すんだ。ああ、俺にパラメーターが残ってりゃあな……ちっ」
 俺が適当にごまかしていると、クダが横から話に入ってきていう。
「まだまだ、二十歳までは成長の余地がありますよ。ケントが武官として習った武術を教えてくれると約束したのでしょう? 時間はかかるかもしれませんが……」
「おうっケントもいいとこあるよな、ブール―」
「そんなに褒めんなよ」
 ブール―とケントも来た。子供達も寄ってきて、マゼラン様は戻ってきてくれるか否かの大論争が始まる。
 俺は早々に抜け出し、部屋へと向かった。
 翌日から、昼は働き、夜は勉強の日々が始まる。


 王城の最深部では、一人の巫女が祈りを捧げていた。いや、祈りを神へと届かせる魔術を使っていた。
 祈りは届くとは限らない。むしろ、却下される事が圧倒的に多かった。
 それでも、祈りを欠かすわけにはいかない。
 多様な神が、気まぐれに会話をしてくれる事があった。運が良ければ、貴重な情報をくれる事も少なくはないのだから。
 最も、年若い巫女は懐疑的だった。
 巫女は、一度も神様に会えた事などなかった。しかし、巫女はパラメーターを祈りに注がなければならない。巫女とて、美貌にパラメーターを振りたかった。料理にパラメーターを振りたかった。しかし、それは許されない事だ。
 そして、神は必要な時には何の力もない者に語りかけると言う事も知っている。
 ミトがそれだ。ミトは魔王を倒せるものの居場所を神に教えられたと周囲に伝えていたと言われている。
 王城の巫女が神と会話できたのは、魔王を倒した後だった。
「マゼランとミトが魔王を倒したので、魔王退治に関する祈りはもうやめてもらえませんか。面会申請が山積みにされて、大変なんですよ。一応全てに目を通さないといけませんし。それと、魔王退治があんまりにも楽勝だったので今年の赤子からパラメーターシステム変えますね」
 たったこれだけ。あんまりといえばあんまりだ。
 巫女は雑念を垂れ流し続ける。祈りの最中に雑念を持つのは言語道断の事だが、年若い巫女は神が自分の祈りに応えるはずもないと思っていた。
 城の上層部は魔王を倒す為、ミトとマゼランについての情報を必死に洗い出しているようだが、今度も神が適当な時期を見計らって魔王を倒させるだろう。いや、マゼランとは神の事かもしれない。どちらにせよ、やるだけ無駄だ。違うと言うなら神々の誰でもいい、答えてみるがいい。
 思考していると、急に白い空間に閉じ込められて巫女は動揺した。
「こ……ここはどこ!?」
 巫女は周囲を見渡す。
「勘違いをしないでください。魔王を倒すのはあくまでも人間なのですよ。ミトさんとて、何もしなかったわけではない。王城で魔王を倒してくれと貴方達が願ったのと同じように、彼女はちゃんと手続きを踏んで聞いたのです。魔王を倒せる人はどこにいるのかと。陛下に願い出たか、私に願い出たかの差はありますがね」
 青白い肌、長い耳、青みがかった白い髪。最高司祭と同じ服装に、小さな丸眼鏡。細い目の男が、そこに立っていた。
「神……神、様……」
 巫女は混乱した。実際に神に会えたら、どうすべきか。そんな対応方法は、頭から吹き飛んでいた。この神は、誰だろう。神々の特徴もまた、吹き飛んでいた。
 巫女は、勉強をさぼってきた事を心から後悔した。
「あ、あの、貴方は誰ですか」
「私の名はキュロスです。ミスティスアークさん」
 キュロス。ミトの生まれた村が祭る小さな神の、そのまた伝令を司る神だ。
 物心つく頃からの勉強が、ここでやっと功を奏した。
「キュロス様。では、魔王を倒せる人は、どこにいますか? マゼラン様とミト様は、如何様にして魔王を倒したのですか?」
 なんとか、必要な質問を口から絞り出す。キュロスはそれに、肩をすくめた。
「現在は魔王を倒せる人間は存在しませんね。いやはや、びっくりです。システムが変わったと言っても、必要な人数が数人増えるだけで魔王は十分倒せるはずなのに。そこで調べてみてびっくりです。おっと、パラメーターに関する事は触れてはならない決まりでしたね」
「……何が言いたいのです?」
 キュロスは、笑う。
「おやおや、私を呼んだのは貴方ですよ。まあいいでしょう、見せてあげますよ、過去の映像を」
 白い空間が、黒と茶で塗りつぶされる。
 雷雲。広い大地。凶悪な魔物の群れ。
「きゃあああああ!」
 ミスティアークは悲鳴を上げた。
「落ち着きなさい、ここは過去の映像にすぎません。あれを御覧なさい」
 キュロスが指さした先、小汚い老人を背負った娘が、魔物の群れから逃げ惑っている。
「危ないわ! 無茶よ」
 ミスティアークは言う。何故、老人を捨てて逃げない。
 娘は叫んだ。
「もう無理、お願い、マゼラン!」
「ふがいないな、ミト。まあいい、詠唱はすんでいる。――アークゲルブグレイグ」
 その瞬間、巨大な魔法陣が現れ、老人が掲げた腕の先に小さな光の球が現れる。その小さな光の球から、巨大な雷が迸った。
 雷という残忍な獣は次々と魔物を屠る。その後には、死体すら残さない。
 魔物の群れは、見渡す限り、存在を消失していた。
 いや、まだいる。遠くの方で、巨大な魔物が何体か、まだ生きている。しかし虫の息だ。
 その中に、一際大きな魔物。
『人間か……なんだ、その桁外れの呪文は。貴様は危険すぎる……我が全力を持って倒す!』
 大きな魔物がいい、黒い球が飛んできた。
 娘は老人を背負い、逃げる。逃げる。老人が、呪文を唱え続ける。
 娘は見事逃げ切った。老人が唱える。
「――ドルバズン」
 美しく装飾された盾が現れ、娘と球の間に現れる。
 球が、爆発した。凄まじい爆音。立ち上げる土煙。しかし、ミスティアークは確信していた。娘の健在を。この勝負の結末は、既にわかっている。
「――パラドルグ」
 老人の声がして、娘が、ミトが、土煙から飛び出す。
 ミトは発光していた。パラメーターを作動しているだけではありえない、凄まじい速度だった。
 魔王に、肉薄する。駆けている間に、老人は薬らしきものを飲みほした。
「さあ、これが最後のマジックポーションだ。後戻りはできないぞ、ミト」
「上等!」
 ミトは、逃げる。逃げる。魔王と魔王の側近の爪をかいくぐる。
 全くの無傷とは言えない。少しずつ傷つけられ、ミトの動きが鈍っていく。
 しかし、マゼランの呪文詠唱の完成の方が早かった。
「――ターティカルグレイグ」
「偉大な魔術師よ、卑小な魔物の爪によって死ぬがいい!」
 赤い閃光が閃き……魔王は、倒れた。最後に、一匹の魔物を産み、ミトに一撃を与えて。
「ミト!」
 魔術師が叫ぶ。小さな魔物が魔術師を襲う。
 MPのなくなった魔術師にはなすすべもなかった。
「く……!」
 魔術師はミトに覆いかぶさる。
 ミトは、最後の力を振り絞って魔物に剣をつきたてた。
 もっとも、それは遅すぎた。弱い魔術師には小さな魔物が与えたダメージは十分すぎるものだったのだ。
 そこで、ミスティアークは元の白い空間に戻っていた。


 ミスティアークは、茫然としていた。魔王が、たった二撃。それに、あの広範囲攻撃呪文。あれはめちゃくちゃだ。周辺の魔物を全てなぎ倒してしまった。
 マゼランの一撃は、軍の突撃を補って余りある。あの境地に、人が達する? 馬鹿な。あれは神の所業だ。
「凄い……。いえ、ありえない。なんなの、あの呪文は。王宮の魔術師でも、あんな呪文は使えないわ。それに、マジックポーション。あれは城に祭られている、神々に頂いたと言われているマジックポーション……」
 クスクスクス、とキュロスは笑った。どことなく誇らしそうだった。それもそうだろう、その大魔法使いを引っ張り出したのはミトであり、それを導いたのはキュロスなのだ。
「魔法使いマゼランが生涯を掛けて編み出した呪文です。全ての呪文が適正値一万から七千ポイント相当です。ちなみに、マジックポーションも自作ですよ。あれは中でも質の悪いものですね。以前は魔術師関連の適性は一つだったのですよ」
 ミスティアークはそれを聞いて驚愕した。それは人一人の一生分の数値ではないか!
「昔は才能に差があったと聞きます。マゼラン様はそのように多大な才能を持っていたのですか?」
 キュロスは哂う。先ほどと違い、ミスティアークを嘲笑う笑いだ。
「そう思いますか? まあ、生まれながらの巫女として生まれながら美に料理に背に力にとパラメーターを少しずつ振っている貴方にはわからないでしょうね」
 問われて、ミスティアークは戸惑った。そんな、馬鹿な。まさか。しかし、あの醜く弱い姿は。まさか、物心ついてからほとんどのパラメーターを魔術にのみ注いだというのか。この私ですら、巫女の一族の私ですら、他にもいくらか振っているというのに!
 しかし、なおも私はいい募った。
「しかし、一万ポイントなんて不可能です。赤子の時のポイント消費はどうしようもありません」
「魔法使いマゼランの一族には、五歳の時までポイントの消費を抑える特殊呪文が伝わっています。研究すれば、ポイントを左右する呪文も出来ない事はありませんよ。魔術研究に八千も振って何十年か研究すれば出来るでしょう。精進しなさい、巫女よ。陛下に話しかける祈りが通用しないのも当然の事。それもまた、適正の祈り値は一万ポイントなのですから。子供達を育てる事です。注意深くね」
 ポイントを左右する。それは神の域だ。ミスティアークは息を飲んだ。その果てしない道のりと、可能性に。
「しかし、それでは魔王を倒すのは何十年後という事になってしまいます。せめて、マゼラン様の編み出した呪文を知るすべはないのですか?」
 罠にかかった。ミスティアークは、そう感じた。それほど、キュロスの顔は抑えようのない喜びにあふれていた。
「そこで、ミスティアークさんに朗報です!」
「待つにゃー!」
 そこで、頭に毛のついた三角耳、毛皮の肌、でかい爪、長い尻尾、扇情的な胸と長い腰巻のみの服に鋭い爪をもった神が乱入して来た。
 目は大きく爛々として黒く、胸は大きい。
 ミスティアークは自らの胸に手を置く。あたしだって、巫女にさえなっていなければ胸にもう少しパラメーターを振れるのに。
「ミャロミャロス様、どうしてここへ!?」
 キュロスが驚いて問いかける。
「ずるいにゃ! ずるいにゃ! また人間に魔王を倒させて陛下を喜ばせるつもりにゃ!? あれ以来陛下はマゼランを褒めてばかりにゃ! 民はいつマゼランの隠しざい……むぐぅ」
 キュロスは慌ててミャロミャロスの口を塞いだ。
 しかし、ミスティアークは聞き逃さなかった。マゼランの隠し財産。
 呪文? ポーション? どちらにしろ、素晴らしいものに違いない。それを私の手柄に出来たら……。
「ミャロミャロス様、それは私達が直接教える事を陛下から禁じられています」
「わ、わかったにゃ。とにかく! あれ以来キュロスは出世、魔術研究の予算は鰻登りにゃ! マゼランが現れるまでは魔王退治には軍を用いて、戦士も魔法使いも弓兵も平等に活躍していたのに、ずるいにゃずるいにゃ! 今度は、戦士だけで倒すにゃ! そして予算をゲットにゃ! やるにゃ! パラメーター全振りにゃ!」
 ミャロミャロスはミスティアークを勢いよく指さして言った。
「ミャロミャロス様、さすがにそれは厳しいかと……」
「わかってるにゃ。陛下は魔術師のマゼランが好きにゃ。直接手出ししたらめっされるにゃ。マゼランには補助魔法を使わせるにゃ!」
「いや、それはまるっきりわかってないと思いますよ。それに、単体補助魔法は七千ポイントです。マゼランに覚えさせるのはもったいないですよ」
「じゃあアトルかアトラに覚えさせるにゃ! 奴らはまだパラメーター八千残ってるにゃ! でもあいつらひ弱そうにゃ。ケントにやらせるにゃ。剣道に全振りにゃ」
 ……アトラ。アトル。ケント。ミスティアークはそれを心に刻みつける。そして、マゼラン。マゼランは必ず、この者達の近くにいる。信じられない僥倖に、体が震えた。
「ああっ剣道発祥の地で使われるという刀を落としたにゃ! これを人間が使ったとしてもにゃーのせいじゃないにゃ!」
「ちょ……駄目ですよ! そこまで力添えしちゃ」
「キュロス……下級文官ごときがにゃーに意見するにゃ?」
「……っ 陛下にとがめられようと、私は知りませんからね!」
 そして、元の祭壇にミスティアークはいた。
 ミスティアークは、しばし呆然とする。
「ふ……ふふ……あはは……あははははははははははは!!」
 ミスティアークは笑う。笑う。笑う。
 降ってわいた幸運に、ミスティアークは目眩がしそうだった。
 ……絶対にこのチャンス、ものにしてやるわ。
 ミスティアークは踵を返した。


「トモヤー。アトルー。早く―」
 金髪をさらりと揺らして、アトラは言う。
「お前はいいよな、荷物持ってないから」
 俺とアトルは荷物の重さに、荒く息を吐いた。
 俺達が住むのは長屋の一部屋だ。最も、アトルは四年後には神殿入りになるだろう。
 今、俺達は何もない部屋に家具を買って運びこんでいる所だった。
 お金は給料を前借した。三人とも、別々の店で下働きをする事になる。女の事の同居生活は、孤児院の生活で慣れていた。
「ふぅー。これで全部、かな」
 家具と言っても、寝具がほとんどだ。後は少ない料理道具と、食材。これが引っ越した俺達の荷物の全てだった。
「料理には少しパラメーター振った方がいいかなぁ」
「必要ねーだろ。なんだったら俺が作るし」
 アトラの言葉に、俺が答える。
「私が作ってあげたいの! トモヤ、料理教えてよ」
「いいけど」
「本当? やったぁ!」
 アトラは喜ぶ。そばかすの散らばるその笑顔を見て、とくんと心臓が跳ねた。
「じゃあ僕は毒見役だね。楽しみだなぁ。トモヤの料理」
 アトルの穏やかな微笑みにも、とくんと心臓が跳ねる。
 おいおいおいおい、ミトの時もそうだったじゃないか。俺は自分に好意を寄せる奴ならなんでもいいのかよ? 美咲を救えるのがほぼ確実になって、気が緩んでいたみたいだ。気を引き締めないと。
 でも、全てが終わった後、アトラとアトルと平和に暮らすのもいいかもしれないな……。
 教会に回復呪文の事、申し出ずにさ。
 この時代では回復呪文の使い手は貴重みたいで、あんまり会えなくなりそうだし。
「俺も料理にパラメーター振ってないから、期待すんなよ。びんぼーな料理しかしらねーし」
 向こうでは色々料理したが、こっちと向こうでは食材が違うのだ。試行錯誤が必要だな。覚悟しろよ、アトル。
 俺は早速食材を取りだした。
 今日は初日だから、ほんの少し豪勢にしよう。親子丼風にしてみようか。たしかこっちでも似たような料理はあったはず。早速肉を味付けして炒める。脇に寄せて、取れたての卵をフライパンに割り入れる。
 料理に集中して、肉を加えようと手を伸ばした。
「……おい」
 炒めて脇に寄せておいた肉の大半が消えていた。
 アトラとアトルが満足そうに唇をぬぐった。
「いやートモヤの料理美味しいねぇ」
「次は何作るの? あっトモヤの分も残してあるよ! 三等分!」
「つまみ食い禁止! つーか料理途中だっつーの」
 俺はアトラとアトルの頭をぺちんぺちんと叩く。
 やけに肉の少ない親子丼になってしまった。しかも、ご飯がない。
 俺とした事が、うっかりしていた。しかし、アトラとアトルは喜んで食べてくれた。
「美味しいねぇ、これ美味しいねぇ」
「シスターの方がうまかったろ」
 アトルは、笑う。
「シスターは料理にパラメーター振っていたじゃない。これからはそうはいかないねってアトラと話してたんだよ」
「あ……」
 アトラとアトルのパラメーターに拘束を掛け続ける限り、あれが足りない、これが足りないという日々は続く。
本当にいいのか? 問いかける言葉を飲み込んだ。俺には、アトラとアトルが必要なんだ。
食事が終わったら、俺は紙とペンを引っ張り出し、呪文を書いた。
何事かとアトラとアトルは見つめる。
「アトルにはこれを覚えてもらう」
 俺は紙を差し出した。
「読めないよ、トモヤ」
 千年前の言葉だからな。しょうがないか。
「俺が教える。これが俺の知る最高の単体回復呪文、ラグルピースだ。必要回復呪文適正は七千ポイント。やれるな?」
「うん……うん!」
 アトルはこくこくと頷いた。
「トモヤは何に使うか、決めた?」
「四年後に、会いに行かないといけない人がいるんだ。アトルにはその人を癒してもらう。その人に、会いに行く為の呪文を覚える」
「その人ってマゼラン様?」
 アトラの突拍子もない言葉に、俺は目をきょとんとさせた。
「あっなんでもない! なんでもないよ!」
 アトルがアトラの口を押さえる。
「違うよ。どうしてそうなるんだ」
 二人は躊躇した後、口を開いた。
「だ、だってトモヤって不思議な人だから。ほら、パラメーターを振っていないのになんでもちょっとずつ出来たし、わからない言葉を書けたし、呪文の事知ってたし。あ、あたしとアトル、聞いちゃったんだ。「後一万七千ポイント必要なのか」って。「ミト」とか「ミサキ」って呟く事も多くて。あたし達、ポイントの総数しらなくて、それで、何に使うんだろうって気になって。そしたら、トモヤの色んな事に気づいて。もしかして、もしかして魔法使いミト様に関係あるんじゃないかなぁって」
「一人で一万七千ポイントなんて無理だよ! だから、僕達力になれたらって。それで、魔王を……」
「思ったより、観察力があるんだな」
 俺は息を吐いて言った。小さい頃は、考えを纏める為に確かに口に出していた。小さい子ばかりだから、誰も聞いていないと思っていた。俺はなんて迂闊なのだろう。
 俺は、考え考え口を開いた。
「俺が助けたいのは美咲。以前、ミトと呼ばれていた人だ」
 アトラとアトルは、息を飲んだ。
「けれど、俺は魔王を倒さないし、ミトに倒させるつもりもない」
 二人は目を見開く。かすれた声で、アトルは呟いた。
「どう……して?」
「俺は元々魔王退治に興味はなかった。……俺は、マゼランと呼ばれていた」
「勇者様……!」
 アトラは小さく叫んだ。俺は唇を、一度ギュッと噛む。
「ミトが、無理やりさせたんだ。寒々として汚い洞窟から、無理やり連れ出した。俺に、外の世界と人のぬくもりを教えた。俺はミトの為に、魔王を倒した。こちらでも、輪廻転生の概念はあるだろう? こことは全く別の地に、俺とミトは生まれ変わった。もう、勇者と魔法使いじゃあないんだ。……そしてなによりも……生まれ変わった俺、智也はミト……美咲を憎んでいる。美咲が俺より賢いから、俺より強いから、俺より美しいから、それだけの理由で」
「トモヤが……憎んでる? ミト様を?」
 俺は頷いた。まっすぐにアトラとアトルを見れない。下を向いて、淡々と話す。
「そんな美咲に、俺は命を助けられた。美咲は今、大怪我をして苦しんでる。だから、この地へやってきた。美咲を癒す、それだけの為に。俺と美咲の生まれた所は、魔法が存在しない場所なんだ。MPも回復しない、そんな世界。その上、命を代償に使った技は、古いパラメーターだから使えないと来た。だから、こっちの世界に戻って回復呪文を覚え直してくる事が必要だった」
「トモヤは……マゼランだったんでしょう? 呪文が使えたの?」
 アトルの言葉に、俺は苦笑する。
「勇者はミトだったんだよ。そして、魔法使いがマゼラン。魔王を倒したのは剣じゃない、俺が研究した魔法だ」
 アトラが、囁く。
「命を代償にって……トモヤは、ミトの為に一度死んだの?」
 心配そうに、アトルが言った。
「元に戻れるの?」
「死んだ命は戻らない。それでも、俺は美咲を助けたかった。だって、屈辱的じゃないか。ずっと憎んでいた相手に助けられて、もう一生その相手を、あらゆる意味で追い越す事が出来ずに長い生を生きるんだ。ずっと、ずっと、永遠に、負け犬のままで、俺は……」
「トモヤは負け犬じゃない!」
 アトラは、俺の胸に縋っていった。目には涙が滲んでいた。
「トモヤは、負け犬じゃないよ!」
 アトルが、うんうんと頷く。俺は、首を振った。わかっていない。こいつら、何もわかっていない。俺の気持ちは、俺以外誰にもわからない。
 物心つく頃から、俺は比べられ続けてきた。そして、最後には……。
「凄いわねぇ、美咲は、それに比べて、智也は……」
「あらぁ。うまく描けたわね。智也は……まぁ、智也だからね」
「凄いわね、美咲。貴方は私の自慢の子よ」
……俺の存在すら、目に入らなくなった。双子なのに。双子なのに。双子なのに!
そして美咲は、俺に憎む隙を与えなかった。いつもとろい俺をいじめっ子から庇って、守ってくれた。笑顔で接した。美咲を憎む俺は、自然と悪者になった。
自分で自分を悪だと、認識しなければならなくなった。
吐き気がして、口元を押さえた。
「トモヤ、トモヤどうしたの? 大丈夫?」
 心配そうなアトラの声が、殊更憎かった。俺は口の端を釣りあげる。
「そんなわけで、俺はお前らの思うような勇者様じゃないんだ。魔王退治なんて、ごめんだな。自分の目的さえ達成すればいい。魔王が倒したきゃ自分でしろよ。アトラ、お前に魔王を倒した攻撃呪文を教えてやるよ。二発も当てりゃ魔王は倒せる。ミトがそうだったように、戦いの間守ってくれる戦士は自分で見つけろ。ただし、アトルが回復呪文を覚えて、美咲を治してくれた後でだ。これは、取引だ」
 吐き捨てると、俺は二人を見下して言った。
「さあ、どうする?」
 それに返って来たのは。
「トモヤ。僕は、ミト様を、ミサキを救うよ。それは世界を救う為……も少しあるけど、それだけじゃない。トモヤの為だよ」
 優しい言葉。
「わたし、魔王を倒すよ、トモヤ。だから、そんな顔しないで。ミサキもこの世界も、助かるよ」
 慰め。
 俺はどんな顔をしてるっていうんだ! 違うんだ、欲しいものはそんなものじゃない。俺は、俺は……!
「そんな目で、俺を見るな!」
 俺は、長屋を飛び出していた。
 気分は、あの交通事故の時、美咲を見捨てて逃げた時と似ていた。
……帰りたくない。帰りたくない。帰りたくない。
俺は道の隅っこにより、食べた物を残らず吐きだしてしまう。
「きったねーなー。なにやってるんだよ、ほら、ハンカチ」
 クダが、話しかけてきた。よりによって。俺はその手を払いのける。
「五月蠅い」
「な! なんだよ、人がせっかく……! お前っていつもそうだよな。人の事見下してんだろ! 知ってるんだぞ、俺。俺達の事、綺麗綺麗いいながら、すっげー見下した目で見てるの! 暗号は確かにすげぇけど、それが出来るからって、なんの役に立つんだよ、そんなもの、なんの役にも立たないじゃねーか! 見下されて、嬉しい奴なんかいねーよ!」
 それは俺の胸を刺し貫いた。
 ミト。愛しながらも心のどこかで見下していた。魔法の技術は確かに世界一だった。それが出来るからと言ってなんの役にも立たない。見下される毎日。こんな奴らに。こんな魔法一つ使えない奴らに、見下される毎日。俺は。俺は。俺は。
「うわあああああああっ」
 クダに殴りかかる。クダも殴ってきた。当然、俺の方の分が悪い。
 殴り飛ばされて、俺の体は地面を滑った。
「お前なんか、もうしらねー! ケントが仲良くしてやれって言うから優しくしてやったのに……!」
 クダが、駆けていく。
 口から、自然と笑いが漏れた。笑い声は次第に大きくなっていく。涙が、次々とこぼれ出る。
 道行く人が、不思議な物を見る目で避けて通っていった。
 ああ、なんて滑稽なんだろう。認めよう。俺は、もう誇り高き魔術師じゃない。かといって、完全に生まれ変わった平凡な子ども、智也でもない。孤児院の前に捨てられたラグルなんかじゃ、もちろんない。俺は、マゼランの負の部分、残りかすに過ぎなかったのだ。
 笑いつかれて、ただ地面に横たわる。
 しばらくして、俺は立ち上がった。
 帰ろう。
 帰って、アトルに回復呪文を教えよう。
 そうして、元の世界に帰って、美咲を癒そう。
 癒した後は、アトルをこの世界に返し、今度こそ魔法の使えない平凡な子ども、智也としての人生をやり直そう。
 戸籍がなくて、どこまで生きていけるかはわからないけれど。家に忍び込んで俺の部屋へ行けば、キャッシューカード位は手に入る。
 この体が黒髪黒眼で良かった。少し顔立ちは西洋風だけど、これならばまあ溶け込めるだろう。
 アトラとアトルは勇者と僧侶として栄華を極めるがいい。しかしそれは、俺の教えた魔法なんだ。
 そして、かつていた洞窟の事を思い出す。
 ……いつか見つけて、燃やさなきゃな。何もかも。跡形もなく。
 部屋に戻った時、アトラとアトルは既に布団に入っていた。体がぴくっと動いたから、起きていないのはわかった。それでも俺が布団に入るのを、気づかないふりでいてくれた。これが、俺達が孤児院をでた初日だった。美咲を救うまであと四年。俺は、布団を頭からかぶった。


「ケントなるものが勇者として選ばれし者とは、本当か!?」
 神官に問われ、ミスティアークは艶めかしく前髪を掻きあげた。
「ええ、神々の干渉は禁じられているからと、このカタナを落とした振りをしてまで下さいました」
 ミスティアークが捧げ持った刀を、神官は震える手で受け取った。つかの部分を見て、目を見開く。
「おお……これは正しくミャロミャロス様の紋章! これがケンドーで使うという、カタナか……。よし、早速王に進言して、ケンドーというパラメーターを持つ男、ケントを探そう。ケンドーにパラメーターを全振りだな? しかし、基準が八千とは……神々は、かくも厳しい試練をお与えになるか……」
 神官が、試しに刀を鞘から抜こうとする。
――破邪の刀。使用には剣道のポイント七千ポイントかあるいは剣術のポイント一万ポイント足りません。
 神官は、目を見開いた。
「基準値は七千と出ているが?」
「ケント様の振れる値が八千と言う事ですわ」
「そうか、わかった。……しかし巫女殿、その胸と顔、言葉づかい、体の動き。まるで別人ではないか。巫女は基本的に祈りにしかステータスを振るのは許されていないはず」
 ミスティアークは、体をくねらせ、妖艶に笑う。
「あら。私もケント様に会いに行きますわ。その時、醜い顔で勇者様の前に現れるなんてできませんもの。残った全てのパラメーターを美に関する事に注ぎましたの」
 神官はため息をついた。先代の巫女は命を落とすのが早過ぎた。
 その志は、全く持ってこの巫女に受け継がれていない。
 しかし、若くして重要な信託を得た事は評価せねばならないだろう。
 神官は踵を返す。彼は気付いていて見逃した。
 巫女の目に燃え盛る野心に。巫女の邪悪に歪んだ唇に。
 勇者を見つけた事で舞い上がり、勇者に選ばれる事を狙っているのだろうと思ったから。
 しかし、巫女の野心はそんなものではなかった。
 そんなものでは、なかったのだ。


「わー。料理長さんの料理、美味しいー」
 アトラは賄い食を頬張って言う。
「あたぼうよ。俺は料理に三千もパラメーター振ってるんだぜ。ここいらの料理屋じゃ断トツだ。料理のレパートリーが庶民的な物ばかりじゃなかったら、お貴族様にも雇ってもらえるレベルだぜ。あんたら暗号とか子どもの遊びにパラメーター全部振ったんだろ? ばっかだなぁ。あんまりシスターに迷惑かけるなよ」
「あ、でもポイント振らなくても、頑張ればそこそこ美味しい料理を作れるものだよ?」
「嘘つくな、例えばなんだ?」
「えーとね。この前の料理は親子丼で、こう、肉をいためて……」
 アトラが説明をする。料理長は、ほうほうとそれを聞き、メモをした。
「うん? この料理は……やっぱり」
 料理長が、首を傾げる。
「なんですか?」
 アトラが聞くと、料理長は訝しげな顔をして答えた。
「お前、外国人と暮らしているのか? 料理や創作料理のパラメーターだけじゃなく、日本料理とかいうパラメーターが出たぞ」
 アトラが驚く。
「そんなにいっぱいパラメーターが出るものなの? あたしが真似した時は料理のパラメーターしか出なかったけど」
「なんだ、しらねーのか。パラメーターは凄く細かく分かれていてよ。意識して欲しいと思ったパラメーターが反応すんだよ。ま、料理にふっときゃ一番間違いがねーがな」
「そうだったんだ……。日本、料理……」
 アトラは口の中で呟く。それが、トモヤの故郷の名前。
 料理長はよし、と膝を叩いた。
「ちょっくらパラメーター上げてみるかな。アトラ、その異国人からレシピたくさん貰ってこい」
 トモヤの料理が評価される。アトラは、笑顔で頷いた。
 アトラが帰ると、先に帰っていたトモヤは振りむきもせずに言った。
「お帰り」
「うん、ただいま! 料理作るの、待っててくれたんだ? つくろつくろ!」
「ああ。約束したからな。まずチャーハンを作って……」
 その日のご飯は、オムライスとかいう食べ物だった。
 アトルが溝掃除から帰ってきて、オムライスに歓声を上げた。
 トモヤは水を汲んだ桶を指し示す。
「食べる前に体を拭け。さっさとしろ。洗濯は俺がしておく」
「ありがとう、トモヤ! わー、お湯を入れてくれたんだ? 水が冷たくない」
 アトルは服を脱ぎ、体を綺麗に拭いて行く。アトラは知らん顔でオムライスをぱくついている。この程度で動揺しては、同居生活など出来ないのだ。
「さあ、召し上がれ」
「うん! ……あー、凄い美味しい!」
 アトルがオムライスを頬張ると、アトラが身を乗り出して言った。
「トモヤ、料理長が色々レシピ知りたいって」
「確かに珍しがられるかもな。似た料理はこっちにもあったと思ったが……。まあこれくらい、いいか。夕食、毎日違う料理作るようにするからその時にな」
「やったぁ!」
 アトラは弾けるような笑みを見せ、トモヤは顔を逸らした。
 アトラは知っている。この時、トモヤは照れているのだ。自分では絶対に認めようとしないが。
 食後は、回復呪文の講義だ。トモヤの言葉は酷く難しい。大魔法使い、マゼランの研究の集大成を学んでいるのだから当然だ。
 初歩の初歩の呪文学を覚えるだけでも、一苦労だ。それでも、アトラとアトルは真剣に頑張った。
 翌日も、眠い目をこすりながら、アトラは料理店へと働きに向かう。
 料理店へと入ると、料理長がアトラを見て微笑んだ。
「おう、アトラ。早速品数限定でメニューに親子丼を出して見たぜ。食ってみるか?」
「うん、食べる食べる」
 アトラは一口、親子丼を口に放り込む。その美味しさに、目を見開いた。
「凄い……全然別の料理みたい……美味しい」
 料理長は豪快に笑った。
「はっはっは。そうだろうそうだろう。俺の手にかかりゃー異国の料理もこんなもんよ」
 アトラは、改めてパラメーターの凄さに息を漏らした。何度も、何度も見てきた事だ。トモヤが剣道で体を鍛えた時、ケントはあっという間に越して行った。
 トモヤが勉強を皆に教えた時、ブールーどころか、小さな子供まであっという間にトモヤを追い越した。
 パラメーターは残酷に選択を迫る。どれを選び、どれを捨てるか。
 パラメーターを持つ者に、持たざる者は勝てはしない。
 マゼランは、きっと魔法の為に全てを捨てた。でなくば、一万ポイントも使う呪文を使えはしない。
 勇者。格好良くて、無敵で、自信満々で、快活で、誇り高く、誰にでも愛を振りまいて、女たらしで、栄光と栄華を我がものにする勇者。トモヤはそんな勇者のイメージとは無縁だ。トモヤは醜くて、努力家で、でも何一つ出来なくて、全てがどうでも良さそうなのに偏執的で、劣等感に溢れていて、その癖どこか達観して、皆を冷めた目で見ていて、なのにいつも足掻いていた。
 孤児院には子供がいっぱいいたけど、そんなのはトモヤだけだ。
 きっと本当に優れた人はそうならざるを得ないのだ。何かを成すには、パラメーターを極めねばならない。一つの事で誰にも負けなくても、それ以外ではどれほど努力しようと、誰にも勝てない。
 その、たった一つを、トモヤはたった一人の為に使うという。それは人生の全てを捧げると言っている事に等しい。
 トモヤがそれほどまでに全てを捧げる人は、トモヤが全部を賭けるほど愛しくて憎い人はどんな人なのだろうか。
 ぎゅっと拳を握る。トモヤは、アトラとアトルの事だって信じてくれた。でなくばあんな過去、話してくれるはずがない。
 全てを捨てさえすれば、パラメーターが極められるわけではない。パラメーターを上げるにはイメージが必要だ。想像すらできない場所に、人はたどり着けない。でも、アトラはそこへ行ける。トモヤが導いてくれる。
 私もなろう。勇者に。足掻いて、足掻いて、足掻いて、醜くて、偏執的な、勇者に。
料理長、今は、自慢そうに笑っているといい。私はいずれ、貴方の上を行くのだから。
 微笑むアトラに、料理長は何も気づかず微笑み返した。


「ケント。まず、武官の心得をいい渡そう。下級とはいえ、我らは兵ではなく官だ。民に示しがつくよう、見た目も整えなければならない。美や礼儀作法に百ずつパラメーターを振ってもらう。式典の時に使うフィリア流剣術も五百、用兵や書類作業に計五百、計千ニ百のパラメーターを使う事になる。それと、当然得意な武術だな。緑武官はそれが一番重要だ。ま、お前は問題ないな。唯一試験管を倒した男だからな」
 城の一室で、緑の制服を着たダンディという表現を体現したかのような男が、ケントに同じ緑色の制服を渡して言った。
「緑武官なのに使うパラメーター結構多いんだな」
「緑武官は雑用と他の武官の護衛を司る官だ。どこでも行くし、雑用もするからオールマイティーに出来なきゃ不味いんだよ。闇武官なんかは、戦い一辺倒だがな。あれは王族を守る為なら何でもする、パラメーター三千越えの戦闘狂共の集まりだから」
「俺もそっちに行きたかったかも」
 男は、ケントの言葉を聞き噴き出す。
「それは無理だな。闇武官は子どもの時からパラメーター管理されて育っているんだ。強さの面でも、信用の面でも、お前ごときが入れるものではない。さあ、美にパラメーターを振ってみろ。俺が格好良くなるように指導してやる。最も、美形で有名なアシュラク孤児院の奴にそんな指導はいらんのかもしれないがな」
「いや、頼む」
「そうか、じゃあ、手始めに格好よさに振ってみろ。想像するんだ。その癖っ毛がサラサラの様子を」
 ケントがまさにパラメーターを振ろうとした時、扉がバタンと開いた。
「待った―! ケント、いや、勇者様、パラメーターを振ってはなりません!」
 蒼の制服姿の若い男が息を切らせて走ってきた。斥候・情報処理専門の蒼武官だ。
ケントが勇者様と言われ、首を傾げた。
「勇者様? 何を言ってる」
「勇者様、一つ聞きます。貴方の残りパラメーターにケンドーの値を足すと、八千になりますか?」
 緑武官が笑う。
「おいおい、そんなべらぼうな数値、あるわけないだろう。闇武官ですら三千なのに」
「だいたいそれくらいになるな。そこまでケンドーのみに振るつもりはないし、振れないだろうけど。今二千振ってて、五千まで振ったらそこで打ち止めにするつもりだ」
 緑武官は、頬をひきつらせた。
「おいおい……八千だぞ!? 何を言っているんだ、嘘をつくなよ」
「いいえ。残り全てのパラメーターをケンドーに振ってください、振るようにとの、神ミャロミャロス様からのお達しです。それで、魔王を倒せと……」
「魔……王、を? 俺が……勇者? それで、仲間の魔法使いは?」
 ケントが懐疑的に問う。蒼武官は、息を整えながら問い返した。
「仲間の魔法使い、とは?」
「勇者マゼラン様でさえ、魔法使いミト様を連れて行った。俺には剣士だけで魔王を倒せるとは思えないんだが」
「そのような事、聞いていませんが……とにかく、神官様の元へ。剣道に使う武器、カタナを持ってお待ちです」
 ケントは、とりあえず蒼武官について行く。
 奥に行くにつれ、ケントは顔を青ざめさせた。こんな所まで入っていいのだろうか?
 城の最奥にある祭壇で待たされ、しばらくして最高司祭が現れた。ケントは、慌てて平伏する。
「そのように畏まらずともいいのです、勇者様。急に言われても信じられないでしょう。しかし、このカタナをご覧ください。ミャロミャロス様は、貴方にこのカタナを持って魔王を倒すようにと言われました。鞘からお抜き下さい」
――破邪の刀。使用には剣道のポイント五千ポイントかあるいは剣術のポイント一万ポイント足りません。
「確かに、これは……俺が、勇者? 俺が? ……マゼラン様、みたいに?」
 ケントは、激しく戸惑う。
「でも俺は、武官になって……。武官になるには、見た目とかも必要だって」
「貴方様は今度お生まれになる王族の闇武官に任命されます。それならば問題はありません。早速、残りパラメーターをお振り下さい。どんなに早くやっても、魔王退治まで後四年掛かってしまいます。準備は早いに越したことはありません」
 闇武官になれる、という言葉が決め手だった。
「振れるだけ振ってみます」
 カタナを握る。それで邪悪なもの、魔王を切るイメージを幻視する。
 その刀は酷く手になじんだ。頭の中に声が響く。
――剣道にパラメーターを振りますか?
 ケントは、出来うる限りのパラメーターを剣道に突っ込んだ。
 体の節々が作りかえられる痛みに悲鳴を上げる。
 振れたパラメーターは、千。
 ケントが跪いた事で言葉通りパラメーターを振った事を知った最高司祭は、慈愛あふれる瞳で微笑んだ。
「それでいい。体に負担をかけない範囲で上げて行きましょう。貴方の部屋は新しいものを用意します」
「はい、最高司祭様」
ケントは蒼武官に案内され、新しい部屋に移った。豪勢な部屋だった。
貴族と接する事もあったケントにはわかる。調度品の一つ一つが孤児院の一年の経営費にも匹敵するものだと。
その部屋のベッドに、横たわる者がいた。艶めかしい美女だった。
「お待ちしておりましたわ。ケント様」
「勇者ってすごいな……」
 しかし、ケントは見逃さなかった。自分を見て、一瞬眉が顰められたのを。
 ケントは醜い。美にパラメーターを振っていなかったから。たった今振る所だったのだが。それは許されそうにない。
 美女は、ゆっくりと立ち上がっていった。
「私は、巫女のミスティアーク。ミスティと御呼び下さいませ。ケント様にお話がありますの。実は神託はあれだけじゃありませんでしたの。アトラとアトルと言う名前をご存じ?」
 ケントの心に、警鐘がなっていた。トモヤが、過去に言っていた事があった。
「綺麗なのは、他に何もできない証拠だよ」
 巫女の美は確かに大したことがないが、それでも平均より美しい事に変わりはない。
 プロフェッショナルにしては、あまりにも美しすぎる。
 ……偽物だな。ケントは断じた。
「さあ、知らないな」
 巫女の表情が歪む。
「そんな、そんなはずはありませんわ。よく思い出して、ケント様」
 巫女はケントにしなだれかかる。
 ケントは巫女を押し戻した。武官に内定したケントは孤児院でもてていた。
 あの孤児院で、だ。この程度の誘惑、跳ねのけられないケントではない。
「大体、なんの神託だというんだ」
「貴方の近くに、アトラとアトル、そして魔法使いマゼラン様がいるはずなのです。そして、アトラとアトルのどちらかに補助呪文を覚えさせてケント様を強化し、魔王を倒させよとのミャロミャロス様のご神託です」
 魔法使いマゼラン。ケントの脳裏にそっぽを向いたトモヤの顔が映った。
 色んな事を誰にも教えられず知っていたトモヤ。トモヤが、寝言で呟いていた事がある。「回復呪文に七千ポイント……」と。それに、ブール―も言っていた。暗号解読に振ったなんて嘘だと。ブール―はパラメーターを陰謀に振っていたから、ブール―の言葉はまず間違いがない。
 トモヤはこうも言っていた。マゼランは戻って来ない。その代り、弟子に託す。
 ミスティアークの言っている事は事実のように思う。盗み聞きでもしたのか?
「その神託については、俺から最高司祭様に聞いてみよう」
「あら! 私の事が信じられないと言いますの? どのみち、最高司祭様はお忙しいわ」
 ミスティアークは大きな胸を押しつけてくる。甘い微笑み。その媚の裏にある焦りを、ケントは見逃さない。
「お前……」
「これはこれは、綺麗なお嬢さんですね」
 その時、ブール―が歓声を上げて入ってくる。
「何の話か聞いてもいいでしょうか?」
「ブール―、いい所に。こいつ、巫女を名乗ってるんだけどよ、怪しいんだ。アトラとアトル、魔法使いマゼランを探してるんだってよ」
「アトラとアトル! 知っていますよ。私の友人ですから。それがどうかしましたか? 巫女様」
 ブール―が来た時も眉を顰めた巫女は、アトラとアトルの事を聞いてぱっとブール―の手を取った。
「まあ、素敵! これは機密なので言えないですが、どうかアトラとアトルに会わせて欲しいのです」
「それは難しいですよ。ここだけの話、アトラとアトルは、後一人トモヤという人間と、さるお方に弟子入りしているのです。名前は名乗ってもらえなかったのでわかりませんが」
「さるお方! きっとそれがマゼラン様ですわ。実は、神から最高司祭様にも内密の神託が下っていますの。ぜひ、秘密裏に会わせて下さい」
 ブール―は、さも残念そうに首を振る。
「こんなにも美しい巫女様の言う事なら、ぜひ聞いて差し上げたいのですが……さるお方は三人を置いて旅立ってしまわれて……帰ってくるのに四年は掛かるのです。用件を先に聞く事はできないでしょうか? 私でも何か力になれるかもしれません」
「四年も……!」
 ミスティアークは唇をかんだ。しかし、すぐに気を取り直す。
「では、帰ってきたらすぐ私、ミスティアークにご連絡くださいませ。ケント様、ブール―様、この部屋での話はどうか内密に」
 ミスティアークは、部屋を出て行く。ケントはすぐにブール―を問いただした。
「ブール―! アトラとアトルの事を言うなんて……!」
「声を抑えて。あれぐらい、調べればすぐにわかる事です。大事なのは、トモヤの事をばれないようにする事」
 ケントは、小さな声で言った。
「トモヤはやっぱり……」
 ブール―が深く頷く。
「マゼラン様でしょうね。おかしいと思っていたのです。魔法使いミト様が何故自分の名を呼ぶのかと。魔法使いがマゼラン様で、勇者がミト様なら話は簡単です。そして、恐らくミト様もミサキとしてどこかにいらっしゃる。……大怪我を負って」
 ブール―の推理に、ケントは頷いた。そして、苦々しく吐きだす。
「あの巫女を名乗る女、何なんだ? トモヤに何かしようとしているのか?」
「あれは本物の巫女ですよ。ただし、何かを企んでいます。トモヤの居場所を知らせればトモヤが危ない。『陰謀』で読みとった所、命の危険すら感じました。何を巫女に吹きこまれました? 事情を説明して下さい」
「俺が勇者だって言ってた。それで、アトラかアトルに補助呪文を覚えさせて、それで魔王を倒せってよ。ミャロミャロス様のご命令だって。賜ったとかいうカタナは本物だった。必要パラメーターが七千必要なもんを、そう簡単には作れないだろ」
「トモヤに相談するのが一番なのでしょうが……あの破滅志向ですからね……。やけにならなければいいのですが」
「だよなぁ。思い通りにされるくらいなら死を選びかねないよな、あいつは。どうする? 最高司祭様には伝えておくか?」
「まさか。そうなれば放置なんて出来るはずがないでしょう。トモヤの精神状態は危うい。それに、一つ気になる事があるんです」
「なんだ?」
「現在のパラメーターは、昔の物を細かく枝分かれさせたものなんです。つまり、昔と同じ強さの魔術師に対抗するには、今の魔術師数人が必要なんです」
「あー……。トモヤが欲しがってたのって、移動呪文と回復呪文だっけ?」
「そして、魔術の種類は攻撃、補助、防御、回復でしたね。移動呪文は恐らく昔のものでしょう。現在には存在しません」
「攻撃、補助、防御の戦闘系呪文で三人分のパラメーター、使いきれるな……」
 ケントとブール―は黙る。二人は、重要な選択に迫られていた。
 友か、世界か。
「迷うまでもありません。トモヤを無理やり動かそうとすれば、必ず失敗するでしょう。下手をすると、アトラとアトルへの補助呪文の継承すら失敗するかもしれません。あの巫女が嘘をついているのでなければ、補助呪文があれば魔王を倒せるのです。ミャロミャロス様を、信じましょう。仮にも神様なのですから。後で傷が癒えたミト様も魔王退治に来てくれるかもしれませんし」
「そうだな。ミト様は、あのトモヤとパーティーを組めた人だからな。ここは任せて、補助呪文だけ教えといてくれって言っとく。それならトモヤもやけにならないだろ」
「しかし、私達が直接行けばつけられる可能性もあります」
 そこで、バタバタと足音がして、クダが走り込んできた。
「なあ! ケントが勇者って本当か!? 魔王退治、俺も連れて行ってくれよ!!」
「クダ、ナイスタイミング」
 ブール―は、微笑んだ。
 

「つまり、皆にばれてたんだな……よく放置されてたな、俺」
 俺はため息を吐いて言う。クダが来た時には気まずかったが、そんな事を考えている暇はなくなった。
「ケントやブール―も知ってたんだ……」
 アトラが、クダにお茶を出しながら言った。
「なあ、嘘だろ? トモヤなんかが憧れの勇者だなんてよ」
 クダが、懐疑的な瞳で俺を見る。
「なぁ、魔王退治ってどうだったんだ? 魔王を退治したってのが本当なら、わかるだろ? 王子様にあったのか?」
 期待と不安を込めた声で、問う。
「どこの馬の骨とも知らない奴が、王子様なんかにあえるはずがないだろう。魔王退治もあっけなかったよ。広範囲攻撃呪文を使って、単体攻撃呪文を使って、魔王と刺し違えて、終わり。極振りしてたからミトはともかく、俺は醜かったしな」
「攻撃呪文? 剣じゃないのか?」
 クダは驚きの声を上げる。
「ああ、ついでに言うとミトは魔法以外のパラメーターに均等振りしていたから、剣は上手かったけどケントほどじゃなかったよ。その代りなんでも出来たけどな」
「……なあ、魔法だったらばばーんと二発で倒せるんだろ? なんでケントで、なんでケンドーなんだ?」
「そうなんだよね、僕、心配だよ……。僕とトモヤのパラメーターの使い道は決まってる。後はアトラしかいない。それに、僕達にはトモヤがいるけど、ケントはどうやってケンドーのパラメーターを上げるの? 強い敵と戦うなり、剣道の奥義を誰かから習うなりしないと、パラメーターを上げる選択肢事態でないでしょ」
「わからない……。けど、神様の言う事には従わないとな。神様の言う事だから、嘘ってこたないだろ」
 俺が言うと、皆頷いた。アトラが、残念そうに言う。
「トモヤ、トモヤの後を継いで、攻撃呪文を覚えたかったよ」
 仕方ない、超特急でパラメーターを振り始めるか。
「ブール―が城の方は任せろってさ。陰謀っていっぱい上げれば特定の秘密に気付きにくくさせる事が出来るんだとよ。後、陰謀にパラメーター計四千ほど振っとくって。それだけありゃ大丈夫だろ。あーあ、それにしてもトモヤがパラメーター温存していて勇者かぁ。そりゃ周囲を見下すわ。返せよ。俺の憧れ。どうせ魔王退治なんてしねーだろう、お前」
「わかってるじゃないか」
「どうせ俺は落ちこぼれだよ。極振りしてないのは俺だけだ。精々、笑えばいいだろ」
「クダ」
「なんだよ?」
「俺は、マゼランの時も今も、ずっと見下され続けてる。極振りって、そう言う事だ。俺にはそれ以外何にもない」
「いいじゃねーか、それでも。俺は、拠り所になるたった一つが欲しかったよ。ケント、勇者になるだけじゃなくて、側室に新しく生まれる王族の護衛になれるんだってよ。最高の栄誉じゃねーか」
 俺は、苦笑した。
「そう上手く行くかな。俺達は、一つの事以外何もできない孤児院出だ」
「なんだよ、やっぱりトモヤはトモヤだよな! 素直にケントを応援しろよ。じゃあ、俺は確かに伝えたからな」
 クダが乱暴に席を立つ。やはり、俺とクダは合わないようだ。

しおり